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PandoraBox  作者: 恋熊
第1章 友愛を穢す障《サワリ》
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6話 少女の恋慕と少年の決意

 


 咲夜はとても焦っていた。


 様子のおかしい伊吹を振り切って2人を捜しに来たものの、どこを探せば良いのか皆目見当もつかない。


 ただひたすら走って、走って走った。


「くっ、どこに……いるのッ?」


 遊園地の敷地は広い。

 闇雲に捜し回っても見つかるものではない。

 だからと言って簡単に目印が見つけられるわけではない。闇雲に捜すしかなかった。


(さっきの音無くんの様子……アレはおそらく、『欠片』による能力によるもの。倉石さんが『欠片持ち』っていうのは……間違いじゃなかった……!)


 緋真が危ない。

 緋真も『欠片』を持ってはいるが、その能力は柚子達3人だ。咲夜も詳しい事は知らないが、戦闘に役に立つものだとは到底思えない。

 咲夜はとにかく走り回った。

 ただひたすら走って、敷地内全てを捜した。

 そして、ついに詩埜の後ろ姿を見つけた。


(いた!)


 そこからの咲夜の行動は速かった。

 目に入った瞬間に詩埜との間合いを詰めーーーー

 ようと一歩踏み出した瞬間、グニャリと、地面が歪んだ。


「⁉︎」


 そのまま、まるで沼にでもなったかのように地面に足がドプンッと沈み込んでいく。


「くっ!うっ……!はぁっ……!」


 あがけばあがくほど地面に沈み込む。


(まずい……!このままだと……)


 咲夜の健闘むなしく、腹部まで飲み込まれる。

 そして遂には。


「うわっ!あぁッ⁉︎」


 地面が歪み、咲夜の身体に絡みつく。

 そして地面の中へと引きずり込まれてしまった。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その様子を詩埜は一瞥した。

 いや、正確には、目を虚ろにし動かなくなった咲夜を一瞥した。


 そして緋真に向き直る。

 全身を無数の剣で貫かれ、皮膚という皮膚を剥ぎ落とされ、場所によっては肉がえぐれ骨さえ見えている緋真に。


(なんだ……なんなんだこの状況……⁉︎)



 痛みはある。

 尋常じゃない痛みと体に起こっていることの感触が全神経を使って緋真の脳に流れ込んでくる。

 しかし、こんな状況だというのに、意識は全く飛ばない。

 死ぬことさえない。まるで夢でも見ているかのように。

 詩埜は一歩、また一歩と近付き、遂には緋真を抱き締めた。


「あぁッ……♡サナァ……♡サナァッ……♡サナの匂いッ……♡好きぃ♡好き好き大好き愛してるすごく好きサナァサナァサナァサナァサナァッ愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるもうサナしか要らないサナ以外必要ないサナさえいればいいサナも私だけが必要だよねそうだよねそうだと言って好きって大好きって愛してるって言って私だけを見て私だけに囁いて私だけを感じて愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナサナあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」


 こんな非現実的な状況で詩埜の匂いだけは、感触だけは、姿だけは、声だけは、詩埜のありとあらゆる全てだけはハッキリと感じ取れてしまう。


 夢であって欲しかった。

 妄想であって欲しかった。

 しかし、これは現実だ。

 どれだけ狂気な現状だろうと、これは間違いなどではない。




 詩埜は『欠片』の所有者だ。




「詩埜……なんで……」

「なんで?何がなんでなの?サナが悪いんだよ?知らない女とイチャイチャして私に秘密にして神宮さんと秘密のお話しして‼︎サナは私とイチャイチャすればいいの!私と秘密を作ればいいの!私以外の女に会わなくていいの!サナァサナが大好きぃこんなにも愛してるのぉだからサナも私のこと愛してるよねぇそうだよねそうに決まってるよねぇだから悪いのは神宮さんなのその女達なのサナのこと誑かして私からサナのこと奪おうとするそいつらを殺せばサナは私のこともっと愛してくれるよねぇ!!!!ははは!!!!あははアハハあははははははははハハハハハハハ」


