第220話 黄金はその裡もまた、輝く黄金であるのか
「「 はっ! 」」
様子見のような形で、何合か打ち合ったその後――。
俺と衛、2人の呼気と――木刀が。
真っ正面からぶつかり合い、重なる。
互いにタイミングを計ったような同時の打ち下ろしから、そのまま激しい鍔迫り合いに。
いや――違うな。
『計ったような』じゃない……本当に俺の動きに合わせてきたんだ、衛のヤツが。
「スゲーな……一種の『後の先』ってやつか?
俺の動きを確認してから合わせてきたよな、今」
ギリリ……と木刀を擦れ合わせながら、俺は素直な感嘆をもらす。
衛は衛で、楽しそうに片頬を釣り上げてニヤリと笑った。
「それが分かるんだから、裕真、キミだって相当にセンスがあるよ。
言っちゃなんだけど……大人でも、そこまで見切れない人は普通にいるから――ね!」
拮抗していた状態から、一瞬、巧みに力を逸らし――俺の身体が流れるのに合わせ、木刀を払う衛。
続けて、返す刀で額を――面打ちを狙ってくるのを、必死に打ち払いながら距離を取る。
その強引な動きで、当然俺の体勢は崩れ――。
しかしチャンスのはずが、衛はここぞと攻めかけては来ず……余裕をもって自分も構え直していた。
「……さすがの貫禄だな、まったく……」
思わず、軽口が口を突いて出る。
もちろん俺は、勇者としてのチカラは抑えた上で、この剣道勝負をしているわけだけど……。
――やっぱりというか、衛は強い。
こうして実際に手合わせするとはっきり分かる。
ある意味、俺みたいな特技ナシの人間より、ずっと〈勇者〉に相応しい気がするんだがな……。
ホント、異世界の連中も、何を基準に喚び出す人間選んでるんだか。
「それと衛、センスあるって褒めてもらえるのは嬉しいけどさ……お前が手加減してくれてるから、なんとか形になってるだけだろ?
……て言うか、そもそも衛は剣道何段なんだ?」
「……僕? 初段だよ。
段位としては一番下っ端だね」
「げ……ウソだろ? 四段とか五段じゃねーの?」
俺が正直な感想をもらすと、衛は一旦剣先を下げて、笑みをこぼす。
「剣道の段位はね、認定試験を受けるためにも、二段は初段を取ってから1年以上、三段は二段から2年以上……って、決められた修業年数も必要だから……高校生で四段とかそもそもムリなんだよ。
……あ、ちなみに最高位は八段。十段じゃないよ」
「へえ、そうなのか……」
強ければ認定してもらえる――ってわけでもないのか。
やっぱり、武道ってのは精神性も大事だから……とかかな。
「……でも確か1年の頃、剣道部で二段ってヤツがいた気もするけど……」
「ああ、まず初段を取るのに中学2年以上って年齢制限があるんだけど、逆に言えば早ければ中学生で二段までは取れるんだよ。
ただ、僕は……その前に辞めちゃったからね」
……なるほど。
そりゃあ、午前中港で会った衛と同門の人が、衛が剣道辞めたことを惜しんでたわけだな。
「それと……裕真。
僕が手加減してるから何とかなってる、って言ったけど――」
改めて――衛が木刀を中段に構える。
同時に、空気が張り詰める気配がした。
「ケガをしないように、って気は遣ってても……手加減ってほどには手を抜いてないよ。
つまり、本当にそれだけ――キミも大したものだってことさ……!」
「そいつぁ……光栄だ、ね――っとと!」
とっさに木刀を掲げ、衛の鋭い踏み込みからの面打ちを受け止めた――と思いきや、そのまま身体ごとぶつかられる。
さらにそこから、強引に鍔迫り合いにもつれ込まされるや否や……。
木刀で俺を押す反動を利用して素早く退がりつつ、もう一度面を打ち込んできた。
反射的に何とか防御するも――。
そこからまた踏み込んできた衛は、今度は、面の防御でガラ空きになった俺の胴を薙ぎ払おうとしてくる。
「うおわ――っ!?」
防御は間に合わないと踏んで、思いっ切り後ろに跳んで何とかかわすも……バランスが崩れた俺は、そのままブザマに尻もちをついた。
だけど衛は、追い打ちはもちろん、そんな姿の俺を笑うどころか……驚いた、とばかりに目を丸くしていた。
「……いや、ホントにスゴいね裕真。
ただ運動神経が良いってだけじゃ、今のはそうそうかわせなかっただろうに。
それこそ、実戦経験によるカンみたいなものがないと」
「あ、ああ、まあ……俺も、ガキの頃はそこそこケンカもしたし……。
それにほら、お前にも話したろ? イノシシと命がけで戦り合った、って。
……多分、そういう経験が活きてるんじゃないか?」
「なるほど……それは確かに大きいだろうね。
本当に生きるか死ぬかの状況なんて、そう出遭うものじゃないし」
俺が体勢を立て直すのを待って、衛も新たに構えを取る。
ただし、中段でなく――。
木刀を振りかぶって……上段に。
「――え……!?」
「さあ、行くよ!」
かけ声とともに、これまでよりさらに鋭い踏み込みで詰めてくる衛。
当然ながら、上段に構えているってことは、振り上げる動きが省かれる分……中段よりも面への攻撃は早い。
だが同時に、切っ先が上向いてるだけに、腕が――籠手がこちらに近く、反撃もしやすいってことで――!
