第210話 番台の妹たちと、お使いの悪ガキたちと
「「 いらっしゃいませー! 」」
「お、今日は〈天の湯〉看板娘が揃い踏みかい? 華やかでいいのう!」
常連のご隠居じーさんが、わたしたちに笑顔で手を振りつつ……。
慣れた様子で番台に入浴券を置いて、脱衣場の方に暖簾をくぐっていきます。
――学校プールでの、泳ぎの特訓のあと。
帰ってきたわたしとアリナは、2人並んでいっしょに番台のお手伝いをしている……というわけです。
まあ、わたしも仕事は一通り覚えましたし、番台は1人いれば事足りるんですが……。
やっぱり、2人いれば身軽に動けていろいろ便利ですからね。
勇者様たちがいない以上、わたしは1人でいてもイマイチやることありませんし。
「……宿題でもしてればいいんじゃないの?」
わたしの思考を読んだようなアリナの言葉に、わたしは笑って答えます。
「それも、あとでアリナといっしょにやるからいーんです!」
「まったくもー……甘えんぼさんか」
口ではそんなことを言いながらも、アリナはイヤがったりしません。
そういうところがまた、カワイイんですよねえ、アリナは……ムフー。
「そろそろお昼ですねー……。
勇者様たち、お昼ごはんはどうするんでしょう。
やはり、軍支給の糧食で済ませるんでしょうかねー……」
「やはり――もなにも、軍関係ないからね?
……まあ、観光地だからお店には困らないだろうし、お手頃な食堂とか海の家とかで食べるか……。
あ、でも千紗さんとおキヌさんが揃ってるんだから、お弁当作ってくれてるかもね」
答えながらアリナは、足下の小さな冷蔵庫から自家製スポーツドリンクの入ったペットボトルを2つ取り出して……1つを渡してきてくれます。
そして、2人揃ってゴクンと一口。
「……ん、今日のこれ、作ったのアガシーだっけ? ハチミツ多めにした?」
「えっへへー、わたしもアリナと同じく、甘いめが好きですからね!
勇者様配合だと、すっぱすっぱなんですよ〜」
「あ〜、わかる。
お兄、この間作ったヤツ、分量かなり適当にやったみたいで、なんか耳の裏が『いーっ!』ってなるぐらいにすっぱかったもんね。
……ホンっトにお兄は、そういうトコだらしないんだから……向こうで皆さんに迷惑かけてなきゃいいけど」
口を尖らせるアリナは、ヤケ酒みたいにぐびっとペットボトルをあおりますが……。
ま、これがアリナの、勇者様大好き発言の一種であることはすでに判明してますからね。
……ええ、ごっつぁんです。ぐへへ。
「――って、そうだアリナ。
おべんとと言えば、明日、作らなきゃですよね?」
「……え?」
「明日の〈なみパー〉のプール行きですよ!
お昼、外で食べるとけっこーお小遣い使っちゃいそうですし……。
かと言って、アーサーやマリーンはもちろん、ミハルも、おべんと作ってくるとは思えませんし……。
そうなると、わたしたちで作っていくしかないじゃーないですか」
「…………」
わたしの提案に、なぜかすぐには答えず、アリナは目を丸くしてこちらを見ています。
おおう……?
そんなにおかしなことを言ったでしょーかね?
「……まさか、あなたからそんな言葉が出てくるなんて思わなくて。
お弁当を、しかもみんなの分も作るなんて、ゼッタイめんどくさいってイヤがると……」
あー……なるほど、そーゆー驚きでしたかー。
「……ふふふん、わたしも、ただただおばーちゃまやアリナにお説教されてるだけではない、とゆーことですよ!
男子三日会わざれば刮目して見よ、とか言ーますしね!」
「女子だけどね」
アリナはいわゆる微苦笑ってのを浮かべながら、キッチリとツッコんでくれます。
……で、そうかと思うと……。
わたしから視線を外して、なんでしょう、真っ直ぐ正面を見たまま……。
「……ねえ、アガシー。
アガシーってさ、あの……。
やっぱり、あ――アイツ……」
珍しく、ボソボソごにょごにょと、ハッキリ聞き取れない何かを言いました。
んん〜……? 今のは……。
あい……あい…………アイス?
「おお、アイス! こないだ特売でゲットした、ちょいとお高そうなアレですか!