 狂っている。

 最早詩埜は緋真のよく知る優しい詩埜ではない。

 3人一緒の親友ではない。

 人間であるかどうかさえ、怪しい。

 それほどまでに歪んでいた。

 それほどまでに狂っていた。それほどまでに終わっていた。

 ふと、そんな場面に誰かがやって来た。

 伊吹だ。


「い、伊吹!今ここは危なーーーー」


 異変に気付いた。

 その足取りは重い。

 まるで病人であるかの様に。

 というよりも、まるで無理矢理歩かされているかの様に。


 そしてその目は虚ろだ。

 瞳孔も開き切って、どこを見ているのか焦点も定まっていない。


「……?」


 やがて、伊吹が口を開く。


「詩埜様。邪魔者を通してしまい申し訳ございません」

「別に構わないわ。しばらく下がっていなさい」

「わかりました」


 その言葉に絶句してしまう。


「なん……でだよ。なんで、俺達は…………親友、だろ?」


 悲しみに震える緋真を見て、詩埜はキョトンと首をひねる。


「親友?なんで?伊吹は私の下僕よ。本当はそれ以下の価値しかないもの」

「何言ってるんだよ!おかしいだろ!詩埜…………本当に、変わっちまったのかよ……」


 もう、詩埜は変わってしまった。

 狂気に堕ちてしまった。

 その事実に、緋真は絶望しかけていた。


「……ねぇ、サナ。どうして、どうして?どうして私だけを見てくれないの?私はサナさえいればいいのに、サナも私だけいればいいのに、どうしてなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうしてどうしてどうしてどうしてどうどうしてどうどうどうしどうしてどうして‼︎‼︎⁉︎」


 グアンッ!と空気が歪んだ。

 そして周りの木々が暴れ回る。


「きゃあッ」

「⁉︎」


 そこには小さな女の子がいた。木々が女の子に襲いかかる。


「あッ!」

「緋真!」


 思わず体が動いていた。

 緋真は女の子に向かって全力で駆けた。

 女の子を抱きとめ、安全な場所に下ろす。

 その様子に、詩埜は我慢ができなかった。


「ねぇ…………どうして?どうして私のことを見てくれないのサナァアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」


 地面から詩埜が大量に生えてくる。

 大量の詩埜は蠢き、緋真へ向けて迫り来る。

 そんな状況でありながらも緋真は思考を巡らせる。


『あッ!』


 その声は確かに聞こえた。それは確かに心配そうな声だった。

 それは……確かに、詩埜の声だった。

 そしてもう一つ。


「は、ははは……あははは」


 緋真は思わず笑みを浮かべた。

 笑わずにはいられなかった。


「なぁ、詩埜」


 詩埜は変わらずに緋真に絡み付こうとする。


「なんでさっき……伊吹は俺の名前を呼んだんだ?」



『緋真!』



 確かに先ほど、伊吹はそう叫んだ。

 それは、様子のおかしかった時とは違う声に聞こえた。小さな女の子が危険に陥った。

 それに思わず反応した。


 伊吹は詩埜のせいでおかしくなっていたと思っていた。

 しかしそれは間違いだった。

 伊吹は完全にはおかしくなっていなかった。

 そう、詩埜にはできなかったのだ。



 親友だから。大切だから。



 そして、緋真の事は伊吹と同じ様にはしない。


 そうすればわざわざ今の様に言葉で緋真に迫る必要もないのに。それもまた、できなかったのだ。


「俺の知ってる詩埜はーーーー」


 優しくて、親友を大切にする詩埜はーーーー



「消えてなんて、いなかった」



 思わず涙が出た。

 嬉しくて仕方がなかった。

 そして、覚悟を決めた。


「俺は、諦めない。詩埜の正気を取り戻す。だからーーーー」



 光が集まった。

 一つの光が輝いた。

 その光はやがて人の形を作り、姿を現した。


「柚子!力を貸してくれ!」


 肩辺りまでのショートカットの髪を頭の右側でまとめた髪型の女の子。

 その服装は黒を基調として、フリルをふんだんにあしらった、俗に言うゴスロリと呼ばれるものだ。

 それは人間の姿の人間体、二頭身の仮想体、2つの姿を持つ柚子達の第3の姿。

 戦闘体だ。


「……命令形で言ってくれると……興奮する」

「そういうのはいいから!」


 和気藹々と仲良さそうにやり取りする2人を目にした詩埜は怒り狂うかに思われたが、むしろその逆、冷静さを取り戻した。


(あの女を人間の姿にして何の意味があるの?こっちは数え切れない程の戦力がいるのよ……?)


