第207話 やっぱり沈む聖霊と、海に浮かぶは勇者たち
――暦は、ついに今日から8月。
天気は良くて、お日さまもギラギラ、まさに夏真っ盛りって感じで……つまり、暑い。
で、そんな中――
「がぼがぼがぼがぼ……」
今日も、小学校のプールでアガシーは…………沈んでいた。
「ビビって暴れてるんでも、溺れてるんでもねーのに……沈むなあ」
「軍曹、轟沈」
朝岡と真殿くんが、困ったような顔を見合わせる。
今日もいっしょになった2人も、いつものようにアガシーの特訓に付き合ってくれるものの……成果らしい成果はまだ出ていない。
朝岡が言うように、溺れてるわけじゃないんだけど……なぜか、アガシーは沈む。
身体が〈人造生命〉だからかな……とも思ったんだけど、ハイリアさんはちゃんと泳げてるらしいから、それは関係ないハズなんだけどね。
「アガシーちゃんはホント、沈むの上手いよねぇ〜」
ほんわかと笑顔でそんなことを言ってるのは、ビート板で浮いてる見晴ちゃん。
本人に悪気はまったくない――どころか、言葉通りに褒めてるんだけど、わりと辛辣だなあ……。
「…………ぅおいゴラ! だぁーーれが潜水艦だっ!
ちょびーっと、『あ、それカッコイイかも』とか思っちまっただろーが! がるる!」
「ちょ、違うって! オレ何も言ってねーっての!」
いきなり、ざばん、と立ち上がったアガシーが、いつかみたいにまたキャップを取って長い髪をブンブン振り回し、一番近くにいた朝岡に襲いかかっていた。
……とんだとばっちりだなあ。
まあコイツの場合、普段の言動のせいってのもあると思うけどね。
でも……。
なんだかんだ言って、アガシーが遠慮なくこんな絡み方するの、一番多いのって朝岡なんだよね……。
………………。
あ、うん、まあ……アレか。
今や朝岡も〈烈風鳥人ティエンオー〉ってヘンな名前の、変身ヒーローもどきなわけだし……。
普通の子に比べて少々ムチャしても大丈夫だからとか、そのチカラの源が同郷のアルタメア由来だからとか……そーゆー理由だろうね、きっと。うん。
「……え〜へ〜へ〜……」
「え? な、なに、見晴ちゃん……いきなりどーしたの?」
「う〜ふ〜ふ〜……」
ふと気が付くと、アガシーと朝岡の攻防を見守るあたしを、見晴ちゃんもまたニヤニヤと笑顔で見守っていた。
「あ、なんでもないよぉ〜、気にしないでね〜」
……いや、その顔でなんでもない――ってことはないと思うんだけど。
いつの間にか、見晴ちゃんの頭の上に移動したテンテンも、なんか同じように笑ってる――みたいな気がするし。
でも、見晴ちゃんのこのテの思わせぶりな――だいたいは脳内妄想の暴走による言動は、結構いつものことだからなあ……。
悪いことを考えたりしてるわけでもないんだし、まあいいか。
「……って、そうだ見晴ちゃん。
明日か明後日、あたしとアガシーといっしょに、〈なみパー〉のプールに行かない?」
ふと、ちょうどいい機会だと思ったあたしは……。
この間、ママからもらった、プールのチケットの話題を切り出した。
――ちなみに〈なみパー〉っていうのは、広隅の南、〈水南〉って場所にある、その名もズバリ〈みなみなみパーク〉の愛称。
そこは、超有名な某ネズミさんの魔法の国に比べれば、規模とかはずっと小さいけど……その分いろいろユニークな企画で有名で、入場料も比較的お手頃だから、意外と人気がある遊園地だ。
で、夏になると、その遊園地に付随する大きなプールが開園するんだけど……。
これがまた広いし、色んなアトラクションがあるし、キレイだしで、特に人気なんだ。
この季節になると、しょっちゅうテレビでCMが流れるぐらい。
「〈なみパー〉のプール〜?
