第206話 妹たちの水着お披露目、透かし見える真実のカケラ
――鈴守家の前で、杜織さんと百枝さんを見送って。
その後、家までドクトルさんに車で送ってもらいながら、俺も取れるようになったらすぐに車の免許取ろうかな……なんて考えて。
でもそのためにはお金もかかるし、本格的にバイトをしなきゃいけないかなー、とか、あれこれ悩みつつ玄関をくぐった俺は――。
「お帰りなさい兄サマ!
――さあさあさあ、こっちですよこっち!」
……と、妙にテンションが高いアガシーにいきなり居間に引きずり込まれ……意味が分からないまま、ハイリアと並んでソファに押し込まれたのだった。
しかも、当のアガシーはそのまますぐに居間を出て行ってしまう。
「……で、ハイリア。
こりゃまたいったいどーゆーこった?」
「まあ、すぐに分かる。しばし待て」
ハイリアは微笑まじりで余裕たっぷりに答えつつ、テーブルの上のお菓子――チョコチップクッキーの〈カンとチー貴婦人〉を優雅にかじる。
うん、これで上等なカップで紅茶でも飲んでれば、見事にお貴族サマのティータイムって感じなんだろうが……。
あいにくここは花咲き乱れる庭園じゃないし、湯呑みに緑茶だし、一番大事なお貴族サマ役も、服装は作務衣である。
「……で、おスズの両親の見送りはちゃんと出来たのか?」
「ん? まあそりゃ、見送りだけだからな。
……いや、ちょっとは緊張もしたけど」
「行く先は、連絡もカンタンには出来ない、アフリカとやらの奥地――だったか」
「らしい。2人とも、トラブルに巻き込まれたりせず、元気でいてくれればいいんだけどな……。
まあ……海外でのフィールドワークは慣れてるって話だし、素人の俺が心配することでもないのかも知れねーけど」
「フッ……キサマとて、素人――でもあるまい?
遺跡の実地調査なら、キサマも似たようなことを散々にやっただろう?」
〈カンとチー貴婦人〉を1枚俺に投げ渡しつつ、ハイリアはニヤリと笑う。
「……まあ、なあ……。
遺跡とか迷宮なら、イヤってほど探索したけどさ……」
――ただし、異世界の、って前置きがつくけどな。
「その経験を活かし、ゆくゆくはおスズの父の助手にでもなればどうだ?」
「ああ……その案自体は確かに悪くないかもな……。
もっともそのためには、お前ならともかく、凡人のこの俺が、京阪大なんて超難関大学に受からにゃならんわけだが」
「全盛期の余を相手に、三日三晩戦い抜くよりはラクであろうが?」
「どーだかねー……受験勉強の方がよっぽどキツいかもよ?」
苦笑まじりに〈カンとチー貴婦人〉を口に放り込んだ俺は……。
水分が手元にないことに気付いて、モグモグしながらキッチンまで行き、冷たい麦茶をグラスに注いで戻ってくる。
……その間に、ハイリアは〈カンとチー貴婦人〉の包装紙に見入っていた。
ドレス姿の優雅な貴婦人たちが、豪華絢爛な部屋で雀卓を囲んでるという、なかなかにシュールなイラストだ。
ついでに、麻雀用語の豆知識、なんてものが個包装ごとに書いてあるのもまた何とも。
……て言うかこれ、ファミリー用のお菓子なんだけどなー……。
二翻縛りとか解説してどーすんだよ……。
「そう言えば勇者よ。
キサマ、麻雀は出来るのか?」
「んん? ああ、まあ、一応は……ゲームでルール覚えた。
あるんだよ、初心者用に一から解説してくれる麻雀ゲームなんかも」
「ほほう……。では、余もそれで習得するか。
じじ殿のお相手をするのに将棋は覚えたしな、次は麻雀も良さそうだ」
「それなら今度、父さんに言えば――」
その麻雀ゲームを出してきてくれるぞ――と、続けようとしたその瞬間。
「……れでぃーしゅ、あーんど、じぇーんとるめーんっ!
大っ変長らく、お待たせしましたーっ!」
ドアをちょっとだけ開けて顔を覗かせたアガシーが、もったいぶった調子でそんなことを告げてきた。
「いや、この場にいねーだろレディー……コレしか」
俺は〈カンとチー貴婦人〉を1つ摘まみ上げて言う。
……ってか、やっぱり『ス』を『シュ』って噛むんだなコイツ。
しかし、そんな俺のツッコミもどこへやら――。
上機嫌に勢いよくドアを開けたアガシーは、わざわざ「じゃじゃーん!」とか自分で言いながら、居間に飛び込んでくる。
さらに、その後に続いて……正反対に、分かりやすく恥ずかしそうな亜里奈も。
そんな妹たち2人の姿を見て――なるほど、と俺は納得した。
「この間買ってきた水着のお披露目、ってわけか」
――そう……。
アガシーと亜里奈は、ともに水着姿だったのだ。
「ふっふっふ、そのとーり!
