第222話 日曜朝の人気番組、代理戦争の行方はどっちだ!?
「「「 おおお〜〜……! 」」」
――電車で揺られること、1時間。
そのあと、駅から繋がる、丁寧に手入れされた花壇の並ぶ遊歩道をしばらく歩いて辿り着いた、〈みなみなみパーク〉……通称〈なみパー〉のメインゲートを前にして。
あたしたち5人は、揃って感嘆の声を上げていた。
まあ、某ネズミさんの魔法の国よりは小さいんだろうけど、やっぱり、大っきいなあ……って圧倒されて。
一応あたしだって、ここ、1、2回は来たことがあるんだけど……。
もっと小さい頃だったし、つい最近、プールも含めて全面的に大改修したばっかりのはずだから、印象はまるで別物だ。
「ふわぁ〜、スゴいねえ〜。
前に来たときより、ずっとキレイになってるよぉ〜」
「あ、それ、オレも思った!
……っつっても、前に来たの、多分3年か4年前だけどさー」
「……ん。3年前」
見晴ちゃん、朝岡、真殿くんの3人も、あたしと同じような感想だったみたい。
まあ、やっぱり広隅に住んでると、1度は来るよね……ここ。
……ってことは、こういうところが純粋に初めてなのは、アガシーだけか……。
どうだろう、楽しんでくれそうかな……って思いながら、様子を見てみると。
「おおお……! これが、ゆーえんち……っ!
そして……なな、なんとっ!?
こっち側、この敷地すべてがプールですとぉっ!?
もはやダンジョンの域じゃーないですか!」
アガシーは、ゲート脇の大っきなディスプレイに映し出されるパーク案内図を、キラキラした目でつぶさに見ながら……あたしたちの誰よりも大興奮していた。
……そうだよね、この子のことだもん、そんな心配は必要なかったかな。
「とりあえず、スライダーは全部3回は滑ろーぜ、凛太郎!」
「ん。その後、気に入ったのをさらに3回」
「おう! 滑りまくるぜ!」
一方で、朝岡のヤツは、芸人さんだったらエラいことになりそうな台詞を連呼してるなー……とか思ってると……。
「ふおおおっ!? こ、これは――ッ!!!」
いきなりアガシーが、さっきよりさらに大きな声を上げた。
……なにせ、立ってるだけでも目立つ金髪美少女だ、周りの視線がいっぺんに集まる。
「ちょ、ちょっとアガシー、声大きいから!
――それで、どうしたのっ?」
「こ、これです! これ見て下さいアリナっ!」
アガシーが指差したのは、さっきまでパーク案内図を表示していたディスプレイで……それが今は別の映像に切り替わってて――って!
「ここ、これ! えええ、ホントにぃっ!!??」
「うおっ!? ちょ、アリーナー、お前まで声デケぇって!」
「うわ、ご、ゴメン……」
なんと朝岡に注意されるハメになって、思わず謝っちゃうあたし。
……いや、でもこれは……!
そりゃあ叫ばずにはいられないよ、って話で……!
「アガシーちゃん、亜里奈ちゃん、どしたの〜?」
「ここ、これ……!」
見晴ちゃんの問いかけに、あたしとアガシーは揃ってディスプレイを指差す。
そこに表示されているのは……本日のパーク内イベント情報だ。
――やっぱり遊園地だけに、特に夏休みともなると、色んなキャラクターもののイベントをやってるわけだけど……。
中でもここ〈なみパー〉には、夏休みとか冬休み限定の、『シークレットイベント』っていうのがある。
世間で人気の、アニメやゲームのキャラクターが出演するアトラクションイベントなんだけど、シークレットの名の通り、事前にCMとかで告知されなくて……。
その当日、実際にパークにやって来て初めて、今日出演するのがどんなキャラクターか分かる――ってイベントだ。
それを知ったときは、一応あたしも商売やってる家の娘だから、つい――。
『それって、知名度を利用した集客っていう、有名キャラクターを使うメリットを切り捨ててるだけなんじゃないの?』
……なんて、心配になっちゃったりしたんだけど……。
実際には、その徹底した秘密ぶりに却って心をくすぐられたり……興味なかったキャラや作品でも、せっかくだからって見たら好きになるきっかけになったとか、事前情報なしで好きなキャラに当たったときのラッキー感なんかで、意外と好評らしい。
……で――。
あたしとアガシーは、まさにその『ラッキー』に遭遇しちゃったんだ!
