第218話 背中合わせは人狼と吸血鬼、向かい合うは勇者と勇者
「……ここか」
オレはバイクを降りると、古びた塀で囲まれた、もとは工場だった場所を見やる。
……最近、調子に乗って、度が過ぎるバカをやってるってウワサの元・舎弟の尾形――。
ヤツが、今夜はここでバカ騒ぎをやってるって聞きつけたから来てみたンだが……。
なるほど、確かに『バカ騒ぎ』だ。外からでも分かる。
夜中だってのに、うるせえことこの上ねえ。
「イイ歳こいて、カタギにメーワクかけんなっつったろうによ……!」
……この場所は昔、どこぞのゾクどもも屯ってやがったのを、オレがブッ潰して黙らせたところでもある。
地域がら、あたりに住んでるのはじーさんにばーさんばっかりで……そんな中の知り合いが、うるさくて眠れないってぼやいてンのを聞きつけたんで、何とかしたわけだが……。
そんなところで、またこうやってやかましいバカ騒ぎやらかすとか……。
オグの野郎――マジでオレにケンカ売ってやがンのか。
「……ったくよぉ……。
イタい目みねーと分からねえとか、動物以下だな……!」
オレは思わず拳の骨を鳴らして――真っ正面から門を乗り越え、堂々と工場の敷地内に足を踏み入れる。
工場の建物前、開けた場所に屯っていた連中が、一斉にオレに注意を向けた。
……ざっと、30人――ってところか。
バカ騒ぎもどこへやら、遠巻きにオレを取り囲んで……ざわついている。
まあ一応、ほとんどのヤツがオレのことは知ってるだろうからな……。
これが、やって来たのがオレじゃなけりゃ、早々に絡んでくるところなんだろーが。
「――よお、『クロさん』、久しぶりぃ!」
そのとき――ざわつきの合間から、人を小バカにした調子の大声が飛んできた。
応じて、見上げれば――。
奥の方、廃材の山の上に、さしずめ王様だとでも言いたげに座り込んでる、ガタイは良いがチャラい格好のヤローが1匹。
――オグだ。
「オグぅ……オレを犬ッコロみてーに呼ぶな、っつったよなぁ?
調子に乗ってるとは聞いてたが、ここまでとは思わなかったぜ。
――覚悟は……出来てンだよな?」
オレは、オグをニラみ上げる。
しかし……なんだ?
ヤツに何か、妙な違和感を覚えるっつか――。
オグは確かに、すぐに調子に乗ってハメを外すようなバカだったが……。
それでも、あんな歪んだ笑い方をするようなヤツじゃなかったハズだ。
それに――――妙な『ニオイ』がしやがる。
もう少し近付かねえと、ハッキリしねーが……なんか、イヤな雰囲気のニオイだ。
「……おらオグ、とっととここまで降りてこいや。
動物以下のテメーは、オレが直々にしっかりしつけ直してやるからよ?」
「お〜、恐ェ恐ェ! クロさんはやっぱ恐えよなあ!
……つーわけでさ、お前ら、何とかしちゃってくれよ!」
ヘラヘラと笑いながら、オグが声を響かせると――。
オレを取り囲んでいた連中が、ゆっくりと輪を狭め始めた。
「そーそー、いくら昔〈餓狼〉とか言われてても、今じゃお行儀の良い犬ッコロ――タダのダイガクセーだからなあ?
お前らみんなでやっちまえば、大したことねーって!」
「そう思うンならよぉ、テメーが真っ先にかかってこいや?」
「なーに言ってンのクロさん、ラスボスの出番は最後に決まってっだろ?
