第200話 水も滴る良い勝負の行方はいかに
――円を描くように走りながら、俺は立て続けにガヴァナードを振るう。
円の中心となるのは、大型の連弩を構えたハルモニア。
そしてガヴァナードで叩き落とすのは――その連弩から撃ち出される変幻自在の、いわば〈水弾〉だ。
……そう、変幻自在。
その形状と雰囲気から、普通のボウガンじゃないのは察していたものの――
「――これでっ!」
ハルモニアが、今度は連弩を『薙ぎ払う』。
弓を使う上で、普通ならありえない動きだ、だが――。
その『銃口』から放たれるのが、レーザーのような高圧の水流となると話は別だ!
「――くっ!」
とっさにかがんでかわす俺の頭上を、それこそレーザーばりに金属板ぐらいは切断しそうな水流が奔り抜ける。
しかしさらにそこへ、かわされることも折り込み済みの第2射が放たれた。
次は、散弾のように一斉に撃ち出された、数十発の水弾だ。
それが、その一発一発が意志を持っているかのように――俺を目がけて軌道を変えながら襲いかかってくる。
ギリギリまで引き付けたところで、逆方向に跳んで大半をかわし……それでも追い縋ってくる数発を、ガヴァナードの一閃でまとめて叩き落とした。
――そう。
あの連弩は、俺が予想した、ただ連続で射撃できるとかいう程度のシロモノじゃなかった。
超高圧の水弾を、マシンガンみたいに連射するばかりか……。
今の散弾のように一斉に多量に撃ち出したり……。
しかもそれらに、任意で誘導性能を持たせたり……。
あるいは、さっきのレーザーのような使い方をしたり、と……。
まさしく、『水』というものの柔軟性を体現するかのような、多彩な攻撃方法を備えていたのだ。
むしろ弓ってよりも、超スゲえ水鉄砲、って言う方がしっくりくる。
そしてさらに、問題はそればかりじゃなく――。
「――――ッ!」
俺は、反射的にその場から飛び退く。
同時に……元いた場所に上空から恐ろしいほどの速度で『何か』が落下し、地面に穴を空けた。
一瞬遅れて、そこには水柱が立ち――そしてその水は、空中で、ハルモニアが召喚したハヤブサの形を取る。
……そう、もう一つの問題はコイツだ。
さすがにあの連弩も、銃に弾丸を込めるように、魔力を再装填しないと、いつまでも撃ち続けられるわけじゃないみたいなんだが……。
その再装填のスキを、この水のハヤブサが上手く俺を邪魔して補うのだ。
しかも、ただの体当たりと侮るなかれ……。
そもそも普通のハヤブサでも、この間家族で観たJHKの動物番組『ダーウィンが斬った!』の実験によれば、急降下時の速度は時速390キロにも達していたぐらいだ。
もちろん、魔獣だか神獣だかの類に入るコイツは、俺でもかわすのがやっと、ってほどだから、さらに速いはずで……マトモに食らえば痛いじゃすまないだろう。
まったく、同じ鳥でもテンテンの方がよっぽど可愛げがあるってもんだ……。
まあ、アイツの〈霊獣ガルティエン〉としての本来の姿は、俺見たことないし、もしかしたらよっぽど厳ついのかも知らんけど。
……って、厳ついとか言うとアイツのことだ――
『儂、鳥系でも乙女じゃし! 乙女に厳ついとかぬかすでないわ!』
――とか言ってキレられそうだな。
「……さすが、やるねクローリヒト。
初見なのに、〈水舞う連弩〉とアクファルヌスのコンビネーションをここまでかわしきるなんて」
得意気に、挑発めいた笑みすら浮かべたハルモニアがそんなことを言うが……。
それよりも、彼女の側で丸まったまま宙に浮き、のんきに鼻ちょうちん膨らませて爆睡してやがる三毛猫の方にイラッと来るんだよなー。
「……そっちこそな。
シルキーベルと互角に戦り合ったって話は聞いてたが……なるほど、大したモンだ。
侮ってたわけじゃないが、改めて実力を評価し直さなきゃな――」
俺は本心からの言葉を、答えとしてハルモニアに返す。
どうやら、ガヴァナードの扱いがどうとか、のんびり考えてる余裕はなさそうだ。
実力を認めた上で――本腰を入れてかないとな……!
