第16話 やっぱりもしかして〈世壊呪〉って
「………………」
――互いに向かい合ったまま動かない、俺とシルキーベル。
女の子と差し向かい――なんて言えば聞こえはいいが、向けられているのは好意じゃなく敵意なので、正直居心地は最悪だ。というか気分悪い……。
なんせ、呪いで絶賛体力減少中だからなー。
そう言えば、今回シルキーベルの雰囲気がちょっと違うと思ったら……肩口のあたりに何かが浮いている。
刀を持った武者を二頭身にデフォルメして、天使の翼を付けて――そしてそれをロボットにしたような……なんかメカメカした、マスコットっぽいやつだ。
俺にとってのアガシーみたいなもん……なんだろうか。
そう言えば亜里奈が、『魔法少女には使い魔がつきもの』みたいに言ってた気が……もしかして、アレがそうなのか?
いや――というか、亜里奈で思い出したぞ!
そう、シルキーベルの写真か動画! アイツ固執してたよな……。
ここで遭遇したのも何かの縁だ、亜里奈には今日の服をコーディネートしてもらった恩もあるし……。
頼みの綱のアガシーはいないからな、スマホの操作は正直不安だらけだが……ここはアニキとして、妹のためにやるしかあるまい……!
……って……いやしかし、ちょっと待てよ?
やっぱり、勝手に撮ったらマズいよな?
盗撮――にはならないと思うけど、肖像権の侵害とか……あったりするんじゃ?
うん……そうだよな。
そもそも相手は女の子なんだし、ちゃんと許可を取らないと……。
「……なあ、シルキーベル」
「なんですか?」
「お前の動画、撮ってもいいか?」
「…………は?」
「あ、いや、写真でもいいんだが――」
「なんなんですかいきなり!
どっちもお断りです! 決まってるでしょう!」
「あ、いや、俺が欲しいんじゃないぞ?
魔法少女が好きなコがいてな、その子のために――」
「どんなウソのつき方ですか! ふざけないで下さい!」
……れ、烈火のごとく怒られた。
うーん……。
これで勝手に撮ろうものなら、この子、怒りのあまり頭の血管切れるかも知れんな――って、それは冗談にしても、さすがにちょっと恐いし……。
やっぱり、勝手に――ってのは、いくら何でも悪い。
しかたない……やっぱりあきらめてくれ、亜里奈。
代わりに今度、我らがメタル甘味処、〈世夢庵〉の黒みつまめ(通称ブラックダイアモンド)おごってやるから。
「……そうか――ムリを言って悪かった。じゃあな」
撮影がムリなら、時間制限の問題もあるし、さっさと退散しよう……。
そう思って監禁室(実際には会議室だが)のドアノブに手をかけた俺に、鋭い声で待ったがかかる。
当然――シルキーベルからだ。
「どこへ行く気ですか。
その部屋……人質の人たちが集められているんですよね?」
「…………」
――さて、困った。
ここで無視して強引に部屋に戻ったとして、シルキーベルはすぐに後を追ってくるだろう。
すると最悪、俺が変身を解く――もとい、装備を解除する瞬間を見られる可能性がある。それはマズい。
そしてもちろん、俺の正体がその人質の一人だから――なんて、バカ正直に答えるわけにもいかないし……。
「少し、中の人間に用があってな。1分だけ時間をくれないか。
……安心しろ、誰にも危害は加えないし、用が済めば俺はそのまま姿を消す」
ちょーっと苦しいが、これぐらいで納得してくれないかなー……とか思ったら。
「……その目的のために、強盗を無力化した――というわけですか」
シルキーベルの気配が――敵意が、重みを増した。
ああ〜……やっぱりムリかあ……。
「そこまでするということは……。
人質になっている人の中に、〈世壊呪〉へと繋がる何かがある――そうなんですね?」
え? いや……いやいや、いやいやいや!
ちょっと待て、なんでそうなる!?
そもそも〈世壊呪〉ってのが何なのかすら、こっちはまだ知らないってのに!
