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Chapter 3-2 「選択と結果」 "The Chosen"

 既に日は彼らの真上へと達していた。だが、灰色の雲が太陽を覆い隠し、おぼろげな陽光だけを地上に降り注がせている。


 ――ある時を境に、人の流れと風の感触が変わった。そこから、海岸線が見えるのにそう時間は掛からなかった。

 そして、彼らは見た。波立つ海、どこまでも続く青空のような水平線、そして、道の先におぼろげに見えるポート・ロシェル。

 彼らはついにたどり着いたのだ。


「もう少しだ、歩くぞ」アーシャは嬉しそうな様子を見せつつも、持ち前の硬い表情を崩すこと無く、先を急ぐ。


 それに反応し、不満そうな顔をしながら(アーシャが喋るといつもそうなのだが)も、セオファニアはそれに従い歩いて行く。先程までは億劫そうに足を動かしていた彼女の足取りは軽く、まるで跳ねるようにアーシャの背後をくっついていく。とても信じられない変化だ、シンはそう思いつつも、思わず叫びだしたくなる自身の心を抑えずには居られなかった。


 だが、そんな三人の晴れ晴れとした心も、そう長くは続かなかった。

 先程まで楽に歩けていた道が、人で溢れかえって詰まり出す。ポート・ロシェルを目前にして足止めされ、苛立っている人々の口からは、不満の声が声高に聞こえている。


「どうしたのかしら」セオファニアが心配そうな顔つきで、人々の先にある物を見ようと背伸びをするのだが、彼女の小さな背丈では、人々の頭を超えて先を見渡す事などとうてい出来ない。

「シン、ちょっと見てくれる?」最初からそんなことをする様子もなく、ただ神経質そうに足踏みを繰り返すだけのアーシャの口ぶりにちょっとした不満を覚えながらも、シンは背伸びして前を見渡す。

 そこには、数人の男達が避難民に対して一人ずつ何かをしているのが見えた。


「検問だ、検問」

 シンのその言葉を聞いたアーシャは、二人を自身の近くへと引っ張って寄せると、耳元に小声で話しかける。


「ポート・ロシェルの連中か。私が先に行って話を付ける。後から付いて来い」

 二人の返答も待たず、アーシャは人々の間をすり抜けて前へ前へと向かっていく。


「仕方ない、セオファニア、行くぞ」

 人混みに戸惑うセオファニアの手を引き、シンは歩き出す。半ば押しのけながら、半ば退いてもらいながら、かき分けるように進んでいく。


「大丈夫か、セオファニア」

「……人に溺れて窒息死しそう」

 セオファニアの華奢な体ではやはり人混みを押しのけて通るのは難しいようで、彼女のためにシンは中々進む事は出来ない。それでも、先へ先へと進む。そして、ついに人の海を泳ぎ切った彼の目に飛び込んで来たのは――


「どういう事だ!」

「例外は無いってんだよ、嬢ちゃん。帰んな帰んな」


 口論する二人の人物――片方はアーシャ、もう片方は立派な顎髭を蓄えた男で、アーシャはその男に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄っていた。顎髭の男の顔を見ると、彼女は先程からずっとこの調子で騒いでいたのだろう。逃げ出したそうな、うんざりとした表情を見せている。


 見ると、彼の背後には彼と同じシャツを着た連中が道を封鎖している。アーシャに詰め寄られている男は時折仲間の方を伺うのだが、全員彼とは目を合わせようとしない。

 彼は実に不運だ、そうシンは思いつつも、アーシャの方へと近づいていく。


「アーシャ、これは一体?」

「シン、こいつらは話にならない!」


 矛先が顎髭の男からシンへと変わり、彼はホッと胸を撫で下ろす。ようやく長い責務から開放され、実に清々しそうだ。


「その制服を着てればポート・ロシェルへは出入り出来るんじゃ無かったのか」

「こいつらは海軍だ。陸の連中なら我々を知っているだろうが、こんな連中にはな」アーシャは当てつけがましく、チラリと揃いのシャツを着た連中を見る。その目には侮蔑の色が隠し切れない。

 海軍か、そう考えたシンは改めて彼らを見ると、誰もが筋骨隆々としており、顔に傷が目立つ人物も少なくない。確かに、海の男と言われればその様に見える。


「さっきから何を騒いでいるのかと思って来てみたが、こんな連中とはなんだ、こんな連中とは」


 顎髭の男に変わり、今度は色黒で短髪の男がやってきた。今、彼の目の前にやって来た色黒の男の腕は焼けた鉄の棒の様な色をしており、その印象に劣ること無く硬そうだ。シンは要らぬ想像と分かりながらも、その逞しい腕で人の首をねじ切る姿を想像し、身震いする。

