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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
15章 変身してなくても、相応の強敵が立ち塞がるのが勇者
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第202話 ド庶民勇者は、鉄板に負けじと熱くいられるか?



 ――中学生の頃のことだ。


 うちのばっちゃんが、遠くに住んでる友達のところに行く用事が出来たんだけど……そのとき、タイミング悪く足をケガしてて。


 動けないわけじゃなかったし、ばっちゃんは「大丈夫」って言ってたものの、やっぱり1人だと不安だって家族内で話が決まって……仕事があるじっちゃんと父さん母さんに代わって、俺が付き添ったことがある。



 そのときだ、ばっちゃんの友達が俺に気を遣ってくれて、せっかくだから美味しいものを食べに行こう、って連れて行ってくれたのが……。



 ――そう、今まさに俺がいる、ここみたいな……。



 それまでテレビの中でしか見たことがなかった、デカい鉄板のある、いわゆるステーキハウスって呼ぶような――いかにもお高い店だった。




「……何でも好きなものを頼みなさい」




 鉄板を挟み、シェフを前にしてのカウンター席で――。


 隣に座ったスーツの似合う紳士が……俺に、すでにこれ自体が相当に高そうなメニュー表を差し出してくる。



 その紳士とは……もちろん、鈴守(すずもり)の親父さん、杜織(とおり)さん。




 つまり、今、俺は――


 鈴守の親父さんと2人きりで、人生2度目のステーキハウスにいるのだった。




 で、まあ、なんでこんなことになっているのかといえば――。



 ……うん。

 連れて来られたから、としか言いようがなかったりする。







 ――昨夜遅くに亜里奈(ありな)と話したこともあって、覚悟を決めた俺は。


 昼前、〈世夢庵(せむあん)〉の抹茶プリンを手みやげに、鈴守家を訪ねたんだが……。



 チャイムを鳴らして出てきたのが、いきなり親父さんだった。



 当然、緊張感は跳ね上がったけど、そもそもの目的が親父さんと話をすることだったんだから、ここで怖じ気づくわけにはいかない――と、挨拶に来た旨を伝えると。



「ふむ……ちょうどいい。

 私も、キミと話をしなければならないと思っていたところだ。

 ――昼食は、まだだね?」



 そう言って親父さんは、うなずく俺を車に乗せ――。


 高稲(たかいな)の繁華街から少し離れた、いわゆる隠れ家的な立地のこの店に連れてきた……というわけである。



 ……なので、この流されるままの展開に、俺は正直ちょっと困惑していた。



 なんせ、あれよあれよという間に、親父さんと2人きり――。


 しかも、場所も普通の喫茶店とかならともかく、ド庶民の俺にはロクに縁がない、お高そうな店なんだから。



 まあ、つまりは、そんな俺にメニューを渡して「好きなものを頼め」ったって、もうどうしていいか分からないわけで……。


 ここはヘタに見栄を張らず、素直に頭を下げることにした。



 ……いやもう、なんせ値段がすでに、金欠高校生には見てるだけで冷や汗出るレベルだからさ……。



「……すいません。

 俺、こんな店ほとんど来たことないから、勝手とかゼンゼン分からなくて……。

 その、何をどう頼んだらいいのかも……」



「そうか、分かった。

 なら、私に任せてもらっていいかね?」



「あ、はい、お願いします」


「食べられないものは?」


「あ……大丈夫です。アレルギーとかも、好き嫌いも特にありません」



 ……何せ、異世界を旅するのに、好き嫌いなんて言ってられなかったからなー……。



 そう、迷宮内でたった1人、丸2日間迷いに迷った挙げ句……空腹に耐えかねて、魔法で凍らせたスライムを食った瞬間だ……。


 あのとき俺は、もう何でも食えるんだなー、と、一種の悟りっぽいものを開いた気がする。



 ……ちなみにだが、ソルベにしたスライムは(種類にもよるが)わりとウマい。

 血抜き処理をしないで食う獣の肉なんかより、よっぽど。



「では、飲み物は?」



 続けての親父さんの問いに、ちょっと思い出に浸っていた俺は、改めてソフトドリンクの欄に目を落とすものの……。


 居並ぶ値段に打ちのめされ、すぐさま考えるのを止めて、パタンとメニューを閉じた。



「その……水だけでいいです……」










     *     *     *




「ふぬぉぉぉっ!

