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Chapter 3 「選択と結果」 "The Chosen"

 ポート・ロシェル。“帝国”東部帝国管区随一の港であり、東部帝国管区に三つ存在している自由都市の一つだ。かつてこの地を支配していたシュモーク人の築いた要塞の痕跡が今なおその姿を残す歴史ある都市でもある。


 今、その港にはかつて無い数の軍船が揃いつつあり、その隙間を縫うようにして地元の漁師が操る小舟が沖合へと進んでいく。船上で彼らはこれまで見たことの無い大きさの船を見上げ、顔をしかめた。


 その沖合、一隻の船が錨を下ろし停泊していた。船上には荒くれ揃いの海兵が忙しく動き回っている。

 だが、彼らの意識は船内に注がれていた。


 その船内の一室、艦長と思わしき立派な羽根つき帽子と額から左目にかけての傷跡が目立つ中年男の目の前には、小さな少年がソファーの中に埋もれるようにして座っている。ニコニコと微笑みながら羽ペンを動かし続けるその少年とは対照的に、艦長の顔色は芳しくなく、苛立った様子で少年を睨みつけている。


「情況は変わりました。契約もまたそれに応じて変化するのが普通のはずですが」

「契約、ハッ、契約ね。坊主、いい加減にしな。この都市を今守ってるのは俺たちだ。俺達が居なくなりゃあどうなるか、なんてのは想像に難くないはずだぜ」男は大きく身を乗り出し、少年を睨みつけながら言う。


「では、別の場所に行かれるのがよろしいでしょう。補給もできずに彷徨うのがオチだとは思いますが」男に気圧される事無く、少年はにこやかに言い切った。


 艦長は頭を抱え、天を仰ぐ。打つ手が無い。先程からこんな調子で話は続いている。話の主導権は少年に握られ、男の容姿を生かした恫喝や脅しも通用する気配はない。

 彼の目の前に居るのは、このポート・ロシェルの市長であるボーメル・リュティッヒの息子であるエルンスト・リュティッヒ。病に倒れている彼の父に変わり、市政を仕切っている。

 そしてこの少年の目の前で天を仰いでいる男こそ、ここ、ポート・ロシェルを母港とする帝国第四艦隊司令、それがこの少年の目の前に居る人物だ。


 彼はラーズ・イーストン。海賊から身を起こし、この地位まで登りつめた人物だ。アルヴィオン王国――現在はアルヴィオン共和国連邦と名乗っている――との戦争の際、同王国からの亡命艦隊と共に活躍した男で、戦後帝国に吸収されたアルヴィオン貴族の亡命艦隊と共に拡大を続けていた帝国の海上輸送を担っていた。

 今回の大災害の被害を受けなかった彼の第四艦隊は他の艦隊の残存艇の受け入れ母体となり、それによって様々な艦種・艦隊の船がここポート・ロシェルに集結しつつある。

 だが、彼の手元の戦力が増えれば増えるほどに、艦隊のポート・ロシェルに対する負担は増大し続ける。戦力を維持するにはコストが掛かるのだ。そして今行われているのは、そのコストに関する話し合い。


 かつて、その負担は帝国が支払っていた。だが、その帝国そのものが混乱に陥っている今の状態では、ラーズが“ツケ”をいつ清算出来るのかは分からない。だから、市長直々に敵の巣へと乗り込んできた、というわけだ。


「話が纏まってよかったです。きっと父も喜ぶ事でしょう」

 勢いをつけてエルンストはソファーから起き、一礼するとそのまま部屋を出て行ってしまった。脇には契約書の束を抱え、意気揚々としていた。だが、それと正反対にラーズの顔色は優れない。最近ガタか効き出してきた腰を労りつつ体を起こし、秘蔵の酒が保管してある戸棚からシュナップスを取り出すと、濁った緑色をしたグラスに注ぎ、一気に飲み込んだ。


