第11話 勇者んちの歴史ある家業
「うん、だからね――もう悪役でいいんじゃないの、って」
上目遣いに、亜里奈はもう一度、その言葉を繰り返した。
「ううん、正確に言えば、悪役っていうよりダークヒーロー……かな。
――だって、だよ?
結局、周りがどう言おうと、正しいって思ったことをするだけ――。
それが勇者だし、お兄なんじゃないの?」
「…………」
「…………」
俺とアガシーは、どちらからともなく顔を見合わせてしまう。
「……おっと、勇者様ぁ?
タダでさえだらしない顔がたるんでますよー?」
「お前もな? ユルさが顔にまで出てやがるぞ?」
……まったく。
さすがは、俺なんかの妹とは思えない……良く出来た妹だよ、コンチクショウ。
すげー良いこと言いやがって――完敗だ。
「……ありがとな、亜里奈。
お前のそういうトコ、アニキとしてホント自慢だよ」
――手を伸ばして、亜里奈のクセっ毛をわしゃわしゃとなでる。
基本的に何かとツンケンしている亜里奈だが、これをイヤがることはまずないのだ……まったくもってカワイイことに。
……いや、何度も申し上げるが、俺はシスコンではないのでお間違えなく。
「お、お兄……っ!
あたし、そろそろママのお手伝いにいかなきゃだから……!」
うつむき加減に、しばらく俺になでられるがままだった亜里奈が、そう言って赤くなった顔を上げる。
……うむ、愛いヤツめ。
「おー、そっか。今日はこれから番台だったか。
……時間取らせて悪かったな」
「ううん、大丈夫。
――それじゃアガシーも、また後でね」
「はーい、いってらっしゃーい」
俺たちと挨拶を交わして、そそくさと亜里奈は部屋を出て行った。
――その直後……。
「……で……番台、ってなんスか?」
こっちの世界に来て以来、さんッざんに余計な知識を吸収しまくってる聖霊サマが――。
よりにもよって、ウチの家業についてはまったくの無知であることを暴露して下さった。
「お前なあ……。
番台ってのはだなぁ……そう、銭湯におけるフロント業務みたいなもんだよ」
「あ! もしかしてアレですか?
お風呂屋さんの、男女の脱衣所の真ん中にあって、入浴料をもらったりする……? マンガで見ました!」
……なんでマンガの方が先なんだ。
「まあ、そう、それだよ。
最近の新しい銭湯は、それこそ番台もホテルのフロントみたいな位置取りになってるけど、ウチは昔ながらの古い銭湯だからな……まさにそのタイプだ」
「ほっほう。
……あれ? それじゃ、勇者様のおうちって……」
「そーだよ、家業は代々続く銭湯、その名も〈天の湯〉!
……てゆーか、だ……!
まさにウチのお隣に、でんと、歴史と風格をもってたたずんでる大衆浴場に、なぜ今の今まで気付いてないんだお前は!」
「……あ、サーセン、裏手の方にあるミリタリーショップに先に心引かれたもんで」
「アキラさんトコか!
やっぱりお前のユルいミリタリー知識の出所はあそこか!」
……俺の脳裏を過ぎったのは、近所の気の良いお兄さんが経営している、初心者大歓迎のやたらと雰囲気の明るいミリタリーショップだ。
まさか、その大歓迎な初心者に、異世界の〈剣の聖霊〉まで含まれていたなんて知る由もなかろうが……。
「……まったく……。
まあ、ともかくだ。ウチは、裏の方に住んでるじっちゃんやばっちゃんと一緒に、お風呂屋さんをやってるってわけだ。
で、俺や亜里奈もそれを手伝うことがある――と」
「ほうほう……。
しかし、アリナがその番台って仕事をやってるとなると、なんか人気出そうですねえ」
「ちなみに言っとくが……。
昔ながらの番台っつっても、脱衣所がノゾき放題ってわけじゃないからな。御用聞きのために小窓はあるが、ちゃんと仕切られてるぞ。
だから……。
そのヨダレをふけ、いらん妄想をかなぐり捨てろ聖霊」
「ちぇー。チラリと見えてしまったオトコのハダカに恥じらうアリナ……。
そんなギャップ最高潮の姿を見てグヘヘ~っと大興奮したかったのにー。ちぇー」
「だからなんでそんなに下品なんだオマエ……」
……向こうの世界で初めて会ったときは、こんな感じじゃなかったんだけどなあ……。
「……まあそれはともかく、お前の言った通りだ。
亜里奈が番台に出ると、老若男女問わずお客が増える。
なんせ、頭が良いから料金とかの計算は早いし、お客の相手もウマい。
愛想は、まあ、いつも通りだが……ちゃんと気遣いは出来るし、冷静で――なおかつ、俺が言うのも何だが、見た目もカワイイ。
まさに、理想の看板娘ってやつだな」
「フムフム。
――あ、じゃあちょいと、その仕事っぷりを見学してきてもいいですか?」
……一瞬、この暴走聖霊を我らが〈天の湯〉の敷地に入れていいものかと一抹の不安が過ぎったものの……。
結局、俺はうなずいた。
「まあ、そうだな。今後のためにも、ウチの家業ぐらいしっかり勉強しとけ。
……ちなみに、亜里奈の邪魔はするなよ? アイツ、番台の仕事が好きなんだからな。
ヘタに妨害行為なんて働いてみろ……あとでマジギレされて、生まれたことを後悔するレベルで泣くハメになるぞ?」
俺が刺したそのクギは、予想以上に効果があったらしい。
アガシーは震えながら、ピシリと背筋を伸ばす。
「ガクブル……! まま、まっさかまさか、ンな命知らずな!」
「ならばよし。
……じゃ、こっちから行け」
ふわりと浮き上がったアガシーのために、俺は勉強机の方にある窓を開けてやる。
こちらから出れば〈天の湯〉まではすぐなのだ――が……。
「? どうしました、勇者様?」
そのとき俺は一瞬、机のラックに引っ掛けていた――異世界アルタメアから持ち帰った、あの銀色のペンダントに注意を引かれていた。
「……いや、なんでもない。ほれ、行ってこい」
「イエス、シャー!」
「サーな。……くれぐれも、上官と銃後の民に迷惑はかけるなよー」
アガシーを送り出すと、再び俺はペンダントに目を向ける。
「まさか……。
あの〈世壊呪〉っての……お前――じゃない、よな……?」
尋ねながら、軽く指で弾く――が。
ペンダントはゆらゆらと揺れるばかりで、当然のように何の答えも返さなかった。