 必・殺! 犬かきならぬ、ヘルハウンドかぎゃぼがぼぼ……っ!」



 スゴい速さで犬かき――じゃない、ヘルハウンドかき(?)するアガシーが、それに比例する速さで水の中に沈んでいく。



「あ〜、も〜……。

 そりゃ、ただジタバタするだけじゃ沈むに決まってるでしょ……。

 それにヘルハウンドだと火属性っぽいから、水はダメなんじゃないの?」



 あたしは呆れながら、底についたアガシーが諦めて立ち上がるのを待つ。




 ――今日は朝から、アガシーの泳ぎの練習のために、学校のプールに来ていた。



 解放日のプールは、もちろん授業じゃないから自主参加なんだけど、ここのところ暑くて天気も良いからかな、思ったより来ている子は多い。


 ……なので。


 別に示し合わせたわけでもないのに、朝岡(あさおか)真殿(まどの)くんまでいっしょになっていた。



「ぶはははは!

 軍曹、なんかスゲー勢いで穴掘ってるみてー!」



 アガシーの様子に朝岡が大笑いする中……。



 触らぬ神に何とやら――とばかりに、そっと離れる真殿くん。


 さらにインコのテンテンまで、定位置の朝岡の頭から、ニガテなはずの真殿くんの方へ避難していた。



 そこへ、ざばんと立ち上がったアガシーは……。



「………………。フンッ!」



 キャップを取るや否や、水に濡れたキレイな金髪をムチのように振り回し――笑う朝岡の顔面に、強烈な濡れ髪ビンタを食らわせた。



 ――バチン! って、実に痛そーな音といっしょに、そのまま水の中にダウンする朝岡。



 ……ホントバカだなあ、コイツは……。



「ナメたこと抜かしてやがると営倉送ンぞ、このクソ新兵(ルーキー)めが! がるる!」



「軍曹。あんまり汚い言葉を使うな――と、常々言っているハズだが?」



 続けて、あたしがじろっとニラむと……。


 アガシーは、あわてて姿勢を正して敬礼してくる。



「いい、いえしゅ、まむ!」


「まったくもう……。

 あんまりヒドいと、またおばあちゃんにお説教されるよ?」


「お、おばーちゃまのお説教はカンベンであります! ガクブル……」



 ぶるっ、と身震いするアガシー。



 ……うちのおばあちゃんは普段優しいけど、厳しいところはちゃんと厳しい人だから、孫のあたしやお兄はもちろん、アガシーや、時にはハイリアさんだって、お行儀が悪かったりだらしないこととかしてると、キッチリ怒られる。


 特にアガシーはこんなだから、よくお説教されるんだけど……。



 じゃああんまり仲が良くないのかっていうと、実はその真逆で。



 手のかかる子ほど――ってやつなのか、おばあちゃんはアガシーを可愛がってるし、アガシーも、なんだかんだでおばあちゃんに良く懐いてたりする。



 アガシーにしてみたら、怒ってもらえるってことは、ちゃんと見てもらってるってことでもあるから……それが嬉しいのかも。


 ……アルタメアで聖剣を護っていたときは、長い間、ずっと独りだったって聞いたし……。



「いってて~……。

 ――あ、そー言やさ、師匠って今日どうしてんの?」



 しっかり赤くなったほっぺをさすりながら起き上がった朝岡が、ふとそんなことを聞いてくる。



 あたしとアガシーは顔を見合わせると、どちらからともなく、「んー」とうなった。



「まあ、なんと言いますか……」


「うん……ある意味、ラスボス以上の強敵と戦闘中……かな。

 うまく会えてれば、だけど」



「――え! なにそれ、スっゲえバトルな感じ!

