第205話 プロフェッショナル女子高生とお役所仕事
――私の目は、首元に突きつけられた美汐くんの手刀に釘付けになる。
いくら私が油断していたとはいえ……およそ、ただの女子高生の動きではない。
つまりは……まさか、彼女が……?
「人が良いのは結構ですけど西浦さん、アタシをまるで疑わないとか、少したるんでません?
……アタシが出てきた路地が行き止まりだってことを知ってれば、『近道』なんてウソっぱちだって、すーぐ分かったはずですよー?
不測の事態を考えて、待ち合わせ場所周辺の地形を頭に叩き込んでおくぐらい、プロとして当然じゃないんですか?」
「……う……む」
……ぐうの音も出ない、とはまさにこのことか。
確かに最近あまり現場に出なかったせいで、そうした感覚がなまっていたかも知れんが……。
「……ま、いーですけどねー。
今の忠告、真面目に聞いてくれたみたいだし……そもそも、西浦さんと組んで現場に出るお仕事、ってわけでもないんだしー」
手刀を退いた美汐くんは、めんどくさそうにそんなことを言いながら……空き地に積んであったブロックの上に、ひょいと腰かける。
「では美汐くん、キミが――」
「そです。〈諸事対応課〉から依頼を受けた――。
ま、いわゆる〈公儀隠密〉ってやつです。にんにん」
おちゃらけた調子で、美汐くんは『忍法!』とでも言いそうな形で指を組んでみせた。
かと思うと――。
「ええ、うちは代々、そーゆー生業の家系なんですよー……ダっサいことに」
……思いっ切り深く、肩を落としながらタメ息をつく。
「ま、なので、政府筋から依頼が来ると基本、断れなくて……。
親は別の仕事が入ってたんで、アタシが今回の件を任されました。
――情報収集・分析の面であなたを手伝うカンタンなお仕事です、ってね」
キミのような高校生が――? とも一瞬思うが……。
さっきの動きなどを見る限り、彼女がちゃんと訓練を積んだ人間なのは明らかだ。
今さら、若さを理由に能力を疑うなど、それこそ愚かなことだろう。
「いやしかし、待てよ……? と、言うことは……。
まさかキミは、この仕事のために鳴ちゃんに近付いたのか……?」
私がふと頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけると……。
美汐くんは、あからさまに不機嫌そうな顔をした。
「――冗談はやめて下さいねー。
アタシがラッキーと友達になったのは仕事を受ける前、だから今回の件とはまったく関係ありませんから。
当然今後も、仕事とラッキーとの仲は別物ですんで。
……だ・か・ら。
くれぐれもアタシの正体、ラッキーたちにバラしたりしないで下さいよー?
そんなことしたら、マジで寝首を掻きに行っちゃいますからね?」
物騒なことを言いながら、美汐くんは自分の首元にスッと指で線を引く。
「もちろん、話すなと言われれば話さないが……。
この件に関わっているということは、白城家の事情や〈救国魔導団〉のことも知っているのだろう?
キミの正体を知ったところで、鳴ちゃんたちが対応を変えたりするようなこともないだろうに」
「それはそうかも知れませんけどね、そういうんじゃなくて……。
ま、つまりはですねー……。
――とにかく、アタシがイヤなんですよ!
だって……、NINJA〜! ですよ? このご時世に!
なにソレ、ネタ?……ってなモンでしょー?
あまりにも――あまりにも、ダサ恥ずかし過ぎるじゃないですか!」
「そ……そうか?
むしろ、カッコイイと思うが……」
力説する美汐くんに、フォローするつもりでそう言った私だったが……。
それは、火に油を注ぐ――ほどではないにしろ、焼け石に水というやつだった。
「……あのね西浦さん、分かってます?
アタシ、花も恥じらうJKですからねっ?
それが友達に、『アタシ、実は忍者なの』――とか……。
もう、あまりにもザンネン過ぎるでしょーがっ!?
イタくてイタくて冗談にもなりませんってーの!
だーかーら、くれぐれも秘密にして下さい――いいですねっ?
バラしたら寝首掻きますからね? マジで!」
「あ、ああ……分かった」
美汐くんの剣幕に押され、私はしっかりとうなずく。
……まあ理由はどうあれ、みだりに正体をバラさないというのは、いかにも忍者らしくて良いと思うんだが……。
それは口にしない方が良さそうだな。
どうやら美汐くんは、家業としての『忍者』を相当に嫌っているようだし。
「……さて、それはともかくとしてー……」
自分のヒザで頬杖を突いた美汐くんは、気を取り直そうとばかりに一つ、タメ息をつく。
「今回の仕事を受けて、送られてくる関係資料を見たら……。
なんともまあ、驚きましたよー……さすがに。
まさか、ラッキーのお父さんが異世界帰りの元・勇者で……。
しかも、ラッキー自身まで先日、ついに魔法少女になったってんですからねー。
一応、そういうどこのラノベかゲームかって超常的なことも、実際に事例として存在する――っていうのは、これまで培った一族の知識として教えられてはいましたけど……。
それと、まさかこんな形で関わるなんて思いもよらなかったしー」
「キミは……その、魔力のようなものは感知したり出来ないのか?」
「ムリに決まってるじゃないですか……こっちはタダの忍者ですよー?
