第209話 アロハにグラサンな坊ちゃんちの別荘は、けれど品が良い
「軍曹たちと、〈なみパー〉のプールかあ……」
聖霊の泳ぎの特訓に付き合った後――。
アーサーと凛太郎はプールからの帰り道に、また別のプールの話をしておった。
女友達だけを誘おうと思っていたらしい亜里奈を抑えて、見晴が半ば強引にこの男子2人を引き入れたわけじゃが……。
《うむうむ……これが青春というヤツかのう……》
………………。
あ、いや、儂も青春真っ盛りの乙女じゃけどね? 鳥系の!
「けど、ラッキーだよな!
オレ、〈なみパー〉のプール、行ってみたかったんだ!
父ちゃんも母ちゃんも、『高い!』って連れてってくんねーしさー」
「ん。行ってみたかった」
アーサーの言葉に、コクコクうなずいて同意する凛太郎。
……こやつがプールではしゃぐ姿というのも想像出来んがのう……。
《儂はむしろ、そのカネで買えるだけのカボチャの種を買って、家に籠もっとる方がずっと幸せなんじゃが》
「え〜? テン、お前鳥なのに引きこもりかよ〜……」
《やかましい! どんな豪華なプールでも、儂にゃかんけーないんじゃもん!
鳥系じゃからな!》
腹立ちまぎれに儂は、アーサーのこめかみをクチバシで突っついてやった。
「あだだだっ!」
「……でもテンテン、見てるだけでも楽しいかも」
凛太郎が、相変わらずの無表情に儂に語りかける。
……ちなみに凛太郎は、一種の〈巫覡〉としての才を持っているようで、今はインコっぽいのに擬態しておる儂、〈霊獣ガルティエン〉の声なき声も聞こえているのである。補足。
「これ、デート。つまり好物……乙女の」
《そーなんじゃよー……。
確かにそこのところは、ちょっと期待しておったりする。
――乙女じゃからな、儂》
「いや、デートなんかじゃねーし!
だいたい、人数多いし!」
口を尖らせるアーサーの反論に、しかし儂と凛太郎は涼やかに対応する。
風になびく柳のごとし、ってな感じじゃな。
「ん、デートじゃない」
《デートじゃないのう〜》
「そーだろ? ったく、ヘンなこと言うなよなー。
――って、なんかお前らニヤけてない?」
「《 いやまったく 》」
いぶかるアーサーに……。
儂と凛太郎は同時に、首をふるふると横に振っていた。
* * *
……港からイタダキんちの別荘までは、歩いても20分ぐらいらしい。
けど、近くに港と繋がるバス停があり、バスの本数もそれなりにあるみたいなので、荷物もある今日は素直に頼ることにした俺たち。
バスで揺られることものの数分……降りたそこは、海と山のちょうど境界線にあるような場所だった。
周囲を見渡してみると、道路から外れた木立の合間に、いくつか、ペンションのような建物が見える。
「……この辺な、ペンションとかが集まってて……。
それで、バスが停まるようになってンだよ」
そんな風に説明しながら、イタダキは先頭に立って……木立を縫うように伸びる、ちゃんと整備された、遊歩道のような石畳の道を進む。
そうしてさらに歩くこと少し。
「で――ここがまあ、うちの別荘ってわけだ」
イタダキが立ち止まったところに建っていたのは――。
正面は坂の下に砂浜を望み、背には山へと続く林を控えた……日当たり良好、落ち着いた佇まいで品も良い、大きめのペンションだった。
見上げたおキヌさんが、首を傾げる。
「ここ、って……。けどさ、これペンションだろ?
――はっ!? まさかマテンロー、キサマ……!
あまりに鳥頭すぎて、ついに自分ちの別荘忘れたとか……!
いやそれどころか、別荘あるってこと自体、頂点に固執し過ぎたゆえの妄想だった――なんてオチじゃねーよな今さら!?」
顔を強張らせながらのおキヌさんの発言に、瞬間、
『コイツならありえる……!』
……という眼差しを一斉にイタダキに集中する俺たちだったが……。
まあ当然というか、イタダキは、すでにトガってる頭をさらにトガらせる勢いで吠えて反論する。
「ちげーっての! 間違えたのなんて2回ぐらいしかないわ!
ペンションっぽいのは、実際もとはペンションだったからだ!
