第225話 小学生組、デッカいプールで遊びまくりの楽しみまくり
「……ちわっーす」
「やあ、おはよう黒井君」
――昼前の時間。
今日も今日とて〈常春〉へやって来たオレは……夏休みに入ってからは当たり前のようにあった挨拶がないことに気付く。
「……あれ、おやっさん……お嬢はどうしたんスか?」
「――お嬢なら、今日は朝から友達と出かけてるそうですよ」
オレの何気ない問いに答えたのは、おやっさんじゃなく――
「――ちっ、いたのかよ質草ぁ……」
いつものテーブル席を占領している、質草のヤツだった。
……って、この野郎は……。
今は店も空いてるからいいようなものの、もう少ししたら昼時で混み出すって分かってンだろーな……。
「なんです、ボクがいたら何か都合の悪いことでも?」
「……少なくとも、気分は悪ィな」
オレは鼻を鳴らしながら……質草の向かいに腰を下ろす。
「おや、そんなこと言って、ボクの側がいいってわけですか?」
「単純にテーブル空いてンのがもったいねーからだろが!
いいな、客が増えたら遠慮してカウンターに移れよテメー!」
ついつい質草のペースに乗せられちまってると……。
その間におやっさんが、いつものアイスコーヒーと――。
他に、なんか、小さめで……言っちゃなんだが、女子が食うような感じのサンドイッチがいくつも載った皿を持ってきてくれた。
「君たちの昼食というには、少し物足りないかも知れないが……良かったら食べてくれるかな」
「どうしたんスか、おやっさん、コレ。
店のサンドイッチ……じゃ、ないっスよね?」
「ああ、鳴がね。
友達と出かけるからって、弁当にサンドイッチを作ってたんだが……ついでに君たちの分も、とね」
……なるほど、だからこう一口サイズってぐらいに小さくて、なんか華やかな感じになってンのか。
フルーツサンドとかまで混じってるしな。
だが、その心遣いは純粋にありがてえ。
それに、お嬢が作ったンなら、味も安心出来るってモンだ。
「ありがてえっス。喜んでいただきます」
「ええ、ボクも」
「ああ、どうぞ。
私はすでにいくつか摘まんだから、後は君たちで食べてしまって構わないよ」
そう言い置いてカウンターに戻ったおやっさんに、オレは早速タマゴサンドを口に放り込みながら手を挙げる。
「――あ、おやっさん!
お嬢がいないンなら、ピークになったらオレ、手伝いますんで!」
「ありがとう、黒井君。助かるよ」
「っス、任して下さい!」
「……あ、じゃあボクは、その様子を見ながら優雅にお茶と洒落込みましょう」
「ざけんな! テメーも皿ぐらい洗え!」
ニコニコと、悪びれもなく労働を放棄しようとする質草のヤローに指を突きつけながら――空いた手でオレは、ハムサンドを一口で食らう。
……まあ、こうやって文句を言ったところで、コイツが手伝うとはカケラも思えねえんだけどな。
「……あ、そう言えば……。
昨日の乱闘の件、お嬢にもおやっさんにもバレてないみたいですよ?
……いやー、良かったですねー」
「オレは、テメーにもバレたくなかったけどな」
盛大に鼻を鳴らしてやりながら、次はチーズサンドを口に放り込む。
その間に、キャリコ――じゃねえ、キャラメルのヤツが窓枠を伝って近付いてきたんで、パンの端をちぎって差し出してやるが……。
……この三毛猫ヤロー、あからさまにげんなりした顔でそっぽ向きやがる。
「……ったくコイツ、ゼータク言いやがって……!」
しょうがねえから、ハムサンドのハムだけ取って、さらに食いやすいように半分に割いて突きつけてやったら……今度は満足そうに食いつきやがった。
……んっとにこのヤロー、どんだけ甘やかされてたんだか……。
オレは腹立ちまぎれに、さらに残り半分のハムも平らげてご満悦なキャラメルの鼻を、かるーく指で弾いてやりつつ……ハムの無いハムサンドをパクつく。
「……で……黒井クン。
キミのことだから、一応、あの彼の行方について、ツテを当たったりしてみたんでしょう? どうでした?」
「……ああ? 何にも。手掛かりはナシだ。
もともと、逃げ隠れが得意なヤローだったしな……」
思わずタメ息をもらしながら……。
オレは、今度はキウイとクリームのフルーツサンドを頬張った。
口の中に広がる味は甘酸っぱく、さわやかだが……。
オグのヤローのことについては、真逆に、苦々しいとしか言えねえ状態だ。
……苦ぇのはキライだっつーのによ……。
「ったく……メンドくせえ。
次ンときまで、アイツがバカなマネやらかさなきゃいいんだがな……」
* * *
――オレ、〈なみパー〉のプールは、テレビのCMで何回も見てたんだけど……。
実際に来てみたら、思ってた以上にスゲーところだった!