メインのお仕事は情報収集、そのためにシロートさんに負けないぐらいの体術なんかは身に付けてますけど、それぐらいですっての。
ゲームみたいな魔力使う忍術なんてブッ放せやしませーん。
そっち方面は完全に専門外です。
……まったく、みんな忍者に幻想抱きすぎなんですよ……。
素手で首をはねるとか、包丁ブン投げてカンストダメージとか……」
つまり、基本的には純粋な情報収集要員、というわけか……。
もっとも、その道においては、歴史あるプロフェッショナルなわけだが。
「……さてさてさて。
ムダ話はこれぐらいにして、ちゃっちゃとお仕事の話を済ませましょうかー。
えー……と。
〈救国魔導団〉の目的達成のためには、いち早く〈世壊呪〉の所在を掴む必要がある。
そして、今のところ最もそれに近そうなのは、〈クローリヒト陣営〉である。
……っていうのが、現況なようですけど――」
私は、「ああ」と相づちを打つ。
「正直、〈世壊呪〉の所在については未だ不明です。
だけど、伝え聞いたこれまでの関係者の発言などからして、クローリヒトに近しい存在――それも『人間』である可能性は高いでしょーね。
……と、いうことは〜。
クローリヒトの正体さえ判明すれば、自然と候補も絞れるわけで。
そして――西浦さんは、それが赤宮センパイじゃないかと疑っている……と」
「……そうだな。
だが、疑わしい点はあるが、決定的な証拠はない」
「ま、それはアタシもです。
だけど……手掛かりめいたものなら出てきてますよー?」
「ほう……それは?」
「……西浦さんも知ってるでしょ? 先日の小学校での事件。
謎の魔剣絡みのアレ。
ま、その魔剣ってのについては変わらず正体不明で……。
で、そのとき小学校に残っていた人間も、事件のことを覚えていないようですし、そこに赤宮センパイがいたって証拠もないんですけど……。
実は残っていた生徒の中に、亜里奈ちゃんにアガシーちゃん……センパイの家族が含まれてるんですよねー」
「それは私も知っている。
だが……彼女たちも、やはり何も知らないようだぞ?」
……あのひどい嵐の日は、ちょうど〈天の湯〉にお邪魔した日だった。
そのときの赤宮夫妻の会話と、後でさりげなく聞き出した話からは、特にこれと言って得るものはなかったはずだ。
まあ、『ゲームを買いに出ていた』らしい赤宮裕真が、クローリヒトとして、巻き込まれた妹たちを助けに行ったのではないか――という疑念は残っているが。
「そですね、証言としてはそうなってますかねー。
でも……。
あの子たちがいた『場所』だけ、小学校の他のところと違う事態が起こっていたんですよねー。
――当時、あの子たちがいたのは、東校舎の第2応接室なんですが……。
他の場所に被害らしいものはないのに、そこだけ……嵐に飛ばされたレンガ片で窓ガラスが割れ、男子生徒が1人、軽いケガをしてたんですよ」
「ああ、その、窓ガラスが割れたという話は私も聞いたが……。
それが、赤宮裕真の妹がいる部屋だった……?」
「なんです。で、そのときケガをした子は、朝岡武尊くん。
亜里奈ちゃんたちのクラスメイトで……ケガをした理由は、熱を出してソファで寝ていた亜里奈ちゃんを割れた窓からかばったから――だそーです。
そして、その武尊くんは……ちょうどあの事件の後から、赤宮センパイを『師匠』と呼び慕うようになって……頻繁に、センパイの家に通ってるらしいんですね。
ま、その理由は、ゲームの腕前に感動したから――だそーですけど。
――ええ、表向きは」
言って、美汐くんはポケットから出したスマホを素早く操作し……私に投げ渡してくる。
画面に映し出されているのは、いかにも元気の良さそうな、肩にインコを乗せた少年の画像だ。
背景からすると……神社で撮ったものだろうか。
そして少年の隣には、赤宮裕真もいる。
……こうして見ると、仲の良い兄弟のようでもあるな。
「この少年が、その朝岡くんか。
確かに、赤宮裕真とも親しげだが……」
「それが、単にゲームによる繋がりとか、妹のクラスメイトだから――ってだけじゃないとしたら、どーです?」
美汐くんは、ひょいと私の手の中からスマホを取り上げた。
「魔導団からの情報によれば、小学校は全体が〈結界〉に覆われていたはずでした。
でもってそれは、空間をねじ曲げるようなものだったそうで。
……まあ、アタシにはそれがどーゆーものか、推測するしかないわけですけど……。
多分、嵐の中にありながらも、その影響を受けるような状態じゃなかったんだろう――とは思うんですよねー。結界ってぐらいだし。
で、事実として、第2応接室の窓以外、被害はまったく出てません。
でもそれって、逆に言えば……。
そこだけ『特別な何か』があった――あるいは『起こった』ってことじゃないかなー、と。
そしてそんな場所に、疑いがかかってるセンパイの妹の亜里奈ちゃんが、ちょうど熱を出して休んでいてー……。
しかも、同じ場にいた男の子が、それからセンパイを『師匠』って慕うようになっている……と」
「それは――美汐くん、もしかして……」
「そです、ま、そーゆーことです。
……当然、まだ証拠なんてない、あくまで想像なわけですけどもー……」
美汐くんは大道芸のように、指のスキマを縫う動きで、手の中で器用にスマホをクルクルと回す。
「亜里奈ちゃんたちを助けるために駆け付けたセンパイの――クローリヒトとしての正体を……。
そのとき、一緒に助けられた武尊くんは、知っちゃったんじゃないかなー……とか思うんですよねー。
変身して戦うヒーローっぽいヒトなんて、それこそ、あの年代の男の子にはドストライクでしょーし?
そりゃー、師匠って慕うようにもなるんじゃないかなー、と。
……ま、そんなわけで――」
回していたスマホをピタリと止めると――。
どこか挑戦的にも見える微笑を浮かべながら……美汐くんは。
私に、真っ直ぐな視線を向けてきた。
「手掛かりというなら、彼――。
武尊くんの方から当たってみるのもアリなんじゃないかなー……なんて」