3話 第3の人間
遥か昔、人々に災厄をもたらした化け物、『災禍』。
その化け物の体の一部である『災禍の欠片』。
父が冒険家だったため、緋真の手元にやってきたブレスレットは、偶然にも『欠片』だった。
その『欠片』から緋真のイメージを通して、柚子達3人が生まれた。
「代々ウチの家業でね、『欠片』を討ち祓っているのよ」
咲夜が緋真の無言に答える。
つまり、咲夜は元々緋真のブレスレットが目当てだったのだ。
「どうする?」
試す様に、咲夜が緋真に問い掛ける。
対する緋真はーーーー。
「どうか、助けてくれ」
ブレスレットを必死に抱きかかえ、咲夜に懇願した。
「こいつらだけはどうか勘弁してくれ」
たとえ、人々に厄災をもたらす存在なんだとしても、緋真にとっては……。
「誰よりもかけがえのない、家族なんだ」
泣きそうな声で、緋真は告げる。
「いいわよ」
「え?」
「だから、いいって言ってるの」
咲夜はあっけからんと答える。
「そもそも、月長君は『災禍』の影響を受けている様子がないもの」
「え?」
確かに、緋真は悪意に心が蝕まれている様子などない。
でも……。
「これはその……『欠片』ってやつなんだろ?なんで俺だけ……」
「それは……」
咲夜は考える素振りを見せる。
「まぁ、これから調べるとして」
咲夜でもわからないらしい。
「とりあえず、表に出ましょうか」
そう言って咲夜は出て行く。
緋真もそれについて行く。
「あっ」
表通りには人がいた。
同じ学校の生徒達も。
「こんにちは〜」
咲夜はとてもいい笑顔でハキハキと生徒達に挨拶をした。
「猫被りかよ」
緋真はポツリと呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学校の近くの公園で、2人は、というよりも咲夜がコンビニで買ったおにぎりをムシャムシャと頬張っていて、それを緋真は眺めていた。
「元々、学校の人間はマークしてたのよ」
咲夜は緋真に語る。
「『欠片』は世界中に散らばった。だから、学校の人間が持っていても不思議はないもの」
そして、ここからが重要な話だ。
「問題なのは、欠片の反応が4つあったこと」
「4つも⁉︎」
緋真は驚く。
つまり、緋真以外に3人、『欠片持ち』が学校にいるということだ。
人に狂気を振りまく『欠片』。
その影響で人格が歪んでしまった人が少なくとも3人いる。
緋真はぞくりと体を震わせる。
「まぁ、その3つは君のなんだけど」
「え?あっ」
緋真は気付く。
緋真のブレスレットそのものではなく、宝石が『欠片』。
つまり、緋真はそんな危ないものを3つも持ち歩いていたのだ。
「全然気付かなかった……」
緋真にとっては家族をもたらした大切な品だ。
だから、そんな危険なものだなんてこれっぽっちも考えなかった。
「というか、なんでそんなことを神宮がやってるんだ?」
緋真はふと頭に浮かんだ疑問を尋ねる。
「言ったじゃない。家業なのよ」
「いや、そうじゃなくて」
緋真は咲夜の言葉を否定し、続ける。
「なんで家がそんな家業をしてるんだ?」
『災禍』なんて化け物を、緋真は生まれてから1度も聞いたことがなかった。
それを倒す家業なんて相当特殊なものだろう。
「それは簡単な話よ」
咲夜が淡々と語る。
「『災禍』を討ち倒したのは私のご先祖様なの」
昔、一度『災禍』は倒された。
しかし、『欠片』となって世界中に散らばり、更なる厄災を振り撒いている。
「そんな風になっちゃったのに責任を感じて、うちのご先祖様は代々『欠片』の討伐を生業にしてるってワケ」
「じゃあ髪の色が変わるのは……」
「アレは一族に伝わる力。あの状態になると、身体能力が上がって、『災禍』に対抗する力が得られるの」
緋真の肩から悪意を祓ったのも、その先祖代々の力のお陰だ。
「その力も、伝承によれば、『災禍』を倒す時に得た力らしいわ」
咲夜は淡々と語る。
「つまり、私はあと1人、凶悪な『欠片持ち』を倒さなきゃいけないの」
ゴクリ。
緋真の喉が鳴る。
「ところで」
咲夜は緋真に尋ねる。
「アレは、貴方のオトモダチかしら?」
見ると、公園にフードを被った怪しい人物が立っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
瞬間、ぐにゃりと足場が歪む。
「「!!!」」
すかさず咲夜は空中に飛び、髪を白く変色させる。
咲夜はフードの人物目掛けて刃を走らせる。
「ハァッ!!!!!」
ガギィッ!
しかし、咲夜の刃は、フードの人物の目の前で何かに弾かれる。
「何ッ⁉︎」
咲夜は後ろに飛び下がる。
しかし、ズブズブと地面に沈んで行く。
「これが……貴方能力……」
『欠片』は周囲の人間のイメージを吸い、超常的な現象を引き起こす。
だから『欠片持ち』は、イメージに合った能力を1人1つ持っている。
『欠片』がイメージから複数の現象を起こすことはない。
フードの人物は、地面を柔らかくし、咲夜の攻撃を見えない何かでガードした。
咲夜は、それがフードの人物の能力だろうと考える。
「……サナに」
くぐもった、男か女かわからない声が響く。
「サナに近付くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
フードの下からドス黒い手の様な何かが何本も伸びる。
「何ッ⁉︎」
咲夜は戸惑う。
『欠片』の能力は1つにつき1つ。
これはその範疇を超えている。
咲夜は手を避けようと足に力を入れるが、下はぬかるんでいて力が入れにくい。
しかし、それでも飛ぼうとした瞬間。
ガチィッ!
咲夜の体が急に動かなくなる。
(何ッ……これッ……⁉︎)
もう何でもありだった。
地面を軟化し、攻撃を弾き、黒い手を伸ばし、そもそも動きさえ封じ込める。
こんなものは能力とは呼べない。
ただの子供の思い描いた空想だ。
咲夜が黒い手に締め付けられる。
「ぐッ…………!」
息が苦しい。
下手をすれば、このまま絞め殺される。
「サナは私のモノよ」
フードの人物が咲夜に声を掛ける。
「サナは渡さないサナは渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さな渡さない渡さない渡さない渡さないい渡さない渡さない渡さない渡さ渡さない渡さない渡さない渡さないない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡渡さない渡さない渡さない渡さないさない渡さない!!!!!」
咲夜は確かに聞いた。
サナという言葉を。
「うッ……ぐッ……」
咲夜は何とか拘束を解こうとする。
ーーーー!
ーーーーーーーー!
『………………宮!』
「神宮!」
ハッと目を覚ますと、そこには、意識をなくしていたらしい咲夜と、それを抱きかかえる緋真がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
咲夜はどうやら、いきなり倒れたらしい。
緋真の話によると、話の最中にぴたりと動かなくなったそうだ。
「びっくりしたぞ。何が起きたかと思った」
緋真がホッと胸を撫で下ろす。
「どうやら、敵に襲われてたみたいなの」
「敵……って、例の『欠片持ち』ってやつか?」
緋真は少し力む。
「確か……『サナは渡さない』とか言ってたわ。誰のことかしら」
「……え?」
緋真は自分の頭から血が引くのを感じた。
だって、その呼び方は……。