オープニング Bパート
――そうして。
身バレ防止用の呪われた装備に全身を包んだ俺は――。
窮地にある魔法少女(らしき女の子)を助けるべく、その戦いに割って入り――
「ウソ……。そんな、一撃で……?」
襲い来る魔獣(多分)を、聖剣で一刀のもとに斬り捨てたのだった。
……ちなみに、そうは言っても殺したわけじゃない。
光の粒子になって宙に散ったけど、いわば体力1で寸止めしてやったみたいなものだから――あわてて寝床に逃げ帰っただけだろう。
相手が何者だろうと、基本、不殺――。
それが俺の信念だからだ。
(さて……)
魔獣を追い払った俺は、改めて魔法少女の方を見た。
……当然だろうが、こちらを警戒してるな。
ヘルメットのせいで表情ははっきり見えないけど、雰囲気で分かる。
まあ、この装備、見た目からしてアレだしなあ……。
「……あなたは……何者ですか……?」
「俺か? 俺は、あか――――」
思わず、尋ねられるまま反射的に、バカ正直に本名を名乗りそうになって――あわてて思い止まる。危ない危ない。
……いや、しかし……ちょっと待て。
何者か、って?
――しまった。
この子を助けようってことだけ考えてて、偽名とかゼンっゼン考えてないぞ……?
「そっか……そうですね。
名前を尋ねる以上は、まず自分から――」
必死に思考をこねくり回す俺の沈黙を、カン違いして受け取ったらしい魔法少女は、そう言いながら何度かうなずいていた。
……とりあえず、大変に礼儀正しい子であるらしい。
ちょっとズレてもいそうだが。
「え、え~っと……わ――わたしは……その……。
あ、悪の魔の手――から、ひ、人……びとを守るため、その――はっ、はじゃ――のかね……で、そのぅ……」
「え……なに?」
思わず、素で聞き返してしまう。
ヘルメットからのぞく部位だけでも顔を真っ赤にして、恥ずかしげに、一生懸命、名乗りを上げようとした魔法少女だったが……。
その声は失速してどんどんか細くなり――やがて消えてしまった。
つまり……なにを言ったか言おうとしたのか、まったくもって分からない。
「――名乗れないのか?」
それならそれでいい――。
そんな風に言って、じゃあ俺も名乗らない、という形にして、さっさと立ち去ろうと考えた俺だったが……。
「――――っ!」
……思いっきり、言葉の選択を間違えたらしい。
俺の一言は、彼女の感情のどこかに火を付けてしまったようで――。
さっきとは一転、彼女はヤケクソ丸出しの大声を張り上げてくれた。
「わ――わたしはっ!
その、悪の魔の手から人々を守るため――!
は、破邪の鐘で正義を打ち鳴らし、世に平和の天則を織りなす聖女っ!
〈聖天ノ織姫〉シルキーベル! ですっ!!!」
「……………………」
……どこからか、野良犬が吠え立てる声が聞こえた。
……さりげなく、野良猫がケンカする声も聞こえた。
そりゃもう、2倍どころか、4倍ぐらいのフォントで表現する必要がありそうな大声で名乗りを上げた魔法少女――もとい、〈シルキーベル〉さんは。
ハッと我に返ると……もうお嫁に行けないとばかり、勢いよく顔を伏せてしまう。
「い、いい言っちゃったぁ〜……!
なに、もう、自分で『聖女』とか恥ずかしすぎるよぉ〜……。
こんなの、ポーズまでキメるとか絶対ムリだってぇぇ〜……」
……ついでの泣き言もダダ漏れだ。
しかし……やられた。
これだけのガッツを見せつけられると、俺だけ名乗らず逃げるというわけにもいかない。
――いや、待てよ?
ここは……そうだな、必殺の『名乗るほどの者ではない』で――。
「…………じぃー…………」
……ヤバい。
ヘルメットではっきり見えないが、シルキーベルの目がマジだ。
わたしがこれだけ恥ずかしい思いをしたのに、キサマは逃げるのか――と、殺意すらこもった眼力が訴えている。
わざわざ口に出した「じぃー」はアレだ、今まさに目から放たれてる熱線の効果音に違いない。
ほっとくとヤケドじゃすまないぞ俺。
あああ、けどどうする、いきなり名前ったって……!
あ~、えーと――!