兄サマ方も近々旅行だし、いっしょにプールとか行く機会がいつになるか分かりませんからね!
世界に先んじて、我ら可愛すぎる妹たちの愛らしき姿を披露し、目の保養をしてあげようというわけです! ぐっへへー」
「もう、だからアガシー、言い方……!」
水着だろうといつもと変わらない調子のアガシーと、逆に恥ずかしさのためか、いつもより大人しく感じる亜里奈と。
目の保養……とはちょっと違うが、そうして2人が仲良くしている姿は、普通にほっこり出来る。
で、肝心の水着はと言えば……。
アガシーが、上下分かれたセパレートなタイプで――。
上は夏っぽくヤシの木のイラストがプリントされた黒のハイネックに、下はいつものスパッツを短くしたような感じの、いかにもアガシーらしい迷彩柄のパンツスタイル。
色気ってのには欠けるだろうが、そこはそれ、そもそもコイツも一応(こっちの社会的には)小学生だしな。これぐらいがちょうどいいだろ。
で、似合ってるかどうかで言えば、コイツの元気すぎるぐらいの元気さに、可愛いというより活動的なデザインが良く合ってると思う。
……まあ、ぶっちゃけたことを言っちまうとコイツの場合、ハイリアと同じで、反則的に何を着ようとほぼほぼ『似合う』ような気もするんだけどな。
一方、亜里奈はと言うと……。
涼しげな青を基調にしたワンピースで、フリルなんかは付いてないものの、縁取りとかにピンクが使われてたり、ひらっとしたスカートも一緒だったりと、控えめに可愛らしさを出したデザインだ。
実は女の子らしく可愛いものも好きなのに、自分は可愛くなくて似合わないからと、基本地味めなものを選びがちな亜里奈にしては、結構頑張った方だろう。
けど、そのちょっと控えめな感じが、むしろヘタに可愛さを前面に押し出したようなデザインより亜里奈に似合っていて――兄貴としての贔屓目を抜きにしても、十二分に可愛いと思う。
今は、水着が良く見えるようにってことだろう、長い髪を結い上げてて、それもなかなか良い感じだけど……下ろしてもゼンゼン大丈夫に違いない。
「さあさあ、どーですかお客さん!
ほれほれ、まずはわたしから感想を聞かせてもらいましょう!」
一歩前に出たアガシーが、モデルみたいに……というにはあまりにガサツだが、くるりと一回転してみせる。
「おう、活動的な感じがお前らしくていいじゃないか。
似合ってる似合ってる」
「ふむ、いいのではないか?
キサマのことだ、もっと突飛なものにするかと思ったが……悪くなかろう」
俺とハイリアの賛辞を受けて、アガシーはご機嫌に、にへら〜っとしながら「そうでしょうそうでしょう!」と胸を張る。
そして、入れ替わるように亜里奈を前に押し出した。
「ほれほれ、次はアリナの番ですよ!」
「わ、分かったってば!
――ど、どうかな、お兄、ハイリアさん。ヘンじゃない……?」
自分の容姿について、コンプレックス――というか思い込みがある亜里奈は、いかにも自信なさげに、アガシーとは違って身体を縮こまらせたまま、上目遣いに尋ねてくる。
……なので、俺は思い切りニカッと笑いながら、ぐっとサムズアップしてやった。
「おう。ヘンどころか、ちゃーんと似合ってて可愛いぞ!」
「ああ。清楚かつ愛らしいところが、お前にピッタリだ。
良く似合っているぞ、亜里奈」
「そ、そうかな……あ、ありがと」
ほっとしたようにはにかむ亜里奈。
しかしアガシーは、まだまだ、と言わんばかりに腕組みしつつ、首を横に振っていた。
「ほらほらアリナ、マネキンじゃないんですから、もっとアピールですよ!
次はくるっと回ってみましょう、くるっと!」
「ちょ、あなたはあたしのプロデューサーかっての、もう……!」
口を尖らせながらも、俺たちの反応でちょっとは安心したからか……。
アガシーの言う通り、くるりと、スカートをはためかせるようにその場で回ってみせる亜里奈。
む……背中は思ったより大胆に出てるんだな。
いや、水着なんだから、これぐらいは当然……なのか?
うん、そうだな、競技用とかじゃなくて、オシャレなんだもんな……。
髪を結い上げているから特に目立つ背中を見て、つい過保護な保護者めいた感想が浮かぶのを、いやいや、と心の中で首を振る。
そんなことはさておき、改めて見ても、似合っていて可愛いのは確かだ。
俺はもちろんそれを、ちゃんと再度、言葉にして伝えるが……。
「…………」
なぜか、今回はハイリアのヤツは何も言わない。
それどころか――
「すまん亜里奈、もう一度、回ってみてくれるか?」
……とか言い出した。
亜里奈も、意外だ、という驚きは見せつつも……。
「あ、はい」と素直に従ってもう一度回ってみせる。
「――――!」
それを見たハイリアは、一瞬、息を呑んで目を細めていたが……。
かと思うとすぐさま、満足そうに微笑を浮かべつつ、亜里奈を褒めそやす。
「うむ……やはり亜里奈、改めて見てもお前は実に愛らしい」
その、どストレートな物言いに、亜里奈も恥ずかしそうに礼を返していた。
……いや、しかし……ちょっと待て!
