第214話 ある日山の中、勇者に彼女、ミニマムと頂点
洞窟風呂を堪能した俺たちは、一旦別荘に戻り、荷物を置いて……。
今度は別荘の裏手の方から、山へ向かうことにした。
まあ、山と言っても、もちろん本格的な登山とかじゃなく……ちょっとしたハイキングってところで。
それも、もうそろそろ夕方だから、とりあえず様子見がてら近場を歩き回る……ぐらいな感じだ。
――で、明日以降遊ぶのにいい場所はないか……と、せっかくなんで手分けして興味ある方を探してみることになって、みんな思い思いに整備されたハイキングコースを選び……。
まあ当然というか、俺は鈴守と2人で行動してるわけなんだけど――。
「……赤宮くん、大丈夫? ちょっと疲れた?」
山歩き用に、動きやすいパンツスタイルに着替えた鈴守が、気付けば俺の顔を覗き込んでいた。
ハッと我に帰った俺は、あわてて大丈夫と手を振る。
「ああ、大丈夫大丈夫!
……こうやって山歩きしたりするの久しぶりだなあ……って思っててさ」
「あ、ウチも!
お父さんは発掘調査とかで結構フィールドワークもするんやけど、娘のウチは、あんまり家から出えへんから……。
うん、海も山もゼンゼンキライとか違うんやけど……」
俺のとっさのでまかせに、でも鈴守は素直に、はにかみながら返事を返してくれる。
……そう、せっかくの鈴守と2人きりでも、俺はつい、余計なことを考えてしまっていた。
もちろんそれは――洞窟風呂でハイリアと交わした会話についてだ。
アルタメアの〈魔王のチカラ〉は、こちらの世界から転移した〈世壊呪〉じゃないか――って考えたわけだけど……。
……以前ハイリアが解読した古書にあった、〈世壊呪〉を祓う〈聖鈴の一族〉ってのが、シルキーベルなのは多分間違いないとして……。
で、〈世壊呪〉と〈魔王のチカラ〉がハイリアの言うように同一の存在だとして……それが、この世界からアルタメアに送られたものであるのなら。
そのための『手段』が、〈祓いの儀〉であるのなら――。
果たして……。
シルキーベルは、そのことを知っているんだろうか――?
……実際のところ、〈祓いの儀〉の結果が〈世壊呪〉の『転移』あるいは『消滅』のどちらであっても、この世界においてはさほど違いはないんだと思う。
どっちでも、消えてくれるわけだしな――この世界からは。
だけどそれは、ゴミをちゃんと処理して土に還すのか、あるいはそのまま他所の家に押し付けるのか――といった違いがあると思う。
どのみち自分の家はキレイになるからと、関係ない誰かに押し付けて良いハズがない。
しかもそれは、事実としてその『他所の家』に災いをもたらしたのだから。
そして……これまで接する中で見えたシルキーベルの人物像からすれば、そんな『手段』を甘んじて受け入れるなんて、到底考えられなかった。
言動からしても、彼女は本気で〈世壊呪〉を『消滅』させるつもりで間違いないだろう。
じゃあ……結局はどういうことなのか?
ただ単に、長い歴史の中で、〈祓いの儀〉の意味が正しく伝わらず、単なる『消滅』だとカン違いされるようになったのかも知れない。
少なくとも、『転移』にしろ『消滅』にしろ、目の前から消え去るのは同じだろうから……実際にアルタメアにでも行かない限り、確かめようもないわけだし。
それとも、あるいは――。
誰かが、意図的にその事実を隠してしまっているか、だ。
聖鈴の『一族』っていうぐらいだ、シルキーベルの側には、彼女や能丸だけじゃなく、戦闘には参加しなくても、この事態に関わる人間はいくらかいるだろう。
そして、そんな組織だったものを動かしていると考えるには……シルキーベルも能丸も、多分若すぎる。
……となれば、彼女らには、指示を出す上位の人間がいると考えるのが普通で……。
そうした人間が……〈祓いの儀〉の事実を隠しているとしたら……?
