第212話 それは小さな勇者の、ケチャップ以上の反省案件
「うっはー、うーまかったーっ! ごちそーさまっ!」
〈常春〉評判の特製ナポリタンを食べ終えた武尊くんが、パンッと元気に手を合わせる。
さらに続けて凛太郎くんも、紙ナプキンで口元を丁寧に拭ってから、キチンと『ごちそうさま』をした。
それを受けたラッキーのお父さんが、嬉しそうに笑う。
「お粗末さま。喜んでもらえたようで嬉しいね」
いやー確かに、2人とも、タイプは違えど、胸の空くような良い食べっぷりだったからなあ……。
どんな言葉より雄弁な賞賛、って感じなんだろうね。
ま、それはさておき――。
「あ〜あ〜……口の周り、ケチャップだらけじゃない。
ほら、こっち向きなって」
アタシは武尊くんを呼ぶと、紙ナプキンを手に、カウンター席から前屈みに手を伸ばして……。
「い、いいって! ガキじゃねーし!」
「いーや、その汚しっぷりはガキんちょだねー……っと!」
恥ずかしがって逃げようとしたところを、ひょいとアゴをつかまえ、ケチャップまみれの口元を、ちょっと強めに拭いてあげる。
「……ほい、キレーになった、と」
「お、おう……あんがと、しおしおねーちゃん」
「ふっふっふ、いっちょまえに恥ずかしがっちゃって。
……あと、しおしおはやめろっつの」
アタシは武尊くんの鼻っ面を軽く指で弾き、姿勢を戻した。
「へー……意外。
美汐、案外面倒見いいじゃない」
「ふふふ……アタシってば、けっこー尽くすタイプなんだ〜」
「……え。
じゃ、そーゆー趣味なの……?」
「んー……否定はしないね。かわいい男の子好きだよ?
まあ、シブい大人の男も好きだけど」
「なんだ、節操ないだけか……」
「そこはせめてストライクゾーンが広いとか言え!」
ラッキーとのやり取りで、アタシはわざとらしく大ゲサに口を尖らせる。
……まあ、ラッキーに言ったことはウソじゃない。
年下だろうと年上だろうと、良いオトコってのはいると思うし。
で、武尊くんの世話を焼いたのも、別に仕事のため……ってだけじゃない。
もちろん、惚れた腫れたでもないけどね。
ただ、天真爛漫で可愛らしいのは確かだし……仕事についても、情報を得るのが目的だから、敵対してるってわけでもないんだし。
自然に愛でつつ仲良くなれるなら、それに超したことはないってわけだね。
……にしても……。
アタシはチラッと、武尊くんの肩の上で澄ましてるインコを見る。
この懐いてるインコ、すごいなあ……確か、テンって名前だったっけ。
神楽のときも今も、周りで人が騒いでてもまるで気にせず、頭とか肩の上でどーんと構えてるんだよね。
しかもここ、一応はネコのキャラメルだっているのに……。
キャラメルと視線が合っても、逃げたりパニックになったりせず、見つめ合い――っていうかむしろ、互いにガンを飛ばし合ってる感じ。
あるいは、もしかしたら……赤宮センパイがクローリヒトだとして。
センパイが、たとえば武尊くんの護衛とか監視とかに使ってる――キャラメルみたいな異世界の特殊なチカラを持った動物、なのかも知れない。
アタシには、キャラメルと同じく、まるで違いなんて分からないけど。
さて……と。
それはともかくとして、だ。
いきなりズバッといくのはムリにしても、今のうちに武尊くんに、ちょっとぐらい聞けそうなことは聞いておこうかな――っと。
「……そー言えばさ、武尊くん。
赤宮センパイたちが旅行に行っちゃって、『修行』出来なくて退屈なんじゃない?」
「え? なんでしおしおねーちゃんが『修行』のこと知ってんの?」
きょとんとした顔で問い返してくる武尊くん。
……『師匠』って呼び方と、たびたびその『師匠』のところに通ってることと、この年頃の男の子の好きそうな言葉を関連づけたら……見事にヒットした。
「だって、センパイのこと『師匠』とか呼ぶぐらいだからさー。
今は夏休みだし、『修行』に通ったりしてるのかなー、ってね」
「おう、通ってるぜ! 鍛えてもらってんだ!
へへへ……師匠、ホンっトすっげーからさ! なんせ、ゆう――」
すっごいご機嫌に、調子よく言いかけて――ピタリと、武尊くんはいきなりその言葉を止める。
んん……? ゆう……?
ああ、『勇者』ってこと?
センパイ、確かにあの体育祭以来、うちの学校じゃそんな風に呼ばれてるからねー。
でも――
それなら、なんでわざわざ途中で止めたの……?
まるで……そう、言っちゃダメなこと、みたいに――。
「……〈遊遊はちゃめちゃルート五十三次ターボの狼Zの試練場伝説シティー〉」
……これは、予期せずいきなりアタリを引いたかな――とか思った瞬間。
凛太郎くんが、アタシを見ながらキッパリと……なんかワケの分かんない言葉を口にした。
「へ?……なに?」
「〈遊遊はちゃめちゃルート五十三次ターボの狼Zの試練場伝説シティー〉。
……ゲームの名前」
もう一度その暗号みたいな言葉を繰り返して……。
凛太郎くんは、「これ」と、スマホをアタシに見せてくる。
画面に表示されてる検索結果が……そのバカみたいな名前のゲームが本当に存在することを証明していた。
とんでもなく難度が高いレトロゲーム――という情報も含めて。
「これをクリアしたからこそ、師匠は師匠。
でも武尊、すぐ名前忘れる」
「あ、へへ、そーなんだよなー……。
オレ、どーしてもこのなっげー名前が覚えらんなくてさー……へへ。
――って、イタタタッ!?」
まるで『この鳥頭!』とでも怒るみたいに、鳥が武尊くんのこめかみを突っついていた。
「へ〜……そんなムチャクチャな名前のゲーム、あったんだ……」
うーん……うまくはぐらかされたような気もしないでもないけど……。
凛太郎くんの表情がまったく変わらないから、余計なコトを言いそうな武尊くんをあわててフォローしたのか、ただ事実を述べただけなのかが判断しづらい。
いやでも、とっさのフォローとしては……巧すぎるような……。
あ〜……もう!