――ンじゃま、頑張ってくれよ!」
オグの声に応じて……周りのヤツらが一気に距離を詰めてくる。
ハッキリ言って、負ける要素なんざねえんだが……。
さすがにこの数を一度に相手すると、1発ぐらいはいいのをもらっちまうかも知れねえ。
問題は、それでおやっさんやお嬢にケンカしたことがバレて、アレコレ心配されちまうことなんだよなあ……。
「チッ……まあ、なんとか1発ももらわねえようにするしかねーか……」
オレが、面倒くささに思わずタメ息をついた、その瞬間――
「ぐおっ!」「うげっ!」
背後にいたヤツらが、いきなりうめき声を上げて地面に転がり……。
そこに空いた隙間を抜けて、人影が1つ――悠々と、オレの方へ近付いてきた。
「って、テメー……!? なんでここに!」
「まあ、そりゃあ……ボクも同じ情報を入手したから、ですね」
しれっとそんなことを言いながら、改めてオレと背中合わせになるように立ったのは――。
いつもの糸目で、ニコニコとイラつく笑みを浮かべた質草だ。
「これはオレのケンカだ、テメーは関係ねーだろ」
「ええ。ですからまあ、ボクは単にちょっと運動したいだけなので、お気になさらず」
「ああ!? だから、ケンカだっつってンだろーが!」
「ええ。ですから、ちょうどいい運動だと」
やはり、いつもの調子でしれっと答える質草に、オレは何を言う気も失せちまった。
もう、ハッキリ言って相手すンのがめんどくせえ……!
「……ったく――勝手にしやがれ!」
「ですから、お気になさらず、って言ったじゃないですか」
オレが、半ばイラ立ち紛れに手近なヤツをブン殴るのに合わせて――。
質草もまた、目に付いたヤツを容赦なく蹴り飛ばし――。
それが、合図だったように。
残った連中は、一斉にオレたちに襲いかかってきたのだった。
* * *
――友達と行く旅行の夜と言えば、みんなで遊んだり、いろんな話をしたりと、盛り上がるものだ。
当然、今回の旅行もそうなると思っていたし、実際、みんなそのつもりでいた。
バーベキューの後、別荘の(これまた結構広い)お風呂で順番に汗を流し、ラフな格好に着替えてからリビングに集まり……。
さあ夜はこれから、と意気込んだものの――。
手始めに、と別荘に置いてあった人生再現系のボードゲームを始めるも、思ったほど盛り上がらず……結局1ゲームをこなしたところで、お開きになることが決定する。
――その理由はカンタンだ。
みんな、とにかく眠かったのである。
……でもまあ、そりゃそうだろう。
今日はみんな朝が早かった上に、動き通しだったし、イノシシ騒動なんかもあったわけだしな。
一応、常人よりは体力のある俺や、そもそも体質的にあまり眠らなくても問題ないハイリアなんかは、それほどでもなかったんだけど……。
全力で走りまくったイタダキと、弁当の用意もしてくれた女子勢はさすがに全滅状態で……まだ明日以降もあるんだし、もうムリせず寝よう――ということになったのだった。
ちなみに、パジャマ姿の鈴守が、等身大のぬいぐるみを抱くみたいにおキヌさんを抱え、2人してうつらうつらと船を漕いでいる様子は、最高に可愛かったと付け加えておこう。
……まあ、そのまま無意識に絞め落としたりしないか、ちょっと心配だったけど。
そうして――。
イタダキは自分の部屋に。
残る俺たちが、それぞれ男子と女子の部屋に分かれて戻って……。
ベッドに潜り込むと、実家の使い古したやつに比べて、格段に寝心地が良かったから……こりゃ俺も朝まで爆睡だなー……なんて思ってたら。
ふと……別にトイレに行きたいってわけでもないのに、目が覚めた。
部屋の中より、外の方が月明かりで明るいぐらいで……枕元のスマホで時間を確かめてみると、まだ深夜だと分かる。
どうやら、言うほど爆睡も熟睡もしなかったらしい。
「……まあ、そういうときもあるか……」
小さくつぶやき、ついでだから水でも飲んでくるか――と周囲に目をやると。
……ハイリアは自分のベッドの中にいるものの、衛の姿が見えない。
トイレにでも行ったんだろうと思いつつ、ベッドを降り……部屋を出る前に、なんとなく月明かりに誘われるようにベランダに向かうと。
「……お?」
眼下……バーベキューをした庭に、椅子に座っている衛を見つけた。
特に何をしているという感じでもないから、ただ夜風に当たってるってところだろうか。
まあ、確かに風が気持ち良さそうだしな。
だけど……何となく。
その姿に、俺たちとアイツとの距離みたいなものを感じた気がした俺は……。
お節介って言えばそうなんだろうけど、つい、後を追うように庭へと足を向けていた。
「……あれ、裕真?」
「よう。ベランダから見えたんで、つい、な。
……邪魔していいか?」
「どうぞ。ボーッとしてただけだからね」
こっちに気付いた衛とやり取りを交わし、俺も、側にあった椅子に腰を下ろす。
――遠間に、静かな波の音が聞こえていた。
「そう言えば……。
前、僕の家で鍋パーティーしたときも、夜中に裕真と話したっけね」
「……そうだな。妙なところでタイミングが合うな、俺たち」
「――え。なにそれ、口説き文句?」
「違うっての!
