第18話 出来過ぎな妹と反省勇者、そして〈魔王〉
「ただいまー、お兄、ちゃんとデートできたーっ?」
――小学校から帰ったあたしは、一直線にお兄の部屋に飛び込む。
……いや別に、真っ先にお兄の顔を見に行った、とかじゃないよ?
えっと――ほら、お兄が彼女さんに迷惑かけなかったか、それが今日一日ずっと心配だったから。
もし何かやらかしてたとしたら、早いとこフォローしなくちゃって、もう気になって気になって。
……だから、放課後の見晴ちゃんや他の友達とのおしゃべりも早々に切り上げて、心持ち早足で帰ってきたんだけど……。
――部屋には、誰もいなかった。
あれ……おかしいな。
お兄、今日はうちのお手伝いもあるから、映画見終わったら早いうちに帰ってくるって言ってたんだけど……。
そういえば、玄関に靴、なかったっけ……?
急いでてよく見てなかった。
あ、あー……アレかな。
もしかして、思ったよりデートがうまくいったのかな。
それで、仲良く二人でお茶飲んでおしゃべりしてるとか……?
うん――きっとそうだ。
「なーんだ、良かったじゃないお兄……あははー」
言葉とは裏腹に、何だかちょっとイラッとしたから、お兄愛用のソバ殻枕に渾身の鉄拳を2回ほど叩き付けて憂さ晴らししておく。
アガシーがいたらまたビビられたかも知れないけど、あの子は今、裏手のミリタリーショップに行ってる最中だ。
ミリタリー雑誌の新刊入荷のポスターを見て、朝から気になってたみたい。
「……バカみたい」
そう、ホント、バカみたいだ……あたしが。
なにを調子に乗って、お兄の保護者みたいな気でいたんだか……。
小さい頃からずっと、あたしのことを助けて、守って、育ててくれたのは――お兄の方なのに。
あたしは、背負ったままだったランドセルを降ろして……。
それで、朝、お兄がデートに着ていこうとしてたのを止めて、そのまま脱ぎ散らかされていた制服をキチンと整えてから、ラックに掛け直しておく。
「こういうところがだらしないからだよ……もう。
――もおっ!」
何だか、沈みかけてモヤモヤしていた気持ちを拳に乗っけて、制服にも一撃お見舞いしておく。
……ふう……ちょっと、スッキリした。
さて……それで、これからどうしよう。
ここでお兄待ってるのもなんかムカつくし、部屋に戻って宿題でもやっちゃおうかなあ……。
そう思って、降ろしたランドセルに手をかけた瞬間――あたしの視界の端で、何かがキラリと輝いた。
「? あれって……」
顔を上げて、お兄の勉強机に近付く。
――西日を反射して、輝いていたのは……机の小さなラックに引っ掛けられていた、銀色のペンダントだった。
決してハデじゃないけど、細やかな装飾が施されていて……かなりの値打ちがありそうなのは、子供のあたしでも何となく分かる。
お兄がこんなアクセサリーを買うなんて(金銭的な意味でも)考えられないし、きっと、異世界から持ち帰った品なんだろうけど……。
「でもどうして、こんなところに出してあるんだろ。
向こうの品は、異次元アイテム袋にしまってあるって言ってたのに……」
ちょっと興味を引かれて、あたしはペンダントに手を伸ばす。
美しく輝くそれは、触ると思ったよりもひんやりとしていて――――
「……というわけで、今日は散々な一日だった――って、聞いてるか亜里奈? おーい?」
「…………え――?」
あたしの前には、いつかみたいに、座卓にべたんと突っ伏したお兄がいた。
その傍らには、やれやれといった顔で首を振るアガシーも。
……え? あれ? あたしは、確か――。
確か――なに? 何してたんだっけ……?
「? おい、大丈夫か亜里奈? 熱でもあるのか?」
「え? う、ううん、大丈夫大丈夫。
ちょっと、ぼーっとしちゃっただけだから!」
心配そうに額に手を伸ばしてきたお兄を押し戻して、あたしは笑ってみせる。
……そうだ。
今あたしは、今日のデートの顛末を、お兄から聞かされてたんだった。
えーと、銀行強盗に巻き込まれて、シルキーベルが現れて――その後は、警察の事情聴取でデートどころじゃなくなって……。
「で、彼女さんはどうだったの?
