第199話 これぞ秘技、にゃんこシールド!……みたいな
ハルモニアは、解放したチカラに応じてるのか、炎のごとく赤く燃える、もとは白だった長い髪をなびかせて――馬ぐらい大きい、炎のオオカミに颯爽とまたがると。
「――行きますっ!」
見るからに凶悪な、ジェット噴射付きのハンマーを振りかざして突撃してきた。
うん、一応、ハイリアから前もって聞いてはいたわけだけど……。
実際にこうして目にすると、これまたスゲえ迫力だな。
……もっとも、魔法少女って言葉のイメージからは大分離れてる感じだが。
いや、それとも……そんな風に思うのは俺だけで、そっち方面の造詣が深い亜里奈なんかにしたら、普通にアリだったりするんだろうか……。
そんな余計なことを考えながら、俺は様子見も兼ねて、その初手の突撃を余裕をもって普通にかわす。
まさしく爆風そのものの勢いで通り過ぎたオオカミは、車でドリフトするみたいに、後ろ足で地面に炎の軌跡を刻みながら急激に方向転換……。
すぐさま、もう一度突進してくる。
……ハッキリ言って、予想よりずっと速い。
この調子で往復されると、さばき続けるのはなかなかにキツそうだ。
かと言って、力尽くで止めるにも……襲ってくるのはあの、パワーの権化みたいなハンマーである。
食らえば、それこそ異世界まで吹っ飛んで行きそうなアレと真っ向勝負ってのも、一見いかにも分が悪い。
――まあ、やってやれないこともないだろうが……。
それよりは、寸前でかわしざま、ハンマーそのものに一撃入れて弾き飛ばす方が現実的か……?
一撃目を参考に、ギリギリで見切ろうと待ち構える俺に――。
ハンマーはいきなり、それ自体が飛びかかる猛獣のように勢いを増して迫ってきた。
――ジェット噴射だ。
その加速は凄まじいものだったが――しかし、想定内でもある。
あわてる必要はない、それも計算に入れた上で身をかわそうとした――そのとき。
「フフン、ワガハイ、働きまくりっ!」
実に得意気な声とともに……。
あの使い魔の三毛猫が、死角から奇襲をしかけてきた!
つまり――どうやら、ハルモニアは。
俺が、ハンマーのジェット噴射も見切った上で、それを引き付けてギリギリでかわそうとすることを先読みしていた――ってことらしい……!
三毛猫の攻撃自体は大したことはないだろうが、それで足を止められてしまえば……待っているのは、あの凶悪なハンマーの直撃、ってわけだ。
まったく見事な連携だ、うまいことやりやがる――!
……もっとも。
相手が俺じゃなければ――だけどな。
「――悪ィな、ワガハイくん」
――いくら死角からだろうと、それぐらいの奇襲見切れなきゃ……。
俺、とっくの昔に異世界で死んでるんだよな。
飛びかかってきていた三毛猫を、そのままとっ捕まえると――。
「おおぅっ?」
「――吹っ飛んだ先が、元いた異世界だといいな?」
迫るハンマーに向かって、ずいと突き出してやった。
「ふ――ふぬおわおうえぇぇッ!!??
たた、タンマタンマ、タンマしまくりゃーーーッ!!!」
「――うっそ――ッ!!??」
大あわてで、必死にオオカミにもハンマーにも急ブレーキをかけるハルモニア。
そして――――ハンマーは。
三毛猫の鼻先数ミリのところで、なんとかビタリと止まる。
「はは、はひぃぃ〜…………。
――って、コレ、どど、どーぶつぎゃくたい〜っ!
これは見逃しまくるわけには~っ! ワガハイ、そりゃもう抗議しまくりで――」
「安心しろ、ただの動物相手にゃやらないし、計算通りだ。
――ってことで、改めてぇ――」
俺は、つかんだままの三毛猫を振りかぶり――
「ちゃんと飼い主のトコに――帰りなッ!」
オーバースローで、ハルモニアに向かって思い切り投げつけた!
俺の、速球ならぬ速猫は真っ直ぐにすっ飛んで行き――
「――なぁっ!?」「ふぬあぁっ!?」
――ごっちんッ!
