5話 確認
次の日の放課後。
「サナ〜!久しぶり〜!私、サナに会えなくてすっごく悲しかったよ〜!」
「今朝会っただろ」
緋真を見つけるなり抱きつく詩埜とそれを引き離そうとする緋真。
「……私も、緋真に抱きつく」
柚子はそう言うと本当に抱きつく。
蜜柑は自分の行動できる範囲を飛び回っているし、翠華は緋真の側でうつむきながら呪詛の様な何かをずっと呟いている。
そんないつも通りの状況に緋真は溜息をこぼす。
(何も変わった様子なんてないよな……)
緋真は詩埜をマジマジと見つめる。
詩埜の様子を見ても、何も変わったところは見られない。
つまり、緋真は咲夜と話した通りの行動に出るしかない。
「なぁ、詩埜」
「何?」
「今度の日曜、遊園地に行かないか?」
「行く‼︎」
「早いな!話は最後まで聞け!」
「え?どういうこと?」
「神宮が遊園地のチケットを持ってるそうなんだ。で、4人分あるらしいから、神宮と俺と伊吹と詩埜の、3人で行こうっていう話なんだ」
嘘は言っていないが、親友に隠し事をしなければいけないという状況に緋真は思わず目をそらしてしまう。
「緋真って神宮さんと交流あったっけ?」
「いや、3人分チケットが余って、たまたま見つけた3人組が俺達なんだそうだ」
もちろん嘘だ。
「……へぇ〜。神宮さんと、ねぇ…………」
詩埜は緋真をまるで親の仇を見る様な目で眺める。
その様子に緋真はゾクッとする。
「いいわよ。日曜日が楽しみだなぁ〜♪」
そう言うと、緋真に抱きついた体勢のままスキップをしだす詩埜。
「お、おい!危ないだろ!」
赤面して慌てる緋真。
こんな日常に緋真は充実感を得ていた。
ーーーー違う。そんな訳はない。
心の中で緋真は咲夜の推測を否定する。
ーーーーあってはならない。それは俺の日常が壊れてしまう答えだ。
頭の中では気付いている。
バラバラだったピースが噛み合ってしまった事を。
それでもそれは認められない。
認めてはならない。
それを認めたら緋真はまともじゃいられない。
ーーーーーーーー詩埜が『欠片』の所有者であるはずがないないーーーー
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ーーーーサナ、貴方はこの言葉に心当たりがあるのね?」
咲夜は緋真に尋ねる。
「ーーーーああ」
倉石詩埜。
彼女は緋真の事をそう呼んでいる。
「つまり、彼女がもう1人の欠片持ちーーーー」
「待ってくれ!」
緋真は咲夜に懇願する。
「そんなわけない!あいつは俺の大切な友達なんだ!だから……」
「感情論だけじゃ、真実は見えてこないわよ」
咲夜は緋真を一喝する。
その言葉に、緋真は声も出なくなる。
「とは言え、“サナ”って呼び名だけじゃ、倉石さんを『欠片持ち』と断定するには弱いわね……」
咲夜は緋真を見つめる。
「そこで、あなたにお願いがあるの」
「お願い?」
コクリと咲夜が頷く。
「だから、倉石さんと私の間を、月長くんには取り持って欲しいの」
「どういう事だ?」
咲夜はポケットからチケットを取り出す。
「遊園地のチケットが4枚あるわ。これを使って、私とあなた達3人で遊園地に行くの。今日みたいに至近距離なら欠片を持っているかどうかは確実に判断できるわ」
「ちなみに……そのチケットはずっと持ってたのか?」
緋真が尋ねる。
「学校の同級生からもらってね。まさか役に立つ日が来るとは思わなかったわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
倉石詩埜という人物を一言で表すとすれば、それは無垢な少女だった。
何にでも純粋な興味を抱き、誰とでも仲良くなれる、子供らしさそのものを体現したような女の子。
中でも特に詩埜が懐いたのは2人の男の子だ。
音無伊吹と月長緋真。
彼女は女友達と一緒に遊ぶ時間と同等かそれ以上に2人と遊ぶ時間を費やした。
詩埜にとって2人は大親友であり、なくてはならない大事な存在だった。
そんな少女だった詩埜は小学4年生の時の事故を境に変わってしまった。
緋真以外への関心を薄めてしまい、緋真のためなら何でもする様になった。
だが、咲夜の『災禍』の話を聞いてしまった緋真は、その考えが間違っていたのではないかと嫌な予感を抱いた。
緋真以外への関心を薄めた?
