第224話 プールは流れても、乙女心は流れない?
「いっやぁ〜……、ホンっト〜に素晴らしいイベントでしたねえ!」
「ね〜! カッコ良かったねぇ〜」
「うん……! やっぱり観て良かったよ……!」
――〈なみパー〉園内を、野外ステージのあるエリアから、プールエリアのゲートがある方へと移動しながら……。
あたしたちは、未だ冷めない興奮のままに、盛り上がっていた。
もちろん、その興奮をもたらしてくれたのは……今観てきたばっかりの〈聖鬼神姫ラクシャ〉イベントだ……!
午前の部のイベント開始時刻がすぐだったから、プールへ行く前に観に行ったんだけど……。
本当に、観て良かったって心の底から思える、すばらしい出来のイベントだったなあ……!
まずシナリオが、突発的なイベントショーにありがちなその場しのぎじゃなくて……ちゃんと本編を踏まえた上での、エピソードの1つとして成り立つほどのものだったし――。
しかも、ここが遊園地であることを無理なく自然に取り入れているところもスゴかった。
そう、ラクシャと言えば、やっぱり大人の人も唸る設定やストーリーが大きな売りなんだけど、そのイメージを壊すことなく、キチンと成立させていて……。
さらに、使い回しとかじゃなく、ちゃんとこのイベント用の声優さんの演技も収録されていたし……。
実際にステージに立つアクターさんも、普段の何気ない仕草からカッコイイアクションに至るまで、その演技にピッタリの見事な立ち回りで……!
本当に、本編アニメと、このイベントと、両方のスタッフが『良いものを作ろう』って熱意を持って本気で作ってくれたことが分かる、すばらしいとしか言いようのない『作品』だったよ……!
実際には1時間もないぐらいの尺だったけど……劇場版の新作を1本まるまる観たような濃密な時間だったなあ!
……あ〜、ホントに感動した〜……!
もう、今すぐにでもドクトルさんに語りたくなっちゃうよ……!
「――で? アーサーにマリーン、キサマらはどーだったんだ、んん?」
「ん。面白かった」
「お、おう……そうな。確かに……その、面白かったよな。
――中でも……そう、アイツ……あの〈夜叉丸〉って剣士!
アイツ、かっけーなあ……!」
アガシーに尋ねられた男子2人も、実に肯定的な意見みたいだ。
まあ、そりゃあね、あれほどの完成度の作品を見せられたらねー。
合う合わないはあっても、「つまらない」の一言で片付けるなんて出来るわけないよ。
……特に、ふふふ……朝岡のヤツめ。
そうだよね〜……アンタみたいな『男子』には、ダークヒーロー的立ち位置でカッコ良くて強い夜叉丸は、そりゃあ刺さるでしょうよ。うんうん。
ま、素直に面白さを認めたその潔さに免じて、あたしも今度の〈鉄仮面バイター〉、ちゃんと見てみようかな。
……と、そうして――。
ラクシャのイベントの良さをみんなで語りつつ、プールエリアに辿り着いたあたしたちは、着替えのために男女で分かれて……。
そして早速、学校とか、市営のプールのそれとはまるで別物の、圧倒的に広くてキレイでおしゃれな更衣室に驚き、感激することになった。
全体的な色のイメージからして、あっちがコンクリートの灰色なら、こっちは柔らかなクリーム色だ。
「ふおお……ッ! な、なんじゃこら、すげーですよ!
これが更衣室なら、学校のアレなんてもはや遺跡じゃないですか!」
「どんだけ失礼な喩えしてんの……。
――逆だよ逆、基準としておかしいのはこっち。
普通のあっちに対して、こっちがスイートルームなんだよ」
「そだね〜。シンガポールのホテルのプールみたい〜」
「「 ……………… 」」
見晴ちゃんの何気ない一言に、あたしとアガシーは凍り付く。
そうだった……!
見晴ちゃんは、お金持ちのお嬢さまなんだった……!
ハッキリ言って、ド庶民のあたしと、その影響を受けまくってるアガシーじゃ……『シンガポールのホテルのプール』なんて、想像がまるで追い付かない。
「あ、アリナ……それって映画で、犯罪組織のボスとかが、おねーちゃんはべらせてるよーなプールですかね……?」
「そ、その喩えもいろいろと失礼だけど、多分、そんな感じじゃないかなあ……」
ヒソヒソと囁いてくるアガシーに、あたしも、ヒソヒソと答えるしかない。
シンガポールのことなんて、サンスクリット語の『獅子の都』が語源だっていう、どっかでいつの間にか聞きかじった豆知識しか知らないよ!
あ、あとマーライオン!……ぐらいは……うん、一応。
「ん〜? どしたの、2人とも〜?
早く着替えよ〜?」
「あ、そ、そだね……」
優しい色合いのロッカーを開け、カバンから水着を取り出しながらの見晴ちゃんの言葉に、我に帰ったあたしとアガシーも、いそいそと近くのロッカーを確保する。
……これだけオシャレでキレイだと、ついつい、なんか遠慮がちになっちゃうあたり……あたしもホント、根っからの庶民だなあ……。
ちなみに、見晴ちゃんが手にしてる水着は、いかにも見晴ちゃんらしい……黄色を基調にしたチェック柄の、フリルに飾り立てられたワンピース。
で、もちろんあたしとアガシーは、前にお兄に披露したあの水着。
……あたしが水色のワンピースで、アガシーがハイネックと迷彩柄のボトムスのセットだ。
「まあでも、確かにここはゴージャスですけど――」
すぱぱっと思い切りよく服を脱いで、下着姿になりながら……アガシーはニカッと笑う。
ああもう……試着室みたいな個室もちゃんとあるのに、この子は〜……。
「さすがに、我らが〈天の湯〉の脱衣場にはかないませんね!
