第221話 プールへ向かう電車にて……烈風鳥人、許可申請中
――明けて翌日、8月2日、早朝……。
「お〜……こいつぁスゲー、思った以上の賑わいだねい!」
「ホンマやね! なんかワクワクしてくるなあ〜……!」
言葉通りに、楽しそうにはしゃぐおキヌさんと鈴守……そして俺の3人は。
昨日のうちに交わした約束通り、港で開かれる朝市へとやって来ていた。
もっとこじんまりとしたものを想像していたんだけど、意外や意外、さすが観光地というべきか。
ずらりと、食材ばかりじゃなく、民芸品らしいものまで売るような様々な露店が並び……その間を、朝早い時間とは思えない数の人たちが行き交っている。
まさに活況――見ているだけで心躍るってやつだな。
「来てみて良かったね、赤宮くん!」
「ああ。ホント、来た甲斐あったよな、これ」
「……とりあえず回ってみようや、お二人さん!
朝メシの食材もゲットしないといけないしな!」
おキヌさんの号令一下、俺たちは朝市の人混みへと足を進める。
まるで動けないような大混雑……にはほど遠いけど、油断するとはぐれたりしそうだし、気を付けないとな。
「昨日、バーベキューであんだけ肉食ったんだ……やっぱり朝メシはあっさりめが良いと思うんだけど、どーよおスズちゃん?」
「そうやね……せっかく港に来てるんやし、お魚にしよか?
あとは、シジミのお味噌汁とかがええかなあ……?」
「確かになー。じゃあ、他にはド定番におひたしってとこかなー」
露店を見て回りながら、楽しそうに相談する女子2人……。
俺は基本、その後ろからついていく感じだけど……うん、いいよな、こういうのも。
……にしても、だ。
さっきから、ずっと気になることがあって――。
「……いや~、イイ匂いするよなあ……。
朝メシの準備そっちのけで、買い食いしそうになっちまうよ」
思わず、ボソリとつぶやいてしまう俺。
……そう。
これだけ賑わってて、いろいろなお店が出てるってことは、当然お食事処もあるわけで……。
そこから漂う、すげーイイ匂いがまた鼻をくすぐり……朝の空きっ腹によ〜く響くのである。
「も~、あかんて、赤宮くーん……。
そんなん言うたら、ウチも誘惑に負けてまいそうになるや〜ん……」
「ホントだよ〜……今、必死に海鮮汁の誘惑に抗ってンのにさ〜……」
俺の発言に素早く反応して振り返った鈴守とおキヌさんが、揃って、へにゃっと情けない顔で俺を見上げてきた。
おキヌさんはまだしも、鈴守がこんな顔するのはなかなか珍しいかも。
うむ……いいものを見た。
「ゴメンゴメン、悪かったよ。
まあでもせっかくだしさ、なんなら明日の朝はみんなで頑張って早起きして、こっちに朝メシ食いに来るか?」
「おお……それは確かに良い案だなあ。
普通にお店に行くのと違って、こういうトコで食べるのって、また特別な味わいがあるもんなあ」
「あ、うん、ウチもええと思う!
……って言うか、こんなおいしそうなん、ガマンしたまま家に帰りたないもん!」
俺の提案に、おキヌさんも鈴守も二つ返事でオーケーを出してくれて……。
今日の朝メシの前に、まずは明日の朝メシが決定したのだった。
* * *
「遅い! 朝岡、遅刻!」
……朝、駅前の待ち合わせ場所に到着した瞬間――オレはアリーナーに怒られた。
他のみんな……軍曹はもちろん、見晴も凛太郎も揃ってて……オレが最後だったみたいだ。
「え~、細かいこと言うなよなー……10分も過ぎてねーじゃん」
「そーゆー問題じゃない。
……なにか、みんなに言うことは?」
アリーナーにジロッとニラまれて、オレは……。
頭を掻きながら、小さく頭を下げた。
「う……みんな、悪ィ」
それに合わせて、頭の上でテンが跳ねた――っていうか、コイツ多分、『バカ者め』ってキックしてる気がする。
なんだよ~、お前だって寝てたじゃねーかー……。
「ふうん……? 朝岡にしては殊勝だね。
ま、それでカンベンしてあげるよ」
「まったく……新兵の分際で集合に遅れるなんざ、本来ならタダではすまさんところだぞ、アーサー!
我らが大佐の温情に深ぁ〜く感謝するんだな、シット!」
頭を上げた瞬間――。
そこを狙ってたらしい軍曹のポニーテールビンタが、顔面にクリーンヒットした。
「うわぶっ!?
……いい、いえしゅ、まむっ!」
「……さて、それじゃ電車まであんまり時間も無いし、早速行こっか」
「あれ〜?
