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──押し花図鑑は救国の英雄シズク様のシンボルとして城に飾られることになった。
今後のことを考え爵位をもらった、生活の安定のためそういうのはどしどし貰いたい。ちなみに家紋は図鑑にちなんで花と本がモチーフになっている、結構可愛い。
「我がサイロニカにシズク様あり」
「この押し花図鑑は強大な力の象徴となりましょう」
王と神殿長のイケ渋ペアだが、図鑑が強大とかちょっと何いってるのか分かんないです。
隣国の城で用事を済ませたあと。
疲れた顔で「サイロニカに戻ろう……」とレックナートが言い、コンラートとシュテハウルが無言で頷いた。
私も特に異論はないので魔王()を置いて隣国を後にした。
この時点でキッズ達は愛称で呼び合うくらい仲良しになっていた。
私も遅ればせながらレッ君コン君シュテ君などと呼んでみたが、男の友情に女の身で入り込むのは無粋だったようだ。
やめてくれと泣かれた。
オーケーオーケー、シズクちゃんは話のわかる大人だ。女子の前でカッコつけたい思春期だね、了解した。
そのまま真っ直ぐ王都に帰るのかと思いきや、レックナートはしばらく大領地南端の街に滞在すると言う。
「まだ魔王の召喚した魔獣が退治できていない。……予定外に戦闘が早く済んだからな、辺境の治安回復に尽力して戻ろう」
あらー。
「レッ君はいい子だねー」
威張りくさってないし、地味な仕事嫌がらないし、いい王様になるよー。それが王の資質かは別として好感度高いよー。よしよし撫でちゃうー。
「その呼び方はやめるようお願いしたはずだが! 頭も撫でないでくれ!」
キッズ達と距離を詰めようと思ったが失敗。失敗。さすがガラスの十代、オレに触るなケガするぜってやつか。
「シズク様、今なにか無礼な事を考えていたでしょう……」
ジト目のレックナート、いいカンしてるよね。
「うーんシズク様ってけっこう顔に出ちゃってるよねぇ?」
「ええ、慣れれば分かりやすいです」
そうか? 元のチベットスナギツネの時はそんなこと言われたことなかったが、美少女フェイスだと表情筋の動きも違うんかな?
それから一カ月ほど魔獣の駆除と荒れた土地の整備を行った。
王にはコンラート経由で滞在理由が伝わっており、レックナートの提案は王太子の鏡だと諸手を挙げて歓迎された。後日、少々過大に装飾され美談として国民に伝えられる。
国民大喜び。王家への好感度カンスト。
いいよ、いいよ。国が安泰だと私の老後が安心だ。
まあ相変わらず魔獣追ったり肉体労働してるのはうちのキッズ達で、私は押し花作ってるけどね。
「シズクは魔獣の有用な部分まで粉々にするから退治に参加しないでくれ」
酷いよレックナート 。
「ええっと、シズクってば回復魔法使えないよね? 怪我人に包帯巻いて余計怪我させたよね? うん、大人しくしててね」
いや確かに使えないけどコンラート……そんないうほど酷かった?
「村のみんなと三日かかって植えた苗を雑草と思って全部抜いた事、俺は忘れませんし許さないのでシズクは畑に立入禁止です」
「ごめんなさい!」
シュテハウルの目は絶対零度だった。即謝罪のシズクちゃん。
呼び捨てになってキッズ達との距離が近づいたような遠のいたような……確実に遠のいてるわ。
魔王()が居なくなってから私の価値が暴落してる気がする。
「暇が過ぎる」
最近は押し花アートの腕前もなかなかのものになったので、周辺の奥様方を集め押し花アート教室を開催している。
ちょっと大作を作りたいな、と思ってモチーフを考えた時。フッと浮かんだのは隣国の王と魔王()だった。
魔力で出来た角は水晶みたいで綺麗だったし、うちのキッズばかり見てるせいで目が肥えていたが、そういえば顔もお綺麗だった。
「ふむ……」
てな訳で押し花アートで【王と魔王()の肖像】的なのを作ってみた。
なかなかの仕上がり、特に角の透明感を薄い花びらを重ねて出したところは我ながら賞賛に値する。
そういえば戦争賠償金と魔王()を回収してくれたことに対する謝礼金で、サイロニカの国庫はうはうはな事になっているらしい。
被害者はこちらなので貰いすぎとは言わないがちょっとした気持ちくらいはお返しても良いのではなかろうか……?──
「隣国王宮にこっそり行ってプレゼントしたらあとでバレてドチャクソ怒られたよねー」
流石にウンザリという顔をしているが、怒らなきゃいけない側の方がウンザリだったろう。側仕え達は気の毒に思った。
──怒られ方が酷いのでショートショートでお届けしたい。
隣国に押し花アートお届け発覚後。
「シズク……!この……このバッカッ!!」
「信じられない……何を考えたらそんなことをしようと思うんですか……?」
「………………これほどとは」
顔真っ赤にするレックナート と異物を見る目のコンラート、温度のない無表情が怖いよシュテハウル。
シュテハウルにそのまま正座するように言われ『なんで……』と思いつつ渋々座ったらレックナート が泣きながら怒って、コンラートが正論で怒った。
私がすみませんとか言うたびシュテハウルが忌々しそうな舌打ちを入れた。
ねえ、シュテハウル?最初と全く態度違うくない?最初の頃のキラキラした君どこいった?
「シズクが打ち砕いてすり下ろして乾燥させて吹き飛ばしたんですが」
えっ私のせい?
レックナート とコンラートが重々しく頷いた。
こってり絞られてからというもの、私の扱いはとても手のかかる珍獣レベルに落ちた。
珍獣の責任者レックナートを支える管理者コンラートと監視係シュテハウル。
いうても私は被害者なんです。
この国の都合で喚び出されただけなんです。
「落ち着きがない」
「女性らしさが足りない」
「人として欠けている」
最初二つは前からよく言われてるけど、シュテハウルの最後一つはあんまりじゃね?
「シズクもすぐ年頃になるんだ、いつまでもそのままではいけない」
今日のお説教は切り口を変えてきたな……。
「もっとお淑やかに!」
そーいうジェンダーに囚われた発言はどうかと思いまーす。
「そもそもシズクは何歳ですか」
シュテハウルの言葉にレックナートとコンラートが息を飲む。
そうだね、この国では女性の年齢を聞くのは最大の無礼だったね。でもシュテハウルの顔になんの感情も浮かんでないってことはアレか。
シュテハウル、もう私のこと女性って思ってないな?
一番若いが故にかサックリ切り替えたらしいシュテハウル。上ふたりの方が精神的に大人で社会的常識を得ているため切り替えられないのか。
いや切り替えて欲しくないけども。
「に、にじゅ、う、はち……」
死のような静寂が訪れた──
「一度だって私が嘘をついたわけじゃない……そっちが勝手に、勝手に勘違いしただけなんだ……」
その呟きはあまりにも小さく、側仕え達の耳には届かなかった。