例えば最終章から始まる物語
主人公の生誕あるいは生まれ変わるときから物語は始まる。
そして仲間とともに紆余曲折し、艱難辛苦の果てに大団円を迎える。
ヒロインと結ばれて幸せな最後を迎える物語のなんと輝かしいことか。
選ばれなかったヒロインがかわいそうだからと、もしも(If)の世界なんて物も良い。
すべてのヒロインを受け入れたハーレムなんかも素晴らしい。
でも、もしこのエンディングがいきなり目の前で展開されたら。
もしヒロインと出会い、仲間と助け合い、そして最後の敵を倒すという過程を省いて結末を見たとしたら。
理屈も感動も何もないそんな物語を誰が受け入れるだろうか。
誰がその物語を楽しめるだろうか。
さて、ここにもうすぐ終わりを迎えようとしている物語を語るとしよう。
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リオンが掲げた剣を振り下ろし人類の生存をかけた最後の戦いに終止符を打とうとしたとき、その剣線に黒い影が飛び込んできた。
「…っ!?」
それに気づいたリオンが止めようとするも疲弊しきった身体では反応できず、振り抜かれた聖剣は影を切り裂いた。
宙に舞う血飛沫とともに崩れ落ちたのは、ラストダンジョン最奥手前の大広間でリオンの仲間たち−ミア、ルシエ、シャルク、シルヴァ−が戦っていたはずの魔族だった。
「リオン!! すまない、あと少しというところで…」
リオンの背後、大広間の側からシャルクの声が聞こえてきた。
その声は疲労を感じさせるものの、致命傷や大怪我を負っていたり仲間が死んだ悲壮感をはらんだ物ではなかった。
見れば、飛び込んできた魔族の身体はリオンから受けた袈裟懸けの傷が他の傷であまり目立たないほどにボロボロであった。
リオンに追い詰められていた魔王は自らの盾となって散っていった配下に目を向け、そしてそれまでの戦意はどこに行ったのかと思うほど大人しくなった。
シャルクに遅れて入ってきたミア達に向けてリオンは警戒を怠らないようにと指示を出しながら魔王に近づいた。
「…おい、魔王」
呼びかけに答えずただ配下の躯に目を向ける魔王に、リオンは聖剣を突きつけた。
「おい魔王」
再度リオンが呼びかけるも、やはり魔王は反応を示さなかった。
焦れたリオンは聞いているかに関わらず思いをぶつけた。
「お前はなんで…お前はなんで戦うのを止めた!! お前の配下が身を呈してお前を庇い、お前の配下が命をかけて俺たちの行く手を阻み…お前の為にと死んでいったというのに…。それだけじゃない!! 今まで魔族が支配する世界を作る為にと人類を虐殺してきたお前が、どうして戦うのを止めた!? 答えろ、魔王!!」
これまで自分の野望の為にいくつもの、数え切れないほどの命を奪ってきた魔王が戦意喪失し、殺されることを受容したのが、リオンにはどうしても許せなかった。
どれほどの恨み、どれほどの期待をその身に背負って置きながら投げ出そうとしているのか、それを旅の途中で見てきたからこそ、そして感じてきたからこそ無責任に感じた。
激昂するリオンに虚ろな目を向け、魔王は言った。
「…殺せ」
すでに臨界状態だったリオンに剣を振らせるには十分な言葉だった。
どうから切り離された首は高く宙を舞い、胴が崩れ落ちると同時に地面に落ちた。
人類を救ったというのにリオンは魔王に対する怒気に包まれており、仲間の誰もが英雄の誕生や人類の勝利を喜ぶことはできなかった。
後味の悪い終幕に誰もが苦虫を噛み潰したような表情で、ラストダンジョンのコアへと歩を進めた。
ラストダンジョンのコアを破壊しダンジョンを消滅させると、各国の神殿に『勇者リオンが魔王ミストレスを倒し、ラストダンジョンを破壊した』と神託が下された。
その知らせにより世界は喜びに包まれ、どの国もリオンを歓迎、祝福する準備に取り掛かった。
リオンがラストダンジョンまでの道程を遡るように帰国すると、どの国も『世界を救った英雄の凱旋』に沸き起こった。
英雄がそんな暗い顔をしていたらみんなが不安になるだろうという仲間の指摘を受け、人目のあるところでは笑顔を振り撒き世界を救えたことに喜びを感じていると演じていたものの、仲間だけあるいは一人きりの場ではやり場のない感情に憂いていた。
「リオン…」
与えられた居室のベランダで夜風に当たっていると、いつの間にか入ってきていたルシエが声をかけてきた。
「…ルシエか。どうしたんだ」
「リオンが、魔王を倒したあの時からずっと辛そうにしてるから…」
心配そうにそういうルシエに、リオンは何か言おうとして、そのまま口を閉じた。
リオンが悩んでいることが魔王を倒した時に言っていたことなのだろうとは思うものの、どうすればその憂いを晴らすことができるのかわからず、ルシエも心配しているような困っているような表情を浮かべるだけしかなかった。
「…もう時間も遅い。自分の部屋に戻って寝ないと、明日もたないぞ」
「うん……ううん。私、今日はリオンと一緒に寝る」
「はぁ!?」
