第8話 なんかメンドくさそう、救国魔導団
――結界の中に映像で姿を現したその仮面の男は、妙に友好的な口調で俺に話しかけてきた。
そう、友好的だ。
けれど――何か気にさわるというか……。
「……あっちだよ、もう少しあっち! 右、もうちょい右の方!」
「む? こっち――ああ、こっち? この印の方か?」
映像の向こうから、かすかに聞こえる女の子の声に従って、映像の男が若干立ち位置を修正する。
そうそう――何が気にさわるって、コイツ、俺の方まっすぐに向いてなかったんだよなあ。
いやまあ、それだけじゃなくて、態度そのものにもどこか不穏な気配があったんだけど……。
《……にしても、意味深な登場しといて、立ち位置間違って修正されるとか……。
テレビ慣れしてないシロートの生放送か、初めての動画配信か、ってな感じですよねえ》
(ファンタジーそのもののお前がその指摘をしてやるなよ……何だかかわいそうに見えてくる)
「おほん、では、改めて……。
お見事、実に素晴らしいチカラだ――クローリヒト君!」
パチパチと、もう一度手を打ち鳴らす映像の男。
わざわざ拍手からやり直すあたり、何者にせよ、ムダに生真面目ではあるらしい。
《この場合、ザンネンと言った方がいい気もしますけど。
……ともかく、クローリヒトって名前を知ってるってコトは、この男、あの魔法少女シルキーベルの関係者か――》
(魔獣を喚び出してるヤツのどちらか、だろうな)
――昨夜、俺は確かに一撃で魔獣をのしてやったが……殺したわけじゃないんだ。
寝床へ逃げ帰る魔獣の、その力の一カケラでも場に残していたなら、召喚者がそれを通じて俺とシルキーベルの会話を聞いていても不思議じゃない。
そして――。
相手の態度と雰囲気、この場の状況からして、正解はほぼ間違いなく後者だろう。
のっぺりした可愛げのない仮面に赤マントとか、いかにも悪役かヘンタイのそれだしな。
《……それについては、人のコト言えませんけどねー》
(いやいや。ヘンタイは否定してもいいだろ、ヘンタイは)
《え? あ、ああ、そうですね……。
うん……本人に自覚がないってよくある話ですっけ》
(……おい。
俺が恒常的にヘンタイ的な行為に勤しんでいるようなその態度は何だオイ)
《あ――あったんスかその自覚?
ンもう、なら自重しましょうよー》
(ねーよ! ねーよこれっぽっちも!
自覚も心当たりも自重する理由も!)
い、いかん……頭がクラクラしてきた。
アガシーのたわ言に付き合ったせいで、毒の回りが早くなってんじゃないのかコレ。
――って、だいたい、今はそんな場合じゃないだろ。
改めて俺は、謎の男に誰だと尋ねようとして……。
しかし、クマ野郎の不愉快なブレスのせいで『沈黙』させられてることを思い出す。
しかたがない。
代わりに、精一杯の「誰お前」の気持ちをこめてニラみつけてやった。
《……って、その仮面じゃ、その表情も見えませんけどねー》
(そこはそれ、雰囲気だ。気配だ。オーラだ。
ゴゴゴ……って感じのアレだ)
「ふむ……何者だお前は、とでも言いたそうだね、クローリヒト君」
そう言って男は、口もとに笑みを浮かべる。
おお……さすがは勇者的オーラと言ったところか。通じている……!
《いやいや、いやいやいや。
そりゃそういう流れになるでしょーよ、フツー……》
そんな俺たちの内輪の話など知る由もなく、男はもったいぶった調子で二の句を継げる。
「私はサカン。〈救国魔導団〉の代表者だ。
――以後、見知りおき願いたい」
そして、さらにもったいぶった動きで一礼してみせる男。
――サカン? 救国魔導団?
《さ、佐官!? では雰囲気からして大佐殿!?
い、イエス、シャー!》
姿は見えども、アガシーがビシッと敬礼している気配がする。
このユルミリオタめ……剣の聖霊としてのアイデンティティはどこいった。
(――ていうか、サーな、サー。
毎度噛むんなら、いい加減使うのやめろよ……)
しかし、俺からするとサカンと言ったら左官、つまりは壁塗りの職人さんしか思い浮かばんのだが……。
のっぺり仮面に赤マントという見た目……この男の場合、壁を塗るってより、塗り込めてそうだよな――主に死体とか。始末した敵対者の。
――で……救国魔導団?
すいません。
それについては、瞬間的に思考をシャットアウトしてました。
いや、うん、その……。
なんか、その響きからして色々メンドくさそうと言うかさ……。
ぶっちゃけ、聞き間違いであってほしいと、本能が反射的に拒否したんだよねえ……。
ゆえに、サカンっていうまだ理解の及ぶ方に思考が逃げちゃったんだよなあ……俺もアガシーも。
けど……。
《実にザンネンながら、本質はそっちなんですよねえ……》
(だよなあ……ザンネンながら)
俺とアガシーは、揃って心のうちで大きな大きなタメ息をつく。
「ちなみに、我らはアヤしい新興宗教とかではないぞ?
きちんとした目的のもとに集った、マジメな団体だからな?
いや、まあ、残念ながら、国の認可は受けられていないのだが……」
(《認可申請したんかい!》)
……俺とアガシーのツッコミが完全に同調した。
住む世界の違いも、種族の壁すらも――その瞬間、俺たちは超越していた。