第20話 純喫茶に集う彼ら――〈救国魔導団〉
――純喫茶〈常春〉は……その良い具合にレトロな雰囲気に相応しい、駅前からは離れた、少しばかりうら寂しい路地の奥にある。
ナポリタンが美味いと、最近ちょっと評判になってきているらしい。
友人としては「良かったじゃないか」と素直に祝福してやりたいところだが……果たして当の店主は、『客が増え過ぎては』と、少々複雑な心境かも知れない。
「いらっしゃいませー……って、あ、西浦さん」
「やあ、鳴ちゃん。
久し振り――でもないな。この間会ったばかりか」
高校の制服の上からエプロンを着けただけの、簡素なウェイトレス姿で迎えてくれたメガネの少女は、白城鳴――私の友人である店主の娘だ。
今日もアルバイト――というか、お手伝いだろう。
「よお、西浦君。良く来てくれた」
「まあ、昼メシのついでにな……というには、少し遅いか?」
私は、同い年ながら貫禄たっぷりの店主に示されるまま、彼の目の前のカウンター席に落ち着く。
――この〈常春〉は、小さなテーブル席が三つに、カウンター席が十ほど。
外見から想像するよりは奥行きがあって広めだが、それが客で埋まっているところは、少なくとも私は見たことがない。
今日も、一番奥のカウンター席に、ツナギを着たひょろりと背の高い青年と、テーブル席を一人で陣取りパソコンを広げている、落ち着いた雰囲気の青年……常連の二人しかいなかった。
いや、というよりは……。
「ああ、そうだ。
キミが来ると聞いたからな、普通の『お客さん』にはちょっと遠慮してもらったのだよ」
私の思考を読んだようにそう言った店主は、湯気の立つコーヒーを差し出してきた。
受け取って一口含む。
……うん――良い香りだ。
ナポリタンだけでなく、こちらで有名になってもおかしくないんだがな。
「ふむ。なら、さっさと話を済ませようか」
「……分かった。
――じゃあ質草君、頼むよ」
「そこは『ポーン参謀、例のアレを』とか言ってほしいですね、〈将軍〉?」
テーブル席にいた青年――質草が苦笑しながら、広げていたパソコンを手に、私の隣にやって来る。
そして、そのディスプレイをこちらに向けた。
「先日、強盗事件が起こった銀行の、監視カメラの映像です。
拾えたのはこれだけなんですが……」
「! 強盗って、確か――」
私は首を巡らせて、側で状況を見守っている鳴ちゃんを見る。
彼女はこくんと頷いた。
続いて、質草が説明を差し挟む。
「……そう、お嬢が巻き込まれて人質になった事件なんですが……。
お嬢によると、人質はみんな、あんな状況なのに不可解な眠気に襲われたらしくて。
しかも事件自体も、警察が突入したときには、強盗たちはみんな眠るか気を失っていたという話じゃないですか?
警察は、強盗たちの中で揉め事になったんだろうって解釈に落ち着きましたが、腑に落ちなかったので、ちょちょいと監視カメラの映像をさらってみたら……これが」
「ちょちょいと――なあ……」
私は苦笑を噛み殺しながら、質草が再生する動画を目で追った。
……どこかの部屋の前……かなり広い廊下の一部を映したものらしいが……。
正直画質が良いとは言えないその映像の中に現れたのは、特撮番組の悪役とヒロインのような、二つの人影だった。
二人は戦っているようだったが、途中から激しい光が映像を覆ってしまい……よく分からないうちに、カメラの視界に残るのは、悪役めいた男だけになっていた。
そして、その男が部屋に入るところで……映像は終わる。
何も知らない人間なら、ただの出来の悪い自主制作の動画かと思うだろうが……。
残念ながら、というべきだろうか――私は違う。
「……なるほど、彼らが……」
「――そう。以前話した、シルキーベルと……クローリヒト、だ」
私が目を上げると、店主が頷いて答えた。
「これで、彼らが実在すると分かっただろう? 状況が大きく動いてきていることも。
だからだな――」
「しかし、まだ弱い。これだけじゃあ、な」
私は、店主の声をさえぎり、彼の望んでいない答えを告げる。
それに反応して、カウンター端に座るツナギの青年が舌打ちするのが聞こえた。
彼は確か――黒井、と言ったな。
「……ああ、だがカン違いするなよ? 私自身は信用しているんだ、全面的に。
だが……国の『認可』までは、さすがにな。
とにかく上を説得するにも、もっと材料が欲しいところだ。
せめて、この二人のどちらかの手掛かりがもう少しあればな……それをたどれば、さらに情報が得られそうなんだが……」
「それなら、あの事件の人質の人たちをあたってみようかと思っています」
質草はそう言うと鳴ちゃんを振り返り、頷き合う。
「最後にクローリヒトが入った部屋……そこが人質が集められていた会議室らしいんです。
実を言いますと、さっきの映像よりも前に、その会議室から凄い速さで飛び出る正体不明の黒い影も、一瞬、監視カメラが捉えてましてね。
――それもクローリヒトであるなら……方法が物理的にしろ魔術的にしろ、会議室から現れ、そして姿を消した彼を、人質の誰かが目撃しているかも知れない。
それとも、あるいは――」
「……その中の誰かが、クローリヒト本人かも知れない、か」
私は質草の言葉尻を継ぐ。
……なるほど、人質の目につくのを恐れたからだとすれば――不可解な眠気も、クローリヒトの『そうしたチカラ』によるものと説明が付く。
手掛かりとしては悪くない、探る価値は充分あるだろう。
「分かった。私の方でも、少しその線で調べてみよう。
お互い、何か分かったら……そのときにまた、話をしようじゃないか」
「うむ。よろしく頼む。
で――ナポリタンでいいのか?」
「ああ。最近話題の味、試させてもらおうかな」
――とりあえず、仕事の話は一段落ということだ。
私は肩の力を抜き、コーヒーを一口すする。
店主は調理の準備を始めながら……苦笑いを、カウンター奥の黒井に送った。
「もっとも、これのレシピを開発したのは、そこの黒井君なんだがね」
「……評判になったのは、おやっさんのウデがいいからっスよ」
黒井は照れたのか、顔を背けて、ボソボソとつぶやいていた。
その姿を見、カウンターから離れてテーブルに戻っていく質草を見、父を手伝ってキッチンに入る娘を見て……ふと、私の口からは言葉が漏れ出ていた。
「〈世壊呪〉とやらで、『彼ら』のための楽園を創る――〈救国魔導団〉か。
お前がそこまでするのは、やっぱり……」
「性分というのもあるだろうがね――」
フライパンを火に掛けながら――友人は、照れくさそうに笑った。
「やはり私自身が、かつて異世界の世話になった〈勇者〉だから――だろうな」