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PandoraBox  作者: 恋熊
第2章 親愛を捻る狂喜《キョウキ》
11/68

2話 家族のために

 



 屋上にて。


「それで?これはどういう事なの?」


 そう切り出したのは、呼ばれた緋真ではなかった。

 そう切り出したのは、何故か、呼び出した本人である咲夜の方だった。


 咲夜には想定外があった。

 咲夜が呼び出したのは緋真1人だけ。

 なのにそこには、柚子達3人を除けば、呼び出した本人も含め合計3人の人間がいた。


「どうして倉石さんまで付いて来てるの?」


 邪魔者を見るような目で見ている訳ではない。むしろ、咲夜はバツが悪そうに詩埜と顔を合わせない。


「だ、だって!サナと2人っきりとか!間違いが起きたらどうするのよ!」

「ないわよそんなこと……」

 あまりの即答に緋真涙目。

「……大丈夫、私がいつも側にいるから。……誰にも、2人きりになんてさせない」

「それはそれで大丈夫じゃない!」


 柚子のそんな言葉に詩埜は慌てふためく。


「それで、何の用なんだよ」

「それは……」


 咲夜は詩埜の方を見る。


「大丈夫よ。『災禍』に関係する話なんでしょ?なら、私も無関係じゃないもん」


 咲夜はその言葉を受けて一考する。


「……それもそうね」


 仕方ないといった様子で咲夜は要件を切り出す。


「月長くん。実は、あなたに協力して欲しいの」

「協力?」


 以前も同じ様な事があった。

 詩埜の事件の時のことだ。

 咲夜は詩埜が『欠片』を所持しているかどうかを確認するために緋真に協力を頼んだ。

 緋真は嫌な予感がした。


「もしかして……また、俺の周りで……」


 例えば常陸。彼女に『欠片』持ちの容疑がかけられているのだろうか。それとも別の誰かだろうか。


「は?」

「え?」


 咲夜の素っ頓狂な声に緋真は思わず疑問符を浮かべざるを得ない。

 しばらくの間沈黙が流れる。

 沈黙を破ったのは咲夜の方だ。


「あ〜……なるほどなるほど、そういうことね」

「え?」

「安心しなさい。別に、あなたの周りに『欠片』を持ってる人がいるって話じゃないから」


 ケラケラと咲夜が笑うのを見て詩埜が若干引いている。


「……神宮さんってこんな人だっけ……?」

「ん?こんなもんだろ?」


 咲夜は周りからの評価が本人そのものに対して高いため、咲夜の素を知らない詩埜と知ってる緋真とではリアクションが違う。


「それで、じゃあなんで俺なんだ?他にもあてはあるんじゃないのか?」

「月長くん……。私が、君の『欠片』について前に言い淀んだ時のこと、覚えてる?」

「あぁ、そういえば」


 以前、何故自分は悪意を受けないのか、緋真が尋ねた時。

 咲夜は後で調べると言った。


「後で調べる、というより、確かめる、の方が正しいかしら。だってこれは……確証のないお伽話みたいなものなんだから」

「「お伽話?」」


 緋真と詩埜の声がかぶさる。


「前に話した、『災禍』の話は覚えてる?」

「当たり前だろ。俺も無関係じゃないんだから」



『災禍』は人々に厄災を振りまいた。

 絶望と、痛みと、死と、悲しみと、怒りと、狂気を。この世の負の面全てを振りまいた。

 そして、人々が諦めかけていた時、人々を立ち上がらせ、『災禍』を倒した人物がいた。

 それが咲夜の祖先だ。


「確か、こんな感じの話だろ?」

「そうね。じゃあ人々はどうやって『災禍』を倒したの?」

「え?」

「『災禍』はあなたたちの持ってる『欠片』の大元。つまりあなたたち以上に異常な現象を起こし、以前月長くんも見た獣達異常に人の感情を狂わせる。そんな化け物を、ただの人がどうして倒せるの?」



 それは確かに言う通りだ。

 そんな化け物を何の力も持たない人が倒せるはずもない。

 しかし、そうなのだろうか?


