第17話 本領発揮の魔法少女と勇者の本気
――会議室前から離れることなく俺は、腰を少し落として構えを取った。
「いつものあの剣……使わないんですか?」
俺が素手であることを、低い声で聞いてくるシルキーベル。
ナメられている――とでも思ったのだろうか。
それに対して、「使えないんだよ!」――と、真っ正直に返事する代わりに、俺は伸ばした左手をくいっと動かして挑発する。
いわゆる、『かかってこい』のアレだ。
「あとから、負けた言い訳にはしないで下さいね……!」
不満げにそう答えたシルキーベルも、改めて腰だめに杖を構える。
……しかし、前々から思ってたが、魔法少女ってわりには物理攻撃にこだわってるなこの子。
――そう言えば、『物理に特化した前衛系の魔法少女もいる』とか、前に亜里奈がアツくレクチャーしてくれたことがあったっけ。
つまり、このシルキーベルがまさにそういうタイプだってことか……。
しかし――だ。
聖剣を使わない俺を『ナメてる』と思うんなら……。
シルキーベル、そんなお前は俺の拳を『ナメてる』んだぞ?
「いくよ、カネヒラ――!」
「ウウ、拙者ゴトキ無能、虫けらホドノ役ニモ立チマセンデショウガ――姫ノ仰セトアラバ、致シ方無ク……」
シルキーベルの呼びかけに、使い魔らしい武者っぽいロボが答えるが……。
な、なんだかえらくダウナーだなコイツ……これで役に立つのか……?
「せいっ!」
一瞬気が抜けた俺に向かって、呼気一閃、シルキーベルが杖を矢継ぎ早に突き出してくる。
……相変わらず、速いことは速いが……動きが素直で見切りやすい。
俺はその場から動くことなく、拳だけでそれを打ち払っていく。
下がったり回り込んだりすれば、もっと簡単にかわせるんだが……ヘタにここを離れると、スキを突いて会議室に乱入されかねないからな。それだけは避けたい。
「……打ち鳴らすは聖音、打ち祓うは呪怨……」
「――!?」
やる気をみなぎらせていたわりに、あまり積極的に攻めてこないと思ったら――杖での連突を牽制にして、何かを詠唱している……?
いや、それだけじゃない――。
気付けばシルキーベルの頭上に――恐らくは魔力の塊だろう、いくつもの白く輝く鐘が生み出されていた。
まさか――魔法? やっぱり本分はそっちだったのか……?
くそ……アガシーがいれば魔力の動きも分かっただろうに……!
「……祈りは祈りと手を取り、声となり――!」
熱を帯びてきているが、詠唱はまだ終わってないようだ。
なら――まだ何とかなる……!
見知らぬ魔法じゃ、さすがに被害の程度が分からないからな……悪いけど、ここはこっちも魔法を使って妨害させてもらおう……!
俺がそう考えた、その瞬間――。
「ォオ覚悟ォーーーッ!」
「!!!!」
俺の視界と意識、その両方の外側から、あのダウナーな武者ロボ使い魔が高速で斬りかかってきやがった!
完全に不意を突かれた俺は、それでもとっさに身をひねってかわすが――。
「――打てよ〈織舌〉!」
その一瞬のスキに、シルキーベルは魔法を完成させた――のかと思ったら、先端に真っ白な光を宿した杖を、一直線に突き出してきていた!
なんだやっぱり打撃か――魔法と思ったら必殺技の演出かよ!
だけど、それなら問題ない!
「――甘いっ!」
俺は向かってくる杖に渾身のアッパーを合わせて――思い切り跳ね上げてやった。
狙い通り、杖はシルキーベルの手を離れ……。
「響けよ聖紋っ!」
「――!?」
くるくると宙を舞った杖は、その勢いで浮いていた魔力の鐘を打ち――。
生まれ出た澄んだ音色が、さらに他の鐘をどんどんと連鎖して鳴らしていくことで……一気に、爆発的に大きくなる……!
そうして、魔力を帯びたその鐘の音は……音波どころじゃない、強烈な圧力と化して俺を抑えつけ――!
「〈千織の――」
身動きが取れなくなった俺に、鐘の音と共鳴して増幅した凄まじい魔力を、光としてまとった――シルキーベルの拳が迫り来る。
……その口もとには、微かな笑みが浮かんでいた。
くっそ、やられた……!
コイツ、ハナから全部計算してやがったな!
「――聖鐘〉ッ!!!」
だが、このクローリヒト装備、呪われちゃいるが単純な物理防御力だけは最強クラスだ。
気合い入れて踏ん張れば、魔力が宿っていようとも物理攻撃、そこまでのダメージにはならないハズ……!
俺は、胸を真っ直ぐに射貫くシルキーベルの正拳突きに対して歯を食いしばる――が。
「――ぐぅっ、あぁッ!!??」
インパクトの瞬間――目の前が真っ白になった。
一瞬、完全に意識が飛んで――。
あまりの衝撃に息は詰まり、悲鳴さえまともに出ない……!
