オープニング Aパート
……眼下で繰り広げられる魔獣(っぽいの)と魔法少女(多分)の戦いは、魔法少女が防戦一方になっていた。
かろうじてしのいではいるけど、このままだと押し切られるだろう。
(――ここだな)
魔法少女が、棒術に使うような長い杖状の武器で、魔獣の攻撃を受け止め――。
何とか距離を離した、そのタイミングを見計らって。
――俺は、両者の間に飛び降りた。
「え……? だ、誰――っ!?」
「下がってろ」
俺の登場に驚く魔法少女に、そう言い放つと同時に……。
こちらを新たな敵と認識してくれたらしい魔獣に向き直ると――。
……一閃。
飛びかかってきた巨体を、聖剣で一刀のもとに斬って捨てる。
「ウソ……。そんな、一撃で……?」
魔獣は、突撃の勢いそのままに――。
光の粒子と化しながら俺の脇を抜け、宙に散っていった。
「……あなたは……何者ですか……?」
* * *
……さて、時間を少し遡ろう。
「……しかし、ホントなんなんだコレ……」
俺は目の前の光景に、思いっ切りタメ息をついていた。
どうしてかと言えば、まあ、正直信じたくないようなものだったからだ。
「……なんなんですか、その覇気のないタメ息。
仕事に疲れ切ったサラリーマンですか」
「青春真っ盛りの高校生に何を言うか。
……っていうか、いたのな、アガシー」
俺は自分の肩の辺りを見やる。
そこには、少女騎士といった感じの格好した妖精が――。
「妖精じゃなく聖霊です、聖っ霊。say! ray!
――ほら復唱しろクソ虫!」
「どこのラップかぶれ鬼軍曹だお前。
――ああはいはい、せーれーな、聖・霊」
「……まったく。
対物ライフルと38口径ぐらいの差があるんですから気を付けて下さい?」
「なんで喩えがそんななんだ……」
妖精――もとい、『聖・霊』が、光る蝶の羽(これがまた妖精っぽい……言わないが)を使って浮かんでいた。
ソイツが、せっかくの見事な甲冑を、草むらに頭から突っ込んでそのまま出てきただけ――みたいな、ムリヤリ感満点のシロウト丸出し野戦迷彩で(おおむねマイナス方向に)飾ってやがる理由については、ひとまず今は置いておくとして――。
黙ってりゃ十二分に美少女なのに、その容姿以外、言葉を初めとして、なんかとにかく色んなものが『残念そう』なコイツは、名をアガシオーヌという。
何かの間違いみたいだが、俺が異世界で戦った際、さんざん世話になった最強の聖剣……その力の行使を司っている、ホンモノの聖霊サマだ。
――そう。
俺、赤宮裕真は――
こう言うとザンネンな人っぽいが……実は、異世界を救ったホンモノの〈勇者〉だったりする。
……それも、何の因果か3度も。
「……で、勇者様。
なにをまあ、若者らしからぬタメ息をついてたんです?」
「そりゃお前――」
そう――本題というか、今、一番の問題はそれなのだ。
「こんな場面に出くわしちまったら……なあ?」
俺は前方を指差して、アガシーを振り返る。
――人気の無い高架下の空き地では、夜の闇の中……。
大きな影と小さな影が、ぶつかったり離れたりを繰り返しながら、素早く飛び回っていた。
大きな影の方は、真っ赤なライオンって感じの獣だが……その巨象みたいな規格外のデカさはもちろん、常識離れしたスピードからして、普通の動物じゃない。
そしてそれだけじゃなく、小さな影の方も……。
なんかのコスプレみたいな――うちの小学生の妹が見ていた日曜朝のアニメ、その主人公に似た雰囲気のアレは、まさしく……。
「――な・ん・で!
この地球の! 現代日本で!
魔法少女(多分)と魔獣(っぽいの)が戦ってるんだよ!
……せっかく――!
せーっかく、そういう世界とは無縁の現実に帰ってきたと思ったのにぃ……っ!」
言うだけ言って、俺はガクリと肩を落とす。
……そうなのだ。
俺はこの現実世界で、普通に、真っ当な人生を生きたいだけなのに……。
こういうのは、もう、ゲームとかマンガの中だけにしてくれよ~……!
「……まあまあ」
アガシーがそんな俺の肩を叩き……いやに男前な笑顔とともに、ビッとサムズアップしてみせる。
「そう落ち込むなよ新兵。
……レーション食うか? マズいけど」
「お前がこっちの世界まで付いてきてたのも問題の一つなんだけどな……!」
ヤケ気味に言って、アガシーがどこからともなく差し出したチョコ(?)を口に放り込む。
……土壁みたいな味がした。
ま、マジにマズい……どこで手に入れやがったこんなモン……!
「……しっかしまあ、魔法少女とは、なに夢みたいなこと言ってんですか。
……いいですか?
魔法少女なんて、アニメとか特撮とかゲームとかマンガとか小説とか同人とかにしか登場しない――って、あれ? 案外生息範囲広かった?
あー、ともかく、現実『だけ』には生息しない存在なんですよ?