「お前の一族の力は、確か、『災禍』を倒した人のものだろ?だったら、ただの人が倒したって言えないんじゃないか?」


 そう、ただの人でなければ倒せるはずだ。

 そして、今までの話を総合すると、咲夜の力は、その祖先から受け継いできたものだ。

 だから、祖先は『災禍』との戦いでもその正反対と言える異能の力を使ったのだろう。


「いいえ、違うわ」


 しかし、その予想を咲夜は打ち砕く。


「その祖先以前の祖先がこの力を持っていたという記述はどの書物にも載っていなかったわ。つまり、この能力は、『災禍』の影響を受けて発現されたものなのよ」

「だったら……おかしいだろ?」


 どうやって『災禍』を倒したのか。

 そして、祖先が得た力がなぜ『災禍』そのものの力でなかったのか。

『災禍』を倒すことによって、影響を受けて能力を得た。で、あるならば。

 その力は『災禍と全く同じ』でなければおかしい。


「神宮がその力を勝手に『災禍』と別物って思ってる可能性もあるけど、だったら、神宮も正気を失ってなきゃおかしいだろ」

「何気に酷いこと言うわね」


 咲夜は苦笑いするしかない。

 しかし緋真の指摘は正しい。

 咲夜は見ての通り、狂気に取り込まれている様子はない。

 それなら、『災禍と別物』という言葉にも納得がいく。だが、『災禍』の影響を受けたのなら、『災禍と別物』というのはありえない話だ。


「パンドラの匣って知ってる?」


 唐突に、咲夜が語り出す。


「開けてはいけない厄災の匣。『災禍』はまさにこれと同じものよ。まぁ、『災禍』の場合は開ける前から厄災を振りまいていたけど」

「「?」」


 いきなり言われた言葉に緋真も詩埜も疑問を抱かざるを得ない。

 パンドラの匣と『災禍』と同じと言うのなら、『災禍』こそ、匣から出てしまった厄災そのものなのではないか。


「パンドラの匣は、開けてしまったが最後。ありとあらゆる厄災を世界中にばらまく。『災禍』は……倒してしまったが最後。世界中に『災禍の欠片』がばらまかれ、『欠片』の厄災が人々を傷付ける」

「「⁉︎」」


 開けてはいけないパンドラの匣。

 それに対して、倒してはいけない『災禍』。

 知らなかったとはいえ、『災禍』を倒してしまったことにより、『災禍の欠片』が散らばってしまった。

 これは、『災禍』そのものが与えた脅威に比べ、どれほどのものなのだろう。

 もしかしたら、『災禍』そのものよりもずっとひどい被害を及ぼしているのだろうか。


「でも、パンドラの匣には散らばった厄災がなくなった後で、その底に希望があった」


 咲夜は淡々と語る。


「あれ?さっき、パンドラの匣と『災禍』は同じものって言わなかったか?」


 緋真が気付く。


「そう、まさに『同じ』。災禍には唯一、負の力ではない、正の力、希望の力を持った欠片があるらしいのよ。神宮の家はその欠片を『浄化の欠片』と呼んでいるわ」


『災禍』は厄災の塊。

 しかし、その厄災の権化にも希望はあった。

 恵みは、喜びは、愛は、理性はあった。

 それが『浄化の欠片』。


「私の祖先は、その『災禍』の中にあった『浄化の欠片』の力を利用して、『災禍』を討ち滅ぼしたのよ。だからこそ、『浄化の欠片』の影響を受けた」


 それがことの真相。『災禍』には唯一の弱点と言っていい希望の力があった。

 その弱点を利用したからこそ、何の力を持たない人が『災禍』を倒すことができた。

 そして、その弱点の影響を受けたからこそ咲夜の祖先は『災禍』と正反対である『浄化の欠片』の力を手に入れた。


「ん?待てよ?」


 緋真に疑問が生まれた。


「それと俺の協力に何の関係があるんだ?」

「え?」


 詩埜は驚きの声を上げた。


「分かるのか?詩埜」

「いやぁ〜……今の流れだと、1つしかないでしょ〜」

「倉石さんの言う通り……というより、私はそう睨んでるって感じかしら」

「???」


 話が見えない。

 それが緋真の感想だった。

 その反応を見かねて、詩埜がヒントを出す。


「サナ、確か、『災禍の欠片』は持ち主の心を負の方面に狂わせるのよね?そして、その持ち主に人智を超えた力を与える」


 詩埜は覚えている限りの緋真に教えられた情報を述べる。


「その通りだ」

「それで、サナの『欠片』は、持ってても不思議な力は使えるけど、人格が変わったりしてないんだよね?」

「あぁ、そうだけ、ど……」


 そこで気付く。

 咲夜は、話の前振りとして、緋真の『欠片』が何かしら“特別なもの”である様な話し方をしていた。

 そして、先ほどまで話していた『特別』といえば。


「つまり、俺の持っている『欠片』が……『浄化の欠片』……?」

「まだ可能性がある、って段階だし、今までそんなものの痕跡さえ見つけられなかったことからまゆつば物のホラ話って見解が多いんだけどね」

「つまり神宮さんは、『浄化の欠片』を持つ緋真に協力をしてほしいってことなのよね?」

「そういうこと」


 ここでようやく話の本題に辿り着いた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!俺は『欠片』を3つも持っているんだぞ?『浄化の欠片』って、そんな何個もある様なものなのか?」

