第208話 港は賑わい、イケメンで得をし、元剣士はタメ息をつく
「ぃよーーーっし、上陸ぅ! 一番乗りはオレ様だぜ!」
「……いや、それ当たり前だろ……お前案内人なんだからな」
言葉通り真っ先にフェリーを降りた、ハデハデな赤いアロハにグラサンというチンピラルックのイタダキがはしゃぐのに、俺は冷静にツッコミを入れる。
しかしまあ、そうは言ってもやっぱり俺だって、少なからず浮かれてるんだろう……足取りが軽い。
……荷物はそこそこ重いんだけどな。
まあ、その重い理由と言えば、俺たち男子4人は、個人の荷物とは別にクーラーボックスを運んでいるからで……。
中身は、今夜する予定のバーベキュー用の食材とか、こっちにいる間の飲み物なんかである。
経費削減のため、こっちで買うんじゃなく、地元で昨日までにお安く仕入れておいた……というわけだ。
ちなみに、その際は、うちの近くの商店街のおっちゃんおばちゃんたちに大変お世話になった。
相談しに行くと、みんなして「任せときな!」と快く請け負って、こちらがお願いした通りのものを仕入れ――しかもそれを、その仕入れ値と同レベルの安値で譲ってくれたのだ。
……まあ、それと引き換えに……。
どこから情報を仕入れたのか、俺が先日鈴守の両親と会ったことをみんな知っていて、それをネタにからかわれまくったわけなんだが。
まったく、買い物のときおキヌさんや沢口さんも一緒で良かったよ……。
俺と鈴守だけとかだったら、どんな扱いを受けたか想像するだに恐ろしい……。
「ふむ……船旅が終わったと思うと、一抹の寂しさもあるな」
「あはは、イヤでも帰りも乗るんだけどね?」
俺に続いて、ハイリアと衛もフェリーを降りてくる。
ハイリアはもちろん、衛も、細身のクセして荷物の入ったバッグとクーラーボックスを難なく運んでるあたり、さすが剣道で鍛えてただけはあるってところか。
防具とか持ち運ぶの重いだろうしなー……。
「うわー、やっぱ外に出ると暑いわねー……」
「ふっ、この程度で何を……軟弱よのう、ウタよ……。
――って、熱ッ! 手すり、あっつッ!」
「もうおキヌちゃん、こんなトコではしゃいで海に落ちんとってな?」
さらに続いて、女子の3人もやって来た。
俺は女の子の服のことなんてサッパリだけど、改めて見るとやっぱり旅行ってのを意識してるからか、みんな、普段とはちょっと違った感じだ。
沢口さんは、そもそものイメージ通り、全体的にカッコ良くて大人っぽい印象でまとめてるし……。
おキヌさんは可愛らしくも活動的な服装で、それに合わせてか、髪もお下げにしてるし……。
鈴守も今日は、ある意味チャームポイントなネクタイは無しに、色合いや生地が涼しげなノースリーブのワンピース姿で、珍しく、シンプルな麦わら帽子も被っている。
うん……そしてその麦わら帽子がまた似合ってるんだコレが。
………………。
鈴守を集中的に見て何が悪い!
しょーがないだろ、やっぱり可愛いんだから!
……んん、まあ、それはさておき――。
フェリーの発着所を出た俺たちは、別荘近くまで行くバスの時間にまだ余裕があったので、少し港周りを散策してみることにする。
この贈李島は観光地としては最近人気が出てきたようなところだし、もっと閑散としてるんじゃないかって思ってたら……。
わりとちゃんと整備されていてキレイで、観光案内所はもちろん、結構色んなお店があったりと、想像以上の賑わいがあった。
それでいて、目を向ける方向で、山の景色も海の景色も楽しめるのだから、なるほど良いところだと実感する。
正直、こうして目的なく歩くだけでも、旅行してるって感じで楽しい。
「あ、赤宮くん、こっちの広場の方、朝市とかやってるんやって!
楽しそう、のぞいてみたいなあ……」
「お、いいな。明日の朝とか来てみようか?
朝メシに良い食材とか見つかるかも知れないし」
俺は、鈴守の指差す看板を見ながらうなずく。
……そう、旅行中の寝床は別荘を借りるわけだけど、食事については自分たちで何とかすることにしてるから……食材のことも考えておく必要があるんだよな。
もちろんずっと外食で済ませるテはあるし、1回ぐらいはこの島の味ってのを堪能してみたいけど……。
まあ、基本は自炊でいこう、ってみんなで決めてある。
金銭的な問題もあるけど、なんせ料理スキルについてはこのメンツ、マスタークラスのおキヌさんと鈴守がいるうえに、俺や衛に沢口さんもある程度出来るし……。
ハイリアだって、うちの女性陣三世代――ばっちゃん母さん亜里奈に教えを受けて、基本的なことはこなせるようになってるから……。
結局、明確に『ゼロ』と宣言してるのはイタダキぐらいで。
……つまりは、みんなでワイワイ料理するのも、それはそれで楽しいだろうってわけだ。
――しっかし、朝市で仕入れた食材で朝メシとか、いいよなあ。
しかも、その朝市を鈴守と一緒に回るとか……最高だよな、うん……!