妄想も結構ですが、溺れ死ぬ前に帰ってきて下さい勇者様カムバ~ック」
「……ファンタジーそのもののお前に、現実とか諭されると大っ変やりきれないが……。
あの女の子に感じるの、あれって魔力だろ?」
「はあ、まあ……そうですね。確かに彼女、魔力、使ってますね。
ただ、純粋な本人の魔力というよりは、あの衣装――魔法少女というには、ちょっとメカメカしてる感じのあの衣装の補助で、魔法に近い力を行使している、って感じでしょうか」
アガシーが目を細めて分析する。
コイツの言う通り、小さな影――中学生ぐらいに見える女の子――は、ヒラヒラとした可愛らしい……それでいて、いかにも変身して悪と戦うヒロイン的でもある服装(コスチューム?)をしていたが……それは同時に、どこか機械的でもあった。
全体のデザインとしては可愛らしいが、素顔の分かりづらいヘルメットとか、衣装の各部をそれとなく守っているプロテクターとか……その辺りは、むしろ特撮ヒーローのような雰囲気もある。
……って、いや、俺もそういうのに詳しいわけじゃないんだけど。
「……で、どうします?
わたしの見たところ、アレ――まあ、魔法少女ってしときますか。
あの彼女、動きは悪くないですけど、明らかに実戦経験不足です。
このままだと、高確率であの魔獣っぽいのに負けますよ」
「……だろうな。俺もそう見る」
「じゃ、静観しますか?」
「――ったく、いちいち聞かなくても分かってるだろ?」
俺がちらりと視線を向けると、アガシーはくすくす笑った。
「まあ、だから勇者様は勇者様なんですもんね」
しかし……。
そうは言ったものの、実際のところ、どうしたものか。
……助けること自体はカンタンだ。
あの程度の魔獣、アガシーと一緒にこっちの世界にくっついてきてしまった、〈聖剣ガヴァナード〉を使えば、一撃で無力化出来る。
ただ……そうすると、俺という人間をモロにあの子の前にさらすことになるワケで。
それはゴメンなんだよなあ。
俺は先に言ったように、この世界で改めて真っ当に生きたいと願っている。
なのに、何かの拍子に、変なチカラを持ってるって周りに知られた日には……。
一巻の終わりだ。
そんなささやかな人生設計は、夢のまた夢と消えてしまうだろう。
――つまりだ。
慎重に慎重を期して、ゼッタイに正体がバレないようにしなきゃならないんだが……。
「うーん……異次元アイテム袋になにか良いモン入ってないかな……」
異次元アイテム袋とは……勇者としての特権と言うか、形も無いのに、『異世界のアイテム』だけを山のようにしまい込み、また瞬時に取り出すことも出来る、ヒジョーに便利なシロモノだ。
――ちなみに正式名称ではない。……ていうか、名前があるのかも分からない。
「顔が隠れるような装備品を身に付けたらどうです?」
「なるほど。出来れば制服も隠したいから、全身装備がいいが……」
アイテム袋を探ってみるが……ハッキリ言って、まともに物が入っていない。
「勇者様はこっちの世界に戻るとき、装備品とか、お金になりそうなものは軒並み売り払って、有り金全部、寄付しちゃいましたもんねえ」
「そりゃ、こっちに戻ってきてこんなことになるなんて思いもしなかったんだからな。
――って、あー……あった。条件を満たす全身装備」
「へえ、そんなの残ってました?」
「……あの、向こうで何度も戦った、魔剣士の装備一式。
全身黒ずくめだし、仮面ついてるし、正体隠すにはもってこいだ」
そう……もってこいの装備だ。
ただし――
「ああ――アイツの。
でも、アレって……呪われてませんでした?」
「だから、売れずに残ってたわけだな」
アガシーの言う通り、それは呪いの装備品だった。
一度身に付けると外せなくなる――というわけじゃないが、装備している間、いわば体力がガンガン奪われていく上に、道具や魔法による回復を無効化。
加えて、防御力自体は高いが、状態異常とか特定の攻撃に弱くなってしまう、実に厄介なモノだ。
だが……まあ、仕方ないか。この際。
「それでいくんですか?」
「聖剣ガヴァナードの方に、体力の自動回復と、状態異常攻撃への抵抗力上昇が付加されてたろ? それで相殺すりゃなんとかやれるだろ」
「呪いによる体力減少の方が効果大きいんで、長い時間は動けませんよ?」
「ま、そこはそれ。
……活動時間制限なんて、ヒーローのお約束と思えば」
答えて、俺は頭の中で、呪いの装備品を身につけることをイメージする。
――これも勇者の特権(?)だ。
装備すると決めてしまえば、装着は一瞬で終わる。
時間も場所も必要ない。
ヘタな変身よりもはるかに高速だ……風情も何も無いが。
「――ふむ。
マスクが顔全面覆ってて声もくぐもりますから、とりあえず正体隠すにはカンペキですね。
ま……どっからどう見ても、このいかにもなカッコじゃ悪役ですけど」
「変質者よりはずっと良いっての。
――じゃ、行くぞアガシー」
鎧と言うよりは、変身ヒーロー(の悪役)っぽい黒ずくめの装備を改めて確かめ、俺はアガシーに呼びかける。
「イエス、シャー!」
びしっと敬礼を返すアガシーの身体が、そのまま光と化したと思うと――。
次の瞬間、俺の手の中には、ほのかに蒼く輝く、一振りの長剣が現出した。
続いて、光となったアガシーが、その剣の中に吸い込まれる。
「シャーて。威嚇するネコかお前は。サー、な」
手にしっくりと馴染む、〈聖剣ガヴァナード〉。
その柄の感触を確かめながら、俺は――。
魔法少女(多分)に加勢すべく、地面を蹴るのだった。