第219話 人狼&吸血鬼、真夜中の騒音撲滅大乱闘!
――そんなこんなで……オレは。
勝手に首を突っ込んできやがった質草のヤローとともに、30人からを相手に大乱闘をやらかすハメになっちまっていた。
……ったく、このテのバカは卒業したつもりだったのによ……!
「――おぉらあぁッ!!!」
気合いを込めて思いっ切り――やると、とんでもねえことになっちまうんで……。
声だけは威勢良く、しかし適度に力は加減をして――バットで殴りかかろうとしていたヤツをパンチ1発で吹っ飛ばす。
続けて、そのスキを突こうと横合いから殴りかかってきたヤツも……ムチャな姿勢からでも関係無く、脚を繰り出して強引に蹴り飛ばしてやった。
それでも、さらに今度は蹴りのスキを狙うヤツもいるわけだが……。
ソイツは割って入った質草のヤツが、土手っ腹から顔面へと繋がる二段蹴りで黙らせやがった。
「黒井ク~ン……何も考えずに突っ込まないで欲しいんですけど」
「ああ? っせーな、誰が手助けしろっつったよ。
そンならほっときゃいいだろーが!」
文句を言うために振り返ると……たまたま質草の死角を狙ってるヤツが目に付いたんで、そいつの顔面に靴の跡を付けてやる。
「手助けなんかしませんよ、面倒くさい。
ボクが言いたいのはですね、キミに無作為に動き回られると、こっちの割り当てがムダに増えて困る、ってことです。
……ボクがしたいのは、あくまで『ちょうどいい運動』ですから」
「それこそ、オレの知ったことじゃねえってンだよ!」
質草の態度にムカつく傍ら、背後に気配を感じたオレは……。
振り返りざま、頭を狙ってきたバットのフルスイングをかがんでかわす。
と――そこを狙って飛びかかろうとしていたヤツを、質草が、オレの頭上をかすめる後ろ回し蹴りで打ち落としやがった。
――ってか……!
「っぶねーな! オレに当たったらどーすんだテメー!」
ハッキリ言って、食らって一番イテえのは間違いなく、〈吸血鬼〉のコイツの攻撃だからな……!
「あ、まあ……ええ。
そのときはそのとき、ですかね」
「――そこは否定しろよ!
ったく、テメーは……! ケンカ売ってンのか!」
「あ〜、売りたいですねえ、売れるものなら。
今まさに、何十人にも押し売られて在庫余剰気味ですし?」
「いや、勝手に首突っ込んで来たのはテメーの方だろうが……」
「あれ、そうですか?
黒井クンからボクに泣きついてきたんじゃありませんでしたっけ?」
「――でっち上げにも限度があンだろが!
テメェ~……マジでケンカ売ってンじゃねーだろーな!?」
「あ〜、売りたいですねえ、売れるものなら。
今まさに、何十人にも押し売られて在庫余剰気味ですし?」
「会話をループさせてンじゃねえよ!」
質草の人を食った態度にイラッときて、つい、向かい合っての言い合いになる。
そこへ、質草の背後から木刀で殴りかかってくるヤツが見えたので、とりあえず――。
質草の頭を狙うようなハイキックでその木刀ヤローを蹴り飛ばしつつ――質草本人への威嚇も込めて、こめかみで蹴り足を寸止めしてやる。
……が、まったく同じ動きを質草のヤツもしていて……。
しかもこっちは、キッチリとオレのこめかみに、軽く蹴りを当ててきやがった!
「あ、失礼、目測を誤りました」
「ウソつけ! ぜってーワザとだろーが!」
オレたちは、伸ばした蹴り足はそのままに――。
軸足だけを回転させて後ろ回し蹴りに変え、互いの背後からさらに詰めてきていたヤツも蹴り倒す。
「……ったく……!
テメーとケンカすることになると、テメーの相手の方がよっぽど疲れンぜ……」
「まあまあ。その分、ボクはストレス発散出来てるわけですし」
「オレで遊んでンじゃねえ!!」
……そうして……まあ、質草に振り回されて気疲れしつつも。
結局は、1発ももらうことなく――時間にすれば数分で。
オレと質草は、30人全員をブチのめしきっていた。
――つってもまあ、適度に加減はしてある。
どいつも、病院に担ぎ込まれるような大ケガはしてねえハズだ。
で、それはいいんだが、問題は――
「……逃げられましたね」
「あンのヤロー……逃げ足だけは相変わらずかよ……!」
肝心のオグのヤツは、いつの間にか姿を消していた……ってことだ。
多分、オレたちが乱闘に夢中になってるうちに、こっそりと逃げやがったんだろう。
……ったく、いちいちイラつかせてくれやがって……!
「チッ……結局、アイツに感じた妙なニオイの正体も分からずか……」
「ニオイ……?
ああ、確かにあの彼、何か妙な気配してましたね」
オレのぼやきを拾って、質草は……さっきまでオグがいた、廃材の山を見上げる。
「妙と言えば……彼らもですね」
「ああ?」
続けて質草は、その場にのびている連中を見回す。
「彼らのほとんどは、反応からして……黒井クン、キミのことを知っていたわけでしょう?