違う。緋真への独占欲という邪念を強めたのだ。
緋真以外いらない。緋真さえいればいい。緋真は自分のもの。緋真以外どうでもいい。緋真を奪う者は誰であろうと許さない。
今の状況はそこまで顕著なものではない。
しかし思い返してみればその様な行動も時折見せていた気がする。
それはまるで自分が『災禍の欠片』の化物に傷を負わされた時と似ている。
ある思考が内から湧いてきて、それ以外考えられなくなる。
詩埜は緋真のためなら迷うことなく行動を起こす様になった。
それはまるで『災禍』の影響を受けているかのーーーー
「違う!」
緋真は思わず叫んでしまった。
「何が違うの?」
「あっ、いや……寝言だよ寝言」
「立ったまま寝てたんだ。すごいな」
緋真と、その隣にいる伊吹は現在、遊園地の前にいる。
中に入らないのは、その遊園地を一緒に回るメンバーがまだ足りないからだ。
「というか伊吹、お前どのくらい前から待ってるんだ?」
伊吹は集合時間10分前に着いた緋真より先に来ていた。
遠目で女の子に何度もナンパされている伊吹を見たときはやるせない気持ちになった。
「どのくらいって、緋真よりちょっと前に決まってるでしょ?」
もちろん嘘だ。
緋真は長い付き合いだからそんな簡単な嘘は見破ることができた。
しかし、そういった嘘を吐くのも、伊吹の良いところでもある。
「お前って本当物好きだよな。俺達のためにそういうことするなんて」
「緋真達のためだからこそだよ。僕は緋真と詩埜と一緒にいるのが本当に楽しいんだ」
「……あっそ」
思わず視線をそらす緋真。
伊吹は誰にでも平気でそういう事を言うが、緋真と詩埜に対しては特にそういった事を言う。
それは伊吹が本当に緋真達の事を大切に思っていてくれているからだろう。
だからこそ、今日の一件はより真剣に挑まなければならない。
3人の絆を壊さないために。
詩埜の無実を証明しなければならない。
ふと、こちらに声をかける声が聞こえた。
「ごめーん!待った?」
声の主は2人の親友、倉石詩埜だった。
詩埜はいつもの私服よりもオシャレな服を纏っていた。
飾り過ぎずシンプルなデザインだが、確実に詩埜の魅力を引き出す服装。
作者は女性服について詳しく知らないので、ご想像にお任せします。
詩埜は緋真に顔を近付けると、上目遣いで緋真に尋ねた。
「どうかな?この格好」
思わず目をそらしてしまう緋真。
「私の方が可愛い」
聞いてもいないのに柚子が答える。
「い、良いと思うぞ?思わず見惚れるくらいだ」
緋真の言葉に詩埜は思わず口元が緩んでしまう。
「え、えへへ〜♪」
その詩埜の笑顔に緋真はドキッとする。
(か、可愛いな……)
緋真は詩埜が女の子なんだという事を意識する。
「サナのために頑張ってオシャレした甲斐があったよ〜♪」
「え?俺のために?」
「うん、サナのために」
少し背が凍るような感覚を覚えた。
(……今日、一緒に遊ぶのは俺だけじゃないだろ?)
