第10話 もう、悪役でいいんじゃない?
「……やっちまったー……やっちまったよー……」
我ながらいかにも情けない声で言いながら俺は、部屋の座卓の上に、べたーっと身体を投げ出す。
向かいに座る妹の亜里奈は、今日はオレンジジュースをストローでちゅーちゅー吸いながら……そんな俺を冷めた目で見下ろしていた。
……ちなみに亜里奈は、リンゴジュースはともかく、オレンジジュースに関しては果汁30パーセントまで、という妙なこだわりをもっている。
それ以上はオレンジジュースとして認めがたいらしい。
……どうでもいいことだが。
そう……そんなどうでもいいことを考えてしまうぐらい、今の俺は打ちのめされていたのだ。
いや、だって……なあ?
夕方のアレ……俺がシルキーベルに対して取っちまった、あの態度……!
あんなことになっちまったら、もう言い訳のしようもないよ……。
これ、弁解すればするほど泥沼になるヤツだよ、悪役確定だよチクショー……。
「……と、まあ、こう、ややこしいことになっちゃったワケなんですよ、アリナ」
「ふーん……」
打ちひしがれる俺に代わって、放課後の出来事を事細かに説明してくれていたアガシーに、亜里奈はついと視線を向ける。
「……で、その魔法少女の写真か動画は? 頼んでたよね?」
「…………」
……え? 真っ先に気にするのがそこ?
俺とアガシーは顔を見合わせ……その後、そろって首を横に振った。
「現代のUMAの俺に、そんなスキルがないことぐらい知ってるだろ?」
「あ、わたしもその、聖剣の方に同化しちゃってましたんで!
ザンネンながら――って、ひぃ――っ!?」
……ぶくぶくぶくぶく……。
無言で、亜里奈は果汁30パーセントのオレンジジュースを泡立たせていた。
煮えたぎるハラワタを投げ込んだ、と言わんばかりに――!
「もも、申し訳ありません!
自分の職務怠慢、監督不行き届きでありました、シャー!」
「お、おい、俺も悪いみたいに言うんじゃねーよ!」
「サー、ね。そしてそれを言うなら、あたし女だからマム。イエス、マム。
……ハイ、復唱!」
「い、イエシュ、マムっ!」
……それでもやっぱり噛むのか……。
「……ま、ね。
実は、どうせそうなるだろーなー、って思ってたんだけど」
やれやれ、とばかりにそう言って、亜里奈はちょっと泡立ったままのオレンジジュースをちゅーと吸い上げた。
「お、怒ってらっしゃらないのですか、マム?」
「なんで? お兄たちの相談を受ける上で、一応あたしも確認しておきたいって、ただそれだけだから。うん、それだけなんだから。
……だから、怒る理由なんてないでしょ? ないよね? それだけなんだもん、ねえ?」
「――い、イエシュ、マム!」
……やっぱり見たかったんだな、実物の魔法少女……。
素直にそう言やいいのに、意地っ張りだからなあ、コイツ。
「それにしても……。
〈救国魔導団〉に、〈セカイジュ〉、ねー……」
「とりあえず、そこの代表を名乗ってたサカンってオッサンは、極悪人とか外道ってほどの感じはしなかったな……さすがに本性までは分からんけど」
「救国とか名乗ってるぐらいだもん。悪いことしてても自覚ないんじゃない?」
さらりと、辛辣な一言を述べる亜里奈。
まあ、その可能性もなくはないが……。
「……そう言えばアガシー、〈セカイジュ〉ってどういう意味の言葉だったか、聖霊のお前なら分かったんだろう? なんだった?」
「――え、そうなの?」
へえ、と感心のこもった視線を、アガシーに向ける亜里奈。
そんな亜里奈の(アガシーにとっては)レアな姿に、そりゃあもう自尊心をくすぐられたのだろう。
フフン――と、いかにもなドヤ顔で鼻を鳴らすアガシー。
「ええまあ、一応、そこはそれ! 上位のsay! ray!ですからね。
会話と言ってもただ言葉を交わすだけでなく、そこに宿る思念を聖霊的超感覚で瞬時に理解し、そして――」
「うん、そういうのいいから。結論だけ」
「……あい、まむ……」
……あ、途端にしおしおになった。
コロコロと変化の目まぐるしいヤツだな、まったく。
「えーと、ですね……。
こちらの言葉で書き出すなら、こんな意味合いですかね」
アガシーは俺の机からペンとメモ用紙を取ってくると……。
デカい筆で書き初めでもするみたいに、意外なほどの達筆で三つの漢字を書き出した。
――〈 世 壊 呪 〉。
「……うわー、なにそのいかにもよろしくない字ヅラ。もう俺、そのテのものには飽き飽きしてるんだけど……」
その単語を見た俺は、思わず天井を仰いでしまう。
……まったく、やれやれだ……。
このテのものに良く遭遇するから勇者なのか、勇者だからこそこのテのものが引き寄せられてくるのか――。
どっかのエラい先生が研究とかしてないのかね、この問題。
「この言葉だけだと、何のことかはよく分からないね……良いものじゃないだろうけど」
「この街、広隅に現れる……って話でしたね、あのオジサンの言うことを信じるなら」
ちょこんと、アガシーは座卓の端に正座する。
……あいかわらず、甲冑で正座とか、メカニズムがよう分からんが……。
その辺を聞くと長くなりそうなので放置しよう。
「で――お兄は、その〈世壊呪〉を狙う悪いヤツの一人だと思われてるわけだね。
救国さんと、たぶん、シルキーベルって魔法少女にまで」
「あ〜……そ〜なんだよなあ〜……」
亜里奈の一言に、俺はまたバッタリと突っ伏してしまった。
救国さんとかいう、ムダに可愛らしい、絶妙なツッコミどころの呼び名さえスルーしてしまう。
致命的に広がってしまったシルキーベルの誤解を思うと、脱力せずにはいられないからな……。
「きっとこの先、ヘタに弁解したところで信用されず……。
魔獣から助けたところで、何か裏があるんじゃないかと疑われて……。
――そうして、悪役街道まっしぐら!……に、なっちゃうんでしょうねえ」
うんうん、と憐れみを浮かべた表情でしきりにうなずくアガシー。
……おい、いかにも他人事みたいなこと言ってるが、お前だって無関係じゃないって分かってるんだろうなコイツ……!
俺はギロリと恨みがましくアガシーをニラみつけてやるが……そのとき。
オレンジジュースをちゅーっと吸い上げた亜里奈が一言、事も無げに言い放った。
「じゃあ、もういいんじゃない? 悪役で」
「「 へっ? 」」
その言葉には、俺ばかりか、さすがのアガシーも目が点になっていた。
ついでに、思わずもらした情けない声すら、ダダ被りになってしまっていたのだった――こっ恥ずかしいぐらいに。