第15話 吼える勇者の不意打ち鉄拳
――俺は赤宮裕真。一応、元勇者である。
しかし、今は人質である。
え、人質って職業? というツッコミはナシだ。
それを言うなら、勇者だって職業じゃないもんな。給料もらったことないし。
……あ、そのくせ、常にモンスター相手に命張らされるわ、お使いに世界中走らされるわで……今から思えばブラックまっしぐらだなー。
そう――そうだよ!
改めて思えば、そんな勇者という黒いお仕事を3度も勤め上げたんだから、いい加減ご褒美に、平和で幸せな生活を送らせてくれるのがスジってモンだろうに……。
まさか、デートの一つすらマトモにさせてもらえんとは。
「はーあーあーあーあー……」
……たっぷり5秒ぐらい使って、盛大にダメ息をついてやる俺。
それに反応して、うるさいと言わんばかりに黒尽くめの見張りが銃口を向けてくるけど――気にしない。
どうせ俺がひとニラみすれば、ビビって撃てやしないだろうし……万が一撃たれたところで、頭とか心臓とか、急所にクリティカルで即死さえしなきゃ問題ないからな。多分。
いや、むしろアガシーなら撃たれてこいとか言いそうだな……ホンモノの弾丸だぜガチの銃創だぜウヒョー、とか、アホみたいなハイテンションで。
……まあ、ともかく――。
銀行でバッタリと強盗の襲撃に出くわした俺は、そのとき店内にいた他のお客さんや行員の人たちと一緒に、人質として会議室らしい大きな部屋に押し込まれているのだった。
ただ一つ、不幸中の幸いと言えば……鈴守は被害を免れたことか。
あのとき、ATMの使い方わかんないから一緒に来てくれ――とか、正直なコト言わないでホントに良かった。
……とはいえ、あの優しい鈴守のことだからな……今頃は俺の安否をさぞかし心配してくれているんだろう。
うーん……そう思うと、申し訳ないと同時に、ちょっと嬉しかったり。へへへ。
「あ、赤宮センパイ、何笑ってるの?
アイツらに目を付けられちゃうから、止めといた方がいいよ……?」
俺の隣で膝を抱える、ATMの列で知り合った、メガネの後輩ちゃんが不安そうに小声でささやいてくる。
……そうだな――。
この子もそうだけど、他の人質の人たちも不安だろうし……警察が本格的に動き出したらいずれ解決はするだろうが、それまでどれぐらい時間がかかるか分からないし。
――やるか、そろそろ。
アガシーがいればもっと楽できるのになあ……とか思いながら俺は、部屋全体に睡眠魔法をかける。
……もちろん、いちいち呪文を声に出したりはしない。
この程度の魔法なら、キチンと集中すれば、詠唱なんて脳内イメージとちょっとした呼気のリズムで充分だ。
はたして――睡眠魔法はすぐに効果を表した。
強烈な睡魔に襲われて、一人、また一人と寝落ちしていく。
メガネの後輩ちゃんも、「あれ……?」と不思議そうにしながら、こてんと床に転がった。
とりあえずこの部屋、結構ふかふかの絨毯が敷かれてるし、みんな頭打ったりはしてないだろう。
……で、気付けば、銃を持った見張りまでグッスリだ――。
コイツはむしろドタマぶつけて、こんな事件を起こすバカさ加減を矯正した方がいいんだろうが……まあ、起きられたら厄介だしな。
今回は勇者パワーによるデコピン一発で見逃してやろう。
――ほい、と。
おお……覆面越しでも結構なダメージになったみたいだな。スゲー音したし。
悪夢でも見始めたか、ゴロゴロ寝返りながらうめいてるぞ。よしよし。
さて――と。
ともかく、これでこの部屋の皆さんに見られる心配もないし……。
「じゃ、ま、〈クローリヒト変身セット〉……装着だ」
俺は、何だかすっかり慣れっこになってしまった呪いの装備に身を包むと――そのまま、勢いよく監禁部屋から飛び出した。
「――ッ!?」
部屋の前にいたもう一人の見張りが、反射的に何事かと振り返ろうとするが――遅い。
脇をすり抜けざまに俺が放った鉄拳によって、見張りは、人間の限界に挑戦するレベルで空中で激しく回転したあげく、床に転がってのびてしまった。
パッと見は殺人的だけど、俺が放ったのは、闘気を流し込むことで相手を感電に近い状態にして動きを止める――まあぶっちゃけてしまえば、いわゆる〈気絶〉させるためだけの拳だ。
ついでに〈手加減〉もしてあるので、空中で数回転しようがいわば演出がハデなだけだ、死にやしない。
しかし……アガシーが側にいないから、聖剣が使えないんだが……やっぱりキツいな。
戦闘力的には素手でもまったく問題ないが、体力の自動回復という恩恵が得られないのは思った以上にツラい――制限時間的に。
こりゃ効率的にテキパキいかなきゃな。
幸いにして、敵は全員、低レベルの山賊程度だし、気絶鉄拳一発で沈むだろう。
……まあ、全員眠らせるなりすればもっとカンタンなんじゃないか――って考えもあるが……。
そこはそれ、個々人の魔法抵抗力がどれほどか分からんから、確実性に欠けるというのもあるし……。
何より、たとえ『歩けばトラブルにぶち当たる』な、俺の勇者特性に引っ張られてやらかしたことだとしても……強盗なんざ考える悪党は、やっぱり一発どついてやらないとな。
――それに、だ。それに……。
ぶっちゃけ、そうでもしなきゃ俺の気が治まらないんだよ!