「ってわけで……そろそろこっちから行くぞ!」
きっちりと宣言した上で……。
俺は、真っ正面からハルモニア目がけて突撃を開始した。
「受けて立つよっ!」
ハルモニアの連弩が、火を――ならぬ水を吹き、俺を押し返そうと、すさまじい勢いで水弾を連射して弾幕を張ってくる。
それを、左右ジグザグにステップを刻んで散らし、ときにガヴァナードで払いながら――かする程度の被弾は無視して距離を詰めていく。
だが、それで一気に追い切れるほど、甘い相手でもない。
ハルモニアも、俺の挙動から先を読み、牽制のための超連射の中に、左右から回り込んでくるような変則軌道の、回避しづらい水弾を織り交ぜつつ……。
弾幕を目くらましにする形で、威力がケタ違いなハヤブサの突進まで盛り込んでくる。
……アルタメアでも、あの手この手を駆使して、なかなかこちらの距離まで近寄らせてくれない高位の魔法使いとの戦いだって、何度も経験したが……。
まったく、魔法少女ってのも大概だな。それに勝るとも劣らない厄介さだ。
一瞬たりとも気が抜けやしない。
もしここで集中を切らせて、いいのを一発もらっちまえば……。
それで動きが止まったところに、まさしく雨のように攻撃が降り注ぎ……戦闘不能直行だろう。
俺は別に、戦闘狂なんかじゃないが……。
……まあ、そこはやっぱり男子。
アツくなるギリギリの戦いってのは、キライじゃないわけで――。
肌がひりつくようなこの緊張感に、つい、口元に笑みが浮かぶのを自覚する。
そう――それぐらいに。
昂ぶっているのに、頭の中はクリアってことだ。
――そして。
ついに、連弩に充填されている魔力が尽きたのか……。
弾幕が途切れ、さらに、ハヤブサの突進も凌いだ――空白の時間。
俺は、ハルモニアまで数メートルという距離へと踏み込んだ。
一足で攻撃に転じられる、この勝負を決する間合いへ。
しかし――。
追い込まれたはずのハルモニアが浮かべるのもまた、笑顔だった。
「――かかった」
瞬間、俺は――。
自分を取り囲むように、いくつもいくつも、宙に浮いている『もの』の存在に気が付く。
それは……バスケットボールぐらいの水の球。
ただ浮いているだけだったために、風景に溶け込んで見えなかった、透明な水の球だ。
……当然、今、この瞬間に作られたようなものじゃない。
つまり――ハルモニアは。
俺がこの距離まで飛び込んでくることを計算して……これまで射撃しながら少しずつ、このワナのための準備を進めていたわけか……!
「いっけぇぇっ! 一斉射撃っ!!」
ハルモニアの号令一下、水の球は自らの内に渦を巻く。
1秒と間を置かず、それらは俺目がけて四方八方から、高圧の水弾を撃ち込んでくるだろう。
かわす余地なんて無い、まさしく必勝の陣だ。
だが――――
紙一重、ほんの僅かに――遅かったな、ハルモニア。
――刹那。
俺を取り囲み、まさに水弾を放とうとしていた水の球が……一斉に、弾け飛ぶ。
微かに遅れて、分身のように闇に走るのは――いくつもの俺の残像。
「――え――」
そして、同時に――。
最後の間を、飛んで詰めていた俺は。
宙で、待機状態だったハヤブサを一閃。
次いで、着地しながらのトドメの一撃で――ハルモニアの連弩を叩き斬った。
一拍遅れて――ばしゃん! と、球を形作っていた水が揃って地に流れ落ちる中……。
「……〈迅剣・群狼狩羅〉」
俺は、無防備に立ち尽くすハルモニアを前に剣を引き――残心。
「これで、第2ラウンドも俺の勝ち――だな?」
あの、間合いに踏み込んだときの、僅かな空白の瞬間。
たった一拍でも――俺に闘気を練る時間を与えたのが敗因ってわけだ、ハルモニア。
「……驚いた。ホントに強いね……」
炎のオオカミのときと同じように、水のハヤブサが消滅したからだろう――白い髪に戻ったハルモニアが、言葉通り、心底驚いた様子でつぶやく。
「それに、最後の一撃、直接わたしを狙ってれば一気に戦闘不能に出来たかも知れないのに……。
そうしなかったのは、『女の子に本気の一撃を食らわせたり出来ない』って理由なんじゃない?」
「…………まあな」
油断なくガヴァナードを構えたまま、俺は素直に認める。
「まだ、奥の手を隠してたかも知れないのに?