それで怒ったりするような人じゃないと思うけど……」
「……うん、まあ……半ベソだった。
俺が無事でホントに良かった、って……」
お兄の顔が、申し訳なさそうにしながらも、同時にちょっと嬉しそうにゆるみもする。
……なんか、ちょっとムカッときた。
「まったくもう……気持ちは分からないでもないけど、心配させちゃったんだから、明日学校でちゃんとフォローしなくちゃダメだよ? それから――」
改めてあたしは――手元のブドウジュースに挿していたストローを、びしっとお兄に突きつけた。
「追い込まれたからって、年下の女の子相手に本気の必殺技食らわせるとか、サイテー」
びくっとお兄の身体が飛び跳ね、あわてて姿勢を正す。
「い、いや、そりゃ確かに、あれはやり過ぎたと思うけどさ、あの状況だと――」
「言い訳しない!」
「……すいません、ごめんなさい」
かくん、と力無くうなだれるお兄。
……ん~、ちょっと強く言い過ぎちゃったかな……。
「そうですねえ。実際、勇者様なら他に打つ手はあったハズですし……。
一発いいのもらっちゃって、つい頭に血が上ったとか、そんなところじゃないですか?」
やれやれ、とでも言いたげに、アガシーが口を差し挟む。
うなだれたまま、お兄はこっくり頷いた。
「はい……その、そういうところもあったかなー……と、反省してます、ハイ……」
「――フフン、殊勝でよろしい。
まあ……今回の失態で? さぞかしこのsay! ray!のありがたみが身にしみたでしょうし? これ以上ヘコませるのはナシにしてやりましょうかね。
――で、アリナはどうです? それでいいですか?
それともこれ幸いと、ボロクソにこき下ろしてやります?」
アガシーが黒い笑いを浮かべながらこっちを見上げる。
対してあたしは、「もういいよ」と首を振った。
「――だ、そうだ。寛大なお心に感謝しろよ、新兵!」
「イエス、マム……」
「うむうむ。――って、それはともかくとして。
勇者様さっき、〈世壊呪〉について、何か思い当たるフシがある、って……」
「……ああ……」
お兄は顔を上げると、真剣な目でアガシーを見た。
「アガシー。俺の話で、お前も思いついたんじゃないのか?」
「あ~……まあ、一応。
やっぱり、アレ――ですかね?」
「そうだ――と、俺は考えてる。
〈世壊呪〉はこの広隅に現れる。加えて、呪に引き寄せられる――なんて言われてるってことは、闇の力との親和性が高いわけだ。
そして……そのチカラは世界を壊すほどのもの、となれば――」
「………………」
お兄の話を聞いたアガシーは、珍しく真剣な表情で押し黙る。
……二人だけで納得されても、あたしには何のことだかサッパリなんだけど……。
あたしが説明を求めて目を向けると、お兄は黙ったまま立ち上がって……勉強机に引っ掛けてあったらしい、銀色のペンダントを手に戻ってきた。
……ん? あれ? あのペンダント……何か見たことある、ような……?
ううん、でも、あんなのがあったなんて、今初めて知ったし……何かとカン違いしてる?
んん? んんん……?
「なんだ亜里奈、どうかしたか? 不思議そうに何度も首を傾げて」
「――え? あ、ああ、ううん、お兄にアクセって組み合わせが意外過ぎて」
あたしは変にしつこい既視感を追いやって、何とか場を繕った。
「わーるかったな。どーせ俺はオシャレとは無縁だよ。
……というか、まあ、察しはついてるだろうが、これはただのアクセサリーってわけじゃない。〈封印具〉ってシロモノでな」
お兄はペンダントを掲げてみせる。
〈封印具〉なんて名前ってことは、これに何かが封じられてるわけで……。
さっきのお兄たちの会話からすると、それは世界を壊すぐらいの闇のチカラで――って、もしかして……!
あたしが弾かれたように勢い込んで視線を移すと、それでお兄はあたしの考えを察したんだろう――静かにうなずいた。
「……そうだ。こいつに封印されてるのは――」
銀色のペンダントが、電灯の明かりでキラリと――何だか魅惑的に輝く。
「異世界アルタメアを脅かした、俺の最強の敵……〈魔王〉そのものだ」