うん、いいけど〜……あそこ、けっこー高いよぉ〜?」
おサイフの紐はしっかりしてる見晴ちゃんが、ちょっと心配そうにするけど……。
そこで今度はあたしが、思わせぶりに笑ってみせる。
「ふっふふー……それがだね見晴ちゃん!
なんと! うちの常連さんから、無料チケットもらっちゃったんだ!」
プールの水を盛大にすくい上げ、バッと頭上にまきながら宣言するあたし。
それに見晴ちゃんは、ビート板にヒジを突いたままの拍手で応えてくれる。
「ふわあ、すご〜い!
それじゃあ、入場料気にしないで行けるんだねぇ〜」
「そーなんだよ!
よーっし、じゃ、いっしょに行こうね!」
「うん、ありがとぉ〜!
……あ、それでぇ、亜里奈ちゃん〜。
そのチケット、何人分あるのかなぁ〜?」
見晴ちゃんの問いに、あたしはあらためてチケットのことを思い出す。
「えー……っと……。
チケットは1枚だけど、5人まで使える、とかだったはずだよ。
だから、あと――」
アキちゃんとか誘おうと思って……って、友達の名を上げようとしたその瞬間。
あたしの機先を制して、見晴ちゃんは。
手を振りながら元気よく――朝岡と真殿くんを呼んでいた。
そして――。
「じゃあ、朝岡くん、真殿くん!
2人もいっしょに、プールに行こぉ〜っ!」
「…………えっ?」
普段ののんびりマイペースはどこへやら……。
あっという間に、朝岡たちを誘ってしまうのだった。
* * *
――1人でデッキに出てみると、汗ばむ身体に、吹き抜ける潮風が心地好かった。
手摺りまで近寄った俺は、すっかり小さくなった港の方を見ながら、大きく伸びをする。
……今朝、ハイリアと家を出たのが、午前5時。
それから、いつものみんなと待ち合わせて、電車を乗り継ぎ、県をまたいで移動すること数時間――。
今俺は、目的地へ向かう最後の乗り物、フェリーの上で、波に揺られてるところ――ってわけだ。
そう……。
今日から俺たちは、イタダキの家の別荘を借りての、2泊3日の旅行なのである!
さしもの俺も、テンションが上がるってもんだ――!
……あ、いやまあ、『旅』なら、ほんの3ヶ月ほど前に、アルタメアをさんざんに歩き回ったばっかりなんだけど……。
これはそんな過酷な冒険の旅じゃなく、レジャーとしての『旅行』――。
しかも、鈴守も一緒なんだからな……!
……で、旅行っていうともちろん、鈴守と2人っきりで――ってのにも憧れるけど……。
ま、そりゃさすがに俺たちにはまだ早いってもんだ。
こうやって、みんなとワイワイやりながら――ってのが、ちょうどいいさ。
「……なんだ、こんなところで1人でいたのか」
なんとなく、フェリーが蹴立てる波を見下ろしていると……背後から聞き慣れた声がかけられる。
――ハイリアか。
「――って!
なんだお前、それ……!」
振り返った瞬間、そこにいたハイリアの姿に、思わず吹き出しそうになる。
……ヤツは、何とサングラスをかけていたのだ。
さすがに旅行で和装は動きづらいだろうと、アガシーチョイスのアーミールックっぽい洋装で出てきたコイツに、それはなんか妙にマッチしていて……。
そう、似合いすぎていて、逆に笑えてくる。
「お前、そんな小道具まで用意してたのかよ?」
「いや……今しがた、イタダキのヤツが貸してくれてな」
ハイリアは答えながら、俺の隣、手摺りに背中を預ける。
「あ〜……イタダキのか。
アイツがかけると、いかにも夏っぽいハデめの格好と相まって、まさにチンピラだろーなー……」
……まあ、それはそれで、ある意味似合ってるとも言えるんだろうが。
「ちなみに、先ほど皆で回してかけてみたのだが……」
「へえ?……っても、グラサンがマトモに似合うのなんて……。
うーん……あのメンツだと、お前と沢口さんぐらい……か?」
「……さて、ちなみにそれぞれがかけてみたときの、皆が口にしたそれっぽい二つ名は……。
余が『ロボットのエースパイロット』
イタダキが『下っ端チンピラ』
ウタが『放浪の天才外科医』
衛が『自意識過剰なお忍び芸能人』
おスズが『ダークサイド鈴守』
おキヌが『ちびっこギャング』
――で、あったぞ」
「……基本的にいろいろとヒデーな……!