「それは違うわ。そもそも、3つも持ってて、心が壊れてない方がおかしいわ。『欠片』の影響は1つだけでも人格を壊すんだから」


 詩埜を例として挙げる。彼女は元々優しい性格だった。

 しかし『欠片』の影響で周りを大切にしなくなり、ついには好きな相手である緋真にさえ酷いことをした。そんな影響を与えてしまうものが3つも揃ってしまえば、持ち主にどれほどの影響を及ぼすのであろうか。


「そのうち1つが『浄化の欠片』なら、残り2つの『欠片』の邪気を祓ったって考えるのが妥当じゃないかしら」


 残り2つの『欠片』が通常の『欠片』であっても、『浄化の欠片』は最後の希望と呼ばれるほどの力だ。他の『欠片』の負の力、邪気だけを取り除くことならば簡単にできるだろう。


「それで、どうするの?」


 咲夜は緋真に向けて手を出す。


「協力してくれるのかしら」


 緋真は考える。

 ここで思い出すのは詩埜、そして伊吹のことだ。

『災禍』の力は、ただの親友だった3人の関係をいとも簡単に壊してしまった。

 とても大切な絆だったのに、とても大事な友達だったのに。


「ーーーーーーーー」


 そんな不幸を、他の誰かも被っているのかもしれない。家族を亡くしたかもしれない。友達を失ったかもしれない。


 緋真には、そんな悲惨な目に遭っている人を見て見ぬフリなんて、そんな非道なことはできない。


「分かった」


 緋真の言葉には決意があった。


「俺の方から頼む。協力させてくれ」


 絶対に、自分の様な人は出さない。

 そう、固く誓う。


「じゃあじゃあ、私も協力する!」

「は?」

「え?」


 そんな緊張感あるやり取りをぶち壊したのは大きく手を挙げ元気発剌な詩埜だった。


「なんでお前がそんなやる気なんだよ」

「だって、サナばっかり危険な目に合わせるのは嫌なんだもん」

「そもそもあなたは部外者でしょう?あなたこそ、危険な目に合わせられないわ」

「わ、私だって『欠片』持ってるし!」

「私が封印したから何の力も無いでしょう?」


 詩埜の持っていた『欠片』は内臓だったため、壊す訳にはいかなかった。

 そのため、咲夜は詩埜の『欠片』の力のみを封じ込めた。

 だから今の詩埜はただの人間なのだ。


「だ、だったら、聞き込みでも雑用でも何でもするから!」


 詩埜は必死に追いすがる。


「どうしてそこまでするの?あなたも危険な目に遭うかもしれないのよ?」


 咲夜が問うと、詩埜は黙ってうつむいた。

 しばらくして口を開けた。


「私、今までみんなに迷惑かけちゃったもん。ひどい思い、沢山させちゃったもん」


 詩埜は『欠片』を手にしてから緋真の事しか目に入らなかった。

 そのせいで、普通ならしない様なことを沢山した。周りの人間を傷付けた。


「こんなことで罪滅ぼしなんてできるわけない。私は一生背負っていかなきゃいけない。でも、何かせずにはいられないの」


 そこには強い意志があった。

 ただ緋真のために、ただ自分のした事の責任のために。そんな軽い理由ではない。自分なりに考えて、どうなるか分かった上での決断だ。

 その決断を、咲夜は断る事ができなかった。


「……わかったわ。あなたにも手伝ってもらいましょう」


 詩埜の顔が一気に明るくなる。


「ありがとー!くーやん!」


 詩埜が咲夜に抱きつく。


「きゃあっ!いきなり何を……っていうかくーやん⁉︎何その呼び方⁉︎」

「良かったな。詩埜は気を許した相手にしかニックネームつけないんだ」

「そんなにありがたくないんだけど!くーやんってちょっとやだ!」

「ひっどーい!これからみんなで頑張るんだから、別にいいでしょ?くーやん」

「嫌よそんなあだ名!というか、いい加減離れなさーいッ!」


 咲夜の叫びが屋上に轟いた。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日の夜、緋真が寝静まった頃。


 玄関の前に柚子はいた。

 ただ扉の前で微動だにせずただひたすら扉を凝視している。普段は緋真の事しか考えない彼女だが、そんな彼女の様子だけでも異常な事態だと分かる。

 やがて扉は開いた。


 玄関から入ってきたのは蜜柑だった。

