第211話 海で水着で! 勇者感無量、坊ちゃん大往生
ここ贈李島には、海水浴場はいくつもあるらしいんだけど……。
俺たちは、イタダキが『一番良い場所』とオススメする、別荘から歩いて10分ほどのところへ向かった。
海水浴場としては他より砂浜の規模が小さく、さらに整備された道路から少し離れてて交通の便が若干悪いせいか、港から見えたところより人が少ないようだ。
いわゆる『穴場』ってやつなんだろうな。
「……まあ、ここが良い理由は、それだけじゃねーんだけどな?」
女子たちの着替えを待つ間、俺たち男子で、別荘から借りてきたビーチパラソルを設置したり、シートを敷いたりと拠点構築をしていると……。
イタダキがなにか、イラッと来るしたり顔でそんなことを言い出した。
「………………。
悪いことは言わんから、犯罪はやめとけって」
「ちッげーよ! なんで真っ先に想像がそっちの方向に行ってンだ!」
「だって、お前が得意気になってるときって、完全アウトか、ギリでアウトか、セーフっぽいけどややアウトか……の3択ぐらいしかないだろ?」
「それ3択どころか全部アウトじゃねーか!」
「おお……! まさか気付くとは。
そんなお前の知性に驚きダッキー」
「ダッキー言うな!
てか、オレ様のインペリアルを何だと思ってやがる!」
「……インテリジェンス、な。
ザンネン過ぎる間違いでも、無意識に頂点にはこだわるのか……」
「ふん――なんだ?
何においても頂点が出ちまうオレ様に感動したか?」
「ああ、勘当してるよ……親子だったらな」
俺がイタダキと毎度のやり取りをしていると、衛とハイリアが拠点構築作業をこなしつつ、それぞれ愉快そうに笑う。
……ちなみに、もちろん俺たちはとっくに水着である。
みんな揃って、一般的なサーフパンツってやつだ。
まあ……約1名、やたらハワイアンにハデハデな柄のヤツがいるが。
あえて誰とは言わないけど、アロハ&グラサンにピッタリって点でお察しだ。
「……で? 実際、ここが良い場所の、他の理由ってなんなんだよ?」
「ふっ……まあ、がっつくなよ。
気になるのは分かるがな、あとのお楽しみ――ってヤツだ」
ふふん、と鼻さえ鳴らすイタダキ。
……非っ常にうっとーしい。
「…………。
悪いけど衛、シート抑えてるその石、一番デカいヤツもらっていいか?」
「いいけど……。
撲殺するぐらいなら、波打ち際に頭だけ出して埋めといた方が良くない?」
「ふむ。満潮時にギリギリで沈むぐらいの場所が最も良かろうな」
「ぅおいテメーら! 揃いも揃ってオレを被害者第一号に仕立てようとすんじゃねー!
……てかハイリア、テメー、特にエグすぎンだろ!」
「うむ、魔王だからな?」
「おーおー、悪ガキどもが……盛り上がっとるねい!」
……そうしてバカなやり取りをしていると、背後から声をかけられる。
それがおキヌさんだと気付くと同時に、反射的に振り返ってみれば――。
そこには、更衣室で着替えを済ませてきた、水着の女子たちが立っていた。
まず、沢口さんは――。
背も高くてスタイルも良い沢口さんにピッタリな、明るい色合いの大人っぽいビキニだ。
目立つような特徴らしい特徴が無いところも、いかにも沢口さんらしいけど……。
バッチリ似合っていて、モデルみたいだ。
で、おキヌさんは――。
こちらも上下分かれてるからビキニ……なんだろうけど、上は水色の縞模様の、タンクトップって感じで……。
下は――どうも、同じ柄のボトムスの上から、デニムっぽいショートパンツを穿いてるみたいだ。
まあ、色気……ってよりは、お下げにしてる髪と相まって、活発で健康的な雰囲気を全面に出してて、それが何ともおキヌさんっぽくて似合ってる。
そして、鈴守は――。
「………………」
「え、えっと……その……に、似合てる、かな……?」
上目遣いに、恥ずかしそうに小声で尋ねる鈴守に……俺はリアクションを取れずにいた。
鈴守も、2人と同じくビキニタイプだけど……。
上下ともにフリルで飾り付けられた、可愛らしさを重視したデザインだ。
そして、それがまた……!
