第119話 その銭湯には聖霊がいる……ときもある
――放課後、美汐と、まずは図書館で――次いでファミレスでと、どっぷりテスト勉強したわたしは……。
美汐と別れた後、一人で……そう言えば近いな、とか思って、ふらっと〈天の湯〉に足を伸ばしていた。
先週来たばっかりだって言うのに、しつこいって思われないかなー……って考えと。
せっかくここまで来たんだし……って考えのせめぎ合いで、少しの間、暖簾の前をうろちょろした後――。
――ええい、毎日ってわけでもないし、いっちゃえ!
そう心を決めて、暖簾をくぐった。
そんなわたしを出迎えたのは……。
「へ〜い、いらっしゃいませ〜!」
――番台にちょこんと座る、ポニーテールの金髪と笑顔がまぶしい美少女。
体育祭のとき、赤宮センパイのクラスの応援団長みたいなことやってた子だ。
確か、センパイの再従妹の……アガシーちゃん、だっけ。
あのときも目立ってたけど、改めてこうして近くで見ると……何て言うか、ホントに人間離れしてるっていうか……人形みたいな感じがするなあ……。
うーん、なんだろ……美少女過ぎるから?
でも、こんな子が番台やってるお風呂屋さんとか、いずれテレビの取材とか来そう……。
――って言うか、そういえばついこの間2年に転校してきた、メチャクチャ美形とウワサの『魔王センパイ』って、この子のお兄さんなんだっけ……?
……いや、それにしても、なんで『魔王』?
センパイが『勇者』だから?
うーん……今度美汐に聞いてみよう……。
「……じー……」
……あ。しまった、ついぼーっと眺めちゃってた。
アガシーちゃんが、わざわざ口でじーって言いながらこっち見てる――って、やっぱり変わった子だなー。
――とか思ってたら、アガシーちゃんはポンと手を叩いてわたしを指差す。
「――おお……! 思い出しましたよ!
そうだ、相手のスキを突いて、借り物をスリ取るのが上手い人!」
「え、ちょ、体育祭のわたしの印象ってソレ!?
――ってか、その字ヅラだけだとわたし通報されるから!
せめて、騎馬戦で落馬した人、って言ってほしい!」
周りのお客さんの視線を一身に集めてしまったわたしが、両手を振って弁解すると……。
アガシーちゃんは、からからと楽しそうに笑った。
「はっはっは、サーセン、つい茶目っ気を出――づぃっ!?」
――スコーン、と。
横合いから高速で飛んできた石けん(多分)が、アガシーちゃんの側頭部を撃ち抜いた。
出所を目で追うと……脇の待合スペースで、モデルみたいな30代ぐらいの女の人と話してる女の子に行き着く。
……センパイの妹の亜里奈ちゃんだ……。
「そこの軍曹! お客さんをからかって遊ぶな! シメるぞ!」
氷点下の眼差しでアガシーちゃんを一喝してから、あらためて、亜里奈ちゃんはわたしに「ごめんなさい」と礼儀正しく頭を下げる。
そして、またモデルみたいな女の人と……なんか友達みたいに、楽しそうに、かつ白熱した様子で話を始めた。
うーん……やっぱりって言うか、スゴい子だなあ……亜里奈ちゃんも。
でも、なんていうか……そんなところが、妙にかわいい。
いっそ、2人揃ってうちでバイトとかしてくれたら、華やかで良さそう――だけど、さすがに小学生じゃバイトはムリかー。
「え、えーと……すんませんっした、お客サマっ!
確か、兄サマの後輩さんの……そう、シルキーさん!」
「それだと、家事手伝い妖精になっちゃうんだけど……ま、いっか。
よろしくね」
「イエシュ、マム! 入浴料は450円となっております!
ビタ一文まかりません!」
番台でビシッと敬礼するアガシーちゃん。
「……え、そうなの?
先週来たとき、おばあちゃんは中人料金でいいって言ってくれたけど?」
マジメな顔で、しれっとそんなウソをついてみる。
すると……
「げげ、マジっすか!?
うーむむむぅ、あのおばーちゃまが許可したとあれば……」
真剣な顔でうなり出すアガシーちゃんに、わたしは思わず吹き出した。
「あははっ、ごめんごめん、冗談だよ!
――ハイこれ、500円」
ポケットから出した500円玉を、番台に置く。
「……今のは、さっきの茶目っ気のお返しってやつね」
「ほほぅ……? やりますな、シルキーさん……!」
アガシーちゃんはニヤリと笑いながら、500円と引き換えに、すっと50円玉を差し出してきた。
……何の取引だ、コレ。
そうこうしていると、女湯の暖簾をくぐって、一人のおばあちゃんが出てくる。
「……いやー、アガシーちゃん、今日も良いお湯だったわあ〜」
「お、肉屋のばーちゃん! いやもうばーちゃんじゃねーな!
お肌がツルツルのテカテカで、50歳は若返ってますよ! もはやお嬢!」
「アンタはいちいち、調子いいわ大ゲサだわで……おかしいねえ、まったく!