オヤジが、ペンション経営してた知り合いから譲り受けたんだよ!」
なるほど……まあ、そんなことだろうとは思ったけどな。
……つーかコイツ、マジで間違えたことあるのかよ……しかも2回も。
「……とりあえずみんな、不法侵入咎められたら、ヘタに逃げたりせずに誠意を持ってちゃんと謝る方向で行こうな……」
ボソボソと確認を取ってくるおキヌさんに、俺たちはふんぞり返るイタダキを横目に見ながら、揃って大きくうなずいていた。
――ちなみに、結果としては……幸いにして。
イタダキの持ってきたカギはちゃんと合っていたので――。
俺たちはヤのつく怖いお兄さんに凄まれることも、ドーベルマンに追いかけ回されるようなこともなく、無事に別荘内に立ち入ることが出来たのだった。
「「「 おじゃましまーす! 」」」
口々に挨拶しながら俺たちは、キチンと掃除が行き届いた廊下を、イタダキの案内で奥のリビングへと進む。
「「「 おおお〜……! 」」」
玄関から廊下だってそうだけど、リビングも……とにかく、広い。
うちなんかと一緒で、基本はキッチンと繋がってるタイプだけど……その広さのケタが違う。
ちょっとしたお店ぐらいあるぞ……これ。
しかも、中央には暖炉まであるしな……。
さらに、内装なんかも落ち着いた感じに整ってるし、壁にかかってたり、さり気なく置かれたりしてる小物も上品でセンスがいい……。
ハデハデアロハのグラサンとは、まさに対極と言っていいだろう。
ちなみに、みんな、その辺のギャップに少なからず驚いてるけど……実は俺はそうでもない。
なぜかと言えば、そこは一応古い付き合い、摩天楼家の実家と――イタダキの親父さんオフクロさんのことを知ってるからだ。
イタダキ見てるだけだと想像しづらいが……。
実家の方も大きいものの、親父さんたちが、趣味も人柄もスゴくいい人たちなので、いかにも『金持ち』なヘンなセンスが無いのである。
だからこの別荘の落ち着く雰囲気は、俺にしてみれば予想通りとも言えるわけだ。
……まあ、さすがにここまで広々としてるとは思わなかったけどなー……。
「いやー、スゴいよねー……なんか、殺人事件とか起こりそう。
台風が来て閉じ込められて、1人ずつ……とか」
ニコニコと物騒なことを言いやがるのは衛だ。
――なんだお前、そのミステリー思考……。
いや、気持ちは分からなくもないけどさ。
っていうか、それでなくても勇者ってのはワケ分からんトラブルに巻き込まれやすいんだから、余計なフラグ立てないでくれよ……?
殺人事件は行き過ぎにしても、台風とかマジで来かねないんだからな……。
家を出る前にしっかり確認しといた天気予報によれば、まず大丈夫なハズだけどさ……。
……あ、ちなみに、この場でスマホで天気予報をチェックするなんて芸当は、俺にはムリである。念のため。
「お〜、見ろよおスズちゃん、このキッチンすっげーな〜……。
広すぎキレイすぎで、逆に落ち着かねーぐらいだよ……」
「そやね……道具も一式以上のもんが揃てるし……」
「おお、真新しい食器洗浄機まで……!
うちにゃ、そもそも食洗機なんてモン自体ありゃしないってのに……!」
おキヌさんと鈴守は、キッチンの方を見に行って盛り上がっている。
それを横目に……残る俺たちは、部屋割りについて話すことにした。
「……で、部屋数はどうなっているのだ?」
「えーっとな……ちょうどベッドのある部屋が7つ、だな。
オレ様は自分の部屋使うから、あとは好きなように――」
「って、ちょっと待ってイタダキくん。
ご家族が使ってる部屋はさすがにはばかられるから、わたしたちは他の空き部屋とか客間がいいと思うんだけど……そっちは? 3部屋?」
沢口さんが、いたってまともな質問をすると……。
イタダキは、頭の中で数を数えたらしく何度か首を振ってから、大きくうなずいた。
「……おう、そうだな。
オヤジとオフクロの部屋、オレの部屋、臨の部屋、見晴の部屋……で4つ。
あとの3つが客間だ」
「……臨?」
「イタダキの弟だよ、今、中学生の」
イタダキよりはるかに優秀な――という事実だけは(イタダキがうるさいから)抑えてやって、首を傾げたハイリアに説明する。
「ふむ、なるほど。
それで、客間のベッド数は?」
「2つずつだな。間取りとかは一緒のはずだぜ」
「「「 ……………… 」」」
イタダキの答えを受けて、なぜか……。
その場の沢口さん、ハイリア、衛の視線が俺に集中した。
「……え? なに、なんなの皆さん?」
「……あのね、赤宮くん。
イタダキくんが自分の部屋を使うんだから、残る人数は6人。
空いてる部屋は3つで、ベッドはそれぞれ2つ。
……これがどういうことか分かる?」
「? 2人1部屋でキレイにおさまるってことじゃ――って、待てよ?」
答えかけて俺は、6人は6人でも、男女が3人ずつであることに気付く。
それを3部屋でまとめようとするなら――
「え、1つは男女一緒の部屋が出来るってこと……か?」
俺の答えに、沢口さんは真面目な顔で、ポン、と肩を叩いてきた。
「そうなると、その役目はあなたたち夫婦しかないわよね?」
「え――――」
続けて沢口さんは、チラリとキッチンの方を見る。
その視線の先の鈴守は、こっちの話題には気付かず、おキヌさんと調味料とかを確認している……。
――――って。
「いい、いやいや! いやいやいや! いやいやいやいや!?