せっっっかくの初デートの邪魔しやがって、ド阿呆どもが!
……ふー、ふー……いかん、思わずアツくなっちまった。
とりあえず、広範囲の気配を探る魔法で位置を確認してみると……。
今、強盗どもはほとんどがロビーの方に集まってるようだった。好都合。
――早速動いた俺は、途中の廊下にいた二人を、怒りの鉄拳で有無を言わせず一方的に説教してやると……そのままロビーに足を踏み入れる。
すでに外には警察が来ているからだろう、シャッターやら即席のバリケードやらで外から見えないようにしてあるロビーには、強盗の残り5人ほどがたむろっている。
今後の行動とか話し合ってるらしく、俺にはまだ気付いていない。
範囲攻撃技で一気に吹っ飛ばしてやってもいいが、それだと備品とかまでブッ壊れて銀行の方にハデに迷惑かけちゃいそうだし、物音を聞きつけた警察とかが慌てて踏み込んできたら、俺的にはあんまりよろしくないからな……。
ここは――と。
――俺は魔法で、正面ロビー一帯に濃霧を生み出した。
目くらまし程度の初級魔法だが、まあ、俺自身はっきり姿を見られるのはゴメンだし、銃を使わせないためには最適だろう。
「……な、なんだ? 火事か!?」
「い、いや、そんな感じじゃない、これは……霧……?」
……うむ、順当に混乱してるな。
それじゃ、ま……戦闘開始といきますか――。
俺はデスクの間を縫って一気に近寄ると、とりあえず手近な二人を立て続けに鉄拳でぶっ飛ばしてやった。
何せこの霧、こちらがかけた魔法によるものだからな――こっちには大した影響もなく、ほぼ丸見えなのだ。
「な、なんだ、誰かいるのか!?」
「こっちだ、今黒いヤツが――ぶごっ!?」
濃霧の中を駆けながら、さらに二人をどつき倒す。
んー……ほとんどやったことないけど、隠密必殺ってのもなかなか……ウン、乙だな。
ついつい、口もとにニヤリと悪い笑みが浮かんできちゃうぞ。
――というか、この戦法、なんか特殊部隊っぽくて、今のアガシーなら大喜びしそうだな……その分、ますます剣の聖霊としての本質から離れていきそうだが。
「お、おい、どうした!? 返事しやがれ、誰もいねえのか!
……ち、チクショウ――何モンだ! どこにいやがる!?」
最後に残した強盗のリーダーが、濃霧の中をあっちこっちへ、きょろきょろと小動物のように忙しなく視線を動かし、銃口をさまよわせる。
……ふむ。この状況でも、同士討ちを考えて発砲をガマンしてるあたり、なかなか大したものだと褒めておこう――だからって許さんけどな。
「――悪い子には、お仕置き……だよな?」
「…………ッ!」
俺はあえて、霧の中、しかもすぐそばから声をかけて恐怖をあおってやると――ぬっと腕だけを伸ばして拳銃を引っ掴み、腕力を高める魔法を併用して、これ見よがしに握りつぶしてやる。
そして――。
限界を超えた恐怖に、完全に縮み上がったリーダーの土手っ腹に、渾身のスタンブロウを叩き込んでやった。
ふっふっふ……これ、腹にもらうと気絶するまで若干時間かかるから、その間地獄の苦しみに悶絶するんだよねえ……俺も、拳技の師匠にやられたから覚えがあるんだ。
――というわけで、大いに反省しやがれ。
「……あ、悪……魔……!」
失礼な。そりゃうちの妹だ。
………………。
な、なんか今、分かるはずもないのに亜里奈にニラまれた気がする……ヤバい、なんか怖いから謝っとこう。
すまん亜里奈、アニキのお茶目な冗談だ、許してくれ。
しかし、悪魔……ねえ。
まあ、このありえない濃霧の中に、こんな黒いヤツ立ってたらそんな風にも見えるか。
……ともかく、リーダーのヤツは悶絶しながらも、俺の姿を形容する、ある意味真っ当なセリフを泡混じりに吐き出し、白目をむいて意識を失った。
――ほい、これにて戦闘終了。
まだまだ体力にも余裕あるし、予想よりも上手くいったな。
あー……あれかな。
もしかして、ギャーギャーうるさいユルミリオタ聖霊がいなかったからかな?
うん……可能性として大いにありえる。
まあしかし、ンなこと言おうもんなら、どんなウザいイヤがらせで反撃してくるか分からんし……黙ってよう。沈黙こそが金だ。
――ともかく、だ。
これで、強盗側に何の反応もないことに気付いた警察が踏み込んでくれば、万事解決。
……ってわけで、さっさと俺も、何食わぬ顔して人質に戻らないとなー……。
俺は、警察がロビーの様子を窺いやすくなるよう、バリケードの一部をちょいとズラしてやると、さっさと監禁部屋へと引き返す。
そうして、ドアノブに手を伸ばした瞬間――。
「! おいおい……マジか、またかよ……」
――気配を感じて振り返る。
恐らく、塞がれていた裏口を強引にぶち破ってきたのだろう、そこには――。
「クローリヒト……どうしてあなたが……!」
恐らく俺と同じく、ヘルメットの下では、それこそ苦虫を噛みつぶしたような顔をしていることだろう――。
そこには、すっごく鬱陶しそうに疑問をつぶやく……シルキーベルがいた。