その疑問を口にしたかったが、どうしてもできなかった。
言ってしまえば、3人の絆が完全に断たれるような予感がしたから。
ふと、辺りが騒がしいのに気付いた。
「?……なんだ?」
騒ぎの方向を見てみると、そこには咲夜がいた。
巫女服姿に帯刀の。
「うぉぉおおおおおおおおおおいぃっ‼︎‼︎‼︎‼︎」
緋真は迷わず咲夜の元まで全速力で駆けつけそのまま人通りのない所へ連れ込んだ。
「何のつもりだよソレはッ⁉︎お前思いっきり怪しまれるだろ⁉︎」
「私は正装で来たまでよ?」
「それは学生が遊園地で遊ぶ正装じゃないだろ⁉︎お前は学校にスーツでも着てくるのが当たり前なのか!⁉︎」
「そんなワケないじゃない」
「分かってるよ‼︎ものの例えだよ!」
咲夜は恥ずかしそうにそっぽを向く。
「私も好きでこんな格好してきたワケじゃないわよ」
「じゃあしてくんなよ!」
「この格好はね、私の対『災禍』の正装なの」
ハッと緋真は思い出す。
そう言えば最初に会った時の咲夜は、流体の化物と戦う時、巫女服だった。
「この服には神宮の一族の能力を普段以上に引き出す効果があるの」
「……つまり?」
「この格好で感知すれば、ハッキリするわ。倉石さんが白なのか黒なのか」
「……分かったよ。その格好については俺がなんとか誤魔化すから」
「……ありがとう」
緋真と咲夜の2人は気を引き締めて遊園地の入り口へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
入園から10分も経たない内の出来事だった。
「どうしてこうなった……」
思わずそう呟かずにはいられない。
何故なら今日の出来事は至極簡単な作業だったはずだからだ。
それが、いきなり初手でしくじってしまったのだ。
「どうして……どうして月長くんと倉石さんがいないの⁉︎」
咲夜と伊吹は完全にはぐれていた。
もしかすると緋真と詩埜がはぐれたのかもしれないが。
咲夜と伊吹は人通りの多い広場で2人を探していたが、一向に見つからない。
「まぁまぁ、落ち着きなよ、神宮さん」
そう優しく声をかけるのは伊吹だ。
「……音無くん」
「2人が迷子でも、流石に高校生なんだから、自分達で勝手に楽しんでると思うよ」
「まぁ、それはそうだと思うけど」
(問題なのはそこじゃないのよね……)
そもそも咲夜の目的は4人で楽しく遊ぶ事ではない。
咲夜の目的は詩埜が『欠片』を持っているかどうか確かめることだ。
咲夜は仕方ないとその場から離れるために一歩を踏み出す。
「とりあえず、アトラクションを楽しんでるかもしれないから、私達もアトラクションを回りながら探しましょうか」
しかし、咲夜はその場から離れることはできなかった。
伊吹が咲夜の手を掴んで離さなかったために。
「ーーーーーえ?」
「まぁまぁ、そう言わず、もうちょっと待ってようよ。もしかしたら、僕達のこと探してここに来るかもしれないでしょ?」
「それもそうかもしれないけどーーー」
何かがおかしい。
伊吹の言葉はさっきと矛盾している。2人は遊んでいるかもと言ったのに何故急に探しているかもと咲夜を止めたのか。
そしてふと、咲夜は気付いた。
(音無くん……目が……)
伊吹の目は虚ろだった。
瞳孔が開ききって光が一切ない目は焦点が合ってなく、まるで自分の意思を失っているかの様だ。
「……まさかーーーーーーーー」
咲夜は嫌な予感がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少し遡って、緋真と詩埜が咲夜と伊吹からはぐれて間も無くの頃。
「あの〜……詩埜さん?」
「ん?どうかした?」
「神宮と伊吹の姿が見えないんだけど、そろそろ俺の手を放してくれないか?」
緋真は詩埜に連れられてどことも分からない場所に来ていた。
「えー?なんで?」
「なんでって……折角4人で遊びに来たのに、はぐれたら意味ないだろ?」
「むー」
いきなり詩埜は頬を膨らませる。
「どうした?」
「私、今日はサナと2人きりで楽しみたいの!」
いきなりそんなことを言われびっくりする。
「だって、違うクラスだから一緒にいられる時間も減ったでしょ?だから今日くらい、2人きりがいいの」
「……詩埜」
今日、遊園地に来た目的は詩埜が『災禍の欠片』を持っているかどうかを確認するためだ。
だけど、彼女の気持ちはそのこととは関係ない。
「分かった。2人で回ろう。最初はどこに行きたい?」
「やった!」
詩埜は思わずガッツポーズをした。
ーーーーーーーー。
それから2人は様々なアトラクションを回った。
まずはジェットコースターに乗った。