なぜなら、なんと、今日のシークレットが……ッ!
「うわあ〜!
今日のシークレット、〈聖鬼神姫ラクシャ〉だってぇ〜!」
見晴ちゃんも、にこやかに手を打つ。
――そう!
なんと、あの超傑作魔法少女アニメなんだから……っ!
これは――これは、見逃すわけにはいかないよ!
同好の士、ドクトルさんにキチンと報告するためにも……ッ!
そして何より……!
魔法少女を愛する者の1人として――!
「アリナ、これは……っ!」
「うん、何としても見ないと、だね……!」
あたしとアガシーは、力強くうなずき合う。
そこへ……。
「あ〜、これ、日曜の朝にやってるやつだろ?
……へー、軍曹とアリーナーも、こーゆーの好きなんだな~」
朝岡が、あたしたちと並んでディスプレイを見上げながら……色のない声でつぶやく。
――そうだった!
今、ここには――あたしのラクシャ愛を知らない男子もいるんだった!
それも、真殿くんはともかく、余計なことを言い出しそうな朝岡まで……!
「な、なによ朝岡……『子供っぽい』とか思ってんのっ?」
「……まあ、そりゃーなー。
だってアリーナー、前に〈鉄仮面バイター〉のこと、子供っぽいって言ってたしー」
ちょっと不機嫌そうに、朝岡は口を尖らせる。
……〈鉄仮面バイター〉っていうのは、同じく日曜朝にやってる、男子に人気が高い特撮番組だ。
ちなみに、ストーリーは……。
聖なる鉄仮面のチカラを手に入れた青年が、それを使って変身しつつ、世界征服を企む秘密結社と戦うんだけど……。
いつ現れるか分からない敵が相手だから、ちゃんとした定職につけなくて……いろんなバイトで日々の生活費を稼ぎつつ、ヒーローとして戦う――とか、そんな感じ。
〈聖鬼神姫ラクシャ〉に比べれば、いかにも単純っていうか……。
「……って、子供っぽいなんて言ってないでしょ?
ただ、その……設定とかの作り込みが甘いなー、ってだけで……!」
「なんだよそれ……バカにすんなよ?」
朝岡が、ピクッと頬を引きつらせた。
「だいたい、ンなの、つまんねーって言いてーからって、細かいトコに文句言ってるだけじゃん!
それより、アクションとかがホントスゲーんだからな、〈鉄仮面バイター〉は!
『ごつごーしゅぎ』で、何でもかんでもすぐに何とかなっちまう『魔法』なんかとは違うってーの!」
「……はああ……っ!?」
今のは――今度はあたしが、カチンときた。
「ご都合主義ってなに!?
アンタそもそもラクシャ見たことないでしょ! 思い込みで勝手に決めるな!
アクションすごいすごいって、そんなの他にいくらでもあるよっ!」
「ンだと……っ! そっちだってバイターまともに見てねーんだろ!?
だいたい、魔法少――」
「――――んっ!」
……突然。
強い調子で鼻を鳴らして――真殿くんが、あたしと朝岡の間に割って入った。
そして……いきなり、朝岡にデコピンを食らわせる。
「――ぃでっ!?」
「武尊。好きなものバカにされるとイヤだし怒る、アリーナーもいっしょ。
好きなものを好き――は、とっても大事。お互いに。
だから、けなさない。尊重」
「で、でもよ〜……っ!」
「自分の好き以外の好きを大事にしない、カッコ悪い。
……師匠もリアニキも、そんなことしない、ゼッタイ。
だから、デッカい男。カッコイイ」
「――――っ!」
いつもと変わらない表情で……でも、真剣な調子で諭されて。
朝岡が、息を呑むのが見えた。
それと同時に……あたしの後ろから、両肩に手を置いて……そっとアガシーが身を寄せてくる。
「良いところ、マリーンに取られちゃいましたけど……アリナも、ですよ?
