第217話 肉焼き野菜焼き、ついでに世話とかも焼くバーベキュー
「よーし、みんな、ジュースは持ったな?
んじゃ……。
――なんかもう、今日はホンっっトに……お疲れさまでしたーーっ!!!」
「「「「 おつかれさまでしたーー!!! 」」」」
おキヌさんの音頭に合わせて、俺たちみんな、手に持った紙コップを高々と掲げて乾杯する。
そんな俺たちの側では、頑張ってクーラーボックスで運んできた肉やら野菜やらが、別荘にあったバーベキュー台の上で良い音を立てて焼かれていた。
――時刻は夜。
前もって予定していた、別荘の庭を使ってのバーベキュー大会開始である。
野外用の椅子が足りなかったので、ちょっと行儀は悪いかもだけど、基本は立食形式だ。
ちなみに、あのイノシシ騒動については……。
肝心のイノシシが逃げ去った後だったため、通報を受けた警察とか地元の人が駆け付けてくれたものの、特に大きな騒ぎになることも無かった。
念のために――って、来た人たちはそのままイノシシを山の方へ追っていったけど……。
まあ、あのイノシシも、『もう人間の顔なんて見たくもない!』とか思ってそうだし……わざわざ姿を見せて捕まったりとかはしないだろ。
……なんて思っちまうあたり、俺もアイツに情が湧いたのかも知れない。
しかし、それはさておき……。
とにもかくにもバーベキューである!
ただでさえ、鈴守と、腹減ったなー、なんて話していたところにイノシシが現れて、あんな大立ち回りまでやらかしたんだ……。
これだけ良い音を立て、良い匂いを漂わせて焼かれるお肉サマを前に、ガマンなんざ出来るハズもない!
いただきますもそこそこに、俺は早速に割り箸を伸ばすが――。
ほぼ同時に、他の男子どもの箸も、網の上に攻め込んでくる!
「おいおい、なあ、みんな……?
お互い、ゆずり合いの精神ってのが大事だと思わないか……?」
「ああん?
ならお前らは、頂点たるオレ様に真っ先にゆずるべきだよなあ……?」
「そうだね、じゃあまずはイタダキには敬意を払って……ここから向こうは全部ゆずるよ」
「――おいコラ、そっち、野菜ばっかじゃねーか!
ちっ、こうなりゃ実力行使だ……攻めるのみよ!」
「そうはいくか……!
俺だって肉が食いたいんだよ!
このために空腹を耐え忍んできたんだからな!」
「同感! だからこそ……!
僕だって、肉のため、退くわけにはいかないね!」
俺たちの視線と割り箸が、せめぎ合い、火花を散らす中……!
「ふむ……争いとは、いつの世も醜いものよな……」
優雅に俺たちを見下ろすハイリアの紙皿には……。
なんと! ほど良く焼けたお肉サマがたっぷりと乗っかっていた!
「あーっ! ハイリア、テメーいつの間に……!
オレたちが争うスキを突いて略奪していきやがったな!」
「人聞きが悪いな。
余は魔王だ……正当な搾取、とでも言ってもらおうか?」
ニヤリと笑いながら、美味そうに肉を頬張るハイリア。
「テっメぇ~……ゆるさん! 一揆だ! 打ち壊しだ!
奪られたモンは奪り返してやんぜぇーーっ!」
「……それでいいのか頂点に立つオトコ……。
だが今は手を貸す! ただ肉のために!」
「魔王から肉を取り返せ!」
「フン、よかろう……!
まとめて返り討ちにしてくれる……!」
俺たち男子4人の割り箸が、肉を巡って激しく打ち合わされる――!