 いつもはどんな時でも元気が有り余った様子で楽しそうにしている彼女だが、今はそんな様子は一切なく、神妙な面持ちで眉間に皺を寄せていた。


「……どう、だった?」


 蜜柑の様子を見れば分かるはずだが、柚子はあえて聞いた。聞かなければならない。

 これは緋真のためでもあるのだから。

 蜜柑は首を振る。


「今日も……間に合わなかった。この前も、アタシらの拘束振り切られたし。ったく、なんでこうなる前に相談してくんなかったんだあのバカ野郎は!」


 思わず力の込もってしまった蜜柑の言葉が家中に響く。


「……蜜柑、これは緋真には知られてはいけない」

「わ、わかってるよ。これはアタシらの問題だ。緋真を巻き込む訳にはいかない」


 コクリ、と柚子は同意する様に頷く。


「アタシらの手で、アイツを『災禍』の呪いから解放してやるんだ」




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 今日は久しぶりのデートだ。

 恋人とはいつも家で会うけれど、“デート”で会うというのは特別なものを感じる。

 という事で俺は街でも有名な待ち合わせスポットである時計台で待ち合わせ時間の1時間前から恋人を待っている。

 ……早く来過ぎた。


「いや、でも遅く来て彼女を待たせる訳にもいかないし、せっかくのデートなんだから思いっきり楽しめる様に早く来るっていうのも悪くないと思うし、この時間の内にデートの具体的なプランの直しもできるだろうし」


 誰に言ってるかもわからない言い訳が口からどんどん出てくる。


「ふふっ。わたくしの為にそこまで考えてくださって、ありがとうございます」

「わぁっ!」


 声を掛けられ後ろを向くと、そこには俺の待ち人であり、恋人である翠華が幸せそうな笑顔でこちらを見つめていた。

 どうやら聞かれていたらしい。

 ……恥ずかしい。


「早かったな、翠華。どうかしたのか?」


 まだ待ち合わせの時間まで50分近くはある。

 同じ家に住んではいるが、翠華の方が支度に時間がかかるだろうと思い、自宅から2人で出かけるのではなく待ち合わせにしたのだ。

 いや、待ち合わせをして恋人っぽさを出したいと思ったのは間違いないんだけど。


「えっと……」


 翠華は恥ずかしそうにそっぽを向く。


「だ、旦那様とのデートが楽しみ過ぎて……思わず早く着いてしまった、というのは……いけないことでございましょうか…………?」

「翠華……」


 どうやら同じ気持ちでいてくれたらしい。

 好きだという気持ちが心の底から溢れ出してくる。


「じゃ、じゃあ、行こうか」


 俺は翠華に手を差し出す。


「はいっ」


 翠華も俺の手を取ってくれる。

 翠華と恋人繋ぎができるという事がとても嬉しく感じた。

 俺は幸せ者だ。


 こうして、俺達のデートは始まった。

 まずは映画館。


「何を見ますか?」

「そうだなぁ……」


 俺は悩んでしまう。アクションか、恋愛か、サスペンスか……。

 どんな内容の映画を見るかで2人のデートの雰囲気も変わってしまう。


「翠華はどれが見たい?」

わたくしは旦那様となら、どんな映画でも楽しめます」

「そう言われるとなぁ」

「旦那様はわたくしの為にいつも真剣でいらっしゃってくださいます。ですから、わたくしはどんな時でも幸せです」

「翠華……」


 俺は幸せ者だ。

 翠華はこんなにも俺のことをこんなにも思ってくれる。

 だからこそ俺は翠華を幸せにしたい。

 翠華と2人で楽しみたい。

 2人で映画を見て、翠華の笑顔が見てみたい。

 だからこそ俺は悩んでしまう。


「う〜む……」

「あの……、映画、始まってしまいますよ?」


 結局俺と翠華は慌てて映画を決めて見た。

 くじで決めた映画だったけれど、俺も翠華もかなり楽しめた。


「すーっごく!面白かったですね!」


 そして俺達は映画館を後にして喫茶店で映画について語り合うことにした。


「あぁ、恋愛モノであんなに楽しめるとは思わなかったよ」

「主人公とヒロインの2人が互いを想いながらもすれ違うもどかしさ!2人の前に立ちはだかるいくつもの障害!そんな状況でも諦めない2人!もうキュンキュンしまくりでございますよ!」