あなたの、その甘さを利用するような奥の手を」
「そのときはそのとき、何とかするだけだ。
……甘かろうが何だろうが、それが俺――だからな」
続けて、俺が答えると――。
ハルモニアは、苦笑をもらした。
「まったく……。
もし、あなたが『そう』なんだとしたら……ホントに、『らしい』よ」
「…………?」
なんだか謎めいた言い回しに、思わず首を傾げると……。
その間にハルモニアは、まだノンキに寝たままだった三毛猫を引っつかみつつ、後ろに跳び退る。
「……とりあえずは、やっぱり――もう、本気で行くしかないみたいだね……!
さあキャリコ、出番だよ!」
そして、身体に残る、すべての魔力を練り上げているのか……。
ぶわりと、ハルモニアの髪が、衣装が――風も無いのに棚引く。
合わせて、地が、空が……ビリビリと鳴動する。
……これは……!
言葉通り、正真正銘の本気で来るつもりか……!
「…………っ!」
思わず、俺も気を張り直す中――。
主人に呼ばれた三毛猫は、こんな空気にもかかわらず、緊張感なくあくびをしたかと思うと。
「――まったくまくり……である」
あろうことか――。
主人ハルモニアの額に、いきなりビシッとネコパンチを食らわせた。
「……あいだっ!?」
間の抜けた声とともに……魔力も霧散したようで、急速に張り詰めていた空気が緩んでいく。
「な、なにするのよっ!?」
「片や、限界を超えまくっての魔力消費であり……。
片や、呪われし防具に削られまくり、残り少ない体力である。
――お嬢よ、殺し合いでもしまくるつもりであるか?」
ハルモニアを諭すように、そんなことを言ったのは……あの三毛猫だ。
……アイツ、俺がこの〈クローリヒト変身セット〉に体力削られてることに気付いてたのか……。
いや、っていうか――なんかアイツ、雰囲気変わってないか?
ハンパじゃないプレッシャーを感じるぞ……!?
「殺し合いって――わたしは別に、そんなつもりじゃ……!」
「――つもりはなくとも、そうなる。
この状況から、なお、我輩のチカラを使うとは、即ちそういうことである。
……頭を冷やしまくれ」
「う……」
三毛猫の言葉が的を射ているのか、うなだれるハルモニア。
「うん、分かった……そうだね。
つい、もう少しで――って焦っちゃったけど……。
あなたが言うように、わたしは殺し合いなんかがしたいんじゃないんだから」
「分かれば良し――。
我輩とて、無益な争いは好まぬのである。
――ということである、小僧。
今日は互いに退く……ということでどうであるか?」
「……ああ、いいぜ。
俺だって、殺し合いなんざしたくねーからな」
三毛猫の提案に乗った俺は……それを示すべく、剣の切っ先を下げてみせた。
……というか、コイツのこの迫力。
このチカラを、さらにハルモニアが扱うとなると――だ。
それなりに消耗した今の状態で戦り合うのは、俺でも結構ヤバいだろうしな……。
まったく……言葉通り、『ネコを被ってた』ってことかよ。
――そして、澄ました感じで背筋を伸ばしていた三毛猫は。
俺の答えに、ゆったり、満足そうにうなずいた。
「ウム結構、物分かりが良くて何よりである。
……うむっふぅ……これで何とか『にゃんこ映像3000連発!』、最後の500発ぐらい観まくり~っ!(ボソッ)」
……三毛猫のヤツ、なんかボソボソとつぶやいてたが……。
気付けば、あの迫力もすっかり鳴りを潜めていて。
ちょんと、普通のネコのようにハルモニアの肩に乗っかる。
「……じゃあね。
今日はわたしの負けだけど――次はこうはいかないから。
また会いましょう……クローリヒト『センパイ』?」
最後に、そう言い残して――。
ハルモニアたちは、この場から姿を消した。
「……センパイ?
ああ、まあ、センパイっちゃセンパイみたいなもんなのか……」
そして、残された俺は――。
ハルモニアの奇妙な言い回しに、小さく首を傾げつつ……。
さすがに疲れたし、長居は無用……と、こちらも家路に就くことにしたのだった。