ついつい、売り言葉に買い言葉ってヤツでしょうけど……分かりますよね?」
「……う、うん……」
アガシーの……こういうときはしっかり年上な、優しくて厳しい言葉を受けて……あたしはうなだれる。
ついさっきまでのムカムカは……すっかり、どこかに消えていた。
……ああいうこと言われても、上手く受け流せるって思ってたんだけど……。
自分で考えてるより、あたしも……子供だった。
ううん、それでも……もうちょっと、マシな対応が出来たはずなのに。
なのに、つい頭に血が上っちゃって……どうしてだろう。
相手が、朝岡だったから……とか……?
――って、ううん、そんなの関係ない……よね。
あれ、なんでそんな風に思ったんだろ……。
それに、今はそんなことより――
「あ〜……ゴメンアリーナー、マジで悪かった!
確かに、オレ、カッコ悪ィことしちまったっ!」
あたしも、言い過ぎちゃったことを謝ろうとしたら……。
先に朝岡の方から、パンッと手を合わせて勢いよく頭を下げてきた。
「そーだよなー、師匠やリアニキなら、こんなことゼッテーしねえよなぁ……。
クっソ〜、オレ、弟子なのにホント修行足んね〜な〜……!」
……それは……。
うん、合ってるけど、間違ってもいるよ……朝岡。
確かに、お兄もハイリアさんも、こんな揉め事はしないかも知れない――。
でも……お兄は言ってたんだ。
誰だって、間違えてしまうときはあるんだから……。
大事なのは、その間違いを認めて、謝って――正し、償うことだ……って。
お兄やハイリアさんだって、これまで何度もそうしてきたはずだよ。
だから……そうやって、すぐにきっちり謝れたアンタは。
――ちゃんと、お兄たちの弟子、してるんだよ。
「あたしこそ……ゴメン。
良く知りもしないで、決めつけて……言い過ぎた」
そう、だから――あたしも。
ちゃんと、頭を下げて……謝った。
「よ〜し、じゃ〜あ〜……」
……と、そこでいきなり、そんな声とともにあたしの手が持ち上げられたと思うと――。
同じく持ち上げられた朝岡の手と、握手させられる。
誰かと言えば……ふんわりニッコリ、聖女の笑みを浮かべた見晴ちゃんだ。
「ハイ、これで仲直り〜。良かった良かったぁ〜。
――あ、ちなみにわたしはぁ、ラクシャもバイターも、どっちも大好きだよ〜!」
「ん。これにて一件落着」
実に癒やされる見晴ちゃんの笑顔に続き、どこから取り出したのか、真殿くんが扇子をバッと広げていた。
いや、ホントどこから出したんだろ……。
「…………」
……って言うか……。
「――朝岡」
「おう?」
「手、いつまで握ってんの?」
あたしが、ちょーっと声のトーンを落として言うと――。
「おわ! わわ、悪ィ!」
……って、大慌てでバッと、握ったままだった手を離して飛び退いた。
そのさまがおかしくって、つい、あたしはちょっと笑ってしまう。
――でも……朝岡の手、思ったより大きかったな。
それに、マメだらけだった。
コイツなりにマジメに、ちゃんと強くなろうって、『修行』してるんだ……。
「……さーてさて、と! マリーンが言うように一件落着したことですし!
さっさと中に入りましょーよ、アリナ!」
「ん……そーだね。
ごめんねみんな、それじゃ行こっか!」
「「「 おーっ! 」」」
……なんだかんだで、入園前から一騒動起こしちゃったけど……。
あらためて、あたしたちは――。
みんなで仲良く、入場ゲートをくぐるのだった。