「頭、どうでしたか」

 部屋の中に一人の男が入ってくる。

「頭は止めろ、マックス。もう海賊時代じゃねえんだぞ。……してやられたよ、食えねえ小僧だ」


「と言うことは良いようにあしらわれたんすか」マックスと呼ばれた剃りこみ頭の男は驚いた様子でラーズの方を向く。どこか楽しそうな様子が伺える。

「ある程度の譲歩は引き出せたがな。だが、今じゃ俺達はあの連中の私兵も同然だ」ラーズはマックスとは正反対に、険しい顔を崩さない。


「そんなすごいんすか、あの小僧」

「凄いなんてもんじゃねえ。あの肝の座り具合は親父以上だろう。この俺が手玉に取られたんだぞ、海を駆ける大海賊としてその名をヌエヴォ・ムンド中に響き渡らせたこの俺が」

「提督がそこまで言うんですから、本当なんでしょうねえ。で、俺達の仕事はどうなるんで?」

「やることは変わらず、(おか)での仕事が大半だ。あの小僧、陸戦隊を更に増員しろと要求してきたよ」

「その件なら一応目処がついてやす。戦闘員が抜けた穴はここの連中をいくらか雇い入れて補充に当ててますし」

「済まねえな、マックス」


 そう言うと、ラーズはもう一個グラスを取り出し、そこにシュナップスを注いだ。

 ラーズは期待しているマックスに対して、すぐに渡すようなことをせず、焦らした後にようやく渡した。マックスは受け取ると同時にそれを一気に飲み込む。

「クーッ、効きやすねえ」

「飲んだらとっとと仕事に戻れ、マックス。そうだ、沖の連中からの連絡は?」

「第七と第八の連中を見つけたと連絡が」

 だが、ラーズの顔には嬉しさや喜びという物は見えない。

「収容準備を行え。……戦力が増えれば増えるほど俺たちのここへの依存度は高まっていく、か。皮肉なもんだ」

 ラーズは部屋の小窓から水平線を見つめながら言った。



 エルンスト・ラーズ会談終了から数時間後、ポート・ロシェルから少しばかり離れた場所。

 避難民の群れの中をすり抜け、城門を目指して早足で歩く姿が三つ。シン達三人だ。

「ポート・ロシェルに近づけば近づくほど、人の数が増えてるな」

「ここでこれだけの人が居るなんて。本当に中に入れるのかしら」セオファニアが言う。

「私が居る限り、大丈夫だとは思うが……」そう言いながらも、アーシャは自分の言った事に確信が持てていないようで、少し困り顔だ。


 そんな彼らの行く手には、泥に嵌って立ち往生している巨大な馬車が道を塞いでおり、御者達が引きずり出そうと四苦八苦している。見ると、徒歩の人々はその横の泥濘を苦労しながら渡っているようだ。シン達もそれに習い、泥濘に申し訳程度に渡された木の切れ端の上を歩く。


「きゃっ!」

 悲鳴と共に、足を滑らせたセオファニアが前を歩くシンの背中に抱きつく。


「おっと、大丈夫か?」

 背後から抱きつかれながらも上手くバランスを取り、持ち直したシンは、セオファニアの方へと振り向くと、彼女を抱きかかえるようにして乾いた道へと運ぶ。その横では、馬が情けない顔で彼女を見つめている。


