貧困の勉強
(とにかく、理由を聞かないと)
「その理由はこの爺‥‥」
「爺、失礼であろう。理由は自分の口でご説明する。」
彼の話を要約するとこうだ。
彼の家は名家、いわゆる帝王になるべく宿命付けされそのように育てられてきた。また、彼の溢れる才能は、その宿命さえ難なくこなしてきた。
だが、大学での生活は彼にとって不思議なことの連続であったようだ。周りの学生達の「一人暮らし」、「コンパ」、「彼女、彼氏」(もっとも岳彦氏にはメイドがいるので実際一人暮らしは不可能で、また、彼女は必要ない。)
そして、何よりも生活のためのアルバイト。
「私の神社に訪れる人たち、ホテルにいらっしゃるお客様達、私はこの人達のことを何も知らない。大学の友人達を見てそう思ったのです。」
爺が続ける。
「神社に来る人は何をお願いに来ているのか?」
メイド、いや凛々も続ける。
「何を求めて、何の目的でホテルにお泊まりになっているのか?」
(半分は快楽目的だろ‥‥)
『キッ』
メイドの鋭い視線。どうやら彼女はぼっちゃんにこういった下世話な考えは聞かせたくないらしい。
(じゃあ、お前とぼっちゃんの行為は単なる処理か)
『キッ』
(だから俺の考えを読むな!)
そして岳彦氏が、
「父や母から聞かされてきたことは彼等の常識。彼等の考えでした。友人達の考えとはかけ離れている。このままでは私は本当の常識を知ることができない。」
「それで、その常識をもっとも広く理解するためにやっと給料を貰えるような会社に就職したいと言うわけですね。」
何となく俺達の考えるミニマムエクセレンスから最も大事な『分』を無視している気もするが、最適を最小の労力で、からは逸脱していないと勝手に考えることとしよう。
「ただ、危険なお仕事は困るの!」
メイドが哀願の表情で訴えてくる。いつもそんな表情なら可愛らしいのに‥‥
「また、私どももいささか常識には自信がありません。もちろんお仕事の進め方もです。」
爺がかぶせる。
「そこで、」
「そこで?」
「真田様には常にこれを身に付けておいていただき、ぼっちゃまからに何時でも正しいお導きをお願い致します。また、お仕事が終わりましたあとは毎日復習の授業をお願い致します。」
見せられたのは補聴器型の無線機。おいおい、そうすると俺の自由はぼっちゃまの休日だけかい?こんな要請は受けられないと言おうとした刹那、
「もちろん、ご無理を申し上げて居るのは承知の上。報酬は、一年間1億円で3年契約。お住まいもぼっちゃまのお屋敷内にご用意すると言うことでいかがでしょう。」
「もっ、ちろん。引き受けさせていただきます。」
あまりの条件に噛んでしまった自分を恥ながらも今日同席している相棒のリサにひきつったウインクをする俺がいた。
「ただし、こちらも条件をつけさせていただきたい。」
俺の条件はこうだ。自分たちにも他のクライアントがいるため(実際は存在しないが‥‥)俺を中心とした我々3名にてこの契約を受けると言うこと。そして、契約金は毎月1ヶ月分前払いで部屋を俺と相棒の分2部屋用意してもらうこと。
(少し欲張りすぎたかな?)
「へっ、それでよろしいので‥‥爺はてっきり全額前払いのつもりでこちらに用意してきております。お部屋も失礼ですが、事前に調べさせていただきまして皆様の分と事務所の分つごう4部屋をご準備しております。」
(なるほど、全員がけた外れの常識知らずなのね!)
このようなやり取りの末始まった俺たちの初仕事であった。
‥‥‥‥‥‥‥
「なるほど、これがお坊っちゃまの常識なのね?」
リサが用意された事務所で感嘆の声をあげる。
「確かにこれじや、ホテルに来るお客様の考えはわからないよな!」
後で話を聞いたもう1人の相棒もうなづくしかない。はっきり言って『馬鹿げた』事務所だ。部屋の最も奥の方に黒檀の(ボス用?)の机。その横にやや小さめの同じく黒檀の机。椅子は皮張り、来客用ソファーと応対用ソファーが計12名分ロの字形に並び、壁にはバーカウンターが‥‥‥
(どこぞのオーナー社長室か!)
まあいい、ちなみに俺たちの部屋も2ベッドルームのスイートと言うのがぴったりである。こうなると自前の事務所とマンションを借りているのが馬鹿らしくなってくる。