「お、朝市ならアタシもご一緒したいねえ」
俺と鈴守の間から、にょきっと唐突におキヌさんが顔を出す。
「純粋に興味あっからさ〜。朝にゃ強いしな!」
……その言葉通り、おキヌさんは……。
大体みんな、電車での移動のときに多かれ少なかれ仮眠を取っていたんだけど、一人、まるで眠そうな素振りを見せなかった。
さすがは豆腐屋の娘、朝5時起き程度は特別早くもないらしい。
「うん! ほんなら、おキヌちゃんもいっしょに来よなっ?」
笑顔で即答する鈴守に、しかしなぜかおキヌさんは小さくタメ息をつく。
「いや、そこはむしろもうちょっと抵抗してほしかったっつーか……。
なあ、赤みゃん?」
「俺に振らないでくれよ……。
でも、ま、鈴守はそうじゃないとな」
思わず俺も笑い返していると――
「……おや、坊ちゃんじゃないか!」
……と、元気なおばさんの声が近くで聞こえた。
そちらを見ると、歴史を感じさせる魚屋の軒先で、イタダキが恰幅の良いおばさんに捕まっている。
「坊ちゃんはいい加減カンベンしてくれよ、おばちゃーん……」
「あっはは、ゴメンよ!」
……どうやら知り合いらしい。
まあ、イタダキは子供の頃から何度もここへ来てるんだろうし、顔見知りがいてもおかしくないか。
イタダキは、今回は家族じゃなく、俺たち高校の友達と旅行に来たことをおばさんに説明して……背中をバシバシ叩かれたりしていた。
あ〜……分かるぞコレ。
俺も商店街のおばちゃんに似たようなことされたからな。
あれはきっと、『カワイイ女の子まで連れてきちゃって〜、この!』ってヤツだきっと。
……で、まあ俺たちも一応軽くおばさんに挨拶したりするわけだけど……。
中でもハイリアを前にすると、おばさんはテンション高く「まあまあ!」を連呼する。
あ〜……コレも分かるぞ。
商店街のおばちゃんも似たような反応してたからな……。
この後に来るのは、試食大サービスとかだきっと。
「ほら、イケメンおにーさん!
これ、うちで作った一夜干しだけど、美味しいのよ〜? 食べてみて!」
……ほらな。
で、ハイリアは出された一夜干しのほぐし身を、律儀に(かつ優雅に)試食する。
「ふむ……これは確かに美味い。良い腕をお持ちだ」
「でしょーっ? さっすが、これだけのイケメンは舌も確かだねぇ!
――あ、みんなも食べてみてよっ!
それで、気に入ったら帰るときお土産に買ってってねぇー!」
ハイリアの賞賛に気を良くしたおばさんは、俺たちにも一夜干しを振る舞ってくれた。
「オヤジが、このおばちゃんトコの干物が大好きでよー……。
来る度に大量に買って帰るんだわ」
「なーるほどな。まあでも、確かに……」
「うん、美味しいね!
ウチも、おばあちゃんに買って帰ったげよかなぁ」
イタダキの説明を受けながら、俺たちも口々に美味しいを連呼する。
……しかしお世辞抜きに、実際これは相当ウマい。
鈴守じゃないが、値段も手頃だし、俺も土産に買って帰ろうかな……。
「なあ衛、お前は――」
どう思う、と何気なく会話を振ろうとして振り返ると――。
衛は、少し離れたところで……。
俺たちと同じ旅行に来てる風な――大学生だろう、ガタイの良いお兄さんと話していた。
しばらく見ていると、互いに手を振って別れ……大学生は笑顔で仲間らしい人たちのところへ、衛もこちらへ戻ってくる。
そんな衛の表情は……なんだかちょっと沈んでるようにも見えた。
「衛……今の人は?」
そのことが気になった俺は、この場を離れていく大学生たちの方を見ながら尋ねるものの……。
それに答えるときには、衛の表情はいつもの柔和なものに戻っていた。
「ああ、うちの道場の門下生だった人だよ。
……お互い、まさかこんなところで会うなんて思わなくってさ」
ああ……もしかしたら、沈んで見えたのはそのせい、なんだろうか。
衛のヤツ、実家のこととか、剣道の話題はあんまり触れたがらないって、従弟の武尊だって言ってたもんな。
しかし、まさかとは思うけど……。
「さっきの人にいじめられてた……とかじゃねーよな?」
さすがに気になったんで、他のみんなには聞こえないよう小声で尋ねるも――。
それを聞いた衛は不思議そうに目を瞬かせたあと、プッと吹き出した。
「あはは、ないない。
むしろお世話になったって言うか、随分良くしてもらったよ。
――そもそも、僕の方が強かったしね」
言って、今度はわざとらしくニヤリと笑った――かと思うと。
しかしそれはすぐに、困ったようなタメ息混じりの苦笑に変化する。
「ただ、僕が剣道をやめたことを知ってて……。
もったいないとか戻ってこいとか、いろいろ言われちゃってさ……ほんのちょっとウンザリしたってだけだよ」
「そうか……」
向こうは親切心で言ってることでも、今の衛にはそれが迷惑とか負担とか――そんな感じなんだろうな。
……あるいは、衛が俺たちとつるむのも……。
俺たちが以前の衛についてほとんど知らないから、結果として気疲れしなくていい――ってところもあるのかも知れない。
「――って言うかさ、裕真。
そろそろバスの時間じゃない?」
衛に言われて、つい考え事をしていた俺が、ふっと顔を上げるのと――
「……おらーっ! 置いてくぞお前ら〜っ!」
アロハのチンピラが大声で呼びかけてきたのは、ほぼ同時だった。