もうとにかくメチャクチャ広くて、エリア内のプールとかスライダーとか以外の場所でも……。
ジャングルっぽいトコがあったり、洞窟があったり、隠れ家みたいのがあったり、売店が並んでるトコとかもちゃんと街みたいになってたりして……しかも、そんなのの間を、流れるプールの一部が川みたいに通ってたりで……。
ただ歩いてるだけでも、冒険してる気分になれるんだよな!
で、プールも――流れるプールとか、波が来るプールとか、一番高い場所にあって見晴らしがいいプールとか、水に沈んだ遺跡みたいになってるプールとか……。
色んな種類の、見たことないようなデッカいプールがいっぱいで!
さらに、そのまま滑るやつとか、ボートっぽいのに乗るやつとか、急角度のやつとか……色んなスライダーもあって……!
もう、どこから回っていくか、困っちまうぐらいなんだ!
――んで、まあとりあえずは、エリア全体に広がってる感じで一番デッカい流れるプールを、みんなでぐるっと1周してみたんだけど……。
それだけでも、いきなりテンション上がりまくるぐらい楽しかった!
エリア内を歩き回ってるときに見た、ジャングルとか、洞窟とか、それこそ遺跡っぽいところとか、色んなところを……今度は川の中から見ながら巡っていくから、ただゆったり流れてるだけでも、ゼンッゼン飽きねーんだよな!
なんつーか、パーティー組んで川を流れながら冒険してる感じでさ!
まあ、サメ型の浮きに乗った軍曹を中心に、みんなで周りを固めてるカタチだったから……なんか、お神輿担いでるみたいだったけど。
……にしても軍曹、めっちゃはしゃいでたな〜。
中心で浮きに乗ってたから、『隊長』とか呼んだら、スゲーノリノリだったし。
まあ、調子に乗りすぎて2回ほど浮きから落ちて、そのまま沈んでたけど。
でもって、そのたびにアリーナーにデコピン食らってたけど。
――海っぽくなってる波が来るプールんときは、みんなで順番にサメの浮きに乗ったまま、サーフィンっぽいことが出来るか試して遊んだ。
オレもそうだし、アリーナーも見晴も、振り落とされたりひっくり返ったりで失敗したんだけど……。
なんでか、凛太郎がすっげーウマく波に乗ってて、無表情にサムズアップしたりするのがヘンに面白かったな!
あ、あと軍曹は、サメの上に立って、波をジャンプで飛び越えてまたサメの上に降りる――っていう離れ業をやって、周りの人たちから拍手されてたっけ!
――高い場所にある見晴らしの良いプールは……端っこがそのまま空と繋がってるみたいで、だから空に浮いたプールにいる感じで……それだけでなんかスゲーワクワクした。
ロープレの神殿っぽいっつーか……異世界にいるみたいで!
今度師匠に、そんな場所行ったりしなかったか聞いてみよーっと。
――あ、それで……。
なんか見晴が嬉しそうに、「シンガプールのプール」ってワケ分かんないこと言うから、プールのプールって何だろうってアリーナーに聞いたら……すっげぇ冷たい目でめっちゃバカにされた。
「プじゃなくてポ、国の名前! ちゃんと授業聞け!
……てか、シンガーをプールするプールってなんだ!」
……ってさ〜。
まぁ、なんか、凛太郎にはスゲーウケてたんだけど。
あ、いや、表情に出して笑ったりはしないんだけど……雰囲気で分かるんだよな。
――あと、遺跡みたいになってる立体的なプールは、プールの中のアスレチックって感じで、これも楽しかった!
なんか、マジにダンジョン探索してるみたいなんだよ!