……ったく、カンベンしてくれよ……」
俺は、大ゲサにタメ息をつき……。
そして改めて、衛を――真っ直ぐに見た。
「……なあ、衛。
お前、あれだけ頑なに実家には『帰らない』って……何かあるのか?」
……バーベキューのときから――いや、もっとずっと前から気になっていたことだ。
衛は強いはずなのに、剣道から遠ざかって……そして、実家はその道場だというから。
きっと、それらのことは関係あるんじゃないかと考えて……俺は、率直に聞いてみた。
……もちろん今でも、話したくないのをムリに聞くべきじゃないと思ってる。
だけど……こうやって一度話を振っておけば、その気になったときに打ち明けやすくなるんじゃないか、って――そんな風にも考えて。
「もちろん、言いたくない――ってことなら、ムリには聞かないけどさ。
もし、何かあるなら……話すだけでも、気が楽になるだろうし」
「………………。
単に、じいちゃんと顔を合わせたくないだけ――って言っても、納得しないかな」
「……そうだな。
その言い方だと、絶対話さない――じゃなくて、話そうかな……って意志が見えるからな。
――よし、それじゃ……きっかけを作ってやるよ」
俺は小首を傾げる衛にちょっと待ってるように言って、別荘の玄関へ向かうと……。
そこの傘立てに入っていたものを2つ、持ち出して戻ってきた。
そして……1つを、衛の前に放る。
「これ……木刀?」
「おう。この別荘に着いたとき、傘立てに入ってるのを見つけてな。
2つあるってことは、多分、イタダキがもっとガキの頃、弟と冒険ごっこでもやるときに使ってたやつだろうさ」
「これで何を――って。
……ああ、なるほど……?」
俺の考えを察したのだろう衛は……苦笑をもらした。
「軽く一勝負して、僕が負けたら洗いざらいブチまけろ――って?」
「……さすがにそこまでは言わねーけど……。
ま、そんなようなモンだ」
「……でも裕真……。
せっかくだけど、僕はもう剣道は――」
「辞めたし、関わりたくない、って言うんだろ?
でも……あの、イノシシを相手にしてたときのお前を見てて……。
剣道そのものが根本的に嫌い、ってわけじゃなさそうだ――って、感じてさ」
俺は、衛の前に放った木刀を拾い上げると……改めて、そっと差し出す。
「なら……溜め込んでるものを話すきっかけにするには、それこそ、うってつけなんじゃないか?」
「…………なるほど、ね」
衛は――俺の手から、木刀を受け取ってくれた。
「……あ、だけど俺は、剣道なんて、中学の頃に授業の一環でちょっとかじったぐらいだから……手加減はしてくれよな?」
苦笑気味にクギを刺しながら、俺は……。
自分の木刀を、オーソドックスに中段で構えてみせる。
――アルタメアで主に使っていたのは、こっちでいう『霞の構え』ってのに近い構えみたいなんだが……あれって確か、剣道の基本、いわゆる『五形の構え』じゃないはずだからな。
いきなりシロートが、そんな特殊な構えをするのはいくら何でもヘンだと思うし。
「分かってるよ。
防具も無し、しかも木刀となると、わりと危ないからね」
衛も、木刀の感触を確かめるように、軽く――しかし鋭い素振りをすると。
「じゃあ……裕真。
せっかくだ、キミの腕前……見せてもらおうかな?」
ニッと楽しそうに笑いながら、俺と同じく、中段に構えを取る。
俺と違い……恐ろしく、スムーズな動きで。
「いやだから、俺はシロートだぞ、分かってるよな……?
ホント、マジになるのはやめてくれよ……?」
想像以上に乗り気になった衛を前に――。
俺は、引きつったような苦笑を浮かべずにはいられなかった。