これは何と言うか、見過ごすわけにはいかない問題じゃねーのか……!
コイツ、『今の』まだ小学生の亜里奈に、ただならぬ魅力を感じたってことじゃねーのか!?
俺とアガシーは、鼻息荒くハイリアに詰め寄る。
「おいハイリア、今のは――!」
「ゴルァ、そこの魔王!
テメー、『大人になるまで待つ』みたいなこと抜かしときながら……!
アリナがあまりにカワイイからって、やっぱそっちの趣味に目覚めた――とかじゃねーだろーなオイ!!」
「…………」
ハイリアは、しばし俺たちを無言で見比べたと思うと……。
いきなり、2人まとめて、わりとマジなデコピンを食らわせてきた。
「「 あだぁっ! 」」
「……バカも休み休み言え。
ただ単に、亜里奈の首筋にキズがあったように見えたから確かめただけだ」
「えっ? あたし、なんかケガ……してます?」
ハイリアの答えに、亜里奈はあわてて自分の首筋に手をやるが……。
当のハイリアが、表情を和らげながら首を横に振っていた。
「いや、大丈夫だ。
すまんな、恐らく髪かなにかを見間違えただけだろう」
「なんだよ、ったく、まぎらわしいなあ……」
ヘンな気疲れしちまった……と、盛大にタメ息をつく俺に。
しかし――ハイリアは。
やわらかな表情のまま……真剣な調子の小声でそっと告げた。
「――勇者、後で話がある」
……それから、数時間後。
とっくに日付も変わった深夜、うちの誰もが寝静まった頃に――。
俺の部屋の窓から、約束通りハイリアがやって来た。
「……で? 話ってなんだよ?
まさか本当に、亜里奈を今すぐにでも妻に、とか言うんじゃねーよな?」
「……残念ながら、そんな浮ついた話ではない」
裏の英家から直接宙を飛んできたんだろう。
裸足のままのハイリアは、至って真剣な表情で、テーブルを挟んだ俺の向かいに腰を下ろす。
「――勇者よ、先日、余が〈北宿八幡宮〉で見た古書の内容……覚えているか?」
「……お前が、神楽の合間を利用して盗み見た――ってアレのことか?
まあ……お前が話してくれたぐらいのことはな」
俺は言われるまま、先日、ハイリアが話してくれた古書の内容を思い出す。
確か〈聖鈴の一族〉って、〈呪〉を祓う一族の護衛が記した日記……だったんだよな。
「それで明らかになった事実の中に、〈世壊呪の証〉だという紋様があったことは?」
「ああ、覚えてる。
だけど確かそれ、ほとんどが焼失しててはっきり分からなかったろ?
お前に、スマホで撮った写真も見せてもらったし……」
「……そうだな。だが――」
ハイリアはそこで、一瞬、口ごもった。
「それが、先ほど……。
亜里奈の背中、首の下あたりに浮かびあがっているのが見えた」
「なんだって……!?
いやでも、俺も――多分アガシーも、そんな紋様なんかまるで気付かなかったぞ?
――それにさ、ほとんど焼失してたのに、なんでその紋様がそうだって……」
思わず詰め寄ってしまう。
……いや、実際としては、亜里奈が〈世壊呪〉なんだろうとはすでに当たりをつけている俺たちだから……。
妙な紋様があれば、それがそうなんじゃないか、って予測は出来るだろうけど……。
「――恐らく、余だからだ。
余だからこそそれが見え、そして余だからこそ――その正体が分かったのだ」
「……どういうことだ?」
「勇者よ。以前、余が、自分でも意識せぬまま、亜里奈にあっさりと憑依してしまったのは……亜里奈が、余の封印の契約者である勇者、キサマの血縁で、かつ魔力が高いからだと考えていたが……。
どうやら、もっと自然かつ当たり前のことだったらしい。
亜里奈の背に浮かんだ紋様――それはな。
かつて、余がアルタメアで、魔王のチカラを得るために触れた、宝珠の紋様……。
――それと、まったく同じものだったのだ」
「………………は?
おい、ちょっと待て、それじゃ……!」
思わず身を乗り出す俺に……。
ハイリアは、静かにうなずき返す。
「そうだ――つまりは。
この世界の〈世壊呪〉なる存在と――。
アルタメアの、魔王のチカラとは――。
どうやら、同じものであるのかも知れん……ということだ」