 6年程『欠片』と時間を過ごしてきた詩埜には分かる。

『欠片』の起こす異常な現象、特殊能力は1つの『欠片』につき1つ。

 つまり、緋真の能力は柚子達を創り、それを維持する事だ。


(何の能力も持たない奴が、私にかなうわけーーーー)


 瞬間、本物以外の詩埜が消えた。


「‼︎‼︎⁉︎」


 なぜ、どうして。詩埜は動揺を隠せない。



「……ヒントは、あった」


 語るのは柚子。


「……『欠片』が起こす異常現象は、1つにつき1つ。……しかし、あなたのした事は……それに当てはまらない」


 緋真の周りに虫を這わせたり、大量の剣でいつの間にか貫かれていたり、咲夜を地面の中に飲み込んだり、伊吹を操り人形の様にしたり、地面から自分の分身を作ったり。


 それらを一つの能力として説明するのは難しい。


「……咲夜は、あなたを見てから急に地面に飲み込まれた」


 実は咲夜が詩埜を見つける前に、詩埜と緋真達は咲夜を見つけていた。

 しかし、詩埜が能力を使ったのは咲夜がこちらを見てからだ。

 いや、違う。

 使わなかったのではなく、使えなかったのだ。


「……さっき、女の子が襲われた時……緋真に刺さった剣も、皮膚の剥がれも……全てなくなっていた」


 だからこそ、緋真は女の子を助ける事ができた。

 詩埜の能力が『解けていた』からこそ。


「……あの時……能力が解けていた理由は、2つ……考えられる」


 1つは、詩埜が動揺して能力を解いたか。


「……そして、もう1つは……能力の発動条件から、外れたか」


 あの時、緋真は女の子の事しか見えていなかった。

 つまり、『詩埜の事が眼中になかった』。


「……あなたの能力は、自分を見られている必要がある」


 普通なら思いつかない。

 だが、柚子は思いついた。

 その数少ない情報から。


「……自分の情報の乗った、電気信号を……変化させる能力」

「‼︎⁉︎」


(な、なんで……なんで分かったの⁉︎)


 詩埜が行った事は、1つの能力では説明がつかない。そう、“幻覚”でもなければ。


 人間の体は電気信号によって動いている。

 その電気信号は、外部の情報を脳に伝えるためにも使われている。

 しかし、電気信号は万能ではない。

 脳に誤解を与える事もある。

 例えば、2カ所以上の部分の痛みの電気信号が合流して脳に届いてしまい、別の場所に痛みを感じさせる事もある。そして例えば、脳に届くはずの信号を命令の信号だと誤認してしまい、脳に伝えずに体が勝手に動いたりする。


 詩埜を五感で感じる事で、詩埜という情報の乗った電気信号は他人の体をそういった『催眠』に近い状態にする事ができる。


 つまり、詩埜の能力とは、詩埜を見ただけで、詩埜の声を聞いただけで、詩埜の匂いを嗅いだだけで、詩埜の体を触っただけで発動する催眠術なのだ。


「で、でも!そんな事が分かったからって何になるの!!!!以前状況は私が有利なんだから!」


 その通りだ。

 詩埜を見ずに戦闘なんてできるわけがない。

 緋真の能力は戦闘向きでない。

 柚子は能力が使えない。


 この状況下で、緋真達の逆転は不可能に見える。

 しかし、1つ、認識に間違いがある。


「……1つ……勘違いを訂正させてもらう」


 柚子が語る。


「……確かに……『欠片』は1つにつき1つしか能力を持たない。そして……緋真の能力は……私達を生み出すこと」


 そこまでは詩埜の想像通り、間違いはない。

 しかし。


「……私に能力がないとは……言っていない」

「は⁉︎」


 そう、柚子達3人は、それぞれに特殊な能力を持っている。

 緋真すら気付かなかった事だが、柚子達は“そういうもの”としてこの世に生み落とされた。

 つまり、柚子達の能力は『欠片』による能力でさなく、柚子達の一部として存在するものなのだ。


(じゃあ……私の幻覚が通じなくなったのは、あの女の能力?)


