第14話 デート(と、主にそれ以外)の荒波を越えろ勇者
――月曜日の昼前。
創立記念日を利用し、鈴守との、念願のデートの約束を取り付けた俺は……。
待ち合わせ場所に決めた、駅前の何だかよく分からん(きっと前衛芸術な)オブジェの前を、ウロウロと行ったり来たりしていた。
そんな俺を見て、さっきから子連れの主婦の皆さまが遠巻きに、ヒソヒソとささやきあっているが……。
そりゃあそうだろう! もう1時間もこうしてるからな! リッパな不審者だ!
……だけど……!
緊張しちまって落ち着かないんだからしょうがないだろ!? 大目に見てくれ!
……って、しまった!
ついつい、(今日が楽しみすぎて)寝不足の、充血した目でガン見しちまったからか、妙齢のご婦人がついにスマホを取り出した!
げ、ヤバい! やめてくれそこなマダム、ストーップ!
通報だけはなにとぞご勘弁を――!
パニクった頭で、
『スマホって電子機器だから、雷撃魔法でも使えば何とかなるんじゃない?』
なんて、デンジャラスまっしぐらな思い付きを、脊髄反射で行動に移そうとしていた俺は――。
「――あ、赤宮くん! ゴメンな、お待たせっ」
背後から届く待ち焦がれた声によって、あわててブレーキをかけ……すんでのところで、不審者どころか犯罪者になるのを思い止まることが出来た。
「お、おう! だだ大丈夫、ゼンっゼン待ってないから、うん!」
アイサツを返しながらチラリと周囲に目を配ると、針のムシロに座るがごとくだった冷たい眼差しはすっかり消え去っていた。
鈴守の登場のおかげで、どうやら俺の不審者疑惑は晴れたらしい。
危なかった……今後、デートのときには、モンスター除けの気配を消す魔法でも使って、目立たない場所でひっそりしていることにしよう……。
……って、それはともかく。
あらためて、鈴守を見てみると……ああ……やっぱり私服姿もカワイイなあ……。
俺はファッションのこととかサッパリだけど――。
白いブラウスといい、丈が長めで色も青を基調にした落ち着いたスカートといい、アクセントっぽいすっきりしたネクタイといい……いかにも鈴守らしい、控えめで落ち着いた可愛らしさに充ち満ちている。
「あー……っと……!
し、私服、すごい可愛いな鈴守! 似合ってる!」
――さりげなくホメようとしたら、声が裏返った。カッコ悪い……。
あ、でも、鈴守はクスクス笑ってくれてる。
バカにするとかそんなんじゃなくて、すっごく楽しそうに。
「ありがとうね。
……あ〜、ウチも、いざ今日となったら、めっちゃ緊張しててんけど……。
なんかね、カチコチになってる赤宮くん見てたらほぐれてきた」
「え? そうなの?
せっかくのデートだってのに、なんか俺、カッコ悪くない?」
「ううん、ゼンゼン? むしろ、なんかホッとする。
……ええやん、いつも通りで」
にっこり笑いかけてくれる鈴守。
……ああ……そうだよな。
異世界行ってた俺にしてみると、体感的に1年ぶりだし、つい気張ってきたけど……。
実際には、俺たちは付き合ってまだほんのちょっと。
デートだなんだってヘンにこだわらずに、いつも通りに、いっしょにいられることを楽しめばいいんだよな……。
これからは時間もあるわけだし。
そんな風に割り切ると、俺も――そりゃ、まだまだ緊張はしてるけど――ずいぶんと気が楽になった。落ち着いてきた。
いきなり、異世界の魔法やアイテムやらに頼ろうなんてしない程度には。多分。
「……赤宮くんもそのラフな格好、似合っててカッコええよ?」
「あ――ありがとう。
……でもコレ、実はうちの妹が見つくろってくれたヤツなんだよなあ……。
バラしちゃうと俺、今日創立記念日だし、制服着て行こうとかしてたんだよ。
そしたらさ、それ見た妹が『アホか!』って……プリプリしながら選んでくれたのがコレってワケ」
俺は自分の服を引っ張りながら、たははと情けなく笑う。
亜里奈が選んでくれたのは、実に無難なジャケットにジーンズという、ラフな格好だ。
まあ、そもそも俺、そんなオシャレな服なんて持ってないんだけど。
「妹さん……亜里奈ちゃん、やったっけ?