詩埜はとても楽しそうに声を上げているが、緋真はジェットコースターに乗っていない柚子たち3人が飛んでいくものの10メートル以上離れることができないため飛ばされながら付いてくる様はシュールだった。
コーヒーカップに乗った。
流石に勢いよく回して酔うほど高回転させたりはなかったが、程よい速さで回るカップの中で、揺れる髪を抑えながら微笑む詩埜の姿は緋真の目にはとても綺麗に映った。
遊園地のグッズを販売している店にも寄った。
緋真が冗談で変なかぶり物をかぶったら詩埜も柚子達も大爆笑だった。
アトラクションに向かう際に詩埜に腕を抱き寄せられ緋真は嬉しいような困ったような微妙な状態になった。
メリーゴーランドにも乗った。
同じ馬の上に無理矢理乗ったせいで必要以上にくっつき、緋真は大変緊張した。
おばけ屋敷にも入った。
詩埜はわざと怖がって何度も緋真にくっついた。それを見ていた柚子は大変嫉妬していた。
最後に観覧車に乗った。
町の景色を見て懐かしい思い出に浸った。楽しかったこと、苦しかったこと、思い出は思い出せないほどあった。
詩埜は様々な場所を見て嬉々として当時の出来事を語った。
その様子を見て緋真は安心した。
ーーーーああ、大丈夫だ。ーーーー
ーーーー詩埜は大丈夫。こんなにいつも通りなんだ。『欠片』なんて持ってるはずがないーーーー
2人はアトラクションを思いっきり楽しんだ。
「んーー!楽しかったー!」
遊園地の広場のベンチにて。
伸びをしてそんな事を言ったのは詩埜だ。
緋真も、2人で回れた事に関してはとても満足していた。
「楽しめたみたいで何よりだよ」
「うん!やっぱりサナと一緒だとどんなことも楽しい!」
そう言われるとなんだかむず痒くなる緋真。
「なんだよ。俺じゃなかったら楽しくないみたいな言い方だな」
「それはそうよ。だって、サナとじゃなきゃダメなんだもん」
「伊吹とでも楽しめただろ?」
「え?なんで?」
違和感があった。
何かが決定的に間違っている。
そんな違和感。
「そもそも、なんで俺とだとそんなに楽しいんだ?」
緋真は誤魔化すためになんとなく出てきた質問を口にした。
「……ねぇ、サナ。私が入院した時のこと覚えてる?」
「そりゃ覚えてるよ」
「あの時、不安で仕方なかった。痛くて辛くて仕方なかったの」
まるで当時の痛みを思い出したかのように詩埜は語る。
「でも、サナはずっと私の側にいてくれた。入院してる私の事をずっと見てくれてた」
「そんなの、伊吹もだろ?」
「ううん。一度も帰らずに、学校も休んで、いつまでも一緒にいてくれたのはサナだけだよ。私がいなくなったら寂しいって、辛そうに泣いてくれたのはサナだけだよ」
緋真の父親は世界中を旅していて、滅多に会えなかった。
そのため、緋真にとって大事な人と会えないことが当たり前であると同時に、大事な人が側にいる事がとても貴重なことだった。
そんな緋真は大事な人である詩埜を失いたくなかったのは当たり前のことだ。
そんな当たり前が、詩埜には幸せだった。
そんな当たり前が、少女に特別を与えた。
「そんなサナだったからこそ、私は好きになったの」
少女は少年に恋をした。
しばらくの間、沈黙が広がった。
緋真は何も話せなくなる。
先に沈黙を破ったのは詩埜だ。
「ねぇ、サナ……」
どこか、緊張した面持ちだった。
「実は……前からずっと言いたかったことがあるの」
そんな真剣な様子の詩埜に、緋真も汗をかいた。
「いつも側にいる、その女の子達は誰?」
ゾクリとした。
一瞬で世界が凍りついたかのように感じた。
詩埜の目には光が宿っていなかった。
いや、生気がないわけではない。
暗く輝いているという表現が適切だろう。
次の瞬間、緋真は全身に冷たさとドロリとした気持ち悪さを感じた。
見てみると。
何かが全身を覆っていた。
それは、泥のようであり、生き物のようであり、緋真の身体中を舐め回すように蠢いた。
「あ、ああ……」
気持ち悪い。
得体の知れない何かが自分の身体に這っている。
気持ち悪い。
見た目も感触も、自分の想像力では計り知れないほど嫌悪感を誘う。
「う、うぁあ……」
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
小さな羽虫が。ゴキブリが。ダニが。毛虫が。蜂が。蝿が。蛭が。自分の体を貪っていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああァァァァァアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」