もう少し夜風に当たってそれから寝ようと思って提案し他のに対して、予想外の反応が返ってきたせいでリオンは夜中にもかかわらず大声で叫んでしまった。
ルシエは顔を赤くしながら寝間着の上に羽織っていた上着を椅子にかけると、リオンのベッドに入った。
止める間もなく行動したルシエにリオンが呆然としていると、ルシエがリオンを恨めしそうに見て言った。
「…リオン、女に恥をかかせる気?」
「い、いやいやいや。恥をかかせるって。ちょっと待ってくれ。俺はお前と一緒に寝るなんて」
「リオン‼︎」
「はい!」
「いいから早く来る!」
「はい!」
顔をさらに赤くしながら怒鳴るルシエの言葉に、リオンはキビキビと動いた。
魔王を倒した英雄が仲間の女の子に怒られて動いているという、リオンを英雄視している人々には見せられない姿がここにあった。
「し、失礼します」
「…うん」
リオンがゆっくりとルシエの待つベッドに入る。
「リオン、もっとこっち」
端っこの方に乗って固まったままのリオンに、ルシエがもう少し寄るようにと指示を出す。
リオンはその声に反応して少し−10センチほど−近づく。
「リオン、もっとこっち…」
再び近づくようにというルシエの指示に、またリオンが近づく。
そんなやりとりを繰り返し、ついにリオンとルシエの体が触れた。
ルシエはピンと体を伸ばして強張らせているリオンの手を自分の手で包み込んだ。
「…リオン。私じゃリオンの悩みを解決してあげることなんてできるわけないってわかってる。ミアの方が魅力的で包容力があって甘えさせてくれるだろうし、シャルクやシルヴァの方が男同士で話しやすいかもしれない。王国に帰ればマルチア様がリオンのお嫁さんになって色々相談に乗って下さったり、辛いことなんて忘れるくらい素晴らしい生活を送らせてくれるかもしれない。そう考えたら私なんかじゃ役に立てないってわかってるけど。でも私もリオンの力になってあげたいって、少しでもリオンの支えになれたらって思うの。だから、私にできることはこうやって一緒に寝たりとか、そんなことしかないだろうけど…」
ルシエが思いの丈をぶつけているうちに、いつの間にかリオンの体の強張りは溶けていた。
そして自信なさそうに続きの言葉を探すルシエを優しく抱きしめた。
「ありがとう、ルシエ」
リオンのその言葉に、ルシエは頷き抱き返した。
そのまま二人は眠りに落ちた。
二人が目を覚まし、ベッドから起き上がると、ドアの隙間からこちらを覗く見慣れた顔があるのに気がついた。
リオンはシャルクに冷やかされ、シルヴァには何かを納得するような反応をされ。
ルシエはミアに抜け駆けはズルいわよと言われた。
根本的な問題は解決していないものの、リオンはルシエのおかげで心が軽くなった気がした。
王国につき報告を終えたリオンは、マルチア王女との婚姻を勧められる前にルシエへのプロポーズを口にした。
不敬だという言葉を英雄に対して吐けるものがいるはずもなく、ルシエの返答をその場の全員が待つという状態になった。
当のルシエはと言うと色々と衝撃的過ぎて頭が追いついていなかった。
「ご、ごめんなさい」
テンパった末にルシエが採った行動は、謝ってからの逃走だった。
まさかリオンが振られるとは思っていなかった一同は呆然とし、いち早く復帰したリオンがルシエを追いかけた。
中庭で頭を抱えて蹲るルシエを見つけたリオンは静かに近づくとそっと横に腰を下ろした。
「まさか振られるとは思ってなかったなぁ」
「リオン!? えっと、あのね、あれはそういう意味じゃなくって、その…」
「…わかってるよ。俺がいきなり告白したのが悪いんだから」
「うん…じゃなくて、そうじゃなくて。さっきのは」
動揺が収まらず上手く言葉を紡げないルシエを見て、リオンは声を上げて笑った。
「もう! 笑わないでよ! こっちは真剣なんだから!!」
「ごめんごめん。慌ててるルシエが可愛くってさ」
「…そんな言葉で誤魔化されないんだからね」
そう言いつつも嬉しそうな表情のルシエに向き直って、リオンは真剣な表情をしていった。
「ルシエ、俺と結婚してほしい。妾とか第2夫人とかじゃなくって、俺の一番になってほしい」
「あら、第2夫人とかがもう決まってるみたいな言い方ね?」
改めてのリオンの告白にルシエは嬉しく思いつつも、素直に受け入れるのは何か悔しくてついそんなことを言ってしまった。
リオンは痛いところを突かれたと言いたげな表情を浮かべ、ミアやマルチア王女にも告白しようと思っていることを素直に告げた。
ルシエはそれらを受け入れ、最後にリオンに向き直って最高の笑顔で言った。
「リオン。私をリオンのお嫁さんにしてください」
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さて、こうしてまた一つの物語が終わりを迎えた。
魔王を倒すところから始まったこの物語はいかがだっただろうか。
物足りなさを多分に含んだように感じたのではないだろうか。
やはり物語は序章、第1章…と進み、大団円を迎えるべきなのだろう。
でももしそんな物足りなさを感じたくなったら、
例えばこんな最終章から始まる物語も良いのかもしれない。