……ほれ、アメちゃんでもあげるよ!」
「いぇーい、ありがとーございまーす!」
楽しそうに笑うおばあちゃんが帰り際に置いていったアメを、ひょいっと口に放り込み、ご満悦に手を振るアガシーちゃん。
その間に、今度は男湯の方から……小学生ぐらいの2人連れの男の子が出てくる。
「……な、凛太郎、風呂屋って結構いいだろっ?」
「――ん」
元気な男の子に同意を求められたメガネの子が、コクコクとうなずく。
あー……わたしと美汐のときみたいに、メガネの子はお風呂屋さんが初めてだったのかなー、とか思って見てたら……。
「おいコラ、アーサー! お前ちょっとこっち来い!」
いきなり、アガシーちゃんが元気な男の子の方を呼びつける。
ああ……同じ年頃だと思ってたら、やっぱり知り合いだったんだ。
クラスメイトとかかな?
「……うえっ?
な、なんだよ軍曹、イタズラなんてしてねーし、ちゃんとカネだって払って――」
「上官にはイエシュだ! いーから、さっさと来る!」
「い、イエシュ、マム……」
しぶしぶ、といった感じで番台に近付く男の子。
するとアガシーちゃんは、番台の奥に並べてしまってあったバスタオルの一つを取って、男の子の頭にぼふりと被せる。
そして、わしゃわしゃと乱暴に頭を拭き始めた。
「――ななな、なんなんだよ軍曹っ!?」
「頭拭くのテキトー過ぎるんだ、キサマは! 水気残ってるだろーに! 犬か!
……ったく、暑くなってきたからって、こんな頭でいたらカゼ引くぞ、ド阿呆!
あと、床が濡れたら他のお客さんにメーワクだ!」
「お、おう……悪ィ……」
大人しく、されるがままに頭を拭かれる男の子。
「まーったく……マリーンもなんか言ってやれ」
「ン……良かったね」
「「 何がっ!? 」」
メガネの子の一言に、アガシーちゃんと頭拭かれてる子のツッコミがキレイに重なった。
うーん、仲良いなあ……。
……っていうか、とにかく元気すぎて暴走気味って感じだったけど……。
アガシーちゃんって、それだけじゃないんだね……。
結構世話焼きっていうか、面倒見が良いっていうか……ちょっと意外。
そのあと、お風呂上がりお約束のフルーツ牛乳を手に、男の子たちが番台から離れるのを何とはなしに見送ってから……。
わたしは、改めてアガシーちゃんに声をかける。
「……ほい、なんでしょシルキーさん……ああ、入浴グッズっすか?」
「え、ああ、うん、それもあるけど……。
今日は、赤宮センパイって――」
「……赤みゃんなら、今日はヤローどもで集まって鍋パーティーだよ」
予想外に、後ろから返ってきた答えに反射的に振り返ると……。
そこには、うちの高校の制服を着た、小学生の女の子が――。
……じゃなかった、絹漉センパイが、いつもの妙に自信ありげな態度で立っていた。
「絹漉センパイ……」
「なんてーか、間が悪かったね、後輩ちゃん」
驚くわたしの側を通り過ぎて、慣れた調子で番台にお金を置く絹漉センパイ。
「まあでも、こうして会えたのも何かの縁。
……ちょうどいいや、ひとっ風呂付き合いなよ?」
なんだかオトコ前な笑顔とともに、ビッと親指を暖簾の方に向ける。
そこへ……。
「えーっと……お頭?」
「おう、懐かしい。体育祭以来だねぇ、そう呼ばれるの。
――で、どしたアガシーちゃんよ?」
「……170円しかないんスけど」
「………………」
「………………」
「え、だって、中人は170円だろ?」
「中人は小学生までっス」
「じゃ、いーじゃん。この幼児体型が高校生に見えるか? ん?」
「見えねっス。が、サバ読んじゃダメっス」
「………………」
「………………」
「……いーいじゃんかよぉ〜!
リアル小学生にもわりといろいろ負けてるぐらいなんだぞ〜!?
こーゆーときぐらいイイ目見たってさ〜!」
うわお……ダダこね始めたよこのセンパイ……。
いや、まあ……なんか似合ってるけど。
そして、そのことはゼッタイ口には出さないけど。
「……ダメっス。これが社会の非情なルールっス」
「ぬぐううう……! なんと不公平な社会だ……ッ!
弱者は搾取されるしかないのか……ッ!」
ぷるぷると震える手で、絹漉センパイは差額の280円をじゃらじゃらと番台に落とす。
……っていうか、ちゃんと用意してあるあたり、狙ってたなこの人……。
あわよくば、ってヤツかー……。
ともあれ――。
「くっそー……ほら行くぞ、後輩ちゃん!
こうなったら、元を取るべく、フニャフニャにふやけるまで風呂に入り倒すのだ!」
こうして、何の因果か、わたしは……。
絹漉センパイと、お風呂をご一緒することになったのだった。