朝が早すぎて、みんな脳に酸素回ってないんじゃないのか?」
思わず、込み上げた笑いがそのままこぼれ出る。
……鈴守なんか、二つ名も何もまんまじゃねーか。
いやまあ、確かに、何かに喩えるの難しそうだけどなー、鈴守。
これで男っぽい服装とかなら、それこそ、男装の麗人とかでもいけるんだろうけど。
「……で、キサマは……」
言って、ハイリアが手渡してくるグラサンを……しょうがなくかけてみる。
「………………」
「………………」
「……『不良の腰巾着』、か」
「これまたヒデーなオイ!
――いや、似合わないって自覚はあるけどさ!」
俺はさっさとグラサンを外すと、よく似合ってらっしゃる魔王サマに突っ返す。
愉快そうに微笑を浮かべつつ、受け取ったハイリアだが……。
それをかけ直すときには、やや真面目な面持ちに戻っていた。
「さて――ところで勇者。
こんなところにいたのは、キサマ、亜里奈の〈世壊呪の証〉のことを気にして、たそがれていた――などではあるまいな?」
ハイリアの問いかけに、俺は手摺りにもたれつつ、「いや」と首を振る。
――数日前に発覚した、亜里奈の背に浮かぶ〈世壊呪の証〉たる紋様の事実……。
アルタメアの魔王のチカラの紋様と同一だ――というその事実が、何を意味するのか。
あれやこれやと色々想像することは出来るものの、しかし結論付けるほどの手掛かりもなく――。
また、実際それ自体は、亜里奈に直接影響を及ぼすようなものではない、ただの情報に過ぎないということで……。
ひとまず俺たちは、アガシーも交えての話し合いの結果、この件は保留にしておくことにしたのだった。
ハイリアによれば、古書に書かれていた〈祓いの儀〉とやらの詳細を、この紋様の事実をもとに読み解けば、また新たに分かることもあるかも知れない……らしいので、その新情報待ちといったところだろう。
……なので、差し当たって俺たちは普段通りの日常を過ごすことにし――。
だからこそ、こうしてみんなとの旅行にも出てきたというわけだ。
ここでヘタに、紋様のことを気にしすぎて旅行の誘いを断ったりすれば、何も知らない亜里奈は妙に思うだろうし……それが要らぬ不安に繋がったりする可能性もある。
そもそも何より、亜里奈に、アイツが〈世壊呪〉であることを知られないよう、余計な心労をかけないよう、秘密裡に事態を終息させる――。
それが、俺たちの絶対的な目標なんだからな。
「……亜里奈のことなら大丈夫だ。
グライファンの件以来、闇のチカラの流入は大して感じられぬし、ここのところは体調が悪いようでもないしな。
それに、一応は聖霊のヤツめも側にいる」
「ああ、分かってるよ――」
答えて俺は、視線をフェリーの進行方向へと向ける。
「今はとにかく……せっかくの旅行を楽しまないとな!」
「まあ、そういうことだ」
向かう先に浮かぶのは、その名も、〈贈李島〉――。
俺たちがこれから今日を含めての3日間を過ごす、山の緑と白い砂浜がきれいに調和したその島の姿は、刻一刻と大きくなっていた。