でも亜里奈ちゃん〜、朝岡くんが遅れちゃったから、次の電車待たなきゃいけないんじゃないの〜?」
アリーナーと軍曹がすばやく歩き始めたのを追いかけながら、見晴が聞くと……。
アリーナーは、ふふん、とオレを見やりながら、勝ったように笑った。
「大丈夫だよ。
……そもそも集合時間、朝岡が遅れて来るのを計算して早めにしてあったからね!」
――目的地の〈なみパー〉がある水南までは、けっこー遠い。
確か、電車で1時間くらいはかかるハズだ。
……だから、アリーナーの計算通り、ちょうどホームにやって来た電車にすんなりと乗り込めたオレたちは……そのまましばらくのんびりすることになった。
座席が向かい合わせになってるタイプの電車だから、オレたちは男子と女子に別れて座る。
そしたら――。
「さーて……やっぱり乗り物で長旅となれば、コレですよね!」
「うんうん、だよね〜」
早速、軍曹と見晴がバッグをゴソゴソして、おやつをアレコレ取り出し始めた。
「気持ちは分かるけど……食べ過ぎちゃダメだよ?」
「わーかってますって!」
「ますって〜」
「ますって」
軍曹と見晴に続いて凛太郎も、いつの間にかおやつを取り出してた。
……こういうとき、凛太郎はスゲー速いんだよなー。
で、凛太郎が出したのは……まあ、オレはコイツの好きな物知ってっから別に気にならねーんだけど……。
「……って、真殿くんシブいよ! 『カリカリ梅』って!」
さすがのアリーナーも、凛太郎のチョイスには驚いてた。
でもそんなのまるで気にしない凛太郎は、フツーにみんなの真ん中に開けた袋を差し出して、「はい」って言う。
アリーナーも、驚いてはいたけど、キライってわけじゃないみたいで……ありがとうって言いながら、早速1つ口に放り込んでた。
続けて、軍曹に見晴、オレも……みんなでカリカリ梅を食べる。
「うむうむ、シブいが良いチョイスだぞマリーン!
うめは……うめー!」
「うめはうめ〜」
「……2人して恥ずかしいダジャレを連呼しないの! も〜……」
「うめはうめー!」
「うめ、うめー」
「……って、アンタらもか! 男子!」
オレと凛太郎が、からかうみたいにダジャレを繰り返してやると……。
アリーナーはぷりぷりしながら、軍曹が袋を開けてた〈カンとチー貴婦人〉を1つ取って、ボリボリと噛み砕く。
……怒ってそう――に見えるけど、まあ、アリーナーが本気で怒るとこんなんじゃねーからな。
フリだけ、ってやつだよなー。
多分、なんだかんだで、あんまし顔には出さないけど……。
アリーナーも今日の〈なみパー〉、けっこー楽しみにしてて、意外とテンション高ぇんじゃねーかなー。
「……あ、そう言えば、師匠たちどーしてんだろ。
アリーナー、連絡とかあった?」
窓の外の流れる景色見てて、ふと師匠たちが旅行行ってること思い出して、聞いてみたら……。
アリーナーはなんか眉間にシワを寄せながら、タメ息をつく。
「……野生のイノシシと戦った、ってさ」
「え……なにそれ、マジで!?
うっわ、すっげ、さっすが師匠、かっけぇーーっ!」
「あ〜、そのお話、わたしもお兄ちゃんから聞いたよぉ〜。
お兄ちゃんがイノシシさん引き付けてるところに~、山の高いトコから~、ワイヤーをびゅーん! って滑り降りてきた裕真お兄ちゃんが~、どかーん! ってキックしたんだって〜!」
「……そうそう。で、そこにさらに援軍として駆け付けてきた、うちのクソヤロー兄上とマモルくんと3人で、イノシシを打ち上げて、ボッコボコのボコボコに、降りてこれないぐらいの空中コンボでハメ殺したらしいですよ!」
「アガシー、盛り過ぎ……」
見晴と軍曹が、ハデに身振り手振りで、師匠たちがスゴかったことを教えてくれる。
アリーナーはちょっと頬引きつってるけど……多分、そんなには離れてないハズだよな!
「すっげ、マジでっ!?
うおおっ、超かっけぇぇーーーっ!」
……だって、そりゃーなー!
師匠にリアニキだけでも勇者と魔王の最強コンビなのに、そこに衛兄ちゃんも加わったら、そんなのもう、超最強だもんな!
イノシシどころか、クマだって敵じゃねーっての!
ああ〜、くっそー、直に見てみたかったぜ〜……っ!
誰か動画とか撮って…………ねーよなあ、やっぱ。
「野生イノシシ……強い。かなり。
それやっつける師匠たち……さすが。すげー」
凛太郎も、表情はやっぱりいつも通りだけど、鼻息がちょっと荒い。
……だよなー、男子ならアツくなるよなー!
