龍の壺
怜史は先ほどの愛姫の復元より遥かに龍希の復元の方が時間がかかっていることに焦りを感じ始めた。
彼の体は彼の体であり、そうでない。
[我が主の記憶を無理矢理戻すな。
お前のせいでどれだけ主が悲しみ、嘆いたか
解ったうえでお前はやろうと試みているのか。]
あたりが暗くなったと思えば一筋の光が差し込む先にある壺から声が聞こえる。
その声が龍希の龍の中の一つであることはすぐにわかった。
龍希の体は病に蝕まれていた。幻病とも呼ばれる、治す方法もない、不治の病気だ。
龍希の【生きたい】との強い念で、保たれていたものの、その念が弱まれば死んでしまう。
自分の生きることに価値を見出せなければ死んでしまうために、昏睡状態が続けば、平均より早く衰えてしまう。
「僕は龍希を救いたいんだ。
まだ息はある。心臓だって止まってない。」
[お前を主は望んでいない。望んでないから響力が効かないのだ。
お前の存在は主の意識の中にない。自分の存在を消したのはお前だろうに。
主の望むものは仲間からの愛情だ。家族の愛情なんて言葉は消え失せている。
この精神世界にお前がいることが目障りだ、立ち去れ。]
響力を使った手を彼から離す。
龍希の心配をする者たちへはじきに命が救われるとだけ告げて。
「そっか・・・僕は赤の他人か。」
エンデルアを去る際、一つ呟いた。
いずれこうなるかもしれないということは覚悟の上だった。
彼自身から家族の愛情を抜き取るとこうなることは知っていた。
この後の未来、アドガメントとエンデルアは今までのように和平を結ぶだろう。
僕はアドガメントにいてはいけないな。
心のどこかでそう思い、教職から離れる決意をした。
「ここから出て行くのか。」
「僕は少しばかり旅に出ようと思うんです。役に立てる場所で暮らしていこうと。
弱いままの自分じゃ、楓に馬鹿にされちゃいますし。
義兄さんも体に気をつけて、湊にもよろしく伝えといてください。」
国と国を繋ぐ関門へ行けば、先に純が経っていた。
「龍希の意識、愛姫と一緒に戻ったよ。
お前の記憶は無いけど、感謝してるって伝えてくれって。」
甥の無事に安心する。
少しばかり低い声で純は告げた。
「お前は死ぬな。お前が行こうとしてるところは、戦争が絶えない国だ。
この国とあの国の合間、お前ならわかるだろう。小さな小屋がある。
湊の修行をつけていたところだ。
言えなかったが、あそこに楓の墓がある。
寄って行ってくれ。楓は最後までお前を信頼してたよ。」
この先、甘さは許されない。
だから気を引き締めていかねば。
怜史はそうやって次の道へと踏み出した。