小柄で清楚な感じの鈴守に、よーーっく似合っていて……!
――しかもだ!
鈴守のことだから、性格的にもワンピースだろう……って勝手に決めつけていたら、まさかのビキニだ!
露出が少ないタイプではあるけど、それでもだ!
これはもしかして、俺に見せるために、ちょっと頑張ってくれたんじゃないかって、そんな風に思えて……!
しかもそこへ――。
「へっへっへ、どーだい赤みゃん?
おスズちゃん、赤みゃんのために――って、頑張って攻めたんだぜ?」
……と、おキヌさんがその想像を裏付けしてくれたもんだから……。
俺は、もう感無量だった。
「えっと……あ、赤宮くん……?」
「め……めーーーっっっちゃくちゃカワイイよ、鈴守!
あんまり似合い過ぎてて、もはや感動してるっ!」
ゆえに、全力で思いの丈をシャウトしてしまう。
……いや、だって、それ以外にどうしろと!
この鈴守を前にして! 俺に! どーしろと!
「ああ、あ、ありがと……っ!」
恥ずかしそうに、真っ赤になってうつむく鈴守。
それが……その姿がまた最高に可愛らしくて、身悶えちまう俺……!
「……だ〜めだこりゃ。
なんだコイツら、中学生かよ……」
「ま、お約束通りでごちそうさま、ってトコね」
そんな俺と鈴守を囲んで、おキヌさんと沢口さんは盛大に大ゲサに、肩をすくめつつタメ息をついていた。
――そこへ、さりげなく声をかけるのはハイリアだ。
「うむ……だがウタもおキヌも、それぞれの良さを引き出すような、実に趣味の良い選択をしているではないか。
ああ、2人とも、まことに良く似合っているとも」
「おお〜……ありがとよ!
さっすがリャおー、真の紳士は婦女子への応対がよく分かってるねい!」
「そーね。我らが魔王サマの賛辞を頂戴したとなると、かなり良い気分だわー」
こんなときでも魔王パワー発揮というか、ごく自然な形での見事なまでのフォロー。
……あ、いや、俺だって、2人とも良く似合ってると思うよ?
けどここで俺がそれを言っても、多分『あ〜、はいはい』ってあしらわれた気がするんだよね……。
「うんうん、僕も、おキヌさんも沢口さんも似合ってると思うよ」
さらに衛も続けて、にこやかに2人を褒めるが……。
「……マモルんよ、二番手に甘んじた時点でやはりちょっと弱いなあ……。
あと、『似合ってる』の一言だけってのはいかにもフツーだ。減点」
「そうね。普通ね。減点」
「え、その普通ダメなの!? きびしくない!?」
普通にバッサリと切り捨てられていた。
……あわれな……。
「ったくよー、衛、気ィ使ってばっかじゃダメに決まってンだろ!
そこはオレ様、この頂点たるセンスに照らし合わせればだな……。
……そう、ウタ、お前はもっとアダルティにいかねーとな!
もっとこう、シックな色合いだよ……お前、年食って見えるんだし!
そして、おキヌ、テメーは……。
あ〜……ゼロには何をかけてもゼロってやつだな!
つまり、ハナから無い色気はどうしようもねえ。あきらめろ、な!」
ヤバいぐらいたわけたことをぬかしながら……。
しかしなぜか、さわやかにサムズアップする、アホなアロハ坊ちゃん――。
「…………」
「…………」
沢口さんとおキヌさんは、能面みたいな無表情を見合わせたと思うと……。
「だーれがフケてる……って?」
まずは沢口さんのカカトが、電光石火でイタダキのスネを直撃。
「んがっ!?」
さらに、たまらずヤツがうずくまったところへ――
「ちぇいやーーー!!!」
――ゴスッ!
おキヌさんの低空ドロップキックが、見事に土手っ腹に突き刺さった。
よほどイイ場所に入ったらしく、砂浜に転がって悶絶するイタダキに……しかし、まだまだおキヌさんたちの溜飲は下がらないようで――。
「「 ……ヤローども。波打ち際に埋めてこい 」」
「「「 イエス、マムっ! 」」」
冷徹に言い捨てられた命令に――俺たち男子3人は。
「うおおっ!