ケンカになる瞬間はともかく、何人かブッ飛ばされれば……〈餓狼〉は健在だと、ビビって逃げてもおかしくないはずです。
なのに……誰一人、そんな素振りはなかった」
言われてみりゃ……確かに。
オグのヤツが、強烈なカリスマを発揮して、コイツらの忠誠心を――って、どう考えてもアイツはそんなキャラじゃねえしな。
「……なら、アイツに従えば、なんか相当にウマい話にありつけるから、とか……。
それとも逆に、弱みでも握られて脅されてる――とかか?」
オレは、手近なヤツを起こして聞けば手っ取り早いとも考えたが……そもそも全員気絶させちまったんだった。
……これを起こして聞くのは……さすがに面倒くせえな。
一方、質草は、ハナからコイツらに聞く気なんざなかったように、一瞥もくれずにさらっと答えやがる。
「利に聡いような人間なら、それこそ真っ向から黒井クンの相手なんてしませんよ。
弱み――っていうのも、この人数となると、それこそガチの犯罪集団でもなければ難しいでしょうね」
「じゃあ……なんだってんだよ?」
「それこそ……逃げた彼の『妙な気配』じゃないですか?
あれ……マトモなものだと思います?」
「ああ? いや……。
あれは……そうだな、近いところで言えば、それこそ――」
思いつくまま答えを口にしようとして――ハッとなる。
「まさか、オグのヤツ……〈呪疫〉に憑依とかされてやがるのか!?」
質草は、小さくうなずいて肯定した。
「……確証はないですけどね。
でももしそうなら、魔法というほどではなくても、その〈闇のチカラ〉を暗示的に使って、一種のカリスマめいた効果を得ることは出来るかも知れませんし」
「チッ――! ったく、あのバカが……!
クソ面倒くせえことになりやがって……!」
そういうことなら……アイツのあの変わりようも納得がいく。
だが――
「……けどよぉ、質草。
この間の、あの謎の魔剣の騒動のとき……確か、〈世壊呪〉はチカラを吸われてた――って話だったよな。
で、それを証明するように、あれ以来〈呪疫〉の出現は大幅に減ったはずだ。
そんな中で、オレたちの監視をかいくぐって、アレが誰かに憑依するとか……難しいんじゃねえのか?
それに……アイツの妙なニオイが〈呪疫〉のそれだったら、さすがに気付きそうなモンだがな。
……いや、確かに似ちゃいたが……微妙に違うっつーか……」
「そうですね……。
まあ、ただ単に、あの騒動より前――わりと頻繁に〈呪疫〉が出ていたときに、すでに憑依されていたのかも知れませんが……。
あるいは、もしかしたら――」
「……なんだよ?」
オレがすぐに問い直すと……質草は改めて周囲を見回し、提案してきた。
「……それより、とりあえず、この場を離れませんか?
警察のお世話にでもなろうものなら、それこそおやっさんたちに迷惑をかけてしまいますからね?」
それはもっともだと納得したオレは、さっさとバイクのもとへ戻ると……。
質草をケツに載せてある程度走り、適当な公園の側で停まった。
バイクを降りた質草は、すぐ近くの自販機でコーヒーを買って……1つを、オレに投げ渡してくる。
「……いくらだ?」
「いやですねえ、それぐらいはおごりですよ」
「確認しとかねーと、テメーは後でとんでもねぇこと言い出しかねねーからな」
鼻を鳴らしながら、コーヒーを開けて――ぐいと一気に傾ける。
結構暴れたからな……思ったより喉が渇いてたか。
「……で? さっきは何を言いかけたんだ?」
「そうですね……」
質草もコーヒーを開けるが……こっちは、軽く一口含んだだけだ。
「ハッキリ言って、あくまで推測の域を出ないんですが……。
〈世壊呪〉が、魔剣にチカラを吸われたことで、〈呪疫〉の出現も減り……ボクらは、まあ、〈世壊呪〉が弱ったんじゃないかと考えたわけですけど……。
――それが、逆だとしたら?」
「逆――って、どういうこったよ?
チカラを吸われて強くなる――ってか? おかしくねえか?」
「……フム……。
黒井クン……筋肉って、どうやって鍛えられるか、知ってます?」
「ああ? ンなモン……使えば強くなるし、使わなきゃ弱くなる……そういうモンじゃねーのかよ?」
オレが答えてやると、質草はあからさまに眉をひそめてタメ息をつきやがる。
……ンのヤロー……。
やっぱさっきの乱闘のとき、間違えたフリして1発ぐらいブン殴っとくべきだったか?
「まあ、それも間違いではないんですけどね……。
いいですか、黒井クン……筋肉は、負荷をかけるから鍛えられるんですよ。
つまりいわば、筋肉に、『今のままじゃ弱い』と思わせるんです。
それによって身体は、次はかけられた負荷を乗り越えられるように……と、以前より強い筋肉をつけようとします。これが鍛えるってことです。
……まあ、別に筋肉に限った話ではないんですけどね。
筋肉を例に出したのは、これならキミにも分かりやすいかと思ったからですが……」
「ケンカ売ってンのか――と言いたいトコだが、このコーヒーに免じて見逃してやる。
……で?」
「で?……も何も、分かるでしょう?
――同じことが、〈世壊呪〉に起きてるんじゃないか……って言ってるんです。
それなら、あの彼に憑依した〈呪疫〉が、キミの自慢の『鼻』をしても、似てはいるけど違う――って感じになったのも、〈世壊呪〉の影響を受けたとすれば分からないでもないですからね。
そう、要するに――」
質草は、コーヒーの缶を指で弾いた。
静まり返った真夜中に、甲高い音が響いて消える。
「一度、大きくチカラを吸われた〈世壊呪〉は――。
今後はそんなことがないよう、存在として、より強固になるために。
さらに強く――変化をしているのかも知れません」




