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PandoraBox  作者: 恋熊
第1章 友愛を穢す障《サワリ》
8/68

epilogue

 



 それから数日後のことだ。



「で、どういうつもりだったんだよ」

「どういうつもりって?」



 学園の廊下にて。

 緋真が聞き、伊吹が問い返す。


「とぼけるなよ。お前は完全には催眠にかかっていなかった。詩埜が完全にかけることができなかった。それはつまり、お前が“自分の意思で”詩埜に従ったってことだろ?」


 そう、伊吹は半分ほどは操られていたとはいえ、もう半分は自分の意思で動いていたということだ。


「なんでそんな事をしたんだ?」

「…………」


 やがて伊吹は口を開く。


「罪悪感、かな」

「罪悪感?」

「そう、罪悪感。僕は詩埜に罪悪感を抱いたんだ」


 伊吹の抱いた罪悪感。

 それは何もしなかったことへの後悔だ。


「僕達は……詩埜が変わった事に関して、暗黙の了解の様に、触れなかったよね」

「あぁ、それがどうかしたか?」

「僕は以前から知っていたんだ」

「……は?」

「もちろん、全てを知っているわけじゃない。でも、変わった原因も、それが僕の力じゃどうにもならないことも、臓器移植のあの時から分かっていたんだ」

「それじゃあ、『災禍』のことも?」

「……?さい……?」


 どうやら『災禍』のことについては知らないらしい。おそらく、提供された臓器が特殊なもので、その影響で詩埜がおかしくなった、という概要だけを理解しているのだろう。


「僕は何もしなかった」

「できなかったんだろ」

「違うよ。できないことを言い訳に、しなかったのさ。できたらやるなんて、親友のためにする事じゃないよ」


 親友として間違った。

 勇気を振り絞れずに後悔した。


「だからせめて、僕は詩埜の味方でありたかった」



 どれだけ間違っている事であっても、ただ1人の味方でいる事は親友のためにできる事だから。

 親友のためなら正しくなくていい。

 救われなくていい。

 親友のためにならなくてもいい。


「それが、何もしない僕が唯一できた罪滅ぼしだから」

「……」


 緋真には何も言えない。

 緋真は正しさを優先したから。

 敵になる事が詩埜のためになると思ったから。

 詩埜が救われると思ったから。



 緋真は気付けなかった。

 伊吹は気付いた。

 緋真は詩埜のために行動を起こした。伊吹は何もできなかった。


 同じ親友であり、正反対だった2人。どちらの意見も正しいし、どちらの意見も間違っている。

 だからこそ、緋真は何も言えない。



「ごめんね、緋真。次こそは……間違えないから」

「俺に、言うなよ」



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 咲夜は報告書をまとめていた。

『災禍』の事件に関して、咲夜は神宮家から一任されている。


 しかし、それは代表という事で、神宮は手出ししないという話ではない。


 だからこそ、神宮の家系の最高責任者は咲夜に事件についてを問い質し、命令を与える。


 咲夜はその事に一切の文句を言わないし、文句を言う理由さえ思いつかない。


 神宮咲夜という少女は、神宮の家の歯車として、ただ粛々と使命を全うするだけだ。


 今回の事件について、咲夜は1つの懸念を抱いた。


 咲夜は詩埜が『欠片』を持っているかどうか判断する事ができなかった。それはずばり、今までに破壊、あるいは封印してきた『欠片』は有機物ですらなかったからだ。


 鉱物や宝石、そういった無機物である事が多かった。


『災禍』は怖れの象徴でありながら、その身は無機物ばかりでできていた。

 しかし、今回は人間に移植可能な臓器が『災禍』の一部である事がわかった。

 災禍とは一体何なのか。

 そもそも、神宮家は『災禍』の全容を把握できていないのではないか。


 何とも言えない不安だけが咲夜の胸中を満たした。


  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ある日の昼休み、屋上にて。


「あ、いた!」


 ギクッ。

 と、背中を震わせるのは緋真だ。


 そして、緋真を探していたのは詩埜だ。


「もう、最近ずっと私の事避けてるんだから!」

「わ、悪い悪い」


 例の一件以来、緋真は詩埜と顔を合わせづらかった。

『欠片』によって正気を失っていたとはいえ、詩埜の気持ちを聞いてしまった。

 その罪悪感が、詩埜に対する引け目を作ってしまう。


「あー、えーっと、だな……」


 上手く言葉が出て来ない。


「ねえ、サナ。私が遊園地で言ったこと、覚えてる?」

「覚えてない。頭の片隅にすら一切の記憶がない」

「何それひどくない⁉︎」

「わ、悪い悪い」


 どう誤魔化せばいいのか分からず、思わず全否定してしまった。


「覚えてるんでしょ」

「……ああ」

 事故の時の病室での思い出。

 告白されたこと。

 自分のために1人の女の子が狂ってしまったこと。

 すべて覚えている。忘れられるはずがない。


「で、でも……すぐに忘れるから」

「ダメよ」

「え?」


 詩埜は緋真に笑顔を向ける。


「忘れちゃダメ。サナには覚えていてほしいの。私がサナを愛していることを。その理由を」

「で、でも……あれは、『欠片』の影響を受けていたからで」

「影響なんて受けてなくても、私はサナのことが大好き。その気持ちは、今も変わらない」

「詩埜……」

「でも、返事が欲しいって話じゃないの。私、もっと魅力を磨いて、いつかそっちから『私が欲しい』って言わせてあげるんだから」


 パチンッ☆とウィンクをする詩埜の姿は。


 前向きで、かっこよくて、可愛くて、もう十分に魅力的で。


 緋真を見惚れさせるには十分だった。


 詩埜は柚子を見る。

 封印されたと言っても、それが『欠片』である事には変わりがない。

 そのため、詩埜には3人が見えていた。


「負けないからね」

「……私も、譲るつもりは毛頭ない」

「?」


 2人の少女の真剣勝負と、その意味がわからない男が1人。


「ねえ、サナ」

「ん?なんーーーー」


 唐突に、緋真の頬に柔らかい感触があった。


「……え?」


 見ると、緋真から離れた詩埜は、ちろりと舌を見せて怪しげに微笑んでいる。


 頬に触れて呆然とする緋真と、声にならない声を上げて真っ白になる柚子。


「まずは乙女の頑張りの第一歩、って事で」



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