兄サマどもがいないうちに、わたしたちで好きにいただいちゃおうってわけですね!
――アリナも悪ですねえ……もっちろん賛成ですよ、ぐっへへ〜」
「! そ……そうそう、それ!
いつまた特売になるか分かんないしさ、やっぱり味見しとかなきゃなーって思ってね! うん!」
なにかホッとした様子で、恥ずかしさを隠すみたいにまくし立てるアリナ。
まーったく、この程度で悪いコトしたみたいな気になってるんですか?
……ホントマジメですねえ、アリナは。
「…………ね、アガシー」
「なんですか?」
「明日……楽しいといいね」
ぽつん、とこぼれたようなアリナの一言。
それに、わたしは……心からの笑顔でもって応えます。
「……楽しいに決まってるじゃないですか!
アリナもミハルもアーサーもマリーンも、みんないて……。
みんなで、楽しみにしてるんですから!」
「……そう……そうだよね。うん!
よし……じゃあ、その楽しみのためにも、明日は頑張っていっしょにお弁当作ろっか!」
ようやくハッキリと笑顔を見せてくれたアリナに……。
わたしは、ピシッと敬礼を返しました。
「イエシュ、マム!」
* * *
――このあと、おじいさまのところに届け物に行く。
学校のプールからの帰り道、凛太郎がそんなこと言ってたから……オレは、師匠たちが旅行でいなくて修行も出来ないし、いっしょに行くことにした。
さっさと家に帰ったら、荷物置いて自転車に乗って……また凛太郎と待ち合わせ。
自転車で30分くらいの、柿ノ宮にある凛太郎のじいちゃんトコに向かう。
柿ノ宮って、駅の周りとかデケー道から外れると、結構古い建物とかが多くて……。
ついでに、ガラの悪いにーちゃんとかもちょくちょく見かけるから、そーゆー場所は特に、うちの小学校でも評判悪い。
でも、こーゆートコにまた、おもしれー店とかあったりするんだよなー。
最近見つけたトコだと……。
すげーレトロなゲームがメチャクチャ安くプレイ出来るゲーセンとか……。
ハミコンみたいな、むかーしのゲームの新品が、なんかガラスケースの中に大っ量に積んであって、安く買える質屋とか。
……で、凛太郎のじいちゃんトコも、そーゆーおもしれー店なんだ。
その名も、〈うろおぼえ〉――。
ただでさえ狭いのに、壁も天井も床も、どこを見ても本だらけの……古ーい古本屋だ。
まあ、オレ、本なんてほとんど読まねーんだけどさ!
でも〈うろおぼえ〉には、すっげー難しそうな本もいっぱいあるけど……これいつのだよ、ってぐらいめっちゃくちゃ昔のマンガなんかもあって……。
そういうの読むのがおもしれーんだ!
普通の本屋とか図書館じゃ、ぜってー無いしな、あんなの!
「……お? おお、凛太郎じゃねえか。
それに……武尊か、久しぶりだなあ」
本の洞窟みたいな店ン中の一番奥、本に埋もれるみたいに座ってた凛太郎のじいちゃん――名前が〈三海松之助〉だから、松じいだ――が、オレたちに気付いて手を挙げる。
松じいは、髪も、口の周りのヒゲも白くって、そーゆーところはお爺ちゃんだけど……雰囲気は、よぼよぼ――とかじゃなくて、ガッシリ、って感じ。
いつもだいたいこうやって店の奥で座ってるから分かりにくいけど、立つと身長もけっこー高い。
多分、リアニキと同じぐらいあるから……180超えてると思う。
だから、怒るとこえーんだけど……基本的には、明るくて面白い爺ちゃんなんだ。
「おっす、松じい! 久しぶり!
なんか面白そうなマンガある?」
「お前は相変わらずそれか……まったく、しょうがないヤツめ!
来年には中学生だろう? もっと本を読め……安く売ってやるぞ?」
「それ、いっぱいありすぎる本、処分したいだけじゃねーの?」
「――フン、口が減らんなあ!」
松じいはニヤニヤ笑いながらそう言って、マンガはそっちだ、と指を差す。
「しかしこういうヤツに限って、一度知識欲に火が付こうもんなら、信じられん勢いで読書に励んだりしやがるんだから、人間ってえのは面白い」
「ん。武尊、面白い」
松じいと凛太郎が話し始めるのを聞きながら……オレは、店の奥のマンガが置いてある方へ行く。
と……誰もいないと思ったら、お客さんらしいにーちゃんがいた。
オレもいつも使う、背もたれも無い古ーい椅子に座って、なんか難しそうな本を開いてる。
なんか色白で、身体も目もほっそりとした……いかにも頭の良さそうなにーちゃんだ。
大学生とかかな。
「……ん? ああ、もしかしてこの椅子、使いたいんですか?