「お、俺は――俺のことは、そう! ただ、〈黒い人〉と……!」
《……うっわ、なにを言うかと思えば……!
どんだけセンスなさ過ぎですか! ある意味勇者!》
(う、うっさいな!
いいだろ、とにかく今の俺、見た目どこもかしこも黒いんだから!)
頭の中に響いた、剣の聖霊サマのツッコミに必死に弁解してると……。
「……クローリヒト、ですか」
「――――へ?」
「…………え?」
シルキーベルが納得したようにつぶやいた単語に、思わず疑問符を浮かべてしまう俺。
つられるシルキーベル。
《あ〜……マスクでくぐもってましたからね、勇者様の声。自信なさげでしたし。
そりゃまあ、聞き間違いもするってモンでしょ》
「あの、だから……あなたの名前、なんですよね? クローリヒト」
「あ?……あ、ああ、そう。そうだ。
お、俺の名はクローリヒト!」
《あ――乗っかった。ずっこい》
(い、いーだろ別に! というか、さすがにそろそろ体力がヤバいんだよ!)
言い訳っぽい――いや、正直に白状させていただきますと実際言い訳ではあるのですが――。
呪いの装備による俺の体力減少が、危険水域に入っているのも事実なわけで……。
「じゃあな、あー……シルキーベル!」
なんか、もういいや何でも、な気分で俺はこの場から逃げ――。
もとい、立ち去ろうと背を向けるが……。
「……ま、待って!
クローリヒト、あなたはいったい何者なんですか!」
背中に、そんな問いが投げかけられる。
……あ〜……まあそうか。そりゃ本題としてはそっちだよな。
けど、そう言われてもな……。
名前だけでも苦労したのに、気の利いた設定なんか思いつくはずないぞ。
まさか、〈勇者〉です、なんて言えるわけないし。
それに、それを言うなら俺の方こそ――。
『キミこそなにさ。あの魔獣はなんなのさ! ここ日本だよ!?』
……って、そりゃもう納得のいく説明をお願いしたいところなんだけど。
まあ……時間もないし、悪いけどここは謎のお助けキャラとして、このまま黙って帰らせてもらおう。
ヘタに話し込むとボロが出そうだしな。
「……言えない、ってことですか」
うん、そう、言えない――っていうか、言えることがない。まったくゼンゼン。
……すんませんね、想像力が貧弱で……。
《まったくだ、使えないクソ虫ヤローめ。
わたしに任せれば、キサマにピッタリの呼び名をプレゼンツしてやったものを》
(黙れ。なんちゃって軍曹だって似たようなモンだろが)
「――分かりました。
とりあえず、助けてくれたことにはお礼を言います。ですけど――」
ビッ――と。
振り返らなくても、空気が緊張したのを感じた。
このテの気配には慣れてる。――武器、突きつけられてるな。
「あなたが身にまとう、その禍々しいチカラ……放っておくワケにはいかない。
次に会うときは、絶対に見逃しませんから……! 覚悟しておいて下さい!」
そりゃまあ、思いっきり呪われた装備ですからねえ……禍々しいよねえ……。
――って、ちょっと待った。
なに? 正体不明だから警戒は当然だろうけど、思いっきり敵視までされた!?
「いや待った、俺は――!」
あわてて振り返るも――シルキーベルは闇に残像をたなびかせて、姿を消してしまっていた。
気配も――追えない。
「…………」
「……あ、そう言えば」
聖剣から離れ、もとの妖精――もとい、聖霊の姿に戻ったアガシーが、ポンと手を打つ。
「名前とかにばっかり気を取られて、味方だって明言するの忘れてましたね!
もう、いかにもアレな格好だったのに。あっはっはー」
そ、そう言えば……そうだった……ような。
「おおおう……や、やっちまった……」
ガックリと膝を突く俺。
呪いの装備はさっさと外したけど……。
なんかもうそれ以上に、色んなものがごっそりとこそげ落ちていく気分で……。
……どこからか、野良犬が吠え立てる声が聞こえた。
……さりげなく、野良猫がケンカする声も聞こえた。
――ともあれ、こうして……。
これまでの人生で『3度』、勇者として色んな異世界を救ってきた俺は。
早速、この世界で4度目も勇者か――と思いきや。
なんか、悪役(っぽい)ポジションに飛び込んでしまったのだった――。
……主に、俺自身の不注意のせいで。