 詩埜の催眠は、柚子によって解かれてしまった。

 しかし、そんなに都合よく、柚子の能力が催眠解除でなんてあるわけがない。


「……私の能力は、温度差を……電圧に変える能力」

「?」


 詩埜はわからない。

 そんな能力で一体何故詩埜の能力は解かれたのか。


(電圧って、つまり、温度が高いところと低いところの間にしか電気を作れない能力って事じゃないの?そんな能力、使えないじゃない)


 しかし、実は違う。

 電圧とは、電気を流す能力の度合いを示す。

 つまり。


「……私は、温度差のない所の電気を、遮断できる」

「!!!!」


 温度差を電圧に変換する。

 それはつまり温度差0も電圧0に変えられるという事だ。

 電気を流す能力がないのなら、電気はその部分を流れない。

 だが、それはつまり。


「サナの電気信号を遮断したっていうの⁉︎」


 詩埜を感じてしまえば、詩埜の能力条件下だ。

 だからこそ、緋真は五感の電気信号を遮断した。

 しかしそれでは、緋真は動く事が出来なくなってしまう。詩埜がどこにいるのか、自分がどこにいるのかさえわからない。


「どうしてそんな事ができるの⁉︎そんな事をすればサナだって危ないのに!!!!」

「・・・愛して、いるから」


 柚子は緋真を愛している。

 愛する人だからこそ、信じられる。

 例えどんな状況に置かれようと、自分の愛した人はその状況を乗り越えられると確信している。


「……ただ自分の気持ちをぶつける、あなたなんかとは……違う。……愛しているから、緋真の事も……信じられる」


 ガシッと、次の瞬間、緋真は詩埜を抱き締める。


「!!!!????」


 好きな人に抱き締められたのと、動けないはずの緋真にそうされた驚きに、詩埜は思わず硬直してしまう。



 だが、それが勝敗を分けた。



 人同士が密着すれば、しばらくの時間は必要だが、密着した面には熱がこもる。

 つまり温度差が出来上がる。

 瞬間、緋真と詩埜に電撃が走る。


「ッッッ!!!!????」

「ゥグッ」


 電撃が体を駆け巡った2人はしばらく動けない。


「ごめんな……詩埜。気付けなくて。お前が苦しんでるのに、俺は悩みすら聞けなかった。今も、俺の力じゃ『欠片』の影響から救う事も出来ない」


 悲痛な言葉だった。

 親友のために何も出来ない。

 無力な緋真だった。

 助けると、覚悟を決めたのに。

 いざ戦う時も柚子に頼りっぱなしで、緋真にはここからどうすればいいかもわからない。


「でも」


 それでも、諦めなかった。

 諦めるわけがなかった。


「俺には、頼れる仲間がいるから!」



 それは、咲夜だった。

 詩埜の背後には、咲夜が刀を構えて立っている。


「ぅぁッ」


 詩埜が気付いた時にはもう遅かった。

 先程の電撃のショックで、詩埜の意識は一瞬飛んでしまった。

 それにより、全ての催眠が解除されてしまったのだ。


「詩埜の『欠片』は内臓だ!」

「内臓!!!!????…………わかったわ!」



 詩埜は小学4年生の時に謎の人物から臓器提供を受けている。

 そして、それから今の様な性格になった。


 つまり、その臓器こそが『災禍の欠片』。




 咲夜は『欠片』である臓器を見極め、刀を一閃する。



 次の瞬間、詩埜は糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。


「詩埜ッ」


 緋真は詩埜を抱きとめる。


「『欠片』は封印したわ。これで、ただの臓器になったはずよ」



 封印により、『欠片』の影響はなくなった。

 詩埜はもう能力も使えず、緋真への独占欲も失った。



 詩埜の寝顔は、可愛い女の子そのものだった。



 こうして、一連の騒動は幕を閉じた。



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