彫刻
掲載日:2017/09/21
吾輩は人間である。
時に、あまのじゃくのように気紛れになる猫や、ナマケモノ、体を建物の影に隠すが、うまく隠しきれず、尻の頭がひょこりと見栄隠れするうっかりものだが、つい、鋭い眼光をぎらぎらと轟かせてしまう鴉にでもなれる。
我々は変化が可能なのだ。
吾輩はヒトである。
食物連鎖の頂点に立つ、云わば生き物たちの中でいう王なのだ。
しかし、腹を空かせては、牛や大空を自由に駆け巡れないままでいる鷄達の肉体を頬張るのだ。それが、生き抜くためと言うものか。
そして、考えるのも生き抜くためだと言うのか。
我等は人形が羨ましい。
吾輩は人形である。
吾が輩は動物に変化することも言葉を発することもできない。
けれども、ちっとも淋しくも哀しくもないのだ。
そうして、言葉を知らなければ感情もないことが、どれだけ楽なことか。彼奴らは分かりきっているようで知らないのである。
全く、気持ちとは憐れな者だ。
しかし、下らない心理の輪から感じるものは無くても痛むものは傷むのだ。
愚かであるヒトも我のようにこうして痛むのだろうか。
所詮、我らは薄汚れてしまった本と同じような物で在る。
我輩は、何れも時を刻むモノである。
我等は真新しくなるに連れ、腐り行くのだ。