きっと、お兄ちゃん大好きなんやね……赤宮くんの良いトコ分かってて、ウマいこと引き立ててる感じする。
なんかいいなあ……ウチ、一人っ子やから、そういうのスゴいうらやましい」
「まあ……良く出来た妹なのは確かかな。
俺、いっつも怒られてるし」
ちょっとスネたように言うと、鈴守はまた楽しそうに笑ってくれた。
「それで……今日、これからどうするん?
映画の時間までまだ余裕あるし、先にお昼食べに行く?」
「ああ、うん。そうしようか――」
答えながら、ふと不安にかられた俺は、ポケットからサイフを引っ張り出す。
――しまった……!
「……どうしたん?」
硬直している俺に気付いた鈴守が、ひょいと顔を覗き込んでくる。
「……サイフにおカネ入れとくの忘れてた。
中に偉人の方々が誰一人いらっしゃらない」
「え、そうなん?
ん〜……ほんなら、今日はウチが立て替えよっか?」
――え? いやいや……いやいやいや!
鈴守はまるで気にした風もなく、さらりと言ってくれるが……そりゃダメだ、それだけはダメだ、いくら何でも!
さすがに全部オゴるとか、そんなバカげたカッコつけをする気もないけど……初デートで金銭面全部彼女におんぶに抱っことか、いくら何でもダメすぎるし!
しかしどうする……?
今から家に取りに戻るわけにもいかんし……かといって、適当なモンスター懲らしめて巻き上げてくるってわけにも……。
そうして悩む俺の目に留まったのは、道路を渡った先にある大きな建物だった。
――そうだ、現代日本においては手元にカネが無いとか、大した問題じゃないんじゃないか!
「ゴメン、鈴守。俺、ちょっと銀行行ってお金下ろしてくるよ」
「あ、うん。分かった――」
そう笑顔でうなずいた――かと思うと、一転、真剣な顔付きになった鈴守は、走り出そうとしていた俺に声を潜めて尋ねてくる。
「赤宮くん、ATMの操作、だいじょうぶ……?」
「ん? 対戦車ミサイル?」
反射的に答えたその瞬間、鈴守の顔が強張る。
――いかん、あのユルいミリオタ聖霊の影響で、思考がヘンな方向にいった!
「だ、大丈夫大丈夫! いくら機械オンチの俺でもそれぐらいは!
……ってことで、すぐにすませてくるから、そこで待ってて!」
さわやかな(つもり)の笑顔でごまかした俺は、信号が赤に変わりかけてた横断歩道を猛ダッシュで突っ切り、銀行の中へと逃げ込んだ。
危なかった……さすがに、これ以上ヘンなところを見せるわけにもいかないからな……。
実を言えば、なにせこの俺、ATMの操作も若干アヤしいのだが……そこはそれ、他のお客さんの見よう見まねで何とかなるだろう……仕切りでほとんど見えないけど。
しかし……結構並んでるな。月曜日だからかな。
俺は、いくつかあるATMの列に並び、ふと隣を見ると……。
「……ん?」
隣の列に並んでいる、メガネをかけた一人の女の子と目が合った。
――というか、この子の着てるの……うちの高校の制服だ。
リボンの色からすると、1年。
つまり後輩だな……って、いやいや、まじまじ観察したら失礼だよな、そもそも今日は鈴守とデートに来てるんだし、他の女の子見てるとか――。
「えーっと……赤宮センパイ?」
「――え?」
面識が無いはずの後輩ちゃんの口から、俺の名前が出たことに驚いた、その瞬間――。
にわかに、銀行の正面ロビーの方が騒がしくなる。
なんじゃらほい、とそっちに注意を向けると――。
全身黒尽くめの男が窓口に張り付いていて――さらに、同じような格好の男たちが、何人も何人も、すごい勢いで行内になだれ込んでくるのが見えた。
……そして、追い打ちのように誰かが甲高く叫ぶ。
「ご、強盗だぁー!」
……え? は? go to? いやさ、ごーとー?
このご時世、この現代日本で? 俺でも分かるこんな古典的なやり方で!?
いやいや、アメリカの西部開拓時代とかじゃないんだよ!?
――あ。
もしかして、もしかしてだけど……俺のせい?
行く先々にトラブルあり――な、俺の〈勇者〉特性が発動しやがった?
そのせいでこの人たち、こんなバカで無謀な計画をゴーしちゃったとかか?
……ていうか、こんなクソったれなタイミングで!?
「全員、動くな!」
思わず(他の人たちとは違う理由で)立ち尽くす俺の見ている前で……。
代表格らしい男の一人が、ホンモノの拳銃を、天井に向かってブッ放していた。