……と、思いきや。
「……はいはいはい、そこまでなー。
まったくも〜……ホンっト、男子ってヤツぁどいつもこいつも、図体ばっかりデカいガキんちょなんだからな〜」
鈴守と一緒に食材を焼いてくれていたおキヌさんが、俺たち男子の間に割り込んできたと思うと……。
大きなタメ息とともに、見事なトングさばきで――みんな平等になるよう、皿の上にひょいひょいと焼けた肉を放り込んでくれた。
続けて鈴守も微苦笑混じりに、同じように自分の担当領域から、俺たちに肉を分配してくれる。
「そんなにがっつかないでも、肉ならまだまだあるってンだよ。
ちょっとぐらい大人しく待てっつーの!」
トングをカチカチ打ち鳴らしながらの、ちっこいおねーさんのお説教に、俺たちは揃ってうなだれる――のもそこそこに。
「「「 いただきまーす 」」」
もらった肉を、夢中になって美味しくがっつくのだった。
――そうして、しばらく。
俺はもちろん、多分みんなもまだまだ満腹にはほど遠い……ものの、念願のお肉サマをある程度胃に入れて、ちょっとは落ち着いたこともあり――。
ようやく、思い思いにのんびりバーベキューを楽しむ余裕が出来ていた。
「……はい、赤宮くん、これ」
「お、サンキュ。
じゃあこっちもほい、ウーロン茶」
「ありがとうー」
鈴守から、焼けた肉や野菜を載っけてもらった紙皿を渡されるのと引き換えに……。
クーラーボックスで冷え冷えになってるのを注いできた、ウーロン茶の紙コップを、バーベキュー台側のテーブルに置く。
「……結構いっぱい載せてもうたけど……まだお腹、大丈夫やんね?」
「おう、まだゼンゼン余裕。
鈴守も、だろ?」
「うん、ウチもまだまだいけるで?」
鈴守は俺に応えてにっこり笑う。
……そう、そもそも体格からは想像しづらいが、鈴守はわりと良く食べる子である。
バーベキューが始まってしばらくは焼き役に徹してくれていたし、まだまだ、って言葉にウソはないだろう。
すごく良い笑顔で、焼きカボチャを美味しそうに頬張ってる姿なんか見ると、実にほっこりする。
いやー……やっぱりかわいいなあ。
……と、そうして鈴守を眺めていると。
その視界の端を、イタダキが横切っていくのが見えた。
クーラーボックスを置いてあるところから、紙コップを手に、なんかやたらと重い足取りで別荘のテラスの方に向かったイタダキは……。
どっかと、テラスに続く階段に腰を下ろし――しかめっ面で、自分の脚を揉んでいた。
ああ……アイツ、かなり足にきてるみたいだな。
――まあ、そりゃそうか。
イノシシから逃げるのに、いくらおキヌさんが小さいといっても、人一人背負ったまま猛ダッシュしてたわけだからなあ。
危機に瀕しての、火事場の何とやら……な部分もあるだろうけど、実際アイツは良くやったし、大したもんだと思う。
どれ、その頑張りを讃え……マッサージに見せかけて、異世界ナクレオで身に付けた気功術を使ってちょっとは回復してやるか――と、思ったら。
――俺よりも先に、ヤツに近付く人物がいた。おキヌさんだ。
機先を制された……ってわけでもないけど、なんとなくタイミングを逸した気がして。
そのまま、離れたところから様子を窺う。
「……ほらよ、マテンロー。食え」
おキヌさんは、イタダキが座っている階段に、肉と野菜が載ったものとタレが入ったもの、2つの皿を置く。
「お? おうサンキュ、気が利くな――って、ピーマンは苦えからいらねーんだけど」
「ああん? ゼータク言いやがって、まったく……!」
顔をしかめながらも、おキヌさんはピーマンを指で摘まみ……そのままタレにつけて、ひょいひょいと3つほど食べてしまった。
「……ほれ、減らしてやったぞ。
子供じゃねーんだから、残ってる分ぐらい食え」
「ったく、しょーがねーなー……」
「そりゃこっちの台詞だっつーの!」
口を尖らせながら、皿を挟んで反対側にドスンと腰を下ろすおキヌさん。
そうして、自分で自分の足をもみほぐしているイタダキの様子をチラリと見る。
「しかし、その…………なんだ。
ありがとな、マテンロー」
「ああ? な、何だよいきなり……。
テメーにわざわざ礼言われるようなこと、したっけか?」
「――それ、その足。アタシ背負って走りまくったからだろ?
お陰でアタシもケガせずに済んだんだし……礼ぐらい言ったっておかしかないだろ?」
自分の足に目を落とし、ああ、とつぶやくイタダキ。
「けどよー、そもそもオレがいきなり背中向けて逃げたから、あのイノシシもムキになって追っかけてきたんだろ?