替わりましょうか?」
オレが見てるのに気付いたにーちゃんは、自分が座ってる椅子を指差して、そんな風に言ってくれるけど……。
オレは「大丈夫!」って首を振って……テキトーに棚からマンガを取って、床に積んである、なんだかよく分からない古い本の上に座る。
ちょっと腰を浮かせていたにーちゃんは、そんなオレに笑いながら、自分も座り直す。
それで――。
「……にしても、スゴいですねえ。
キミの座ってるその本、最低で10万円はする貴重な古書ですよ?」
ニコニコしながら、とんでもないことを言ってきた!
「え――ウソっ!?」
「ええ、ウソです」
あわてて立ち上がったオレに、ニコニコしたまま、あっさり答える。
「でも、本に座ったりしてはいけないって、お母さんに怒られたりしませんでしたか?」
「う……。それは、うん、まあ……」
からかわれたことに文句を言うヒマもなく、なんかお説教されちまうオレ。
でもにーちゃんは、別に怒ってるとかじゃないみたいで……。
「まあ、ボクも枕ぐらいにはするんですけどね」
……なんて、冗談っぽく言ってた。
「うえ〜……本を枕になんてしたら、勉強の夢とか見そうだよ……」
「逆に、勉強しなくても賢くなれるかも知れませんよ?」
「え、マジでっ!?」
「……まあマジだったら、ボクはこうして小難しい本を読んだりしてないんですけどね?」
「……だよな〜……」
なんか妙に愛想の良いにーちゃんだから、ついつい冗談に付き合っちゃってた。
ここに慣れてるみたいだし……常連ってやつなのかな。
「そう言えば、キミ……おもしろい鳥、連れてますね」
続けてにーちゃんは、今はオレの頭に乗っかってるテンを指差した。
で、小さく首をかしげて……。
「インコ……みたいですけど、何かちょっと違うような……?」
…………げ。
もしかして、鳥にスゲー詳しいにーちゃんなのか……っ?
「な、なんか、めずらしー種類のインコ……らしいんだ!」
「へぇ〜……それにしても、良く懐いてますね」
「あ、うん、そーなんだよ……どこに行くにもずっとくっついてきてさー」
「名前は、何て言うんですか?」
「テン、だよ。
まあ、友達とかは、テンテンって呼ぶけど……」
「テン……か。良い名前ですね、テン?」
にーちゃんが指を差し出しながら呼びかけても、テンはまるで聞こえてない風に、いかにも普通のインコみたいに、オレの肩の方に飛び移ったりする。
「うーん、ダメですか……。
ボクの友達に、コワモテのクセして動物に好かれやすいヤツがいるんですけど……そっちなら、もうちょっと愛想を振りまいてもらえたりしましたかねえ」
「どーかなー……オレも、なんで懐かれてんだか良く分かんねーしさ」
なんか、探られてるみたいで、冷や汗かきそうになったけど……。
にーちゃんの様子からして、フツーに興味を引かれただけみたいだ。
……よかったー……。
なんて、安心してるのがあんまり表に出ないように、心の中だけでホッとしてたら――。
「――おい、武尊!」
オレを呼びながら、松じいがひょっこり顔を出してきた。
「お前も、昼メシまだなんだろう?
ウマーいナポリタン食える店に連れてってやっから、一緒に来い」
「え、マジでっ!?
……って、あれ、じゃあ店はどーすんの?」
松じい、この店1人でやってたよなー……とか思ってたら。
「おう、そんなら大丈夫だ。
……てなわけでな、質草。
うちの孫どもと〈常春〉行ってくっから、ちょいと店番しててくれや」
オレと話してたにーちゃんに、すっげーカンタンにそんなことを頼む。
……んで、にーちゃんの方も、こーゆーのって良くあるのか……。
苦笑いしてっけど、特に驚いた感じでもなく――あっさりうなずいてた。
「……分かりましたよ。ごゆっくり」