この子、ポーカーフェイスすぎて難しい……っ!
……ま、まあ、確かなのは――。
「しっかし、そっかー。
赤宮センパイってば、思ってたよりずっとゲーマーだったんだねー……。
――ね、ラッキー?」
「え、そこでわたしに振るっ?」
これ以上、ここでヘタに食い下がるのは、それこそ下策ってことだね。
うん……焦らず、次の機会を待つとしようか。
* * *
――結局、今日海で遊んだのは、3時間ぐらいだった。
いや、別に飽きたとか疲れたとかじゃない。
まだ明日がまるまる1日あるし……山の方とか、他のところも今日のうちにいろいろ見て回りたかったからだ。
だから、初めからそんなに時間を費やす予定じゃなかった。
むしろ、3時間となると、つい長引いちゃった……ってぐらいだ。
……で、もちろん……。
なんせこの、いちいち元気が有り余ってるようなメンツである。
その3時間の間に、わりと色んなことをして、いっぱい遊んだ。
たとえば、沖合に見える小島を目指しての、遠泳&競泳では……。
運動オン――苦手なおキヌさんが、イルカ型の浮きに乗っかり、沢口さんと鈴守に引かれて実況する中、男子全員でデッドヒートを繰り広げたりした。
あ、いや、全員じゃないな……。
イタダキのヤツは、レース開始早々クラゲに刺されて轟沈――その後はおキヌさんのイルカの後ろに、荷物みたいに乗っけられてしばらくダウン状態だったから。
――ちなみに、1位を取ったのは衛だ。
俺とハイリアが、ついついお互いを意識してムダに競り合う間に、見事に優勝をかっさらっていきやがったんだよな。
他にも、ネット無しビーチバレーでは……。
クラゲのダメージが残るイタダキが審判をする中、男女ペアの3組で総当たり戦をやった。
チーム分けは、俺と鈴守、沢口さんと衛、それにおキヌさんとハイリアだ。
――で、結果としては、俺と鈴守のチームワークが他を圧倒したわけだけど……。
運動神経がアレなおキヌさんをフォローする形で、1人、獅子奮迅の活躍を見せるハイリアがすさまじかった。
まあ……それでもどうにもならないのが、おキヌさんクオリティなんだけどな。
気合いこそ素晴らしいものの、とにかく、コケるスベるスカる――。
ひたすらに、愛嬌はあっても戦力にはならない。
けど、相方が一種の強キャラ的存在なハイリアだけに、バランス的にはちょうど良かったのかも知れない。
意外と良いコンビだったしな。
ちなみに、そのハイリアのせいで、やたらとギャラリーが多かったことも付け加えておこう。
ギャラリーのおねーさんに気を取られたイタダキが、審判の仕事を何度も忘れ、その都度、おキヌさんの低空ドロップキック(これはミスらない)をスネに食らっていた。
これ以外にも、普通に泳いだり、波にゆらゆら揺られたり、構築した拠点のシートでのんびりしたり……3時間なんて、あっという間だった。
で、その後、次にどうするかって話になると……。
すっかり調子を取り戻したイタダキが、この砂浜を選んだ『理由』に案内する――と、ちょっとイラッとする、あの得意気な調子で言い出した。
「荷物だけ持って……水着のままでいいぜ!」
……で、イタダキが俺たちを連れてきたのは、砂浜の端の方、山から海へと流れ込む川の河口付近……と思いきや、そこから今度は川沿いを遡っていく。
山と海が直接繋がっているような地形だからか、数分も歩けば、周囲はもう山の中の渓流沿いって感じの景色になって……。
そうして、やがて俺たちの前には――。
何か、公共の場所っぽくいろいろ整備された河原と……奥、川沿いの洞窟へと繋がる道が現れた。
――って言うか、これは……。
「あ、ここ……もしかして、温泉?」
沢口さんがいち早く、その答えに辿り着く。
そう、彼女の言う通り、河原には……。
石で組まれて、水着姿の人たちが入っている――湯気を立ち上らせた、大きな湯船らしきものがあったのだ。
おお〜……これは、なかなか……。
渓流沿いの自然温泉とか、いいなあ……!
俺も含めて、みんなが感心したような声をもらしてると……イタダキが、ニヤリと笑う。
「ま、そーゆーこった。良いトコだろ?
ここに近くて、水着のまますぐ来れるから、あの砂浜がいいっつったわけだ。
だが……これだけじゃないぜ?」
そして……洞窟の方を指差し、一言――。
「あっちは、なんとだな! 世にも珍しい、洞く――」
「おお〜、あれ、洞窟風呂だってさ!
面白そーだな、さっそく行こーぜ皆の衆!」
イタダキなりにキメるつもりだった台詞は……無情にも。
近くの看板を目にしたおキヌさんにより、あっさりと打ち砕かれた。
……まあ、同情する気はこれっぽっちもないが。
しかし、『洞窟風呂』か……!
これは風呂屋のせがれとしても、確かに大変興味深いな!
俺は期待に胸を膨らませながら――。
先頭に立つおキヌさんに続いて、みんなと洞窟風呂へと足を進めるのだった。
……キメるべきところを奪われ、フリーズしたままのイタダキはさておいて。