「……ふ〜むぅ……」
「……赤宮くん……ホンマに大丈夫?」
「――へ? あ、ああ、大丈夫大丈夫!
いや〜、さすがにそろそろ腹が減ってきちゃったなー、って!」
また心配そうに顔を覗き込んでいた鈴守に……俺はとっさに、一応それなりに事実であることを口にして誤魔化した。
……ああ……ダメだダメだ!
もう、なにやってんだ俺!
せっかくの旅行、しかも鈴守と2人きりなんだから、切り替えねーと!
ハイリアのヤツも、『まだ情報が足りないし予測の段階だから考えすぎるな』――ってなこと言ってたのに……!
……それに、だ。
どのみち、シンプルに突き詰めれば――。
〈祓いの儀〉の事実がどうあれ、それを〈世壊呪〉に使わせるわけにはいかない、ってことに――。
つまり、亜里奈を守り通す、って根本的な方向性に……変わりはないんだからな!
「ん〜……そう言われると、ウチもお腹空いてきたかなあ……。
なんかお菓子でも持って来といたら良かったね」
山道を、さすが、女の子にしては軽快な足取りで登りながら、鈴守は楽しそうに言う。
それに対して俺も、ここまで考え事に気を取られていた分を取り返そうと、元気に笑ってみせた。
「いいよ。限界まで腹減ってた方が、この後のバーベキューが楽しみになるってもんさ!」
「もう……ムリして食べ過ぎて、お腹壊したりせんとってな?
まだ明日も明後日もあるんやから」
――そうして話しながら歩いていると、不意に視界が開ける。
俺たちが出たのは、ちょうど展望台のように、崖に迫り出す形で広く整えられた場所だった。
……と言っても、落下防止用に木の柵は立てられているものの、それ以外は特別人の手が入っている感じじゃない。
もともと自然にそうした地形だったところを、木を切り出したりして適度に整えたぐらいだろう。
「うわ〜……ウチら、結構高いトコまで来てたんやね……!」
柵のところまで行き、眼下の景色を確かめた鈴守が、俺を振り返りながら微笑む。
そんな、夕日……には季節柄まだ早いけど、ちょっと傾き始めた陽の光に照らされる鈴守の笑顔は――。
うん。控えめに言っても最高ってやつだな。
もうそれだけで満足してもいいんだけど、せっかくここまで登ってきたんだし……。
俺も鈴守の隣に立って、景色を見てみる。
ハイキング気分で登ってきた程度だから、さすがに『絶景』とはいかないけど……。
歩くうちに、俺たちは山を内陸から海側の方へ回っていたらしく――。
眼下のゆるやかな山裾は、多分その先が海に面した断崖になってるんだろう、さして広がることもなく、すぐにそのまま海へと繋がっているみたいで……。
山と海が直に繋がってるような、なかなか面白い光景を形作っていた。
「お……ここからだと、下の方を通る道なんかも見えるな。
さすがにちょっと遠いけど……誰か、ぐらいは分かりそうだ」
「ホンマやね。誰か通ったりするかな?」
「ん〜……平地の散歩コースの方選んだなら、もしかしたら通るかも」
俺は鈴守に答えながら……。
そっちの方のコースに行ったのは、確かおキヌさんだったよな、と思い出していた。
* * *
「うんうん、起伏もあんまし無いし、程よく森林浴も出来るし……。
なかなか良い散歩コースだねこりゃ。
朝に歩くと、さわやかで気持ち良さそうだなー」
海に近い山裾を、ぐるりと回るような形の散歩コースをぶらぶらと歩きながら……おキヌは満足げに何度もうなずく。
地面はさすがに舗装などされていないが、ちゃんと歩きやすいように均してあるので、むしろほどよく自然を感じられて、ちょうどいい具合だ。
「うん、ホントさわやかだ〜……。
――後ろにキサマがいなければなっ!」
満足げな様子から一転、いきなり振り返りざま――
少し離れて歩いていた人物を、ズビシッ!……と指差すおキヌ。
「……いや、それむしろオレ様が言いたいっつーの」
そこにいたアロハシャツの男子……イタダキは、眉間にシワを寄せながら言い返した。
「ったく……。
なんでオレ様がおキヌ、テメーの子守をしなきゃならねーんだか……」
「アタシゃ頼んでねーからな!」
「……池の方に行ったウタに言われたんだよ!