水の中通っていいのは10秒までとか、ちょっとしたルール作って鬼ごっことかしたらスゲー盛り上がりそうだけど……。
それはさすがに、今度男子だけで来たときとかかなー。
見晴なんて、そーゆー激しく動くのニガテだろうしなー。
逆に軍曹は、余裕でオレたちに付いてくる――どころか、なんかラスボス的なモンになるぞゼッタイ。
……ただなんつーか、ハデな動きし過ぎて、監視員のにーちゃんとかに怒られそうな気もすっけどなー。
なんせ軍曹、目立つからさー。
波のプールんときは、スゲーワザを見せたんだから分かるけど……。
フツーにプールとプールの間歩いて移動してるだけでも、けっこー周りの人が、軍曹のこと振り返ってるもんなー。
………………。
ま、まあ、そりゃそーか。
一応、まあ、かわいいっちゃかわいい……し……。
なんつーか……そう、モロに外人さん――だもんな! 金髪だし!
あ、そ、そんで、スライダーにももちろん挑戦した!
オレはなんせ、校庭のすべり台でも、ロウを塗りまくって超高速モードにして、怒られたことがあるぐらいだ……!
チューブみたいになってる中を、グルグル回ったりしながら、すっっっげー速さで滑り降りる高速スライダーなんか最高だったぜ!
スピード出過ぎて、ゴールのプールに飛び出す瞬間とか、マジで空を吹っ飛んでる感じだったもんなあ! さらに水面で1回跳ねたし!
見晴なんかそのゴールで、水面で跳ねるとき爪先の方から水に着いたせいで、顔面から突っ込むカタチになって……ヘッドスライディングみたいにジャババーって、見るからに痛そーなフィニッシュだったんだけど……スゲー楽しそうに笑ってたなー。
アイツ、昔っからそーゆートコすげーんだよな……大物っつーか……。
あ、あと凛太郎は、どーなってんだか、正座で飛び出して正座で跳ねて……そのまま正座で沈んでたっけ……。
あと、急流下りみたいな感じの、広めのコースを4、5人乗りのボートで滑るスライダーも、もちろんやった。
さすがにスピードは高速スライダーほどじゃないけど、人数的にオレたち全員で一度に乗って滑れたし……ボートだからぐるぐる回ったりするのが珍しくて、これもスゲー楽しかった!
水面にヘッドスライディングしても笑ってるよーな見晴はとーぜんニコニコだったし、軍曹ももちろん大はしゃぎで……。
それに、いっつもいろいろカタいことばっか言ってるアリーナーも、めっちゃ楽しそうに笑ってた。
凛太郎は、いつも通りに無表情だったけど……あれはスゲー楽しんでる無表情なんだよなあ。
……ってなわけで……。
とにかく片っぱしから一通り回って、そのどれもがサイコーに楽しかったんだけど――。
「……うへ〜……ハラ減ってきたぁ〜……」
……そうなんだ。
めっちゃ動き回ったし、そろそろ昼メシの時間ってことで……さすがにハラが減っちまった。
あちこち回る途中、売店で売ってるラーメンとかホットドッグとか、うまそーなのいっぱい見ちまったしなー。
だから、そろそろどっかで何か食おーぜ……って言おうとしたら。
「そっか、もうお昼だしね……。
――じゃ、朝岡。真殿くんと見晴ちゃんと3人で……そうだなあ、あそこ――。
そう、あの、高台の見晴らしの良いプール……その隣の休憩スペースに行って、場所取っといて」
アリーナーが先にそう言って、高台の方を指差した。
んで、軍曹といっしょに、「荷物取ってくる」って更衣室の方に戻ってく。
「あれ……荷物って、サイフか?
でも、入園んときにもらったこのリストバンドで、カネがなくても食べ物買ったり出来る――ンじゃなかったっけ?」
「おサイフの必要がないってだけだよ〜。
帰るときにちゃ〜んと、まとめて請求されちゃうからね〜?」
「わ、わーってるっての、それぐらい!
……でも、軍曹もアリーナーも、ちゃんとコレ、付けてたよな?」
オレと凛太郎は顔を見合わせて首を傾げるけど……。
なんか、見晴は答えが分かってるみたいで、ニコニコのままオレたちの背中を押す。
「さあさあ〜、わたしたちは言われた通り場所取りにれっつご〜、だよぉ〜!」
で……その『答え』は、オレたちもすぐに知ることになった。
見晴らしの良い休憩所で、よゆーで5人で囲めるテーブルを確保したオレたちのところに、軍曹とアリーナーが持ってきたのは――。
「こういうところで買って食べると、結構高くつくからね。
まあ、その……味については――」
「ふははは! アリナとわたしの合作ですよ?
マズかろうはずがないってモンです! 糧食だろうと!」
「……だ、そうだよ。
一部は冷凍モノだけど……むしろそういうのってワリと好きでしょ、男子?」
2人が、オレたち全員用に――って作ってきてくれた、弁当だった!