あのホッとするあたたかみこそが、まさに至福です!」
「あ〜、それ分かるよぉ〜。
〈天の湯〉は、どこもすっごい居心地いいもんねぇ〜。
亜里奈ちゃんたちが、いっつも丁寧にお手入れしてるからだよねぇ〜」
「ええっ!? そ、それは……アレじゃないかな!
そう、更衣室と脱衣場って、似て非なるものだからだよきっと……うん!」
アガシーと見晴ちゃんと、立て続けにいきなり持ち上げられたあたしは、照れくさくって、ワケ分かんない返しをしてしまった。
……けど、家のお手伝いとはいえ、こうやって、やってることがちゃんと形になって現れてるんだって認められると……やっぱり、嬉しい――よね。
それに、あたしにとって〈天の湯〉は……大好きで、大切な場所だから。
「――って、さあ、ほら、早く着替えちゃおうよ!
真殿くんはともかく、朝岡なんてすぐ『遅い!』とか文句言いそうだしさ!」
「ですねー。ジャリ坊のヤツにゃ、デリカシーってもんが欠落してやがりますからね!」
「……って、アガシー、あなたもね!
それ以上はこの場で脱がない! 恥じらいってものを持て!
もう……ほら、せっかく個室があるんだからそれ使う!
――あと、いつも言ってるでしょーが!
服は脱ぎ散らかさずに畳みなさいっ!」
……そんなこんなで。
いつも通りのやり取りをこなしつつ、着替えをすませて更衣室を出ると……。
出てすぐのところで、花壇の縁石に座り込みながら、朝岡と真殿くんがあたしたちを待っていた。
遅いとか文句言ったら、女の子の大変さについて軽くお説教でもしてやろうと思ったけど……予想に反して、真殿くんはもちろんのこと、朝岡も何も言わなかった。
こっちが出てくるのを確認すると、「おう、来たな」ってだけで、さっさとそっぽ向いちゃって……。
……もしかして、コイツ……ガラにもなく照れてる、とか?
「さあ、ほら、行こうぜ!」
照れ隠しみたいにさっさと歩きだそうとする朝岡を――。
「ん」と、真殿くんが腕を掴んで引き止めた。
そして……。
「ちゃんと褒める。男子たる者の礼儀」
そう言って、あたしたちに振り返り……うんうん、と2度ほどうなずくと。
「……みんな、すごく似合っててカワイイ。グッジョブ」
いつもの無表情のまま、ぐっとサムズアップしてくれた。
「あ、ありがと……」
「えへへ〜、ありがとね〜」
「うむ、さすがマリーンはよー分かっとるな!
――で、キサマはどうしたアーサー? ん?
はっはーん……さては、我らのあまりの可愛さに照れてやがるな?」
アガシーが挑発的にニヤリと笑うと、案の定っていうか、朝岡はあわてて反論する。
「て、照れてねーし!
水着なんて、しょっちゅう学校のプールで見てるし!」
「ホントにぃ〜?」
続けて見晴ちゃんも、珍しく、あおるようにイタズラっぽく微笑む。
「お、おう!
……まあ、でも……えっと……いいんじゃねーの?」
「それだけ〜?――えいや〜っ」
「ちょ? ちょっと、見晴ちゃん……っ!?」
「おおぅっ?」
ニコニコしながら見晴ちゃんは――いきなりあたしとアガシーを、ずいっと朝岡の前に押し出した。
「は〜い、どうかな〜?」
一方、朝岡は、そんなあたしとアガシーをたじろぎながら交互に見ると……。
すごい恥ずかしそうに、頭を掻きつつ――。
「あ〜、まあ、その〜……に、似合ってんじゃね?」
「うふふ〜……カワイイ〜?」
「う。そ、そりゃ……かわいい――んじゃね?」
見晴ちゃんのプレッシャーに押されるように――。
視線を逸らしつつも、あたしたちへの褒め言葉を口にした。
それは、なんかすごい雑で、投げやりっぽいけど。
朝岡なりの一生懸命に見えたから――イヤな気は、しなかった。
……ううん、それどころか……。
「ふ、ふふん……!
ま、まあ、ジャリ坊にしては頑張ったってことで、良しとしてやりますかね!」
そんな風に、エラそうにふんぞり返るアガシーが……ほんのちょっと、赤くなってるみたいに――。
「う、うん、まあ……ありがとって言っとく」
きっとあたしも……妙な気恥ずかしさが、顔に出て――――って!
あああ、もう……違う、違うって!
らしくない! あたしらしくないよ、こんなの……!
つ、ついつい、見晴ちゃんの妄想に流されちゃったよね、うん……!
ダメだダメだ、切り替えないと!
「――さ、さてほら、水着の話はもういいからさ!
時間もったいないし、泳ぎに行こうよ!」
ちょっと強引かもだけど、遊ぶ時間に限りがあるのは確かなんだし……。
あたしはそう言って、率先して歩き出す。
……すると、合わせて朝岡も、元気に動き始めた。
「おう、そーだよな!
――っし、じゃあまずは流れるプールからな!」
『思い切り遊ぶ』っていう、本来の目的に立ち返ったことで、朝岡は……。
さっきまでの恥ずかしそうな態度は何だったんだろう、っていうぐらいに、一転して元気にあふれていて。
まあ、それはそれで、ホッとするけど……。
あたしがヘンに葛藤させられたことなんて、気付きもしないんだろうなあ……って思うと――。
……まったく。
ホント、しょーがないヤツなんだからなあ……。
――なんて。
あたしは……苦笑混じりにタメ息をつかずにはいられなかった。