俺は今が勝負時と見て――。
衛の右腕目がけ、カウンター気味に木刀の先端を当てに行く!
それは、半ば突きに近い軌道で……。
衛の振り下ろしよりも速い――――はずだった。
――しかし。
衛は、俺の狙いを完全に読んでいたのか……。
俺の反撃が当たる寸前で、右手だけを木刀から離して引きつつ――。
半身になって、コツンと軽く――すれ違いざま俺の頭頂に、一撃を食らわせていった。
「面一本。……僕の勝ち、だね」
ニコリと笑う衛に……俺は木刀を当てられたところを擦りながら、苦笑を返す。
「……ああ……参った。
ホントに参った。俺の負けだ」
今の一撃は、わりと本気で勝ちを取りに行ったのに……見事に返された。
まさしく……完敗だ。
「いやー……しっかし強いな〜。
やっぱり、シロートがどうにか出来る相手じゃなかったか〜……」
「裕真こそ。何度も言うけど、本当に大したものだと思うよ。
……さすが、我が2-Aが誇る『勇者』だよね」
さっぱりとした調子で笑いながら、木刀を使ってグッと背筋を伸ばしつつ……もといた椅子のところへ戻る衛。
俺も、それを追って……ふう〜、と大きく息を吐きつつ椅子に腰掛ける。
「さて……と。
僕が勝ったんだから、裕真……キミの問いかけには答えないよ?」
「……ああ。ま、しょうがないよな」
もともと、話を聞くためのきっかけだったとは言え……そういう約束でもあったし。
やっぱり言う気にならないっていうなら、ムリに聞くわけにもいかないしな。
――なんて、考えてたら……。
「でも……僕が勝手に話す分には構わないだろ?」
イタズラっぽい微笑みを見せて、そんなことを言う衛。
俺も思わず苦笑をもらしながら……ついタメ息をつく。
「……お前も結構、めんどくさい性格してるよな?」
「そこはそれ。
勝負は勝負として、キッチリ清算しておかないとね」
衛は椅子に座ったまま……ひゅん、といい音をさせて木刀を振るった。
……剣先のブレない、キレイな面打ちだ。
「……僕の実家は……剣道の道場やっててね。
じいちゃんが師範をしてるんだけど……これがまた強い人で、最高位の八段――全国で1000人もいない実力者なんだ。
で、まあ、僕も幼い頃から教わってたし、憧れの存在でもあったんだけど。
そのじいちゃんに、認められなくてね……僕は。
僕の――強さは」
もう一度、木刀を振るった衛は――。
しかし今度はその切っ先を途中で止めることなく、芝生を強く打ち付けた。
「認められない……?」
「……そう。
お前は、『本当の強さ』が分かってない――ってさ」
「……本当の、強さ……」
思わず、オウム返しのように繰り返す。
「……そりゃあね、例えば僕の強さが、増強剤みたいな薬を使ったものだとか、対戦相手に八百長をしてもらったとか……そういうものなら、認められないのも分かるよ?
