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PandoraBox  作者: 恋熊
第3章 信念を裏切る友愛《ユウアイ》
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1話 少女のしがらみ

 


「セイハァッ!」


 そんな掛け声と共に、咲夜は目の前の獣を両断する。

 まるでゴリラの様に胸筋と腕が発達した紫色の流体。

 月長緋真と神宮咲夜はそんな化け物数体と相対していた。


「ゥォオオオオオオオオオオッッッ‼︎」


 獣が自身の胸を叩く。

 その胸を叩く音と獣の咆哮が混ざり合い周囲に響く。

 まるで地震でも起きているのではないかと思われるほどの振動が緋真と咲夜を襲う。


「ぅぐっ!」


 振動によって身動きが取れない緋真に獣が襲いかかる。


「蜜柑!」

「わーってるって!」


 名前を呼ばれた栗色の髪をお下げに結んだ小さな女の子は、緋真と獣の間に入り、獣の拳に無理矢理自分の拳を当てる。


「うおりゃあッ!!!!」


 たったそれだけの動作で、獣の腕は吹き飛び霧散する。


「ギィィイイイイァァアアアア」


 獣の悲痛な叫びがこだまする。


「翠華!」

「承りました!」


 黒い長髪の女の子が緋真の言葉に従い手をかざす。

 次の瞬間辺りは氷で包まれる。

 辺りにいた全ての獣も、地面も、あらゆるものが凍っていた。


「止めだ!柚子!」

「……あいあいさ〜」


 2人の会話を合図にした様に、電気が走る。

 まるで獣を蹂躙する様に、獣を狩る様に。

 膨大な量の雷が獣を襲う。


「ァァァァァァアアアアアアアアッッッッ!」


 そうして、全ての獣が一掃された。


「一丁上がり!」

「お前何もしてねぇだろうがッ」

「いでっ」


 格好つける緋真に、蜜柑が膝の裏を蹴りツッコミを入れる。


「さて、今日はこんなものかしら」


 そんな緋真達のやり取りを見て咲夜は呟いた。


  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翠華の事件以降も、緋真達は世間で噂されている怪事件をいくつも追った。

 時には噂話を調査し、時には悩んでいる人から依頼を受けて、という形で。


 中には、というより、緋真達が調査した事件の半分以上は『災禍』とは関係のないものだった。

『災禍』。世に厄災をもたらし、人の心を黒く染める異形の存在。


 それが一体何なのかはわかっていないが、放っておけば確実に良くないことが起きる。


 そのため、神宮咲夜と月長緋真、倉石詩埜は『災禍』が原因で起きている怪事件を調査していた。


「(おかしい……)」


 そんな事件を通して、咲夜はある疑問を抱いていた。


「(今までに比べて、多過ぎる)」


 そう、咲夜が生まれ育ったこの地域。

 この地域での現在の『災禍』の事件の件数だけ、他の地域、他の時系列に比べ、頻度が多過ぎるのだ。

 緋真が関わった2つの事件の様な人が関わった事件も、『欠片』から獣が発生する、人が関わらない事件も。

 これは何かがある。そう、咲夜の直感が言っている。だが今はーーーー。

 神宮の敷地の最奥。

『神殿』と呼ばれる建物の扉を叩く。


「入れ」


 そう、短い声を聞くと、咲夜は慎重に扉を開く。

 ほんの少しでも粗相があってはいけない。

 咲夜は扉を開けてすぐ、その場に跪いた。


「神宮咲夜、ここに参上仕りました」


 声が震える。

 極度の緊張か。


「顔を上げよ」


 そう言われてやっと顔を上げる。

 12畳ほどの何もない和室。

 その最奥に彼女はいた。

 咲夜に似た顔立ちをしているが、顔つきも体つきも咲夜よりも一回りもふた回りも幼く、歳は12歳程度に見える。だが、その少女の無表情と立ち居振る舞いは何十年も生きてきた者のそれだった。