なな、なんだテメーら、頂点たるオレ様を裏切るのか!」
「安心しろ、ハナからお前の味方じゃないから」
「フッ……頂点たる王は、余、1人で充分」
「損得勘定で見ても、10対0だしねー」
騒ぐイタダキの声には当然、耳を貸すことなく。
嬉々として、その身体を3人がかりで担ぎ上げるのだった。
* * *
……今日の〈常春〉は、お昼のピーク時だっていうのに、客足はまばらだった。
忙しくなってきたら、迷惑にならないように出よう……とか思いつつ、キャラメル――実際には、〈キャリコ〉っていう、魔法世界のネコ(?)らしい――をヒザに乗せて戯れていたアタシだけど、結局、そんな必要はなさそうで。
「まあ、そんなときもあるよ。
……そうかと思えば、なんだかよく分からないのに忙しいときとかもあるしさ」
ラッキーは、大学生のカップルが帰ったあとのテーブルを片付けながら……そんな風に苦笑していた。
そういうもんかー、とか思いながら、アタシはずずーっとストローでアイスコーヒーを吸う。
……しっかし、家が喫茶店とか、いいよなあ。
ああしてエプロン姿で手伝う姿とか、実に可愛らしくて、女の子っぽくて……うらやましい。
ホントまったく、それに引き換え、うちは……。
――なんだよ忍者って!
『これ、ボールペンに見えて棒手裏剣なんだ〜』とか、どんだけ可愛く言ったって需要なんてありゃしないっての!
「ちょ、美汐……いきなりすっごいタメ息ついて、どしたの?」
「なんでもないよ……ちょっと、改めて世の無情を感じてね……」
そんなアタシが癒やしを求めて、キャラメルの背中をこしょこしょとくすぐったりしていると……。
ベルの音とともに、新しいお客さんが入ってきた。
別に意識してるわけじゃないけど、情報を生業にしてる家業の習性ってやつで……。
つい、これまでの客の特徴とか注文とか滞在時間とかをいちいち記憶していたアタシは、やっぱり今回の客にも、さりげなく……けれどしっかり、意識を向ける。
と――。
「うっひゃー、すっずし〜!」
同時に聞こえてきた元気な声、そして姿に……。
アタシとラッキーは、同時に「え?」と声を上げていた。
客としてやって来たのは――背の高いおじいさんと、男の子が2人。
おじいさんの方は……。
確か資料によれば、ラッキーのお父さんや西浦さんとは〈諸事対応課〉時代からの付き合いだっていう、古書店〈うろおぼえ〉の主人、三海松之助さんだ。
で、男の子たちは――。
この間の神楽のときに仲良くなった――と同時に、クローリヒトの正体に至るための重要人物と目される、朝岡武尊くんと……その友達の、真殿凛太郎くんだった。
「よう、将軍ぁ、売り上げに貢献してやりに来たぞ?」
「いらっしゃい、三海さん。
めずらしいですね……お孫さんですか?」
「おう、こっちのメガネが孫の凛太郎。
で、そっちの悪たれっぽいのが、その友達の武尊だ」
ラッキーのお父さんと、三海さんがあいさつを交わしている間に……武尊くんたちも、アタシとラッキーに気が付いたみたいだ。
凛太郎くんはまるで表情を変えずに一礼するだけだけど……武尊くんが、分かりやすく驚いた顔をしている。
「お? ラッキーねーちゃんと、しおしおねーちゃん!?
え、なに、ここでバイトしてんのっ?」
「バイトっていうか、ここ、わたしんちなんだよ。
だからまあ、〈天の湯〉の亜里奈ちゃんみたいなものだね」
「へ〜……そっかー!」
「……つーか、おい、武尊く〜ん?
アタシを〈しおしお〉って呼ぶなっつったろー?」
「へへ、ゴメンゴメン。
でもいーじゃん、呼びやすくてさー!」
「つーかショボいっての! めっちゃ弱そう!」
いかにも小学生の男の子っぽい受け答えをしてくる武尊くんに、自然に付き合っておバカなやり取りをするアタシ。
まあ、実際、これぐらいの年頃の男の子ってのはカワイイもんだけど……。
――それはさておき、だ。
アタシは、武尊くんたちがテーブル席につくのを見ながら、アイスコーヒーを口に含む。
……さすがに今この場で、クローリヒトの正体について核心を突くような質問をするわけにはいかないけど……。
そのあたりの情報を引き出す布石として、もうちょっと仲良くなっておくには良い機会ってやつかな。
そう――。
急がば回れ……って言うしね。