「お……ご……ぐ……!」
トラックの衝突なんていう生易しいレベルじゃない――。
俺の身体を貫いていったのは、巨人族の棍棒フルスイングを防具ナシで受けたような、とんっでもない衝撃だった……!
この俺ですら即死級の、正真正銘クリティカルな大ダメージだ……!
勇者としての意地ってやつで、なんとか吹っ飛ばずにこらえはしたものの……その後、力無く崩れ落ちる俺の片膝は、ブザマに地面を突いていた。
そう……まったくホントに、なんてブザマなんだ……!
ナメるな、なんて調子に乗って……油断してたらコレだよ、くそったれ……!
「思い知りましたか? 剣を使わなかったから――なんて言い訳はナシですよ?
先に言いましたよね?」
何とも得意げなシルキーベルの声。
ヘルメットの内側では、さぞ晴れやかなドヤ顔が俺を見下ろしていることだろう。
そう……初めから考慮しておくべきだったわけだ。
大いなる呪い〈世壊呪〉――それを破壊しようってシルキーベルの魔力が、いわゆる聖・光・祓といった属性を備えていて……魔・闇・呪に属する存在に対して、圧倒的優位を誇るってことを。
つまり……呪いの装備を身に付けている俺にとっては、一発もらえばそれだけでこんな風に致命傷になりかねない、相性最悪の相手だってことを!
ああー……くそ、すっげーアッタマに来る……!
誰に、だって――?
当然、自分にだ!
負けるはずがないなんて、高ぁくくってたバカな自分にだよ!
やるべきことのために、大切な人のために――って、必死に頑張るヤツが、デカい実力差をひっくり返すのなんて……。
それこそ、勇者やってた俺が、誰よりも骨身にしみて分かってるハズなのになぁ、コンチクショウ……!
「……まったく、シルキーベル……大したヤツだよ、お前は。
俺は完全にお前を見誤ってたらしい」
「! ま、まだやるんですか!?」
ゆらりと立ち上がる俺。
警戒するように、シルキーベルは少し距離を取る。
「アワワ、ヒ、姫ェ……マズイデゴザル、ヤバイデゴザルゥ……!
モウ駄目、拙者ノチッポケナ命運モ尽キマシタ、モハヤコレマデ、カクナルウエハァ……!」
「こ、こらカネヒラ、相手が立ったくらいで悲観して自爆しようとしないで!
見限るライン低い、低すぎるから! まだこっちが圧倒的優位に――」
「残念ながら、正しいのはその使い魔だ」
「――え……」
瀕死状態にまで体力を持っていかれた俺に、もう、なり振り構っている余裕はなかった。
床を割るほどの本気の踏み込みで、一瞬のうちに肉薄すると――
「――っ!?」
本能的に危険を感じたのだろう、慌てて防御態勢を取ろうとするシルキーベル目がけ――掌底打を放つ。
……それは、たったの一撃。
しかも、せめてもの慈悲として直撃はさせない、寸止めの一撃だ。
しかし――。
その一撃は、爆発めいた轟音とともに、シルキーベルを一瞬で廊下の端まで吹き飛ばした。
あげく、その小さな身体は壁に激突して跳ね返り、痛々しく廊下を転がる――悲鳴を上げるヒマすらなく。
「ヒ、ヒ、姫ェェェーーッ!?」
使い魔の武者ロボが、大慌てで倒れた主人のもとへと飛んでいく。
そのシルキーベルは、うめきながら身じろぎしているあたり……ハデに吹っ飛んだわりには気絶したわけでもなく、それほど大したダメージでもなさそうだ。
あのプロテクターというか魔法少女の衣装、やっぱり見た目で想像するよりずっと防御力が高いらしい。
まあ……今の一撃を寸止めじゃなく直撃させていたら、それでも無事ではすまなかっただろうが。
なにせ――。
「今のは、俺が受けたダメージをそのまま威力に上乗せする奥義でな」
俺は、数メートル離れたところで、何とか立ち上がろうと必死に四肢に力込めているシルキーベルに、そう説明してやった。
「俺にこの技を使わせた時点で、シルキーベル……今日のところはお前の勝ちだ。見事だったよ」
そう――見事だった、本当に。
なにせこれまで、俺にこの技を使わせるほど追い詰めたのは、魔王クラスの、ほんの一握りの相手だけなんだからな。
「クロー……リヒト……!」
俺の言葉が聞こえているのかいないのか、頭だけを起こして悔しげに俺を呼ぶシルキーベル。
「……じゃあな」
応えて別れを残した俺は、念願の会議室へ帰還し――。
言うなれば体力1ケタというギリギリのところで、ようやく、クローリヒト装備から解き放たれたのだった……。