「……何のことだ。俺は〈世壊呪〉なんて知らん」
「とぼけないで下さい。
この世界を破壊するほどの大いなる呪――〈世壊呪〉。
それは、同じ〈呪〉の力に引き寄せられて姿を現すといいます。
つまり、あなたは〈救国魔導団〉が魔獣を喚び出しているように……その身にまとった強力な呪いで〈世壊呪〉を引き寄せ、そのチカラを手に入れようとしているのでしょう!?
そして、わたしを助けたり、殺さずにいるのも……魔導団を出し抜くためには、〈世壊呪〉を破壊しようと敵対する、わたしという存在がいた方が都合が良いから――じゃないんですか?」
ああ……なるほど、なるほどね……。そういうことだったか。
一方的にいろいろとしゃべってくれたシルキーベルのおかげで、俺はいくつかの疑問が腑に落ちた。
そう――。
だから、俺はシルキーベルに最初から敵視されたし――救国魔導団のサカンってオッサンに、『目的が同じ』みたいに友好的に扱われたわけだ。
しかし、同時にこれは……俺がこの姿でいる限り、よっぽどのことがないと、敵じゃないと主張しても信じてもらえない――そういうことだよな?
参ったなー……こりゃ、亜里奈に背中押されたように、本格的にダークヒーロー道を突き進む覚悟しなきゃダメってことか……。
……正直俺もこれまで、「つい首を突っ込んで、巻き込まれただけだし」――って、さっさとこの揉め事から身を引くこと、考えないでもなかったんだ。
だけどなあ……〈世壊呪〉ってのが、字ヅラから想像していた通りのヤバいモノのことだったって――こうして知っちまうと、やっぱり放っておくわけにもいかないんだよなあ……。
なにせ、それが亜里奈が言った通りの、俺――赤宮裕真だからな。
――それに、だ。
はっきり言って俺は、今の話で、〈世壊呪〉の正体について、確信に近いレベルで思い当たってしまったことがある。
もちろん、違う可能性もあるんだが……もし、想像した通りだとすれば、だ。
〈世壊呪〉の出現について俺は――巻き込まれたどころか、実は一番責任が大きい、中心にいたことになり……。
やっぱり、放っておくわけにはいかない――という結論に落ち着くんだ。
だから……うん、しょうがない。
誠実に行動してれば、誤解が解けるときもあるだろ――ってことで。
やっぱり今しばらく俺は、〈クローリヒト〉でいるしかないってわけだ。
まあ、それはともかくとして……だ。
今はさっさとこの場を切り抜けるのが先なんだよな。
毎度のことながら、体力が保たねーよ……。
「……話はそれだけか?
お前の相手なら時間があるときにしてやる、今は――」
「行かせませんっ!」
シルキーベルが、ずいっと身を迫り出すとともに、あの杖とも棍ともとれる武器を突きつけてくる。
「その部屋の中には、わたしの大切な人が――!」
勢いよくそこまで言って、ハッと何かに気付いたように口籠もるシルキーベル。
だがそれも一瞬、すぐに……
「そ、そう――!
わたしの大切な、守るべき人たちがいるんですから! 行かせない!」
そう言い直した。
……ちょっと待て?
今の、言い直す前のセリフ……これまでの人生で、さんざんニブいだのなんだの言われてきた俺でも、何となく分かるぞ?
つまり――。
人質の中に、シルキーベルと個人的に親しい人物か、家族がいる……ってことだよな?
むむ……。
いやだからって、そこから個人情報を調べて特定していこうとか、そんなこと考えやしないけど……。
しかし、そうなると――。
俺はあらためてシルキーベルの様子を確かめる。
……やっぱりか。
なにがなんでも行かせない――そんな決意が、空気の緊張となってヒシヒシと伝わってきた。
少なくとも、「撮らせてくれ」って言ったことへの怒りが燃え上がっただけじゃないだろう――ちょっとした可燃性物質追加にはなってしまったハズだが。
こりゃ、今まで以上に本気だぞ……。
なんとか言いくるめて穏便に――なんて考えは捨てた方が良さそうだ。
しかたない――。
「……悪く思うなよ」
ここは――っていうか、今回もか。
どうやら、実力行使で強行突破するしかないらしい……ホント、困ったことに。