デージーの咲かない日
溢れそうになった言葉を飲み込むのに一瞬の間が必要だった。
その一瞬の存在が、気づかれていない事を小さく祈った。
『Ⅰ』
そこはいつもの指定席、窓際の一番後ろと後ろから二番目。そこでやっぱりいつもみたいに二人で、時折夕陽とオレンジに染まったグラウンドを見ながらなんでもない話をしていた。
ただの日常の、ありふれた風景。こないだのテストの成績、むかつく教師への悪口、遊びに行けない受験生の愚痴その他諸々の他愛ないと称されるだろう言葉のやりとりに『ソレ』は突然、つきつけられたナイフのように混じってきた。…俺にとっては。
「お前なんで彼女いないの?俺が女ならお前と絶対付き合うのになー」
そういった顔はなんでもないようにグラウンドを眺めていて、つまりこっちをみてもいなかった。その横顔を、じくりと痛んだ心とともにそっと見つめる。
もし、ここで。
「俺は女じゃないお前が好きだ。お前だから好きなんだ。でもお前は男同士なんて考えたこともないんだろ。お前は、俺が可愛い女の子の告白を断ってお前と毎日一緒にいる意味を、考えたことなんてないんだろ」
なんて、言えたら。
そうしたら、お前はどうするんだ?
告白は何度もされてきた。
でもこの心を自覚してしまった途端、どんなかわいい女の子もきれいな女の子も、お前の前では全部霞んで見えた。他の誰でもなくお前のそばにいたくて、他の誰よりも長くお前のそばにいたかった。夕陽に照らされてオレンジに染まる、少しだけ襟足の長い校則違反の茶色の髪に触れたくて、いつもの帰り道で手を繋ぎたくて、いつもすこしだけ斜に構えた生意気そうな唇にキスをしたくて、好きで好きで仕方がなくて、寝れないぐらいに夢にみるぐらいに好きで、だけどそれでも。
きっと男同士なんて、嫌がられるに決まってる、から。
刺さったナイフは抜かないままに、俺は今日もその戯言にこう返す。
「ばーか」
――――――――――――――――――――
思いもかけず言葉がこぼれた。
せめてその言葉に混じった嫉妬心がばれないように祈った。
『Ⅱ』
いつもの指定席、窓際の一番後ろと後ろから二番目で顔を突き合わせ、いつもみたいに二人でたまに夕焼けとオレンジに染まるグラウンドをみながら話をしていた。
ただの日常の、ありふれた風景。こないだのテストの難しすぎたとか、化学の山口ムカツク、とか、遊びに行きたいのに受験生とかそんなただの、会話。ふと正面を見ると、どこか遠く窓の外をみる横顔があった。眼鏡の縁で夕陽がちかっと光っていた。黒い、少し長い前髪が風ですこしそよいでいた。陽に照らされた頬が赤く染まっていた。
…それが全部、俺のものじゃ、ない、なんて。
視線の先に目をやれば、陸上部が練習していて女子が走っているのがみえた。
言葉がこぼれた。
「お前なんで彼女いないの?俺が女ならお前と絶対付き合うのになー」
こっちを向かれたのがわかったけど、俺は夕陽をみていた。ことさらなんでもないように。溢れてしまって、思いがけず俺の心に刺さったこの言葉が本気には聞こえないように。
俺が女なら。もしくはお前が女なら。
お前のこと、絶対に放っておかないのに。お前がどんなによそ見をしてたって、追いかけて、捕まえて、振り向かせて、絶対に俺のこと好きにさせて、そうして、…そうして告白して。
いや、いまだって、男同士でも好きで好きで仕方がない。一番そばにいたかった。誰よりなにより近くにいたかった。その願いは半分だけ叶っていて、もう半分は永遠に叶わないままだ。本当はその黒髪に触れたくて、いつもの帰り道で手を繋ぎたくて、その眼鏡を外して素顔を暴いてキスをしたくて、だけどでも。
だけど、それは叶わない願いだ。
だって俺もお前も、男だから。
…きっと気持ち悪いって、言われてしまう。
そこで終わってしまうよりは、今のままが、いい。
俺の大好きな端正な顔立ちが悪い冗談をきいたようにわらう。お前何言ってんだよ、といわんばかりに。
「ばーか」
俺はそれに、今日も「冗談だってば」と返すのだ。
デージーの花言葉は「あなたと同じ気持ちです」