 幸せそうに語る翠華はメチャクチャ可愛い。抱きしめたいくらいだ。


「恋愛モノそんなに好きだったのか?」

「む?意外でございますか?」


 翠華が少し拗ねた様に眉を寄せる。


わたくしだって、れっきとした恋する乙女なんでございますよ?その反応は失礼でございます!」

「ごめんごめん」


 俺は思わず頬が緩んでしまう。

 翠華は怒っているが、それすら愛しく思えてしまう。


「本当にすまないと思っているのであれば、お詫びを要求するのでございます」

「お詫び?」


 すると突然翠華は頬を赤く染め、モジモジとし始めるが、やがて覚悟を決めたかの様にこちらに顔を突き出してくる。


「えっ?」


 見ると、翠華は少し口を開けている。


「あ、あーん……」


 その言葉で気付いた。俺と翠華は先ほどケーキセットを注文した。

 つまり翠華は、俺に食べさせて欲しいのだ。

 そういった恋人らしい事は結構勇気がいるが、俺も覚悟を決めた。

 俺は自分が口を付けたケーキを俺のスプーンですくう。


「はい、あーん……」


 そしてそれを、翠華の口に……。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「はぁ……」


 思わずため息が出てしまった。

 しかしそれも仕方のないことだろう。


 翠華と恋人同士であり、恋人らしいやり取りをする夢。これで何回目になるのだろうか。


(あの夢を見始めてからもう1週間近くになるのか……)


 緋真はあれから毎日翠華の夢を見ている。

 しかも、全てが実際の翠華と似ても似つかなく、緋真の後ろを三歩下がってついてくる様な従順な大和撫子といった様子で、そんな翠華とイチャイチャする夢なのだ。


(欲求不満にも程があるだろ。一体俺は何を求めてるんだ……)


 最近の緋真はどんなところでもそんな悩みを抱えていた。


「どうかしたの?サナ」


 例えば親友との登校中であっても。


「あぁ、いや。最近ちょっと寝るのが不安なんだよ」


 これは嘘ではない。

 今度はどんな恥ずかしい自分を見る羽目になるのかと毎夜毎夜うなされるくらいだ。


「何か怖い夢でも見てるの?なんなら私が添い寝してあげよっか?」


 詩埜がとんでもない提案をしてくる。


「……緋真との添い寝なら、もう間に合ってる」


 柚子がとんでもない発言をしてくる。


「なんですって!サナ!ちょっと小一時間くらい尋も……聞かせてくれないかしら!」

「ちょっと待て今恐ろしい台詞を口走らなかったか⁉︎」

「というか、僕には柚子ちゃん?達の声が聞こえないんだから、僕のことも考えてくれると嬉しいな」


 その言葉の通り、伊吹には話の節々がわからないはずだが、まるでなんでも知っているかの様な笑みを浮かべているのは気のせいだろうか。


「とりあえずこの話は終わりだ。別の話をしようぜ」


 緋真は強引に話を打ち切る。


「……今日こっそりサナの家に忍び込もうかしら」


 ボソリと詩埜が恐ろしいことを呟く。


「そういえば、最近この辺で不思議な事件が相次いでるよね」

「あぁ、凍死体の話だろ?」


 全国放送のニュースにはまだ載っていないが、地方新聞に載ったり、実際見た人がいるなど、緋真達の住む地域では最早一番旬の話題だ。


 まだ夏前というこの時期に、深夜に人の死体が見つかるのだ。

 被害者は性別も年齢も経歴もバラバラで、共通点と言えば、前述の通り深夜に被害に遭ったことと、体温低下による心停止、つまり凍死であるということくらいだ。なんでもただの凍死ではなく、被害者の体温はどんな場所にあっても上がる事はないらしく、いわゆる冷凍保存状態にある様だ。