――でも、僕は……間違ったことをしたわけじゃない。
これは、ちゃんと厳しく鍛錬して……正しく身に付けたチカラのはずなんだ」
衛は、木刀から離した右手に……その手の平に目を落とす。
「子供の頃……まだ弱い僕を助けてくれた、姉のような人がいてさ。
若くして亡くなったんだけど……その人との、約束でもあったから。
勇者――そう、勇者みたいな人であるように……って。
だから僕は、正しくあろうと、鍛練を積んで強くなった。
門下生の誰よりも――強くなったんだ。
なのに、じいちゃんは……そんな僕を、認めてはくれなかった」
視線を真っ直ぐ前へと向けた衛は……。
まるでそこに、そのじいちゃんがいるように――怒りをぶつけるように、目を細めた。
しかし、そうかと思うと……。
前進から力を抜いて、椅子にもたれかかりながら……気が抜けたように小さく笑う。
「……だからね、僕は剣道を辞めて……実家からも距離を置いてるんだ。
あのまま続けていても、僕の思う『本当の強さ』は身につかない気がしたし……やっぱり、何となく居づらくてさ。
だから今は……それを探してる最中、ってところ――かな。
……まあ……。
そんなことを言いつつ、逃げてるだけかも知れないけど、ね」
「……そっか……」
敢えて多くを語らず……俺は、ぽつりとその一言だけを口にする。
……衛のじいさんの言う『本当の強さ』が何を指しているかは、俺にも分からない。
でもきっと、腕っぷしとかの単純な強さを言ってるんじゃないんだろう。
それなら、衛は充分に強いんだから。
なら……心の強さ、とかを指してるんだろうか。
ただ、それならそれで……俺は、衛は持ってると思う。
『強さ』を。
あるいはそれを、衛自身が気付いてないだけなのかも知れない。
自分自身で……認めてないのかも知れない。
もちろん、そんな考え自体、違っているのかも知れない。
でも、だからこそ……。
俺は、正直な思いを述べることにした。
「俺は……間違いなくあると思うよ、衛の中には。
ただの腕っぷしだけじゃない……確かな『強さ』が」
「……裕真……」
口で言って、どうにかなるようなものでもないかも知れない。
だけど――。
「俺に出来ることなら、いつでも力を貸すから。
だから……見つかればいいな。
――『本当の強さ』、ってやつが」
俺は、そう言わずにはいられなかった。
そして、衛は……笑顔でそれに応えてくれた。
「……うん――ありがとう」
* * *
「……さて……と」
裕真には、まだ少し夜風にあたりたいから……って理由で、先に戻ってもらって……1人になって。
僕は、改めて――アパートの部屋の方へ設置してきた、とある〈魔導具〉のことを念じながら……精神を集中する。
それは、〈爪牙ある陽炎〉という名の水晶柱で……。
実体があり、感覚も共有することが出来る特殊な〈分身〉を生み出すものだ。
そうして、広隅の方で実体化させた分身を通じて、感覚を探ってみるけど……。
――特に何の反応もない。
一応、僕からこうして感覚を繋げなくても、何か反応があれば、逆にこちらへ還元してくるようになってるし、それもなかったってことは……。
どうやら今日は、〈呪疫〉もクローリヒトたちも、大人しくしていたみたいだ。
「……なら、まあ……いいか」
僕はタメ息混じりに、魔導具との接続を切る。
……あくまでこれは、この旅行中に広隅で何かあったときのためのものだ。
何もないのなら、少なくとも今日はもう使う理由もない。
そうして一息つくと……思い出されるのは、さっきの裕真とのやり取りだった。
「……ずいぶん、話しちゃったな」
思わず、苦笑がもれる。
ついつい口が軽くなったのは……。
実際、見事な動きをしていた裕真との勝負に、思った以上に熱くなってしまったから――かも知れない。
「……まさか、あなたのことまで話してしまうなんてね……シローヌ」
僕の脳裏に、懐かしい……快活に笑う女性の姿が思い浮かぶ。
……初めて、勇者としてアルタメアに召喚された――中学1年生のとき。
右も左も分からない子供の僕を、世話してくれて……。
そして――。
弱く、未熟だった僕を助けるために――その命を落とした、姉のようだった女性。
『ずっと……みんなを守る、心正しい勇者でいてね』
今際の際に彼女が遺した言葉は、交わした約束は――今も、僕の胸のうちにある。
だから僕は、今までも――そしてこれからも、〈勇者〉であり続ける。
でも、そうして得たこのチカラが。
まだ『本当の強さ』じゃないと言うなら――。
僕は、そこへ至るまで――みんなを守る〈勇者〉としてのチカラを磨き、鍛え続けよう。
さらに、どこまでも強く……認められるまで。
彼女の願いが、その約束が、それによって得たこのチカラが――。
決して、間違いなんかじゃない……そう証明するためにも。
この道の先にあるものこそが……。
みんなを守る――『本当の強さ』なんだ、って……!