第19話 勇者と魔王と約束と
「魔王、って……やっつけちゃったんじゃないの?」
「歴代の勇者は、みーんなそうしてきたんですけどね」
……そんなあたしの疑問に答えたのはアガシーだった。
なんだろ……なんか得意げに見えるけど。
「たった一人、勇者様だけが――」
アガシーはチラリとお兄を見た。
「ただ倒すだけじゃ何にも変わらない、いずれまた勇者に頼る事態が来るだけで、いつまで経っても本当の意味での戦いの終わりにはならない――。
魔王たちにだって言い分はあるはずだから、それをちゃんと聞かなきゃって……そんな風に、大変に面倒くさいこと言い出しちゃいまして」
「面倒くさくて悪かったな」
お兄はフン、と鼻を鳴らした。
……んー、言葉とは裏腹にアガシー、持ち上げてるみたいだし……これはお兄、照れてるね。
「……で、周囲の反対を押し切って……勇者様は。
ただ倒すだけよりずっと厳しくて難しい――自分はもちろん死なない、その上で相手も殺さないって戦いを貫いて……。
最終的にはホントに、魔王に自分を認めさせて、魔族と人間を和解させちゃったんですよね」
「……力で押さえつけるだけじゃ、いずれまた同じようなことになるだけだろ。
お互い意思の疎通が出来る――心があるんなら、厳しかろうと、それが絶対最善の手なんだ。
――俺に言わせりゃ、その道を選ばなかったこれまでの勇者の方がどうかしてる」
本当に、当たり前のことみたいに……そう言い切っちゃうお兄。
あ〜……こういうところ、やっぱりお兄だなあ。
……だからだよ、お兄。
そんなお兄だから、きっと勇者にも選ばれちゃうんだよ――。
「それで……お兄――だけじゃないか。
向こうの世界の人たちと和解した魔王さんが、なんでペンダントに封印されて、こっちに来てるの?」
「んー……約束、しちまってな」
お兄は困ったように頭を掻いた。
「本人に争う意志がなくなったって言っても、魔王の力は強大だ。
それは将来的に、共存に異を唱えるような連中に利用されるかも知れないから――って、魔王自身が自分を封印することを望んだんだ。
……もちろん、ヤツなりにケジメをつける意味もあったんだろう。
だけど……それじゃあ、なんだか俺が納得いかなくてな。
人と魔のいさかいの原因は色んなところにあったはずなのに、魔王のヤツが一人で全責任を背負い込んでるみたいでさ。
だから――約束したんだ。
アルタメアから離れれば、封印としての意味も大きくなるし、コイツ自身、興味津々だったから……こっちの、俺のいた世界に連れて行くって。
それで――」
お兄はペンダントをテーブルに置く。
……よく見えるように、真ん中に。
「アイツにとってしがらみのないこっちの世界で、いずれは封印を解いて、平穏で真っ当な生活をさせてやるから――ってさ。
……正直そのときには、これまでの経験上、魔力とかそういうもんはこっちに来ると消えると思い込んでたから、ってのもあるけどな」
「ふーん……でもお兄、結構魔王さんのこと、気に掛けてるんだね」
「ああ、それはアレですよアリナ。
殴り合った末に友情が芽生えちゃったーって、暑苦しいアレ。
……あいにく、場面は夕焼けの河川敷じゃなかったですけどねー」
あーうっとーしい、と、パタパタ手で顔を扇ぐアガシー。
「……で、だ。
もしかしたら、俺が色々引き継いで勇者のままなのも、コイツを連れてきたことと関係あるかも知れないし、一度話を聞いてみたいところなんだが……」
「……うん」
「コイツ、ウンともスンとも言わないんだ。
封印した本人である俺なら、意思の疎通が出来ないはずはないし――勝手に封印から出ることも不可能なはず……なんだけどなあ……」
寝てやがるのかな、とかつぶやきながら、お兄はペンダントを軽く指で弾く。
雑な扱いをされて、魔王さんが怒って出てくるんじゃないかと思ったけど……ゼンゼンそんな気配はなかった。
「……まあ、律儀だけど、性格的にややこしいヤツでもあるし……。
今は気が乗らないだけとかで、いずれ、何でもなかったみたいに反応しやがるかも知れないけどな」
「それで……お兄はどうする気なの? 〈世壊呪〉がその魔王さんだったとして。
救国さんは何だかアヤしげだから論外としても、シルキーベルは普通に世界を守ろうとしてるっぽいし……渡すの?」
そう……大事なのはそこだ。
相手が悪者ばっかりだったらともかく、シルキーベルはとりあえず立ち位置としては正義の味方っぽい。
ある意味、今のこの世界の勇者みたいなもの……とも言えると思う。
だから、同じ勇者のお兄としては、普通なら協力するところだろうけど……。
「渡さねーよ」
お兄はあっさりと答えた。
少しは悩みを口にすると思ってたあたしは、まじまじと顔を見返してしまう。
「……渡してたまるか。
シルキーベルが、この世界のためにって頑張ってるのはまあ、間違いないだろうさ。
――けどな。
あのコは、〈世壊呪〉を破壊する気なんだぜ?