「……そう言えば、千紗さんもカバンのヒモを使って、山の上からワイヤー滑り降りてきたって話だったっけ……」
「え、マジで!? 千紗ねーちゃんも!?
体育祭んときからスゲかったけど、やっぱあのねーちゃんもスっゲーよなあ!
かぁっけぇーー!」
見た感じ大人しそうだし、わりとちっこいし、話してもスゲー優しいねーちゃんだけど……。
あの運動神経とか、マジにスゲーもんなあ……!
「まあ、そうだね……それはあたしも同意する。
お兄も、『キモ潰した』って言ってたし……意外と、とんでもなく大胆って言うか」
「でもアリナ、チサねーさまのそんなところもお気に入り、でしょう?」
「……まあね。今回のことだって、お兄を助けようって必死だったからだろうしさ。
そういう一生懸命なところとか好きだし……何て言うか、年上のお姉さんだけど、かわいいなあ……って思っちゃうよね、やっぱり」
「うんうん、やっぱり恋する乙女は最強なんだよ〜。
――ね〜?」
ポテチをポリポリとかじりながら、急に見晴がずいっと身を乗り出してきたと思うと……。
なんか意味ありげに笑いながら、軍曹とアリーナーを交互にチラチラと見る。
「……な、なに、見晴ちゃん? なんか言いたそうだけど……」
「う〜ふ〜ふ〜……それはぁ〜」
見晴が何か言おうとしたそのとき――スマホの着信音が鳴った。
その見晴のポケットからだ。
「あ。ママから〜。
……ごめーん、ちょっと向こうで電話してくるね〜」
「え? あ、うん……」
スマホを見た見晴は、相変わらずのふわーっとした足取りで、席を立って人がいない方へ歩いて行った。
「……また見晴ちゃんは……何を言うつもりだったんだか……」
苦笑しながら、見晴の背中を目で追うアリーナー。
……と、その間に……。
見晴がいないならちょうどいいと思って、オレは軍曹と向かい合う。
「な、なあ軍曹……お願いがあるんだけど!」
「な、なんですか急に、あらたまって……。
――はっ、まさか!
今になって、おサイフを忘れたからお金を貸してくれ……とか、たわけたことをぬかすつもりじゃないでしょーね?」
「ち、ちげーよ! そうじゃなくて……!
その……許可が欲しくてさ!」
「許可…………発砲許可?」
軍曹は首を傾げながら、バッグからいつものエアガンを出してみせる。
「それもちげーよ! だからさ、その……。
――ほら、今、師匠もリアニキも旅行で広隅にいないだろ?
だから……昨日は大丈夫だったみたいだけど、今日も何も出ないとは限らねーし!
だから――」
「……もし、お兄たちが帰ってくるまでに〈呪疫〉が出るようなことがあったら……。
自分も、〈ティエンオー〉に変身して戦わせろ、って……そういうこと?」
アリーナーがマジメな顔で、オレの言おうとしてたことをフォローしてくれた。
オレはすぐにうなずく。
「そ、そう! そういうこと!
軍曹が1人でなんとかする気なのかも知れねーけど、オレだって、手伝いぐらいは出来ると思うしさ……!」
軍曹も、マジメな顔で腕組んで、「うーん……」ってうなる。
「勇者様から変身を止められていること、ちゃんと覚えてますよね?」
「わーってるよ! でも師匠は、『勝手に変身するな』って言っただけで、『二度と変身するな』とは言ってねーし!
だからこーやって、軍曹に許可くれって言ってるんだろ?」
「基本おバカなくせして、こーゆーことは良く覚えてて、頭も使いやがりますねえ、まったく……」
「軍曹がつえーのは知ってっけど、1人よりは2人の方がいいと思うしさ!」
「……1人の方が、身軽で良いときもありますけどね。
ふーむ……アリナはどう思います?」
腕組みしたまま、軍曹がアリーナーをチラリと見る。
答えるアリーナーは……なんか小難しい顔で、ちょっとうつむいてた。
「あたしは……戦いのこととかは、分からないから」
「そうですか……ふーむぅ……」
軍曹は今度は、オレの方に顔を向ける。
……そんで、身を乗り出しながら……青くて大きな目で、じっとオレを見つめてきた。
「……なな、なんだよ軍曹っ?」
ちょ、ちょっと顔、近くねーか……?
「いえ、調子に乗って暴れたがってるだけじゃねーだろーなコイツ……と、確認を」
オレから離れて、シートに座り直すと……。
軍曹は目を閉じて何かを考えるみたいにしながら、〈コアラたちの行軍〉を立て続けに3つ、口に放り込む。
そんで、それを飲み込んでから……小さくタメ息をついて。
薄目でオレを見て、言った。
「……とりあえず、それについては考えておきます。
ひとまずは――保留、ってことで」