まあ、だからオレは自分の尻ぬぐいしただけだ、別に礼とかいらねーよ。
それによ――」
イタダキは、皿に盛られた肉を指で摘まみ、口に放り込む。
そして、さっさと飲み込むと……前を向いたまま、珍しくマジメな調子で言った。
「ケガなんて、させるわけにはいかねーからな」
「! ンな――っ」
おキヌさんが目を丸くして絶句する――っていうか……。
その発言にはさすがに、様子を見ている俺も驚いた!
いや、俺だけじゃなく――
「いい、今のて……っ!」
「これは興味深いわね……!」
俺の左右至近距離から囁き声がする。
……ふと、気付けば――。
鈴守と沢口さんまで、俺と一緒になってイタダキたちの様子を窺っていた。
いやいや、それはともかく……!
まさかあのイタダキのヤツが、あれほどアッサリと、あんな発言をするなんて……!?
「まま、マテンロー、そ、それは……!」
「おう。何せこの旅行、別荘の話を出して、テメーらを連れてきたのはオレなんだぜ?
そりゃあ頂点たるリーダーとして、テメーらがケガとかしないように、無事に家に帰す責任ってモンがあるだろーよ」
自分で自分の発言に満足げにうなずきながら……また肉を摘まんでパクリといくイタダキ。
「………………」
俺も、鈴守も、沢口さんも、そして……おキヌさんも。
とりあえず、みんな仲良く言葉を失った。
「まあ……そもそも、だ。
おキヌ、テメーは色気の無いちんちくりんだが、女は女だ。
旅行のリーダーだから――ってのをナシにしても、女にケガさせるとか、見捨てて自分だけ逃げるとか……ンなモン、頂点に立つオトコのすることじゃねーからな?」
さも得意気に、いかにも良いこと言ったという風に……フフンと鼻を鳴らすイタダキ。
対して、おキヌさんは――。
ひょい、とピーマンを摘まみ上げたと思うと……。
「ちんちくりん……違わーーいっ!!」
タレもつけずに、イタダキの口の中に押し込む。
「うごがごっ!?」
「……ああもう、ったく……!
このおキヌねーさんとしたことが……!」
そして、勢いよく腰を上げ、大股で立ち去ろうとして――
「ぶみゃあっ!?」
何も無い場所でつまづいて、芝生の上に盛大にスッ転んでいた。
そして近くにいたハイリアに、ネコの子のようにひょいとサルベージされていた。
「……ま、やっぱりそうだよなー」
もしかしたら……!? とか思っちまったものの、いつも通りのお約束に落ち着くのを見て、小さくタメ息をつく俺。
まあ、イタダキのヤツの責任感自体は、一応、立派……なんだろうけどな。
……さて、一方……。
鈴守と沢口さんは、女子として俺とはまた別に思うところがあるのか、ヒソヒソと語り合っている。
「…………」
女子の語り合いに割って入るのははばかられるし、ヘタに意見とか求められてもなんか困りそうだったので、ひっそりと場を離れた俺は……。
庭の隅の方、木陰に、衛が1人でいるのを見つけて、そちらへ歩いて行く。
どうやら、衛は……電話をしているようだった。
「……うん、そう。言った通りだよ。
お盆にも帰らないから。――それじゃ」
衛にしては珍しい、トゲのある口調でそうつっけんどんに言って――電話を切る。
そして、眉間にシワを寄せて大きなタメ息をついた……かと思うと、近寄る俺に気付いたらしく、顔を上げて愛想笑いを見せた。
「もしかして衛、今の、実家からの電話とか?」
「ああ、うん……母さんから、ね。
お盆に帰省しないのか――って」
「で……帰らないのか?
お前の実家、そこまで遠くないんだろ?
面倒かもだけど、ちょっと顔を出すぐらい……」
「――帰らないよ」
ピシャリ、と――。
俺の意見も皆まで言わせず……。
遠く海の方を振り返り、その表情を見せないままに。
衛は、強い調子でそう言い切った。
……その後、みんなの方へ戻るときには、衛はもういつもの調子に戻っていたものの……。
俺は『帰らない』と言ったときの――そのときの衛の様子が、つい気になってしまうのだった。