それはさすがにマズいって!」
「でも赤宮くん、おスズの部屋で寝たことあるんでしょ?」
「ちょ、言い方! 沢口さん言い方っ!
あれ、看病しながら居眠りしちまっただけだから! なにもないから!」
大慌てで手を振りまくって弁解すると……。
沢口さんは、急に快活に笑い始める。
……合わせて、ハイリアと衛も吹き出した。
「あはは、ごめんごめん、冗談よ。
……イタダキくん、ベッド以外にも敷き布団かなにか、あるんでしょ?」
「お、おう、確か空気入れて使う簡易式ベッドが部屋に1つはあったと思う……。
――ってか、まぎらわしい言い方すんじゃねーよウタ!
オレまでダマされかけただろーが!」
イタダキがわめくと、沢口さんはまた「ごめんごめん」と軽やかに笑う。
「……ま、そんなわけだから。
単純に、男女それぞれ1部屋使えば済むって話。
この広さなら、3人1部屋でも狭いってことはないでしょ」
「し、心臓に悪ィよ沢口さ~ん……」
鈴守と同じ部屋で二晩過ごすとか……。
もうその事実だけで、俺、今度杜織さんに会ったとき何されるか分からないっての……。
いや、もちろん、鈴守と一緒の部屋がイヤとかじゃないけど……!
やっぱりその、そういうトコはちゃんとしないとダメだと思うしな……うん。
……まあ、ともかく……そんなわけで。
部屋割りも決まった俺たちは、それぞれ荷物を置いたり、食材や飲み物を冷蔵庫にしまったりして、身軽になると……。
早速遊びに出る――その前に。
小休止がてら、ちょっと早い昼食を摂ることになった。
「……ってわけで……刮目して見るがいい、ヤローども!」
おキヌさん、鈴守、沢口さんが、シンプルな使い捨てランチボックスをいくつもリビングのテーブルに並べると……次々にフタを開ける。
中に詰まっているのは……いっぱいのおにぎりに、あとはウインナーと玉子焼き、ミニトマトだった。
「ふっふっふ……。
我ら女子が今朝早くに、おスズちゃんちに集まって作ってやった――。
そう、キサマらヤローどもの憧れであろう、『女子の手作り弁当』ってやつだ!
……ま、さすがにちょっとカンタンなものになっちまったが……。
ありがたーく頂戴するがいい!」
「「「「 おおお〜っ! 」」」」
胸を張ってふんぞり返るおキヌさんに、俺たち男子はやんやと喝采を浴びせる。
場のノリってのもあるけど、真剣に感謝してるってところも大きい。
いや、だってやっぱり、カンタンなものって言っても、なにかと大変だっただろうしさ……!
「「「「 いただきまーす! 」」」」
感謝のまま、勢いよく手を合わせた俺たち男子4人は、一斉に広げられたお弁当へと襲いかかる。
お箸で上品に取り分ける……なんて考えはハナから頭に無い。
どれも、素手でいけるものばかりだからな。
割り箸だの紙皿だの使うのは、めんどくさいしもったいないってもんだ、後で手ェ洗えばいいだけさ!
「――ウマいっ!」
「うむ……実に美味だ」
「いやー、たまらないねー」
「もが、もご、むごご!」
四者四様に絶賛する俺たちに、女子たちは苦笑混じりの呆れ顔だ。
「おーおー、男子ってのはホントにまあ……。
いや、コイツらだからかねえ?
――ったく、お箸ぐらい使え、ってんだよ……」
「ま、いいんじゃない?
いっそ、わたしたちも手でいっちゃいましょ」
「そやね、ゴミ増やすこともないもん」
……そんなこんなで、ありがたーくお弁当をいただいて。
体力・気力ともにさらに充実したところで俺たちは――
「いよ~っし……それじゃあ――。
者ども、いざ出陣だぁーーーっ!!!」
「「「 おおーーっ!!! 」」」
いつの間にかイタダキから奪ったらしいグラサンをかけた、ちびっこギャングの号令一下――。
そう……まずは海へと、遊びに出ることになったのだった。