それじゃあ、アルタメアの、俺以前の勇者と何も変わらないだろ?」
「……あっ……」
「……だいたい、約束してるんだからな。
そりゃあ、チカラがこっちまで引き継がれてそのまま、とかは予想外だったけど……そんなのとは別に、約束を勝手に、一方的に反故にするとか、勇者以前の問題ってもんだ。
まあ……コイツ自身はもしかしたら、それならそれでいい――とか、妙に物分かりの良いことぬかしやがるかも知れないが……。
だったらなおさら、そんなヤツがワリを食うのはガマン出来ねーよ。
だから渡さん。――絶対に」
「そーゆーところはブレませんよねえ、勇者様。
……わたしのときと一緒」
やれやれ、と首を振るアガシー。
でも、お兄を見るその表情は、何だかまぶしそうで……これまで見たことない、なんて言うか……美しいものだった。
そう……ホントに、この子はホンモノの聖霊なんだって――そんな風に感じるぐらいに。今さらだけど。
……なんか、そんな二人のやり取りに、疎外感みたいなものをふっと感じちゃって……あたしは無言でブドウジュースをすする。
「……というわけでな、亜里奈。
お前の言った通り、俺は本格的に〈世壊呪〉を守って、悪の剣士クローリヒトとして戦うしかないらしい。
――いずれ、魔王の力をどうにかする方法を見つけるか、シルキーベルと和解するまでは」
「普通の高校生やりながら?」
「当然。クローリヒトと兼業ってのはちょいと哀しいが……フツーの日常生活ってのが俺の大目標なんだからな! そこは譲れないだろ!」
……うん、まあ、ダークヒーローに専念するから高校中退します――なんてわけにもいかないし、それこそ当然なんだけどね。
いろいろ大変なことになってるような気もするけど、いつも通りの調子で笑顔で言い切るお兄を見てると、あたしも何だか安心した。
「うん、じゃあまずは、勉強頑張らないとダメだね」
あたしは自然と出てきた笑顔のまま、壁のカレンダーを指差した。
「……は?」
「中間テスト。もうすぐでしょ?」
お兄はあたしの顔を見、カレンダーを見、そしてまたあたしを引きつった顔で見て……豪快にテーブルに突っ伏した。
……やっぱり、忘れてたみたい――というか、無意識に情報をシャットアウトしてたのかも。
「ダークヒーローが忙しいから点が悪かったとか、ママ相手には通用しないよ?
あたしだってフォロー出来ないからね? あと――」
あたしはアガシーをひょいとつまみ上げて、隣に移す。
「アガシーを使ってズルするのとかもナシだからね。勇者なら勇者らしく、正々堂々と。
アガシーも――いい?」
アガシーの目の奥を覗き込むようにすると、高速で首を縦にブンブン振りまくった。
あーあー……そんなにヘッドバンキングしたら、キレイな髪がぼっさぼさだよ。
でもまあ、この分ならこっちは大丈夫かな。
「まあ……でも」
打ちひしがれた顔してるお兄に、あたしは……飛びっ切りの笑顔を向けてあげた。
「確か、シルキーベルの動画の代わりに、世夢庵の黒みつまめ、おごってくれるんだよね?
あたしとのその約束も、ちゃーんと守ってくれるなら……ママにちょっとは取りなしてあげるから。ね?」