 だが、アーシャはそう考えては居ないようで、先程と変わらぬ凛とした表情で色黒の男に食って掛かる。


「海軍の連中がこんな所で何をしてる? 陸の兵隊の真似事か?」

「何をしているだあ? おい、聞いたか」

 色黒の男は後ろを振り向き、品定めするように海兵達を見る。誰の口元にも引きつった笑いが張り付いている。男の言葉に即されながらも、誰もが笑う事を躊躇している様子だ。


 彼らが男を恐れているのか、それともアーシャを恐れているのか、シンには分からなかった。だが、大半の確率で前者だろう。


「諜報機関の嬢ちゃん、あんたらが仕事をしないから俺たち海の男がおかに引っ張りだされてるんだろうが」

「……? どういう事だ? ここには騎兵隊の連中が居るはずだが」

「はん、さては西から来たな? あの連中は首都に向かってそれっきりさ。肝心な時に役立ちちゃしねえ」色黒の男はうんざりした様子で言う。


 それを聞いたアーシャの顔は曇る。

「ということは、まさか海軍しかポート・ロシェルには残っていないという事?」

「そのまさかだよ。通信機がやられたおかげで他都市との連絡一つまともに取れやしねえ。海で生きる俺達には慣れてる話なんだがな」


 男の言葉は荒いが、ようやくアーシャに対する警戒心を解きつつあるようで、語尾がおとなしく成りつつあった。それに答えてか、アーシャもまた口調のトーンを下げている。


「ということは諸君らの艦隊司令がポート・ロシェルの最高責任者という事か」

「そういうこった。まあ、厳密には違うんだがな、金玉握られてるようなもんだが」


 この場で意味が分かるのは、シンと男の背後に居た海兵達だけのようだ。海兵達はニヤニヤと厭らしい目つきでアーシャを見て、シンは見ていられないとでも言うように手で目を覆って天を仰ぐ。セオファニアはそんな彼の様子をみて首を傾げた。


「? どういう意味かは分からないな。……まあいい、諸君らの艦隊司令と直接話がしたい。頼めるか?」


 アーシャは背中に掛けた袋から一本の筒を取り出し、見せつける。それは金属製で、金色にコーティングされているのが分かる。その各所に刻み込まれた模様から、高価かつ重要な物だというのが伺える。


「これを直接渡したい」

 海兵達のニヤつきが一瞬にして失せる。その筒を目にしたからだ。

 また、アーシャの目の前の色黒の男の顔つきも、険しい物へと変化する。口元と腰に手を当て、何か考え込んでいるようだ。


「おい、あれを見ろよ」

「本物、か?」


 海兵達の小声での会話が聞こえる。見ると、検問や避難民の検査をしていた海兵達も寄ってきており、流れを止めた事によって、アーシャとシン、そしてセオファニアは海兵達だけでなく避難民の注目も集めつつあった。

 人々の視線を感じたセオファニアは気恥ずかしそうにローブのフードを更に引き上げ、完全に顔が隠れるようにした。


「全く、この馬鹿女は」ローブで顔を隠しながら、セオファニアはシンだけに聞こえるように、小声で言う。

「いいじゃないか、上手くいきそうだぜ」


 そう言い、シンがアーシャ達の方を向くと、ちょうど会話が終わる所だった。

「分かった、頭んとこに連れてく。付いてきな」


 まじまじと筒を手に取り見つめていた色黒の男は、それをアーシャに投げ返す。アーシャはそれ取り損ねそうになりながらも、何とか手の中へとしっかり握りこんだ。


「何をする!」

「悪いな、嬢ちゃん」

「嬢ちゃんでは無い、アーシャ、アーシャ・ヴォールンタリウスだ」

「そうかい嬢ちゃん、俺はマルティリオだ。そっちの兄ちゃんと嬢ちゃんはあんたのツレかい?」


 アーシャは話を聞かないこの男の態度に腹を立たせながらも、同時にこの男には何を言っても通じないという事はそれまでの会話で理解していた。彼女は男の言葉にやる気無さげに頷くだけで、それ以上言葉を発しようとしなかった。

 男はそんなアーシャに目もくれず、彼女の後ろで期待を持って待っている二人に声をかける。


「付いてきな、遅れないようにな!」

「言われなくっても!」

 その言葉を聞くと、シンは勢い良くセオファニアの背中を叩き、小走りで男の所に駆けていった。

「全く、まるで子供ね……」シンの背中を見ながら消え入りそうな、自分でも認識出来るかどうか分からない程の小声でセオファニアは呟いた。ローブに阻まれ、外からは決して伺い知れぬその口元には、僅かばかりの笑顔が隠されていた。


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