 圧倒な存在感を放つ白髪赤眼の少女。

 世に災厄をもたらした存在、『災禍』。

 それは一度この世界から消滅している。

『浄化の欠片』と呼ばれる『災禍』の中に含まれていた唯一の救いと、『災禍』に立ち向かった者達のお陰で。


 神宮家はその『災禍』を打ち倒した者の末裔であり、目の前の少女こそがその神宮家をまとめ上げる家長。


『神子』、神宮飾じんぐうかざり

 実際の年齢は千を超えるが、どれだけの年月を経ようと決して朽ちることのない、いわゆる不老というものだ。


「用件は何じゃ」


 飾は咲夜に問う。

 そう、咲夜は今回、呼ばれたから来た訳ではない。

 命令が全ての神宮家にとって、呼ばれたから参上する、というのは当たり前の行為だ。

 しかし、その逆、呼ばれてもいないのに行く、ということは皆無だ。

 それなのに咲夜は飾の元を訪れた。

 それだけのことが起きたということだ。

 それが、咲夜の身に、なのか、世界に、なのかは、咲夜には測りかねるが。


「実は、気付いたことが幾つかあるのです」

「気付いたこと、だと・・・?」


 飾の顔が少し歪む。

 それを構わずに咲夜は話す。

 自分が気付いた疑問を。

『災禍』が滅び、世界に散ったその『欠片』。

『災禍の欠片』の形状に不規則性があること。

『欠片』の事件の発生頻度が、この地域だけ異様に高いこと。自分が抱いた危機感、違和感を、咲夜は飾に余すことなく伝えた。


「以上です」

「………………」



 咲夜が話すことはもう無い。

 あとは飾に判断を任せるだけだ。

 咲夜は飾の判断に従うだけでいい。

 しかし、飾の言葉は咲夜の予想だにしないことだった。


「咲夜よ。好きな男の子(おのこ)でも出来たか」

「……はえ?」


 いきなりのことに顔が崩れる咲夜。


「なっ!ななななにゃにゃにをっ!おっしゃっているにょじぇすかっ!すっ!すすすすすき、な、なんて……」


 真っ赤になって狼狽する咲夜。


「それとも、友人でも出来たか」


 飾の、あまりにも冷たい口調に、咲夜は先程の狼狽が嘘かのように背筋を凍らせる。

 思い出した。思い出してしまった。

 自分が置かれている立場というものを。

 目の前の『神宮飾』という存在を。


「咲夜。肝に銘じておけ」

「…………はい」

「貴様は『駒』だ」

「…………はい」

「貴様は『道具』だ」

「…………はい」

「『神宮』とは『災禍』を滅するシステムだ」

「…………はい」

「『神宮』に正義はいらない」

「…………はい」

「『神宮』に愛はいらない」

「…………はい」

「『神宮』に心はいらない」

「…………心得ております」

「なら良い。下がれ」

「…………はい」



 こうして、咲夜は自分の考えを飾に伝えられずに『神殿』を後にした。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おいッ!」


 咲夜が『神殿』から自室に戻る途中、不躾な野太い声が聞こえてきた。

 振り返るとそこにいたのは予想通りの人物だった。


「はぁ…………」


 咲夜は思わずため息を吐く。

 袴の上を脱ぎタンクトップだけを来た青年。

 タンクトップに浮き出るほどの筋骨隆々な肉体はただ筋肉がついているというだけではなく引き締まっており、相当鍛えていることが想像できる。

 顔立ちも体の厳つさに似て、整ってはいるものの威圧感を感じさせる。

 髪は短めの黒髪を乱雑に後ろに流している。

 彼は神代剛鬼かみしろごうき

 神宮の分家筋の人間だ。


 神宮家は古くから存在し、外の血も多く取り入れている。そのため、異なる性の分家が多数存在する。

 神代はその1つなのだ。


「何よ筋肉達磨」

「誰が筋肉達磨だ!」

「あなた以外に誰がいるって言うのよ。筋肉好き過ぎて鏡の前で3時間ポーズ取ってるあなたに」

「そんなに取ってねえよ!」

「でも私が見て気持ち悪すぎてその場から離れた3時間後にまた見たらまだポーズ取ってたわよ?」

「それは3時間後にまたポーズ取ってただけだ!というか気持ち悪いとは何だ!」

「何よ!」



 …………ちなみにだが、2人は大層仲が悪い。

 大分話が脱線してしまったところで、剛鬼がごほんと一回咳払いをする。


「テメェ、神子様に何の用だったんだ」

「…………あなたには関係ないでしょう」

「分家だとしても、同じ神宮の人間だ。テメェがしでかした失態は己レ(おれ)達にも響く。ガキに勝手されちゃタマンねぇんだよ」

「誰がガキよ!私はね、あなたなんかよりも十分しっかり考えて生きているわよ!」

「それがガキだっつうんだよッ!己レ達はただ言われたことやってればいいんだよ!それが賢い大人の判断だ!テメェの判断で勝手すんのはガキのやるこった!」

「何ですって!」

「二人共、そこまで」


 突如、大人びた声が二人のやり取りに割り込んできた。


「テメェ…………」

宗兄そうにい…………」


 二人の間に割り込んだ彼は、咲夜や剛鬼と同じ様に神宮の者である証の袴を着ていた。

 剛鬼と同じくらいの身長だが、剛鬼よりも体の線は細い。

 だが、脱げば引き締まった肉体美がそこにあることを咲夜は知っている。

 顔立ちは知的で、四角い縁のメガネをかけている。

 髪はきっちりと整っていて清潔感がある。


 彼は御影宗近みかげむねちか

 剛鬼と同じく神宮の分家筋で、神宮の人間としての性能は誰よりも高い。

 何でもこなす才能の塊といった人間で、咲夜は彼を尊敬し、「宗兄」と愛称で呼んでいる。


「おい咲夜!なんでコイツが兄呼ばわりで俺は筋肉達磨なんだッ!もっと年上を敬いやがれ!」

「あなたなんか筋肉達磨で十分よ肉塊」

「ッテメェ!」

「だから二人共落ち着け!」


 ちなみに、剛鬼と宗近は同い年で、咲夜の1つ上だ。


「咲夜、悪いが剛鬼の言う通りだ」

「ッ」

「お前はまだ若い。だから、もっと自分で考え、自分のやりたいことをやってほしいと俺も思っている」

「…………」

「しかし俺達は『神宮』の人間だ。『神宮』の名前の上での行動には世界の命運がかかっている。神宮の人間として行動するなら私情を挟んでいいことじゃないんだ」

「…………」


 宗近だけには言われたくなかった。宗近は誰よりも『神宮』として優秀で、誰よりも自分に親身に接してくれていた。

 そんな宗近に否定されることは、咲夜にとって心臓をもがれることにも等しい。


「……の」

「宗兄のバカッ!」

「咲夜!」



 咲夜はどうしようもなくなってその場を逃げ出してしまった。



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