「世の中不思議な事もあるものだよね。詩埜の一件といい」

「そうだな。でも、詩埜に関しては変だったのは詩埜だけで別に不思議な事は起こってなかったよな」

「何その言い方ひどくない⁉︎」


 所詮自分には関係のない事だからか人が死んでしまった事件の話で盛り上がる。

 だが緋真と詩埜に関して言えば関係ないとも言いきれなかった。

 そもそもこの話を緋真が知ったのは新聞や噂からではない。

 咲夜からだ。


 咲夜はこの事件が『欠片』によるものだと予想した。だから数日前から緋真達は調査をしている。

 とはいえ、なんの成果も上がってないが。


 事件が起こるのは深夜としかわかっていない。

 だから、咲夜、詩埜、緋真はしらみ潰しに町中を監視していた。しかし、全ての事件が、調査が終わった後、緋真達が寝てから起こってしまうのだ。


 時間を変えてみたが全て同じ結果に終わった。


(向こうはこっちの動向を知ってるのか?だったら、相手は詩埜みたいに俺達の知り合いって事に……)



 早く助けなければならない。

 この間の詩埜の事件は、詩埜の性格のせいで被害は緋真の周りのみに収まった。

 それでもあれは悲惨なものだったと緋真は感じていた。

 他人であっても助けなければいけないことに変わりはないが、自分の身内ならなおさら助けなければならない。


 身内を疑う様なことはしたくないが、そのせいで手遅れになってはいけない。

 いや、もう手遅れになっているのだ。


 捜さなければならない。

 周りにいる誰かわからない『欠片』持ちを。


 しかし、誰が『欠片』を持っているか見当もつかない。伊吹、常陸、クラスの皆、教師。

 この中に緋真達が『欠片』を封印、消滅させている事を知っている人物はいない。この事は秘密にしているのだから。


 詩埜の『欠片』は封印されているため違う。

 もちろん緋真も違う。

『欠片』を持ってはいるが、それはおそらく『浄化の欠片』で、緋真は『欠片』の影響など受けていないのだから。



 ーーーーーーーー本当にそうだろうか?



 何かを見落としている。そんな気がした。



 しかし一体何を見落としているというのか。


 緋真にはわからない。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから数日後、ある休みの日のことだ。


 リビングに入ると、蜜柑がソファに寝転がりながらテレビを見つつお菓子を頬張っていた。



「あはははっ!あははははははっ!」


 どうやらお笑い番組でも見てるらしく、大笑いしている。

 緋真は溜息を吐く。


「間食すると体に悪いぞ」

「あ?」


 蜜柑が不機嫌な顔で緋真の方に振り返った。


「そんなのタアシの勝手だろ⁉︎アタシは好きなことやって生きるんだ!」

「大声出すなよ……」


 蜜柑の声に思わず耳を塞ぐ。


「しかし本当……蜜柑って食べるの好きだよな」


 蜜柑の事を見ていると呆れてしまう。1日10食は食べているのではないか。


「はぁ?アタシを食いしん坊みたいに言うなよ!アタシは、食って!遊んで!寝て!そーいうのが好きなんだ!」

「あぁ、そういえば……」


 緋真は蜜柑が生まれたばかりのことを思い出す。

 蜜柑は暇さえあれば人間体になって、近所の公園や河原に行って、その辺りに住んでいる子供達と混ざって野球やサッカーや鬼ごっこなど、様々なことをして遊んでいた。


「ガキ共ってすごいよな。楽しそうにバカみたいにはしゃぎ回ってさ、全然疲れねーの。そんなんだからアタシも楽しくなってさ、一緒にはしゃぎ回れるんだ」


 懐かしむ様に蜜柑は遠くを見る。


「そいつらが大きくなると遊ばなくなるんだけどさ、また新しいガキ共が遊びに来てさ」


 蜜柑は楽しそうに語る。


「お前は生まれて3年しか経ってないだろうが」

「うっせぇ」


 緋真が突っ込むと蜜柑は恥ずかしそうにそっぽを向く。


「アタシさ、思うんだ。生きるって素晴らしいことだって。人間って素晴らしいって。アタシは人間が好きだ。生きてるってことが好きなんだ」

「蜜柑……」


 緋真は蜜柑の想いを感じた。


「だから緋真、アタシのこと生んでくれてありがとうな」


 満面の笑みで感謝を伝える蜜柑を緋真は真っ直ぐ見れなかった。


「だからこそ、絶対に……」



 そのせいで、蜜柑の言葉を聞き逃した。




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