 くっそー、オレも師匠に認められてれば、連れてってもらえたのかなあ……!」



「残念ながら、これは一種の試練だから……朝岡、アンタの出番は無い」



 ゼッタイにするだろうと思ったカン違いを、予測通りキッチリしてくる朝岡。


 そのヘンな期待は、当然バッサリ切り捨てておく。



「え、なに、試練って!? スゲー!」



「…………。

 お兄は、彼女さん――アンタも知ってるでしょ? 千紗(ちさ)さん。

 その千紗さんのお父さんに会いに行ってるの。

 ――それが大変なことだってぐらい、お子サマのアンタでも分かるよね?」



 あたしの言葉に、朝岡は分かったような分からないような顔で曖昧にうなずく。



 ………………。


 やっぱり、思考レベル小3のコイツにはまだ早かったかあ……。



「……それにしても、父親、ですかー……。

 生みの親ともなると、やっぱりわたしにとってのパパさんたちとは、また少し違ってるんでしょうねー……」



 一方アガシーは眉間にシワを寄せて、腕組みしながら、う〜ん……とうなっていた。



 ……そっか、アガシーは聖霊だから……。


 直接の親――的な存在はいない……のかな。



 もしかしたら、そのことすごく気にしてたりするのかな――って、少し様子を窺ってみるけど……。


 幸いに、って言えばいいのか、少なくともアガシーはあまりそれを気に病んでる様子はなかった。



 そして――



「あ〜……でも」



 そうかと思うと、ポン、と何かを思いついたように手を打つ。



「わたしという存在自体が、いつ頃生まれたのかははっきりしませんが……。

 『アガシオーヌ』という名前を付けられたことで、その時点から自我が芽生え始めたんだと思えば……。

 あるいは、名付けてくれた初代勇者(マスター)こそが――。

 わたしにとっての、親みたいなもの――なのかも知れませんねー……」










     *     *     *




「……ごちそうさまでした」



 多分、一種のコースになっていたと思われる料理を食べ終えた俺は、食後のコーヒーを前に、鉄板の向こうにいるシェフに、そして親父さんに、続けて手を合わせる。



 大きなエビやらホタテやらの海鮮に、野菜、そしてとろけるような肉――といったメインの焼き料理と、すごく味の深いコンソメスープに、焼き飯……じゃなかった、ガーリックライス。



 もしかしたら、緊張で味なんて分からないかも、って思ってたんだけど……。



 俺もわりかし図太いというか、あるいは覚悟を決めていたからか……。


 この先、次に同じようなものを食べるのはいつになるだろう――って、思わず浸ってしまいそうになるほど、しっかりと、この豪華すぎる昼食を堪能させてもらった。



「……良い食べっぷりだったな。

 緊張している様子だったから、あまり喉を通らないかとも思ったが」



 砂糖だけを入れたコーヒーをゆっくりとかきまぜながら、親父さんはそう言った。



 それは、皮肉……ってわけでもなく、ちょっと穏やかにも見える表情からして、キレイに全部平らげた俺に、素直に感心してくれてる感じだ。



 ……そう言えば、鈴守もご飯は残さずキレイに食べるからな……鈴守家の方針みたいなものなのかも知れない。


 まあ、ある意味当たり前というか……うちだってもちろんそうなんだけど。




「さて――では本題に入ろうか、赤宮(あかみや)くん」


「! あ、はい……!」




 親父さんの改まっての一言に……。


 俺は、コーヒーに伸ばしていた手を思わず引っ込め、姿勢を正した。




「……千紗が、キミをどれだけ想っているかは、昨夜、本人の口から聞いた。


 そして――。

 同時に、キミが千紗をどれだけ想っているのかも……妻に教えてもらった。


 そう――信用がおけないと判断すれば、目上の人間だろうときっぱり一線を引くようなうちの妻が、キミのことはなんとも気持ち良さそうに話していたよ。

 ……愛情の最も良い形を心で理解している、とね」




「……百枝(ももえ)さんが……」



 ――俺は、昨日の百枝さんとのやり取りを思い出す。



 悪い印象を持たれた感じじゃなかったけど、決定的なことは何も言ってなかったから、立ち位置としては中立で保留……ぐらいかな、と思ってたら。


 まさか、味方してくれてたなんて……!



 ただ、俺自身は、そんなにご大層なことを言ったつもりなんて無いわけで……そこのところが、少し申し訳ないような気もするけど……。



「それに……昨日、キミの妹さんたちから訴えかけられた件もある。

 単なる身内びいきというだけでは、ああも一生懸命にはならないだろう。

 つまりキミは、私が思っていたよりもずっと好人物だった――ということになる」



 物静かにそう告げて、親父さんはコーヒーで唇を濡らす。



「だが――」



 これは、思ったよりもすんなりと認めてもらえる……?


 ――とか、期待した途端。

 それをひっくり返すみたいに、親父さんは二の句を継いだ。




「鈴守家は、キミが思っている以上に特殊な家系でな。

 これが普通の家なら、キミが千紗と節度を持って付き合うことに、もはや異論を挟む余地はないのだろうが……そうもいかないのだ。


 そこで――だ。

 千紗はもちろん、キミの今後のためにも、聞かねばならないことがある」




 そう言って――親父さんは、にらむように真剣な眼を、俺に向ける。


 これは、決して退いちゃいけないものだ――そう悟った俺も、真っ向から受け止める。




 そうして、親父さんは……。


 おもむろに、重々しく――その言葉を口にした。





「赤宮くん、キミは……。


 そうしろと言われれば、すぐにでも千紗と結婚する――。


 ……それだけの覚悟が、あるかね?」






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― 新着の感想 ―
[良い点] パパさん、いじわりゅううう……! 娘ちゃんのことが心配でたまらぬのですね、そーですね! もーーー!
[良い点] Σ(・ω・ノ)ノ! ぉ? 結婚!? もう……!? [一言] >「その……水だけでいいです……」 わかるわぁ……( ˘ω˘) 高い店で、すぐジュース頼む勇者とかシバかれるべきww
[良い点] 充分に裕真のことを認めた上での質問で、彼なら気持ちの上で迷うべくもないんでしょうけど、即答して良いものかという部分には迷いそうではありますね。 鈴守さんの高校生ライフや将来という意味とかで…
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