実にいい音を響かせて、両者は額と額で激突。
……マンガなら星が飛んでるところだな。
で、その間に――。
「悪いな……お前の出番もここまでだ」
残る炎のオオカミも、命には別状ないよう、〈手加減〉して一刀両断……召喚元へとお帰りいただく。
まあ、実際にはそこまで気を遣わなくても、このオオカミ、相当に高位な精神体のようだから……殺したって死なない、みたいなレベルだと思うけどな。
……で、逆に考えると。
そんな存在にきっちりとダメージを与えられるガヴァナードは、さすが〈創世の剣〉とかご大層に呼ばれただけのことはあるって感じだが……。
いかんせん、やっぱりまだ手に馴染まない。しっくりとこない。
アガシーを介していたときの方が、よほどスムーズに、俺と剣の間のチカラのやり取りが出来てたっていうか……。
………………。
いや、あるいは……それがいけないのか?
アガシーがいたときと、同じようにそのチカラを扱おうとしてしまう……それが、根本的に間違ってるってことなのか……?
うーむ…………。
――なんて、俺がちょっと考えに耽ってる間に。
俺の一撃で実体化が解かれ、オオカミが消滅したことで……。
上に乗っていたハルモニアもそのまま落下する。
もちろん、尻もちをついたりもせず、くるりと身を翻し、華麗に着地――したはずが。
「受け身まくりっ!」「ふぎゅっ!?」
後に続いた三毛猫に、思い切り頭を踏んづけられ、ブザマに潰れていた。
……もちろん、当の三毛猫サマは、その勢いで再度宙で一回転、危なげなく地に降り立つ。
「……キャぁ〜リぃ〜コぉぉーーーッ!」
オオカミが消えたことで炎の力も失われたからか、髪も白に戻ったハルモニアは……。
俺のことはそっちのけで、三毛猫を吊し上げていた。
「あなた、そんな必要ないのにワザとわたしを踏んだでしょっ!?」
「いやいや、いやいや、いやいやいや!
これはヤバいと受け身を取るのに蹴りまくったのが、たまたまお嬢の頭だったというだけでありまくり……!
それ以外の意図など、ありまくりなわけもなしまくり!」
「……ホントにぃ?」
「なんとお嬢、この忠義あふれまくるワガハイの言葉が信じまくれぬとっ?」
「『ネコに忠義を求めてはいけない』とか言ってたの、あなたでしょーが?」
「…………。
しし、しかして、ワガハイはその、正確にはネコでは……」
「……あ、そ。
じゃ、『今世紀のにゃんこ映像3000連発!』は見れなくてもいいね」
「か――語るに落ちまくりぃ〜っ!」
吊し上げられたままジタバタする三毛猫。
ハルモニアはそれを、タメ息とともにポイと放ると……。
「それにしても――クローリヒト」
ようやく、俺の方に向き直った。
「ふざけた方法だったけど、でも――あそこでキャリコの奇襲を見切られるなんて思わなかったし……。
フラマルプスも……まさか、全力って感じでもない一撃で退場させられるなんてね……。
さすが、ってところかな」
「一応はほめてもらってるみたいだが……」
俺は担ぎ上げたガヴァナードで、自分の肩をトントンと叩いた。
「そもそもハルモニア、お前だってまだ様子見だったろう?」
俺の言葉を受けて――。
戦化粧が施された、ハルモニアの勝ち気そうな可愛らしい顔に……得意気な笑みが浮かぶ。
「もちろん、手を抜いてたってほどでもないけどね。
――じゃあ、次、行くよ……!
お願い――〈水隼アクファルヌス〉!」
ポーチを叩き、飛び出したのは……今度は青い珠。
それをまた、虹色の籠手にはめ込むと――。
籠手から髪の色から、涼やかな青色へと変化する。
そして――ハルモニアの頭上に、宙に発生した水が渦となって集まり、球になったと思えば。
その中から、1羽の大きな――猛禽類を思わせる水の鳥が生まれ出た。
あれは……うん、俺も、ちょうどこの間、家族で動物番組見たところだからな……分かるぞ。
多分……種類で言えば、ハヤブサだ。
さらに、続けて、ハルモニアの籠手をした右手の中にも勢いよく水柱が立ち――
「……〈水舞う連弩〉!」
一挺の、両手で構えるほどのボウガンへと変化する。
……いや、っていうかコレ……。
弓の弦の部分が、見たところ魔力そのもののようで……。
加えて、全体的な造型に、なんかアサルトライフルみたいな雰囲気もあるってことは……。
まさか――。
普通のボウガンと違って、魔力で物理法則無視した連射が出来るようになってる、一種の『連弩』……とかじゃないか――!?
