鬼族の彼
水無月は日頃から義父である壱次に感謝をしていた。
夫を失った今、可能な限り壱次の方針に従うつもりだった。
「すまんの、紅葉。うちのやつと遊んできていいから、
少し席を外してくれんか。」
「わかった、おじいちゃん。」
紅葉は壱次の部下と思われる人物に道案内をしてもらいながら部屋から出ていった。
「単刀直入に聞くが、水無月。
お前は今の政府をどう思ってる。」
「私の務めるエンデルア学園も潰そうとしてきていて、
また1部の名家や種族を絶滅させようとしていると。」
そこまで言って水無月は気づいた。
この家も知らないものはいない、名家である。
政府に目をつけられたということだろう、そう確信した。
「あぁ、水無月の言う通りだ。
我らは国に反抗すれば、殺されてしまう立場だ。
事実上、独裁と言うべきか。
お前の頭の良さは十分知っている。
さて、水無月。この独裁の黒幕は誰だと思う?」
静かになった和室に差し込む日光。
それはゆっくりとふたりを照らしていた。
「現国王は、病で床に伏せているとお聞きしました。
床に伏せている状況でここまで国の権力を動かせる独裁が出来るはずがない。
国王のお付は介護で手一杯。
そして、王妃様は身分のことで王族と揉め、現在は国政に関与されていらっしゃらない。
そうすると、僅か8歳ではありますが、現時点での権力が1番動かせる相手、皇太子の双子のお付……あたりでしょうか。」
「そうか、ならば。
とっとと潜入している奴には出てきてもらおうかっ!」
壱次が押し入れの襖を愛刀で切ると、そこには鬼族出身の彼が。
「全く、父さん……少しは息子に優しくしてくれたっていいじゃないか。」
「湊……お前はもう戸隠の姓を捨てている癖して、まだこの一族の者というか。」
そう、そこに居たのは、皇太子直属暗殺部隊 部隊長の佐藤 湊だった。
「鬼であることを隠して、皇太子に接近してと命じたのは父さんだろ?」
水無月は夫から聞いていた、一族を抜けた弟の話を思い出した。
ーーーーーーーー湊は優秀でな、良い奴なんだ。
一族を大事に思っている自慢の弟だ。ーーーーーーーー
目の前にいる湊と呼ばれた人物が本当に夫の弟ならば、受け入れ難い事実にただ、愕然とする。
「ん?あんたもしかして柊兄さんの奥さんだね?
たしかエンデルアに務めてるんだっけか。
なら、お願いがあるんだ。笹渡成哉にこれを見せて欲しい。
じゃあ父さん、俺はまた潜入に戻るよ。
この一族は王に逆らう……それでいいんだね?」
「勿論。お前はこちら側だよな?」
「あぁ、そうだよ。黒幕が分かるまで政府側の振りをしておくよ。」
そう言って駆けて行ってしまった湊。
湊が水無月に託したUSBメモリを目にした壱次は告げた。
「水無月、提案だからお前に否定権はある。
もしお前がいいのなら、紅葉を本家に居させるのはどうだ?
勿論、安全のため、護衛が少々着くことになるが。」
「紅葉を……!?なんだコイツは……鴉天狗族か!?
馬鹿な……奴らは滅ぼされたのではないのか!」
壱次と水無月の間を1匹の鴉天狗族のものが突撃してきた。
「カラカラカラ……俺ヲ倒スコトガ出来るカナ?」
そういって鴉天狗族の男は壱次に剣を振り下ろした。
急な敵襲に思わず2人も角を出す。
「どういうとこだ!仁!お前にはもう鴉天狗族の長のプライドはないのか!」
壱次が仁と呼んだ鴉天狗族の男はかつては、長だった。