テメー1人だけだと、山道なんて危なっかしくて歩かせられねーってな!」
……そう。
この贈李島の名前の由来にもなった、名産品の『李』――。
当然それは、今はほとんどが人の手による栽培だが、昔から自生している場所もあり……近くの池がまさにそんなポイントの1つだということで。
興味を持ったウタ、ハイリア、衛の3人はそちらの方へ向かったのだが……。
その際、この土地に慣れていて、どこに行くでも良かったイタダキは、ウタから、1人で散歩コースを見に行こうとしているおキヌに付き添うよう、頼まれたのだった。
「ったく、ウタちゃんも大概心配性だよなあ……。
いくらアタシが、ちょーっとばっかし運動がニガテとはいえ、平坦な散歩コース歩くだけでどうにかなったりしないってんだよ」
「……さっき思いっ切りつまずいてスッ転んでたじゃねーか……」
「ち、違わい!
ありゃ、この身で直に大自然を感じようとしただけだい!」
「いや、そーゆーのは草原とかでやるもんだろ」
「ぬうう……!
マテンローの分際でナマイキな〜……!」
頬を膨らませてふんぞり返るおキヌの姿からは、ぷんすかと擬音が聞こえてきそうである。
「ったく……。
とにかく、危なそうな場所に行くわけでもなし、アタシがだいじょーぶなのは分かったろ?
キサマは今からでも別のルートに行ったらどーだ?」
「ほう……じゃあ、ウタたちが行った方より近いし、オレ様も、裕真と一緒のルートに行ってもいいんだな?」
「それは許さん。
せっかく2人きりにしたのに、おスズちゃんたちの邪魔をするヤツぁ、馬に蹴られる前にアタシが蹴るから豆腐の角に頭ぶつけて死にさらせ!――ってなもんだ」
「だろーが?
それに、今さらだしな……もうあとはテメーの子守しかねーってわけだ。
……ま、安心しろ、ちっこいのの子守は、見晴で慣れてっし」
「ぅおい、テメー……!
子守子守連呼するばかりか、ちっこい言いやがったな!
アタシのがキサマよりも年上だぞ!」
「ンなもん、たかが2、3週間だけじゃねーか!」
「そーゆーキサマも、赤みゃんより1週間だけ生まれが早いってのを鼻に掛けてるだろ!
頂点頂点言ってるヤツが、みみっちい優越感に浸ってんじゃねーっての!」
賑やかに、ぎゃあぎゃあと言い争う2人。
それは、彼らを良く知る人間からすれば、いかにもいつもの光景だったが……。
――ガサガサガサッ!
木立の奥、ヤブの中からいきなり聞こえてきた葉擦れの音に……。
イタダキとおキヌは、何事かとモメるのを中断して、意識をそちらに向ける。
――そう、2人の言い争いはいつもの光景、取るに足らないことだったが……。
それは、『良く知る』『人間』だったからで。
『良く知りもしない』『人間でないもの』にとっては……。
ただ、ひたすらにうるさいだけだったらしい。
「「 …………げっ!? 」」
ガサリと、一際大きく音を立てて、ヤブの中から彼らの前に現れた存在。
鼻息荒く、いかにも虫の居所の悪そうなそれは――。
体高だけでおキヌの身長ぐらいあるほどの……。
驚くほど大きな、野生のイノシシだった。




