第8話 増える同居人
「たっだいま~」
「お、お邪魔します……」
「お帰り、リカね……んん?」
その日の夜。買い物を済まると、姉が帰ってくる迄に、風呂を洗ってその後に夕食を用意していたら、ちょうどリカ姉が帰ってきたようなのだが。
何故かもう一人分の声が聞こえた気がする。今のは芽依の声だったか……?
たぶん芽依だな。そもそもこの家に来る人物なんて限られている。
「芽依か?来るなら来るで言ってくれよ。今から、追加で作るから。何が良い?」
「ふふっ。残念!芽以ちゃんでは無いのでした~!」
「はあ?芽依じゃないなら誰を連れ……てきた……え?」
姉が訳のわからない事を言うので、お玉を持ってエプロン姿のまま、台所から顔を出すと、その人物の顔が確認出来た。
俺は思わず持っていたお玉を落としてしまった。
「こ、こんばんわ。と、遠野レン」
「あ、ああエリアーナ。こんばんわ。えっと、取り敢えずなに食べたい?」
「お、お任せするわ」
「そ、そうか。じゃあ適当に作るよ」
「なーに?君たち同じクラスなんだからもっと気楽にしよ!あ、そうだ芽以ちゃんも呼ぼっと」
今、何て言った。
「おい、リカ姉、待て、ちょっと待て。待ってください」
「あ、芽以ちゃん。今からウチ来ない?うん。あ、じゃあお願い。じゃ、また後でね~」
聞いてないなこのバカ姉。
「ねえ、この人いつもこうなの?」
「いつもこうなんだよ」
エリアーナは世界各地で、噂を聞いていた『翡翠の魔女』と今、目の前にいる柊リカーナとの差に「あ、あれは、同一人物なのかしら」と疑問を口にしている。
まことに残念ながら同一人物です。
◇
「そんなわけで、今日からエリアーナ、いえ、リーナちゃんはウチに住みます。ぱちぱち~」
「………す、む?え、今、住むって言ったか!?」
追加で二人分を作り、さあ夕飯をさっさと食って寝よう。そう思ってたんだが、またリカ姉の口から、とんでもない事が聞こえた気がする。
「へぇ~。レンくん良かったね」
「あの芽依、脇腹を、っちょ痛っ」
隣に座る顔は笑顔なのに机の下では、俺の脇腹に肘で攻撃してきている。地味に痛いので止めてほしいんだが。
「二人ともどうしたの?」
「いや、芽依がこうげ―「何でもないです。ねーレンくん」何でもないよリカ姉」
隣からの圧力が凄くて逆らえないんですが。
そんな俺達の様子を見てなのかは、分からないがエリアーナは遠慮がちに言う。
「あの、ご飯をご馳走になったのはとても感謝しますが、流石に住むところまでっていうのは、ちょっと」
「それはダメよ。だって放っておいたらホテル暮らしでしょう?急な転入だし寮はしばらく空かないわよ」
ホテル暮らし。え、何それ羨ましい。流石、金持ってるお嬢様は暮らしぶりからして俺達と違う。
「いや、でも」
「言っておくと、一週間くらいであっあれば学校側から経費として処理できるけど、それ以上は報酬から引くことになるわ。そうなると今回の報酬は全部ホテル代になっちゃうわよ?」
「う、それはそうですが……」
報酬がどれだけなのかは知らないが、それが全て宿代に変わるのであれば依頼の意味が無いかと思う。仕方ないか。
「……まあ、この家の主はリカ姉だ。誰が住むとか決める権利は当然、家主にあるワケだ」
「うんうん」
「だから、アンタが問題無い、っていうなら特に異論はないよ」
「いいの?それに、その芽依さんは……」
「え、私?んー、なら私も一緒に住むってのはどうかな」
「えっ」
リカ姉は芽依の言葉を予想していたかのように驚きもせず言う。
「いいわよ~、部屋は余ってるし、芽以ちゃんのおじいさんの許可がとれれば歓迎するわ」
「じゃあ、お爺ちゃんに相談してみるね!」
「ええ」
「ご飯食べたら部屋へ案内するわ。ずっと使ってない部屋だから掃除して、お風呂入りましょ」
「なあ、もう寝るのに良い時間だと思うけど。明日は休みだしその時にやりなよ」
「ん~、でも片付けないと泊まる部屋ないし……っは!まさかそれを口実に「なあエリアーナ、泊まるところ無いなら俺の部屋へ来いよ」とか言うつもりじゃ……」
「おいコラ」
「ふうん、レンくんそんな事考えてるんだ」
「いやいやいや」
これはリカ姉と芽依の悪ノリなんだろうが、慣れてないエリアーナが本気にしてないか、気になって彼女の方を見ると、
「っふ、ふふ」
「おい、エリアーナさん?」
なんか肩を震わせておられる。
「いえ、ごめんなさい。なんかおかしくって」
どうやら笑っていたようだ。どうにも恥ずかしくなってエリアーナから目を反らす。
「ふふ。冗談はここまでにしておいて、部屋だけど、今日のところは私の部屋で寝ましょう。それなりに広いから芽以ちゃんもどう?」
「いいの?じゃあ、おじいちゃんに電話してくる。……あ、でもそれじゃあレンくんが一人になっちゃう」
「確かにそうね。レンも一緒に寝る?」
「いいから風呂は言って寝ろ」
「「はーい」」
この二人はホントに息ぴったりだな。俺をからかうことに関してだけど
「あの、遠野レン」
「レンでいい。いちいちフルネームは面倒だろ。別に遠野でもいいけど」
「私もリーナでいいわ。レン、これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。リーナ」
どうやらこれから、同居人が一人に増えるようだ。
「リカさーん!おじいちゃんに聞いたらここに住んでも良いって!」
訂正。二人増えるようだ。
出来れば家事とかやってほしいものである。流石にリカ姉みたいにはならんだろ。
「ねえレン。何か失礼な事考えてない?」
「考えてないよ」
この人は、俺の心でも読めるのだろうか。
「そう?そんな気がしたんけど。じゃ二人とも、まずはお風呂いくわよ」
「あ、でも」
エリアーナの言葉を最後まで聞く前に、さっさと風呂場の方へと行ってしまった。
「あーいいよリーナ。洗い物はやっとくから」
エリアーナはリカ姉の消えた方向と、台所の方を交互に見ていたので気を使って言ったのだが、芽依が余計な一言を言う。
「っは!まさか「これがリーナの使った箸……ぺろぺr」痛いっ」
「なあ芽依、洗い物したいか?」
「お風呂いってきまーす」
よほど洗い物が嫌なのか、リーナを置いてきぼりにして風呂場の方へ行ってしまう。
「リーナ、芽依に付いてかないと場所分からんぞ……ってリーナ?」
「……レン、貴方」
「その目やめろ。本気にしてないか」
「ふふっ、冗談よ。じゃあ改めて、これからよろしくね」
「はいはい。あ、そうだ。明日は掃除とか手伝えるなら手伝ってくれ。例の依頼を進めるって言うなら別に良いけど」
「自分の住む部屋だし自分でやるわ。何から何までやってもらうのは気が引けるし」
「そうか。あ、悪い話し込んじゃったな、芽依もいないし、風呂場に案内するか?」
「……やっぱり貴方」
「いやいやいや」
何度目だ、このくだり。
ああもう、勝手にしてくれ。