第1の証明例示と気の回らない男。
「坪井、付き合ってくれ」
充邦は頭を下げる。坪井はほんの少し思考を巡らせた後、うん、と頷いた。
ここは学内の食堂である。さらに昼時の今は、大勢の学生で賑わっていて、大混雑状態だった。
そんな中で一見すると告白劇に見えることが目の前で繰り広げられ、彼らの近くにいた学生はぎょっとした。え、ここで?誰もがそう思い、またなんの悩みもせず頷いた相手にも、え、それでいいの?と誰もが感じた。
しかし、当の本人たちは何食わぬ顔をして充邦は日替わり定食を、坪井はうどんを啜っている。
「それで、予算どこまで?」
「予算って」
いきなり金の話が始まり、周りの学生だけでなく充邦も驚いた。
「ハンカチを買うんだぞ」
「うん、ハンカチを買うんだよね?」
坪井は丼から顔を上げて充邦に微笑んだ。それを見て、学生たちはイチャつくなバカップルが、と暴言を吐きかけ、対して充邦は今までに見たことのない坪井の微笑みに尋常ならざる恐怖を覚えた。
「よーし、いくぞー」
ズルズルと勢いよくうどんを啜った坪井は盆を持ち返却口へスルスルと人ごみを抜けていった。
残った充邦は焦り顔である。
なぜか向けられる睨みつけるような視線とまだ半分近く残る定食を一気にかきこんで、もみくちゃにされながらなんとか食堂を出た。
食堂を出て待っていた坪井に、当たりをつけといたから、と言って電車に乗せられ、着いたのはセレブ御用達の豪奢な街だった。
道路脇に豪華な店が並んでいるが、平日の昼間だからか、それとも土地柄なのか、人はまばらである。
それにしても。
「いやいやいやいや」
ここに入れと言われて見上げた看板は誰もが知る高級ブランドの洋服屋だった。
尻込みする充邦を横目に、坪井は迷うことなく入っていく。何故だ。と充邦は内心ひとりごちる。諦めてついていくと、店の中は独特な匂いで満ちていた。頭がクラクラしそうだ。
「おい、こっち」
手招きされてそこへ向かえば、ショーウィンドウの中に丁寧に並べられた布が目に入った。
いや、これは。
「まさか、これはハンカチか」
「そうだけど」
さすがに、汚してしまったハンカチのお礼に渡すプレゼントといえど、こういった高級店で買ったものを渡すのは重いのではなかろうか、と充邦は思うが、坪井はさぞ当たり前の顔をしてハンカチを物色している。
「なあ坪井、さすがにこれは高すぎないか」
充邦は店員の耳に入らないようにヒソヒソと坪井の耳元で問いかけるが、坪井はむしろ充邦を怪訝な顔で見た。
「もしかして充邦、借りたハンカチちゃんと見てない?」
坪井の問いかけに充邦はまさか、と思って坪井の顔を凝視してしまった。
「充邦が借りたハンカチ、ここの店のやつなんだよ」
皆まで言うな、と充邦は思わず耳を塞ぎそうになった。そんな、まさか。
「これだから気が回らない男は嫌だよ」
坪井は心底軽蔑するような目を充邦に向けた。
充邦は自分がもしやゴキブリかなんかにでも見えるのでは、とペタペタと自分の顔を触ったくらいだ。
大丈夫、ゴキブリではなかった。
「そうだろうなとは思ってたけどね」
坪井は目をさらに細めてそう言った。
成る程、学食での予算の確認はそのことだったのか、と充邦はやっと合点が言った。その後にした怪しい笑みの理由もようやくわかった。
しかし、
「坪井、それにしてもお前よくこの店入れたな。ここ、女物の店だぞ」
そう言った充邦へ、坪井が返した返事に充邦が今世紀最大とも言える驚愕をしたことで、高級店からは追い出され、後日出直すことになってしまったのだった。
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まさか。そんな。
呆然とする充邦の頭の中では、愉快な充邦たちがせっせとこれまでの状況を整理している。
仮定:坪井は女である
証明
1坪井はショートヘアをしている。
→一般的な日本人男性はショートヘアが多い。
最近では女性のショートヘアも多いが、やはり女性はロングが好まれる。
∴根拠不十分
2坪井は言葉遣いががさつである。
→一般的な日本人男性は言葉遣いががさつであることが多い。対して、女性が言葉遣いががさつであることは好まれない。例外として、男兄弟の中で育つとがさつになりやすい。
∴根拠不十分
3坪井は中性的な顔立ちをしている。
→日本人は中性的な顔立ちをした人が多く、それは童顔などと言われる。幼少時であれば、男を女に、女を男に間違えることは多い。
∴根拠不十分
4坪井は絶壁である。
→日本人女性は平均がB〜Cカップ。しかし稀にAカップ、AAカップなどの希少種も現れる。
∴根拠不十分
ブー、ブー、と小さな充邦たちは唇を尖らせ、上げていった根拠を否定する。
充邦の中で最後に出た結論はこうだった。
∴坪井は女であるという仮定を満たさない。しかし、同様に、男であるという仮定も満たさない。
そんな、まさか。
「おい、充邦?」
坪井の呼びかけがやっと耳に入ったところで、充邦は改めて坪井を見た。
ぱっと見、どちらの性別が判断がつかない。
であれば、充邦自身が坪井を男だと思い込んでいたことも妥当だと言えるが、しかし、充邦としては確信が持てなければ結論が出せない。今後一生頭の中に靄がこびりついたまま過ごすことになってしまうだろう。
よって。
「坪井、脱いでくれ」
こうして充邦は、無表情となった坪井に殴るなり蹴るなりの暴行を受けたが、全国の婦女子を代表して言うならば、ざまあみろ、そんな一言に尽きる。
充邦「ごめんなさい」