「じゃあ、行くよ、クローリヒト……!」
三毛猫が肩の上に駆け上がったところで……。
ハルモニアは、手の中の『銃口』を俺の方へと向けた。
「――いざ、第2ラウンドっ!」
* * *
――塩花美汐は、後悔していた。
先刻、チンピラっぽい若者に絡まれていた気の弱そうなサラリーマンを、さりげなく、若者を言いくるめる形で助けたのだが……。
そのとき、若者が予想以上に大人しくあっさり引き下がったのは、あくまで、そこが通行人の注目を集める場所だったから、であるらしく。
その後、美汐が近道のため、人気の無い路地に入り込んだところで――。
2人の仲間とともに、周囲を取り囲んできたのだ。
彼らの目的が、先に邪魔をされたことへの報復なのは明らかだった。
まだ宵の口というぐらいの時間なのに、若者たちはすでに少し酔っていて……そのせいで気が大きくなっているらしく……。
だから、報復といっても、何をするというほどでもなく――怖がらせて鬱憤を晴らそう、という程度なのだろう。
――それでも、不要なトラブルに巻き込まれたのは間違いない。
ニヤニヤと、人を小バカにしたような笑みを浮かべる若者たちを見回し、美汐は小さくタメ息をつく。
……余計なコトしなきゃ良かったかな、と。
まさか、昼間に〈常春〉で注意を受けたばっかりだったのに、いきなりその夜に絡まれるようなことになるなんて――。
そこまで考えたところで、そう言えば、と思い出した美汐は、教えられた通り、若者たちを相手に『黒井睦月』の名前を出してみるが……。
「……は? 誰ソレ?」
――と、まるで効果が無かった。
どうやら、彼らの会話から察するに、ここへは遠方から遊びに来ていただけの――いわばよそ者らしい。
……そりゃ効果も無いよねえ……と苦笑する美汐は、同時に、黒井の連絡先もスマホに入っていることに思い至るが……。
ポケットに手を入れたところで……結局、スマホを出すのは止めにした。
ヘタに誰かに連絡を取ろうなんてしたら、彼らが逆上して状況が悪化するかも知れない――と。
また、呼んだところで、助けが来るまで時間がかかる――と。
それに――
……そもそも、よそ者相手なら――後腐れを気にする必要もないのだ、と。
「なんならさ? ほら、オレ達に付き合って遊んでくれたって――」
馴れ馴れしく、若者の1人が後ろから肩に手を回そうとした瞬間。
美汐は、それを見もせずにスルリとかわし――。
その腕を取って、若者の背後に音も無く回り込みつつねじり上げ……仕上げに、肩口の一点に的確に、過不足ない力加減の掌底を打ち込む。
――ゴキン、と、確かな感触。
「いぃ――――ッ!!??」
美汐が手を放すと、若者は声にならない声を上げ……涙を流しながらその場にうずくまった。
「……え? ちょっと、マジで?
肩、外しただけだよ? 折ったりしてないよ?
……ンも〜、これだから、イキがってるだけのシロートさんはなあ……」
美汐はタメ息混じりに若者のそばにしゃがみ込むと……。
自分が外したばかりの若者の肩関節を、今度は「ほい」と気の抜けた声とともに入れ直してやる。
――もう一度、ゴキン、と。
「〜〜〜〜ッ!!??」
若者は、その衝撃に……ついに、わかりやすくブクブクと泡でも吹きそうな勢いで気を失った。
「うわ、これでもダメか! やっぱ関節はヤバいな〜……。
うーん……まだ打撃の方がいいのかね〜……」
よいしょ、と億劫そうに立ち上がりながら。
大通りの煌めきと喧噪を背負った美汐は――残る2人に、ニコリと笑いかけた。
「さて、おにーさんたちは……どっちがいいと思う?」