「本当に運動音痴なんだな」

「うんどーおんち?」

 セオファニアはシンの言った言葉の意味を理解していないようで、首を傾げている。


「体を動かすのが苦手って事だよ」

「魔術師に体を動かすような技能は必要無い」セオファニアは無い胸を張りながら、自身満々で言い切る。

 そんなセオファニアの様子を見たシンは呆れるばかりだった。


「断言するような事じゃないだろう……」

「断言するような事だ。私の通っていた学校では、体を動かすような科目は一切無かったからな」

 シンはぬかるみから足をなんとか引っ張りあげ、靴に付いた泥を道になすりつけながら言う。


「聞きそびれてたが、学生だったのか」

「そうよ。7年生」

 楽しそうな声だった。大人びているが、こういう所はやはり歳相応なのだとシンは思う。

 だが、それと同時に、これまで疑問に感じながらも口に出せなかった事を彼は言ってしまう。


「なんで学生がこんな所で旅してるんだよ、学校に居れば良かったんじゃないか」

「それは……」セオファニアは口をもごもごとなにか言いたげにしているが、中々言葉にならない。

 余計な事を聞いてしまった、そう思ったシンは言う。

「言い難い事なのか? なんか悪いな、忘れてくれ」

 シンは会話を打ち切るつもりだった。だが、セオファニアはその思惑とは正反対の反応を彼に返す。


「いえ、いい機会だから言っておきたいの」

 そう言うと、セオファニアはぬかるみの中で悪戦苦闘するアーシャを見ると、シンの手を引き、馬車の陰へと誘う。

「おいおい、こんな所に連れ込んで……」言いかけた言葉は、セオファニアが彼の唇に手を当てた事で完全に行き場を失った。


「声が大きいわ。あまり聞かれたくない事だから、ちょっと静かにね」

 シンは無言のままに頷く。そして、セオファニアはゆっくりと語り始める。


「孤児になった私を育て上げた人が居るの。アーカス卿という名前の貴族」

 セオファニアの口ぶりには、自分のことではなく、まるで別の誰かの事を言っているようなそんな冷たさがあった。

「ああ、あのグレンとか言う人が言っていた」シンの言葉に、セオファニアは顔を歪める。


「そう。その人。全てを失った私を引き取って、育ててくれた人。厳しかったけれど、私の出自にもかかわらず、本当の娘の様に思ってくれていると信じていた」

「信じていた……?」


「でも、ある日私は知ってしまった。あの男、アーカスが私の一族を滅ぼした張本人であるという事を。あの男が私の一族の抹殺の指令を出したという事を」セオファニアはただ、淡々と語るだけだ。その表情からは、何の感情も伺う事は出来ない。むしろ、言葉を重ねれば重ねるだけ、感情が消えていく。そんな様子だった。

 その言葉を聞いたシンはその言葉に驚き、言葉も出ない様子だった。


「そして、私は学校を休学し、真意を聞きに行く事にした。そうしたらこの有様よ。道中、様々な人にあの男は死んだと聞かされた。だけれど、私はそれを信じていない」

「何か理由があるのか?」

「私がかつて住んでいたあの男の家にたどり着いた時には、あの家はもう跡形も無かったわ。燃え尽きていたの。そして私は、――私は見つけたの。あの男の研究の僅かばかりの痕跡を」


「研究……?」

「あの家には地下室があったの。ずっと住んでいたのに私は気が付かなかった。そして私がそこで見つけたのは、人間を使った魔力場の制御。そして魔力媒体として人を使う研究――その痕跡。禁忌とされている、私の居た学校では口に出すのも憚れるような研究。そしてその標本と研究記録。見なければ良かったと、今でも思ってるわ。あんなの、人のやることじゃないもの。

 ……私の一族の標本や研究記録も、当然そこにあった。処分を免れた僅かばかりの物だったけれどね。あの男は余程逃げ出すのを焦っていたのね。あの男の普段の几帳面さからは想像出来ないくらい、雑な仕事だったわ」最後まで表情を変える事は無かったが、セオファニアの瞳からは涙が溢れ出ていた。


 シンは、彼女の言葉を黙って聞き続けていた。だが、今の彼にはそんな彼女に掛ける言葉も、行為も見つけることが出来なかった。

 そして、セオファニアは気恥ずかしそうに笑うと、立ち尽くすシンを残して歩き出して行ってしまった、シンは後に残された。

 何故俺に教えたのか。後に残されたシンの胸中には、ただその言葉だけがグルグルと吐き出せぬままに渦巻いていた。


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